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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
72/97

3-17

 私達一行は船首へと躍り出る。屋外用プールが設営され、色とりどりのパラソル付きテーブルが並び、かつては客達に憩いのひと時を提供していたであろうそこは惨憺たる有様と化していた。

 全ては無残に破壊され尽くしている。ともすれば、船首自体が崩壊するまでにもう幾ばくの猶予も無いほどに。

 そんな惨状を引き起こしたのは眼前にて私達を待ち受けていた、船首に絡みつく巨大なイカのモンスターだ。

 今すぐに襲ってこようという意思はないようだった。触手を一本切り落とされた点からして、警戒していいるのかもしれない。

 瞳の色は血のように赤く、暗闇の中であっても爛々と輝いている。

 私の"ホスティリティ・センス"が激しく危険を訴えた。

 この、格が違うモンスターが発する感覚を、私は良く覚えている。きっと隣の御剣も。

 

「……ほう。ボスモンスターか。それもレベル100以上。いいではないか」


 ぎちり。と、聞かなければ良かったと後悔したくなるような恐ろしい異音を発しながら御剣がつぶやく。

 横目に様子を伺ってみれば、御剣の笑みは限界まで弧を描きあわや口裂け女一歩手前であった。

 瞳の色は血のように赤く、暗闇の中であっても爛々と輝いている。

 これではどちらがモンスターか分かったものではない。


「そうだね、御剣。よかったね」


 この時の彼女は本当に恐ろしくて近寄りたくないので、私はラミーと共にそそくさと五歩程距離を置く。


「……お、おう」


 それはタタコさんも一緒だ。私より御剣との付き合いが短いタタコさんであっても、それくらいは心得ている。触らぬアレに祟りなしなのだ。


「し、師匠。なんだか、ミツルギさんの様子が、おかしくありませんか……?」


 生理的な危険を察知したのか、ラミーが酷い怯えを見せた。


「いや、おかしくはないよ。御剣がおかしいのはいつもの事だし、むしろこっちのほうが平常運転というか……。ともあれ、ちょっと、御剣!」


 こういう時の御剣には何を言っても無駄なので普段は何も言わない私だが、流石に今ばかりは苦言を呈させて貰う。

 いかに御剣といえど、ラミーをいたずらに怯えさせていい権利はない。


「……何だ?」


 あと少しで何かがひび割れそうな御剣が、ぞろりとこちらを見やる。

 そのあまりの形相に私は膀胱が若干緩むのを自覚しつつ、気丈に振る舞う。


「―――もうちょっと抑えて。ラミーが怖がってる」


 本当は私だって怖い。もう本当に色々と決壊しそうな程怖いが、なんとか我慢しながら。


「…………そうか(殺すぞ?)それは(殺すぞ?)失礼をしたな(殺すぞ?)


 私からすれば形式程度にしか思えない謝罪の言葉だった。

 一言一言が、私の胸を刀で貫いてくるような鋭さを孕んでいる。

 ―――どうやら今回の対レベル100オーバーボスモンスター戦において、御剣は随分と淑女的であるらしかった。

 以前なら警告無しで私の腕を切り飛ばしに来るぐらいはしただろう。

 味方なのに。

 味方なのに!


「そ、そんじゃそろそろおっぱじめるか! な、なぁ!」


 タタコさんは御剣から更に三歩程離れていった。

 私達もそれに習い四歩程離れる。ついでに私と御剣の間に先ほど呼び出したゴーレムを立たせるのも忘れない。これで多少は安全になっただろう。眼前のイカよりも御剣の方がよほど危険なので。


「そうだな。始めるとするか」


 御剣からぶわりと殺意が膨れ上がった。

 それがブレイドマスターが持つスキル《威迫》によるものなのか、単純に御剣といういきものが発したものなのかは、残念ながら私では区別出来ない。

 いずれにせよ、その殺意を真正面から叩きつけられた大王イカは、様子見なんて悠長な事をしている場合ではないと勘づいたようだった。

 戦いの火ぶたが切って落とされる。


「――――――!」


 声も無く太い触手が三本、御剣に殺到した。

 左右、そして上からの連携攻撃だ。


「―――《無惨(むざん)》」


 それらを、御剣は神速の剣技でもって細切れにしていった。

 御剣というシュレッダーに巻き込まれた触手たちは大量の青い血を巻き散らかしながら肉の花を咲かせる。

 返り血をたっぷりと浴びた御剣の顔は()()()()()()

 まるでこれから愛しい男と夜を供にする女のように。


「……はぁ……」


 悩まし気に吐息を漏らす御剣。そんな彼女を前に、巨大イカはたまらず触手を退けた。

 その隙を見逃すほど私達は愚鈍ではない。


「タタコさん!」

「おしきた!」


 御剣の修行(と称するスパルタ式訓練)によって連携力を鍛えられた私達は、流れるようなコンビネーションを発揮する。


「《バラージ・ショット!》」


 アーチャー系攻撃スキルを発動させ、アヴソリュート・クロスボウから氷結効果のある矢を五連射させる。

 放たれた矢はそれぞれ巨大イカの触手に命中、次いで氷結効果を発生させ動きを鈍らせる。

 そうしてがら空きとなった巨大イカの懐目掛け、タタコさんが疾走していく。

 そんな彼女を止めようと触手たちがもがくが、もう間に合わない。

 私はアイテム・バッグから素早く《エクス・ストレングスポーション》を取り出し、クロスボウに着装、そしてスキルを発動する。


「《ポーション・アロー!》」


 クロスボウの矢が吸盤の付いた非殺傷の物と入れ替わる。それを確認した私はタタコさんの背中目掛け矢を放つ。

 ぱしゅっ。と放たれたそれはタタコさんの背中に命中、次いで衝撃によりポーションの瓶が割れてその中身をタタコさんにぶちまけた。

 これで支援体制は万全である。


「山吹、さんきゅっ! ちょっと背中がつめてーけどな!」


 きしし。と笑ったタタコさんが床板を踏み砕きながら飛びかかった。

 標的は巨大イカの眉間だ。この世界のイカタコもそうであるのなら、恐らくそこが最大の弱点であるとタタコさんは踏んだのだ。


「行くぜ! 《ぐるぐる・パンチ!》」


 タタコさんが右腕を空中でぶんぶんと振り回した。

 モンク系スキルの中でも地雷スキルと呼び声の高い《ぐるぐる・パンチ》。

 スキルを発動すると腕を回し始め、その回数に応じて次の一撃の威力を増すというスキルだが、如何せんスキル発動中は移動力が著しく鈍る為に、高AGI(俊敏)、中STR(筋力)による高速機動が戦の要となるモンクには絶望的にシナジーの合わないスキルである。

 だが、なぜか高VIT(体力)、高STR(筋力)のステータス振りをしているタタコさんにとっては、これ以上無いほど相性のいいスキルでもある。


「喰らえーっ!!」


 私が目視した限りでは六回腕を回した《ぐるぐる・パンチ》が巨大イカの眉間に突き刺さった。

 ばごん。と冗談みたいな大きな打撃音が鳴る。見上げるような巨体のイカの上体が面白いように弾かれて海老反りになった。

 きっと今ので数万ダメージは与えられた筈だ。びくびくと身体を痙攣させるその姿から、さきの衝撃が相当の物であるとうかがえる。

 しかし驚くべきはやはり巨大イカ。伊達にボスモンスターであるだけあってか、絶命はせず未だ健在。

 氷結効果が切れた触手が、まるで別に意思があるかのように私達を襲ってくる。


「―――危ない!」

「きゃあっ!」

「ぐえええーっ!」


 咄嗟にゴーレムを盾にしてその一撃を防ぐ。同時に二本の触手を防いだゴーレムはその巨腕でもって触手と格闘しているが、力の差は向こうの方が大きい。無詠唱で呼び出した急造品故に、持って後数十秒といった所だろう。

 タタコさんは低AGI(俊敏)のせいか回避できずに触手に捉えられてしまい、悶絶している。

 しかしながらああ見えてタタコさんが受けているダメージは微々たるものなので、早急な対処は必要ない。……後で怒られるかもしれないけど。


「ちっ。体力バカめっ!」


 ラミーを庇いながら矢を放つ私だが、それらはせいぜいが足止めにしかならない。

 いや、確実にダメージを与えてはいる。与えてはいるが、ボスモンスター特有の高HPのせいで致命的な一撃たりえないのだ。


 ……ではどうするべきか。

 答えは、タタコさんの一撃で致命的な隙を晒した巨大イカの上空に躍り出た赤い影が知っている。


「お前も、私の糧になれ」


 狂貌を浮かべつつ、それでいて恋人の胸に飛び込む様に。御剣が巨大イカ目掛け一直線に落下していく。


「―――《無限(むげん)》」


 ブレイドマスターの秘奥の一つが炸裂した。

 一閃。二閃。四閃。八閃。十六閃。

 コンマ秒よりも早く、剣筋がその数を倍々に増やしていく。

 《無限》。その攻撃スキルは、HPから運までの合計ステータス値に応じて、無限に攻撃回数を増やしていく性能を持つ。

 つまり、ゲームプレイヤーとして廃人であればある程、その威力は増していく。

 早すぎる剣筋は、私では三十二から先は視認できない。


「はははははははっ!」


 御剣いわく、"私のステータスでは最大五百十二らしい"との事だった。

 それだけの斬撃が一呼吸のうちに行われるのだ。オーバーキルどころの騒ぎではない。


「――――――!」


 悲鳴も無いままに、巨大イカの眉間が文字通り掘り進められていく。

 肉を穿ち体組織さえも切り裂かれた巨大イカの末路は、ただ一つである。


「――――――」


 全身を震わせ、触手をびくびくと痙攣させた巨大イカは最後の抵抗とばかりに全ての触手を天高く伸ばした。

 しかし、それは無為に終わる。

 ぷつんと糸が切れたように力を無くした触手達は、崩れ落ちるようにばたばたと倒れていった。


「……お、終わったんです、か?」


 御剣のあんまりにあんまりすぎる鬼人っぷりを直視したラミーが、可哀想な程怯えながら言う。

 私はそんなラミーの頭をよしよししながら抱きしめた。


「みたい、だね」


 戦闘時間は十分にも満たなかった。

 もしこれが私だけだったら事前に完全詠唱をしたゴーレムを数体用意するなど完璧に準備をして、それでも三十分はかかっただろう。

 けれど世は無情。極悪戦闘マシーンたる鮮血の御剣が居る限り、大抵の敵は数分でケリがつく。

 もう、本当に怖いし怖くて怖くて嫌だけれど、そこだけは御剣に感謝するポイントの一つだ。


「…………はぁ……たまらんなぁ……」


 そして件の御剣さんはと言えば、死体となり海にぷかぷかと浮かぶ巨大ボートと化したグロテスクなイカの上で、上気し赤らむ頬を隠す事無く戦いの余韻に浸っていた。

 おまけに手に付いたイカの青い返り血をぺろぺろと舐めていたりする。

 傍目から見てもそうでなくても間違いなく危険な人だ。


「御剣! 終わったんでしょ? だったらそれ飲んで、早く戻っておいでー!」


 こんな御剣の姿を私達以外の誰かに見られてしまうと御剣の経歴に傷が付きそうなので、私は彼女に《ミドル・スタミナポーション》を投げつけてやる。


「……うん?」


 血の味を堪能する呆けた様子の彼女であっても、飛来する物体をキャッチする程度の余裕はあったらしい。


「……そうだな。戻るとするか」


 親指だけでポーションのコルク栓を弾き飛ばした御剣は中身をラッパ飲みする。そして一息ついたあと。


「ボスドロップを回収したらな」


 腰のポーチから短刀を取り出して、イカの死体を抉り始めたのだった。


「……戻るのはいーけどよう」


 ややくぐもった、恨みがましい声が近くから聞こえてくる。


「俺のこれ。なんとかしてくんねーか。……山吹さんよう」


 それは触手によって簀巻きにされ、白い団子のようになっているタタコさんの声だった。


「―――もちろん直ぐになんとかしますとも。ゴーレムくん、タタコさんを助けてあげて」


 すっかり忘れていた。という事実は心に伏せておく。

 タタコさんの高い防御力を信じていただけなのだ。

 決して忘れていたわけではない。

 決して。


「いっ、いててっ、おうコラ! もちっと優しく剥がせっての! 吸盤が張り付いて、いてーんだってば!」


 タタコさんに絡む触手を引きはがすゴーレムを見ながら私は呟く。


「……ともあれ。これで沈没する事はなさそうで良かった良かった。事後処理がちょっと面倒臭いかもしれないけど、沈没するのに比べたら何倍もマシ―――」


 のだが。

 それが、良くなかった。


 ばぎり。


「うん?」


 なんだか、とても嫌な音が、したような。


「あん? 何の音だこりゃ?」


 みしみし。 びぎり。


「――――――嘘でしょ」


 びぎぎぎぎ。


「おい、山吹」


 ボスドロップアイテムを回収し終えた御剣が戻ってきた。

 そして、あっけらかんと言う。


「どうやらこの船。私の勘では後もう少しで()()()()()


 言ってはならない事を! さも当然のように!


「――――――~~~~~~~~~~っ!!」


 もう! もう! ふざけんじゃないよ! もう! 立ったフラグはきっちり全回収か!

 そんな必要性はどこにもないっていうのに! 神よ! †ゆうすけ†さんよ!

 何故私達をこんな目に遭わせるというのでしょうか! 是非に! お答え願いたくかしこみ申し上げますとも!

 胸中にて問い合わせるにも当然のように答えがある筈も無く。

 事態は最早一刻の猶予も許されないのであった!


「あああああああああっ! もおおおおおおおおっ! めん、どう、くさい!!」


 自棄になった私はアイテム・バッグから《エクス・マジックポーション》を三本取り出しがぶ飲み。

 満ち満ちるMPをブン回しながら、こっぱずかしい詠唱を垂れ流す!


「――――――意思なき土くれども! 我が呼びかけに応じるならば、その身に偽りの命をくれてやろう! しかして、そは一日一夜の命! 明晩を持たずして崩れ去る! されど命を欲するならば、されどこの地を歩みたければ、さあ、我が手を取り頭を垂れ、忠誠を示すのだ!《サモン・アイアンメタルゴーレム!》」


 私が持つDEX(器用さ)が許す限りの高速詠唱で、エクスクラメーションマークも大盤振る舞いだ!

 大量にMPを注いだ《アイアン・メタルゴーレム》その数八体! 私はそれらに命令を下す!


「今すぐに! どんな手段を使ってもいいから! この船を修理して!」

『いえす。MOM!』


 どたどたと走り回るゴーレム達。その一方で私はからっけつになったMPのせいで意識が飛びかけ。


「なんだ。直すつもりか? 別に私達なら船が沈没したところでどうにでもなるだろうに」

「そういう、もんだいじゃ、ない!」


 御剣の言う通り私達ならこれくらいどーってことないさ! けどね! 問題はそこじゃないんだよ!


「もう乗り物系の事故は勘弁だし! 笑い話にもならないし! 面倒くっさいし! 何より、何よりも!  ()()()()()()()()()()()()()()()!こんなふざけたイベントは! もうこりごりなんだよーーーっ!」


 と、私は魂の叫び声をあげ―――ばたりと倒れた。MPの使い過ぎで意識が飛んだのだ。


「師匠っ!? 師匠っ!? 師匠ってばぁっ!」


 ゆさゆさと私を揺さぶるラミーの声だけが無限に反響していた。


 ―――ああ。ゴーレム達が間に合えばいいのだけれど。

 もし間に合わなかった時は、申し訳ないけれど、御剣とタタコさんに頑張ってもらおう―――。

 

 

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