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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
77/97

3-22

 ――――――そして時は流れ二日後。


「師匠」

「うん?」

「あれから結局、タチバナさんは一度も口を利いてくれませんでしたね」

「…………うん、そうだね」


 御剣達が用意してくれた船底倉庫。そこで私とラミーはこの二日間身を潜めていた。


「……はぁ」


 深く、深くため息をつく。


「どーしたもんかなぁ」


 悩みの種は言うまでもなく、タチバナさんの事。

 二日前……その、あれやそれをそうしてこうして、結局それを致したのがバレてしまって以来私とタチバナさんとの関係は底冷えするような険悪なものとなってしまったのだ。

 具体的には。


 ―――ラミー様を歯牙にかけるなど! あなたは何て事をしでかしてくれたのですかっ! この性獣! けだもの! ひとでなし!(原文ママ)


 というありがたいお言葉をあの日に賜ってから、それ以外の会話が一度も無いレベルに険悪である。

 熟年離婚秒読み段階の老夫婦でもこうはいくまい。

 微量ながら上昇していた筈のタチバナさんの好感度は今や爆弾マーク。もとい爆発状態。あまりにも深いこの亀裂は、ちょっとやそっとでは回復しないだろう。


「別にいいじゃないですか。タチバナさんと話しなんか出来なくても」


 過去のトラウマからタチバナさんを毛嫌いしているラミーはらしくも無く毒を吐く。

 ……この状況をラミーは狙って作り出したのだとしたら、これで居て中々の策士だと評せざるを得ない。知られざるラミーの黒い一面を見られたのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、はてさて。


「いやいやラミー、良くはないよ。仲良く出来るならそれに越した事はないし。それに……タチバナさんは純粋にラミーの事を心配してああ言っているだけだと思うんだ、だからそんなに怒らなくてもいいと私は思うんだけど……なぁ」


 やんわりとラミーを諭してみる。が、しかし。


「別に怒ってなんかいません。ただ、タチバナさんの事なんか、どうでもいいって思ってるだけです」


 ラミーは窓辺を向いて、むすっとしながらそう呟いた。

 取り付く島も無いようだった。


「……む、むむぅ」


 最近気づいた事なのだが、どうやらラミーは割と頑固な所があるらしい。

 私の言う事なら何でも聞いてくれたあの可愛いラミーがどこか遠くへ行ってしまったようで、私は少しだけ悲しかった。


 ―――ともあれこのままではあまりよろしくない。

 私がタチバナさんに嫌われてしまうのはもうこの際それでもいい。よくはないが。

 けれども、ラミーとタチバナさんとの関係が悪いままなのは見過ごせない。これは単純に馬が合う合わないの話ではなく、ラミーのご家庭が抱える問題を解決する為でもあるのだから。

 ……いち家庭の問題とは、非常に繊細で絡まった糸のようなもの。

 それを解きほぐすには当人らが絡まった糸を慎重にほどくのが一番であり、私達のような外部の人間はその手伝いをするのに留めておいた方が良いのだ。

 でなければ、勝手を知らない他人に手繰られた糸はあれよあれよとこんがらがり、最終的にはどうにもならなくなってしまう。


 ―――だから、すれ違ったままの関係は、よくないのだ。


 ()()()もお母さんといがみ合う事さえなければ、故郷で病に苦しむお母さんを救ってあげられた筈だったから。

 ()()()()()()()()()()()

 すれ違いは、あってはならない事なのだと。


「――――――痛っ」


 一瞬。脳裏に無視できないレベルのノイズが走った。

 見たことのない風景。見たことのない街。見たことのない家。見たことのない―――。


「……師匠?」

「……えっ?」

「どうしたんですか? ぼうっとして」

「……うん? ……ぼうっとしてたのかな? ……まぁ、それなりに長い船路だったし、疲れてるのかもね」


 どうやら少しばかり呆けていたらしい。

 何せ昼食後だ、眠たくもなる、そういう事もあるだろう。


「ふふ、それじゃあ、ちょっとだけ寝ますか?」

「うん、そうしようかな。……ちなみに、普通に寝るだけだからね」

「わかってますよ、師匠」


 何事もなかった私は、一体どうすればタチバナさんとの関係を修復できるのか頭を悩ませつつ―――ひと時の幸せな午睡を楽しむ為、ラミーに寄り添った。











「進んだ♪」








「おい、起きろ、二人とも。着いたぞ」

「んぇ?」

「ふわ……」


 何時もの声に目を覚ましてみれば、そこには赤、赤、赤、赤一色の美少女。つまり御剣が居た。


「着いたって……?」


 寝ぼけ眼を擦る私に向けて、御剣は鋭く告げる。


「ジャポに決まっているだろう。ほら、顔を洗ってシャンとして来い」

「えっ?」


 思わず窓を開け身を乗り出す。船の行く先を眺めてみればそこにはある意味懐かしい光景が広がっていた。

 幾つものノボリが立ち並ぶ、活気のありそうな往来の激しい港町。風よけの為浜辺に植えられた、立派に育った松の木たち。

 そして何よりも、街行く人たちが身を包む、和服!


「おお……! ザ・日本って感じ……!」


 外国人のイメージするジャパンナイズな国、ジャポがその全貌をとうとう現したのであった!


「わぁ……! ここが、ジャポなんですね……! すごい……!」


 私と同じく身を乗り出したラミーも目を輝かせた。

 西洋風の文化に慣れ親しんだラミーからすれば、ジャポは異国も異国。全く違う文化の国を前にオリエンタルな気分で一杯のようだった。

 そんなバリバリの観光客オーラを放つ私達に、御剣がさぱっと言い放つ。


「おいおい、見てるだけなのもいいが、私達はそのつもりで来たわけじゃないだろう? さっさと準備を整えて向かうとするぞ?」


 実にもっともらしい発言だ。だが私は彼女の頬が微かにニヤついているのを見逃さなかった。

 何せこの旅行を提案したのは彼女であり、最も楽しみにしていたのは彼女だ。らしくも無くニヤつくのも、無理のない話だった。


「……ふふっ。そうだね、こうしちゃいられない。早く荷物を纏めて出かけよう!」

「そうですね! 師匠!」


 と言っても、軽装を心掛けた私達の手荷物は少ない。唯一増えた荷物といえばタタコさんがタイターン・ニック号が万が一沈没した場合を鑑みて購入した非常食の類だが、それらはタタコさんのアイテム・バッグの中に全て仕舞われている。


「準備オーケー! それじゃあ、いざ!」

「ジャポへ!」

「うむ!」


 手早く準備を整えた私達は船底を抜け、誰にも見つからないようにこっそりと船外へ向かう。

 幾人かの貴族や富豪がしぶとくも私達の所在を嗅ぎまわっていたようだが、レベル100オーバーのプレイヤーを前に人海戦術なぞ何の役にも立たない。

 私達は隠蔽スキルやアイテムの力を駆使しつつ、船と港を繋ぐ桟橋を無事に渡りきる事に成功する。


「―――ここまでくれば大丈夫かな」

「そうだな」


 "だんご""おしるこ"とノボリが並ぶ、長屋の壁を全て取っ払ってそこに甘味屋を詰め込んだお口の天国のような大きな店の裏手で、私達は《卑怯者の薄絹》を脱ぎ去った。

 《卑怯者の薄絹》とは使用すると一定時間 《ハイディング》や《クローキング》に似た身体の透明化状態を得られるアイテムである。

 これの面白い所は使うたびに"卑怯"という特殊デバフが加算されていき、何らかの手段により透明化を破られると加算された"卑怯"の数に応じて"応報"という非常に重たいデバフが使用者に降りかかる所にある。

 非常にニッチかつ使い勝手の悪いアイテムだが、透明化を見破られる心配が殆どないこの世界では大いに重宝するアイテムだ。

 ―――ちなみにいつぞやのピンクハゲ教皇をだまし討ちしたのに使用したのも、《卑怯者の薄絹》である。私達は正義の使者でも何でもなく、卑怯な事も普通にするので使用法としてはごくごく正しいだろう。うん。


 そんな卑怯者三人組のうち、一人がわぁわぁと興奮しながらこう言った。


「うわぁ……本当に誰も私達に気づいていませんでしたね……! 師匠って本当にすごいっ! こんな凄いマジックアイテムも持ってるなんて! 私、師匠と居ると毎日が驚きの連続ですっ! ふふっ!」


 透明化している最中ひたすらに目を輝かせていたラミーは、そんな風にして私を()()()()()()のだ。


「……ぁ、いや、これは別に私が凄いってわけじゃなく、このアイテムがね、うん、凄いだけだから、私は別にね、その、普通だから、うん、でも、その、ありがとね、ラミー」


 なので、即顔面沸騰である。

 相変わらず褒められ弱点・極大の調子は非常に宜しいようで顔が熱いったらない。

 少し走ったりしたから熱いのだとうそぶくように手で顔をパタパタと仰ぐ私だったが、そこでふと気が付いた事があった。


「……あ。そういえば御剣」

「なんだ」

「タタコさんとタチバナさんはどこに?」


 よくよく考えてみれば二人の姿が無い。

 私は当然のように出発を急かせる御剣の態度からして、二人は先にジャポの地に降り立ったものだと思い込んでいたのだ。

 決して忘れていたわけではない。


「ああ、二人か? 二人なら先に出ると言って―――」


 うん。やっぱりそうだ。私の予想は外れてはいなかった。

 決して忘れていたわけではないと、そう言っただろう?

 もしこれで忘れていたなんて事があったら、私は初めての観光地を前に興奮するあまり友達の事を失念していたおばかさんという事になってしまうのでつまりこれは忘れていたわけでは―――。


「――――――っンだとコラァッ!? てやんでぃべらぼうめぃ!! 俺の何がいけねえってんだぁッ!?」


 と、そこで人々の往来の間を良く通る大きな声が聞こえてきた。

 とても聞き覚えのある声だった。

 誰の声か? タタコさんのだ。

 それも。すごく怒っているときのだ。


「―――言っていたのだが、どうやらすぐ近くに居るらしいな」

「……さいですか」


 思わず眉間を抑える。

 ……どうにも最近眉間を抑えるのがクセになってきている気がする。

 これはあまり良くない傾向じゃないだろうか。

 ともあれ嘆いていた所で話は進まない。

 怒り心頭と思われるタタコさんを鎮める為、ひとまず私達は甘味屋でみたらし団子を一本ずつ購入してからタタコさんの元へ向かう事を決めた。


――――――



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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームのキャラにどんどん近付いているのかな。ヤマブキたちはこれからどうなるのかめっちゃ気になる。すごい面白くなってきた
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