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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
78/97

3-23

―――――――――


山吹達がジャポの地に足を踏み入れるより、およそ30分前の事。


「じゃあ御剣、俺達は先に行ってるぜ」

「ラミー様の事、くれぐれもよろしくお願い致します」

「うむ。後は任せろ」


 まだ午睡の最中にある山吹とラミーを尻目に、タタコとタチバナの二人はタイターン・ニック号の小型船を拝借し先んじてジャポへ向かっていた。

 それには御剣が提案した諸々の理由があっての事だった。


 これから山吹達が敵対するかもしれないダイドウはジャポの将軍である。故に、ここは最早ダイドウの庭であると言い換えても差し支えない。そんな敵地でラミーという保護対象を抱えたままでは、身動きがとり辛い。

 なので―――。


「―――って事で、俺達は情報収集隊兼、遊撃隊ってワケだ」


 班分け。である。

 円卓最強の矛である御剣と、最強の盾―――ではないものの、鋼鉄の盾ぐらいには守りに優れる山吹とがラミーを守護。そしてラミーに接触しようとした者を見つけ次第捉え尋問する構えを取りその間は身軽なタタコとタチバナが辺りを調査し、接触してきた不審な人物を捉え次第以下略といった具合に班を二つに分けたのだ。


「……理屈は分かります。ですが、しかし……」


 この班分けに際し、タチバナは抗議した。

 やれあの淫獣とラミー様が一緒に居てはどうのこうの。

 やれまたよからぬ事をするのではとのうんぬん。

 やれ私は一応貴女達を監視するだけであって勝手に班の頭数に入れられるのはどういう了見なのかと。

 それらの抗議は実に熱の篭った迫真に迫る訴えだったが、それらは御剣がバッサリと両断し却下している。


 御剣曰く。

 "心配するなタチバナ、無論その時は私が全力で止めるとも。それとも何か? 私の剣技に不満があるのか?"。

 と。腰から飛び出た吐き気を催す邪悪な刀の鯉口をかちかちかちかち鳴らしながら言うものだから、タチバナは首を縦に振るほか選択肢が無かった。

 ジャイアン気質ここに極まれり。傍若無人な悪鬼を前に、タチバナはこうしてタタコと共に行動する羽目になったのである。


「まーまー気持ちは分かるぜタチバナ? 御剣の奴、尤もらしい風な事を言う割には自分の意見が通らなさそうだと思うと暴力でなんとかしようとする悪癖があるからなぁ。力こそは正義だって言うがよ、物は言い様だぜ全く」


 船のオールを軽快に漕ぐタタコは諦め交じりにそうぼやく。

 実に実感の篭った言い方であった。


「そうですね、全くもって同感です。ミツルギさんは横暴で理不尽です。タタコさん、あの人―――ミツルギさんはいつもあのような調子なのですか?」

「ん。そーだな。俺とあいつが初めて出会った時もあんな調子だった。初めはケツの青いガキが何を抜かしやがるって思いもしたもんだが……あれでなかなか、御剣は()()()し根は良い奴だ。まぁ悪い奴じゃないからよ、許してやってくれな、タチバナ」

「……?」


 朗らかに笑うタタコだが、タチバナはタタコの物言いに疑問を覚える。

 見た目の年齢が近い―――というよりもタタコの方が御剣より年下に見えるのに、ケツの青いガキという言い回しはかなりおかしかったからだ。

 ともあれ、そんな疑問を胸中に隠しつつもタチバナは話を続ける。


「許すも何もありません。けれど……あれで良い人だなんて、俄かには信じがたい話です。まぁ、そういう一面が全くない訳じゃない事は私も理解しておりますが」


 確かに御剣は本当にあくまのような女だが、悪い所ばかりじゃない。それはタチバナも理解している。

 少なくとも、タチバナの想いを汲み橋守りの戦斧の修理を申し出てくれた御剣の好意は本物だったと感じている。

 それを成すのが結局タタコだったとしても。


「へへ。まぁなんだ。あれで中々付き合ってみると段々あいつの味って奴がタチバナにも分かってくるさ」

「……そう仰いますが、私はそれほど長い付き合いになるとは思えませんが?」

「おいおい寂しい事言うなよタチバナ、何せ世の中何が起きるかわかんねぇんだ。俺だって、今、この状況そのものが、その"何が起きるかわからん"事の極致だ。だからもしかしたらタチバナと俺たちの付き合いが長くなって、一緒に酒を飲むって事もあるかもしれねぇぜ? ははは!」

「……はぁ、そうですか。そういう未来もあったら良いですね」


 楽しそうに笑うタタコと違い、タチバナは溜息をまるで隠そうともしない。

 陰と陽の雰囲気で分かたれた小舟は粛々とジャポへ進んでいく。


「おーし、そろそろ到着だな」


 やがて、その小さな体から何故。と思えるようなタタコの筋力でもって漕がれた船はあっという間にジャポに辿り着いた。

 浜辺に到着した二人は手早く船を片付ける。そして何食わぬ顔でジャポの港町へと足を進めた。


「さてと。情報を集めるにゃあ聞き込みが基本のキってもんだが……」


 しかし、港町に足を踏み入れたタタコは少したじろいだ。往来する人の数があまりにも多かったからだ。週末の王都の繁華街の盛況ぶりと比べてもいい勝負をしている程に。

 そんな様子を見て辟易としたタタコはタチバナに助けを求める。


「はぁ、どーしたもんかね。人に話を聞くにもこりゃ人が多すぎる。何かいい考えはねーか? タチバナ」

「ありません」


 即答だった。


「ねぇのかよっ!」


 思わずタタコは漫才のようなノリツッコミを入れる。だがその手はタチバナの華麗な手さばきによって弾かれた。


「"草原より沼"ですよ。地道な作業はお嫌いですか?」


 タチバナは嘆息交じりにそう言う。その一方でタタコの頭上には疑問符が大量に浮かんだ。

 

「……そうげんよりもぬま? なんだそりゃ?」

「知らないのですか? 先を急ぐ旅ならば、野獣に遭遇しやすい草原よりも沼を行く方が結果的に早くなるという故事から生まれた諺ですよ」

「聞いた事ねぇなぁ、そんな諺」


 んなモン知らねえよとばかりにあっけらかんと言うタタコだったが、きっとここに山吹や御剣が居れば"ああ、この世界特有の諺ね、はいはい"と理解が及んだだろう。

 "草原より沼"とはとどのつまり"急がば回れ"と同義である。

 そしてその諺とは、この世界で言えば一般常識にあたる程度の簡単な諺だった。


「成程。あなたの恰好からある程度察してはおりましたが……。失礼な事を言うようですが、あなたはあまり勉学の機会には恵まれなかったのですね」


 タチバナが可哀想な者を見るような目でタタコを見た。

 この世界では日本と違い義務教育は存在しない。識字率は高水準であるものの100%ではなく、字が書けもせず読めもしない層が必ず存在する。そしてそれは大抵、悪街出のごろつきや田舎から出稼ぎにきた農民らがそれにあたる。

 そういった世界の事情に付け加えて、タタコは薄汚れた労働者然とした格好をしていたので、そういった"受けてしかるべき教育"を受けていない人間として見られるに十分だったのである。

 なので、タチバナの視線を受けて自分がどういう印象を持たれたのか察したタタコが渋面を作り、ぼそりと呟いた。


「チッ。……最終学歴が尋常小学校卒でわるぅござんしたね、エリートさん」


 円卓の皆が聞けば目玉が飛び出る様な爆弾発言だったが、幸いにしてこの場にいるのは英才教育を受けたメイドさんのみである。故に人生の大先輩に向けて「今までナマ言っててすいませんでしたタタコセンパイ!!」との土下座円卓会議が開催されるのは、なんとか無事に見送られた。


「今、何か仰いましたか?」

「いーや、なんでもねーよ」


 タタコは少し不貞腐れた様子で歩み出した。そして振り返り、意地の悪い笑みを浮かべる。


「―――わぁったよ。"隗より始めよ"って奴だろ? 地道にコツコツ。そういうの嫌いじゃねえしな」

「えっ? かいより……なんですって?」

「おやぁ? 知らねぇのかタチバナ? 大きな目標を達成する為には、まず身近な事から始めるべきって諺なんだがなぁ。ふむぅ、そうかぁ、タチバナは知らねえのかぁ……うんうん」


 腕を組みうんうんと唸るタタコ。その一方でタチバナは先のタタコのような渋面を浮かべる。

 まさかまともな教育を受けていない少女が自分の知らない諺を知っているとは思わなかったからだ。

 キャバリエ家一のメイドとしてのプライドを傷つけられたタチバナは、悔しみながらも白旗を上げる。


「……いえ、寡黙にして存じません」


 するとタタコはにぃっと笑って言った。


「ま、そりゃそーだ。だって今俺が考えたんだからな」


 そしてそのまま人混みの中へ逃げるようにして駆けていく。

 タチバナは固まった。タタコの放った言葉が脳に浸透し理解するまで数秒の時を要し―――そして、叫んだ。


「……はぁっ!?」

「じゃーなータチバナー! 二時間後にそこで集合するから、遅れんなよー!」


 大手を振るタタコは今や人海の中。してやったり、とした様子のタタコはきしししと笑いながらあっという間に姿を消してしまう。

 実に大人気ない意趣返しであった。


「まっ、待ちなさい! タタコさっ……タタコっ! タタコーっ!」


 蘊蓄のありそうな諺に悔しさを覚えつつ関心したのもつかの間。手玉に取られたタチバナは子供のようにぷんすかと怒りながらタタコを追いかけた。

 だがしかし、人混みの中へ走っていけば当然誰かとぶつかる。


「いてっ……おい、気を付けろよ女中さん!」

「あっ、す、すみません!」


 周りの人達に迷惑そうな視線を向けられながらも、タチバナはタタコを追いかけ続ける。

 だがタタコが何処に逃げたのか、皆目見当もつかない。


「―――もう! なんなのですか! 一体!」


 行き先も分からぬまま走り続けるうち、タチバナは想った。


 (……なんだか、不思議ね)


 こんな風に怒ったのは、何年ぶりだろうかと。


 (まるで子供みたい。なのに、少しも不愉快じゃない)


 この感覚は久しく忘れていたものだ。


 (……本当に、何なのですか。タタコさんといい、ヤマブキさ……ヤマブキといい、ミツルギさんといい、あの人たちは)


 遠い昔に"ハチの誓い"と共に置いてきた筈の物が帰ってきたようだった。


 (……何なのですか)


 どうしてこんな気持ちになったのか。その正体は分からないけれど―――。


「ともあれ、覚えておきなさい、タタコさん」


 タタコの事は一旦諦めて、本来の目的を果たすべきだろう。


「"嘲笑せし者。嘲笑されし"です。二時間後にキャバリエ家式折檻の味をたっぷりと味合わせてあげましょう……!」


 逃げたタタコの行方は分からないが、二時間後に集合すると言っていたのだ。

 自分から罠に掛かりに来る兎を追い回す必要はない。

 足を止め落ち着きを取り戻したタチバナは、情報収集の為その行き先を近場の出店へと向けたのだった。

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