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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
71/97

3-16

 気が付けば外は日が暮れていた。通路に点々と灯る明かりに照らし出された、怯え逃げ惑う乗客たちの波に逆らいつつ進んでいく。

 この先は恐らく船首側だろう。近づくにつれて船の揺れが激しくなり、漆黒の闇に包まれた海側で白い綱のようなものが踊るのが視界の隅に見えた。


「いやあああああっ!! あなたあああああああっ!!」

「マリー!!」


 絹を裂く様な叫び声が上がった。声の聞こえた方をみやればそこには冗談みたいな太さをした、無数の吸盤を連ねる白い触手、つまりイカの触手に絡めとられた半犬人(ハーフドッグ)のご婦人の姿があった。万力のように締め上げる触手に耐えきれず、更なる悲鳴が上がる。

 旦那さんと思われる方は必死になってご婦人を救出しようと格闘しているが、まるでびくともしない。勇気ある乗客や船員が同じように触手に取り付いて努力しているが、それは殆ど徒労に終わっている様子だった。


「皆さん! 今すぐにその場所を離れて下さい!」


 そんなパニック映画じみたワンシーンに向けて私は大きく声を張り上げる。

 袖のポーションのパッチ―――ウェポンスタッカーからアヴソリュート・クロスボウを取り出しながら。


「巻き添えになりたくなければ、早く!」


 私の凶器を恐れた幾人かがその場所を退く。幸いな事に、空いた場所はご婦人が私の矢に限ればギリギリ巻き添えにならない程度の範囲だけだった。


「…………残念です、とても」


 ()()()()()()()()()()に感謝しつつ、私は射った。

 ばしゅっ。という発射音と共にクロスボウから矢が放たれ触手に命中する。途端、その箇所を中心に触手が氷結していった。アヴソリュート・クロスボウの追加効果によるものだ。

 氷結した範囲は触手のほんの一部だったが、それは問題ない。肝要なのは、足止めになるか否か、だったからだ。


「御剣!」


 その名を叫ぶ。こういう時、彼女は打てば響く鐘そのものだ。


「《居合・一段》」


 むしろ打つ前に鳴る。と言った方が正しいか。

 私がタスキを回すその前に御剣は身動きの止まった触手へと切り込んでいた。


「わかっているとも、なぁ、山吹」


 刀の銀筋が触手を縦に貫く。次いで刀を―――視認しただけで吐き気を催すアメノハバキリを―――引き抜いた御剣は、付着したイカの青い血液を払うように振った。

 振り払われた血液が床に叩きつけられ、びちゃりと―――鳴らない。

 血は、刀に付着した血はどこに行ったのか。影も形も無い。

 私が抱く疑惑を無視しさも当然そうに納刀した御剣の傍で、一拍置いてから触手が切り落とされる。

 切断面は機械加工された真円のよう。

 血の一滴も滴り落ちないそれは、切り出せば白い大皿のように見えない事も無い。


「マリー! マリー!」


 切り落とされた触手は力を失いくたびれている。そこに先ほどの旦那さんが取り付いて奥さんを救出せんとする。


「ああ……大丈夫、よ……あなた……」


 ご婦人の顔色は青いものの、大事は無さそうだった。

 引っ付いた吸盤を剥がすのに大変苦労しそうだが、無事で何よりである。

 しかし、だ。皆の知る通り、イカの触手は一本ではない。テンタクルスという名の示す通り、残り後九本ある。


「……私達は狼藉を働くイカに仕置きをくれてやった。と、くれば、大事な触手を切られた大王イカは怒り狂うだろうな。―――例えばこんな風にだ」


 誰に聞かせるでもなく一人呟く御剣に、さっと影がかかる。

 海側からのそりと上がった新たなイカの触手が、彼女を縊り殺さんとその狙いを定めたのだ。

 くの字になって溜めを作った触手が、弾かれたように御剣に迫る。

 御剣の頭蓋を砕き、身体ごと押しつぶさんとするその触手は―――。


「―――しかし! しかし! 触手は哀れにもぶん殴られ! ぐしゃっと砕け! 俺たちの食卓に上がるのでした! っとくらぁ!」


 横合いから飛び出してきたタタコさんの剛拳により爆発四散。その体組織を四方八方に飛散させ、ぐしゃどろのにくにくしいイカの白身を衆人と化した乗客らに振りまいたのだった。


 ―――ちなみに御剣は半身だけ振り向いた状態で飛来した肉片を全て手刀で叩き落とし無事。

 私はと言えば即座に無詠唱のゴーレムを一体展開し、その陰にラミーと共に隠れていた為なんとか大丈夫。

 乗客、乗員らと言えば、産地直送(SAN値直葬)の海産物を一身に浴びた事で余計に混乱が加速し、めいめい泣き喚きながら逃げ去って行った様子だった。

 きっと目の前の脅威が取り払われたのがとても嬉しかったのだろう。

 一時的驚喜(狂気)で済んで欲しいものである。


「一応警告はしましたからね、一応。……巻き添えになりますよって」


 私としては義務は果たしたので、後で文句を言われても知らぬ存ぜぬである。

 わたしたちはわるくないのだ。すべて殴打属性の攻撃しかできないタタコさんが悪い。


「ぶぇー。ぺっぺ! 盛大にぶっかけられちまった。口ん中にも白いのがどえらい入りやがるしよぅ……。んー? でもこれ、案外イケるな……んぐ……大王イカはアンモニア臭がキツくて食えたもんじゃない筈なんだが、うぅむ、ヘンテコでやがんの」


 そして回避手段のないタタコさんは全身がイカの肉と粘液とでどろぐちゃだった。

 どろぐちゃなのだが。

 ……その、その発言はあれですか、わざとですかタタコさん。


「ん? どーした山吹? さっさと先行こうぜ?」


 私の物言いたげな視線に気が付いたのか、タタコさんがきょとんとした顔で見てくる。


「……いえ、何でもありません。きっと今のは素なんだろうなと思いまして、はい」

「……?」


 謎の粘液に塗れるタタコさんは、その、非常に色々とアレでした、とだけは、ハイ。


「ふむ? どれ、試しに一口」


 そんな色々とアレなタタコさんの頬に張り付いたにくにくしいものを御剣がひょいと摘み、口に運ぶ。

 粘液が糸を引くそれをぬっちぬっちと咀嚼して、ごくりと飲み込んで。


「……ほう、確かになかなかイケるな。だが寄生虫が怖い。程ほどにしておこう」


 斯様な事をのたまうのであった。

 ……実に度し難い光景であった。これが元男でないただの美少女二人のやり取りであったのなら、さぞ美しきものであったろうに。

 というか仮にもモンスターの肉でしょう。そんなものを食うんじゃありませんよ! 野性味が過ぎるわ!

……いや、そういえばスカイドラゴンの肉を食べた事もあるし、今のは撤回しよう、うん。


「す、すごいすごいすごいっ! 師匠もそうですけど、御剣さんも、タタコさんも! その、ばーって! ずばって! どがーんって! 色々凄すぎてその、語彙が! ですね!」

「……うんうん、すごいんだみんな。色々とベクトルが変な方向に向いてるだけだけど、とにかくすごいんだようんうん」


 わうわうと目を輝かせるラミーだけが私にとっての唯一の癒しだ。

 彼女さえいれば、きっと私は全てがなんとかなる。


「……ともあれみんな、先を急ごう。今ので相手を本気にさせたのか、船の揺れが酷くなってきたし」


 船首側でお待ちの大王イカさんはきっと大層ご立腹なのだろう。このままではタイターン・ニック号が沈められかねない。

 そうなってしまっては以前のドラゴン墜落事故に引き続き沈没事故からの遭難事故に巻き込まれる事請け合いである。

 それだけはなんとしても避けたい。故にこの先、巨大イカ相手には情け容赦無用であった。



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