3-14
―――かくかくしかじか。とある程度の事情説明が済んだ後。
「ともあれ、その人がキャバリエさんちのメイドさん……タチバナさん、でいいのかな?」
「……はい」
私の手をきゅっと握りしめながらラミーが答えた。
微かに震えながらもきつ然として見据えるその先には、床に正座し両手に縄を打たれたメイドさん、タチバナさんがいる。
年の頃は私達とそう大差ないだろうか。釣り目がちな目元にちょこんとかけられた丸眼鏡が、几帳面さを強調する。
「タチバナと言うのか、ふぅむ」
「ふーん」
「……」
そんなタチバナさんに対面する私達はといえば、思い思いの姿勢で床に座していた。
私は正座だ。隣にひしと寄り添うラミーは正座が辛いのか足を崩している。御剣とタタコさんは乙女力ゼロの胡坐。まぁ二人ともスカートを履いていない為そういう座り方をするのはちっともおかしくはないのだが、少しは、こう、なんというか、座り方ひとつとってもシリアス感を出してほしいものである。
単に私がスカートで、こうしないとパンツが丸見えになるから羨ましいわけではない。
決して。
「…………くっ」
タチバナさんから無言の圧を感じる。"ホスティリティ・センス"が危険を訴える程には。
まるで親の仇を見るような目だ。
私は彼女にそんな殺意を持たれる程の事をしでかした記憶はないので、その辺りの事情を聞き取る必要がある。
そして、それは、今に限って言えば。
「……お久しぶりですね。タチバナさん」
ラミーの仕事だ。
「……久しくご無沙汰致しております、ラミー様。このような恰好で大変申し訳ありません」
タチバナさんが深く頭を下げた。高等な教育を受けた者特有の身体に染み付いたような流麗な動作だった。
そしてその頭は下がったままだ。そのまま数十秒と時間が過ぎていく。タチバナさんは何の反応も示さない。まるで彫像のように。
そんなタチバナさんの雰囲気に呑まれた、という訳でもないが、誰も彼もが無言のままで。
……やがてそろそろカップラーメンが良い具合になる程度の時間が経った頃。
「…………し、ししょぅ」
涙目のラミーが助けを求めてきた。
―――うん。わかる。すごくわかる。私だってこちらに来たばっかの頃にお相手にこんな対応されたら絶対混乱していただろうし。
という訳で愛しい愛弟子の為に助け舟を出す。
「(ラミー。多分タチバナさんはラミーの許しを待ってるんじゃないかな)」
「(許し、ですか?)」
「(うん。この手の忠義に厚そうな人はそういうのを大事にするタイプだと思うから、一言顔を上げて下さいって言えば、多分それで大丈夫)」
「(わ、わかりました!)」
こしょこしょと内緒話を繰り広げた後、ラミーはふんすと気合を込めて、それでも恐る恐るといった風に声をかけた。
「か、顔を、上げて下さい」
「……はい」
ようやくタチバナさんが頭を上げる。ラミーはほっと胸を撫でおろした様子で、しかしすぐさま気持ちを切り替えきつ然と質問をぶつけた。
「…………タチバナさん、あなたは……どうして、私達の前に現れたんですか? それにミツルギさん達を襲ったというのも、どうして?」
単刀直入に本題から、だ。それはとても勇気の必要な発言だと思う。
何せラミーにしてみれば、その質問は姉の安否を決定づける回答を得る事になるからだ。
姉が生きているのか、死んでいるのか。それはいずれ知る事にはなるだろう。しかしそれを今あえて聞き出すという事。それにどれだけの勇気が必要なのかを、私は良く知っている。
答えを知るまでは、何事も確定はしない。―――それは、愚かだが、とても心地の良いものだから。
「―――それ、は」
一時の逡巡。私はその一瞬の間に含まれた感情を読み取り、暗澹たる思いを抱いた。
ああ、なるほど、つまりはそういうことか、と。
「……ラミー様のお姉様、ベルカ様が―――」
ほらきた。やっぱりだ。世界はいつも残酷で、運命の女神とやらはとびっきりの性悪女ときた。毎度の事、嫌な予感だけは的中する。
……けれど今の私には力がある。それに死者蘇生が可能な会長だっている。問題は、ない。
船がジャポに到着したらすぐにとんぼ返りをして、キャバリエ家に突撃して、それからラミーのお姉さんの死体をまかり間違っても火葬なんてしてくれるなと念を押して会長のとこまで飛んで―――。
「――――――ジャポの若き将軍ダイドウに見初められ、半ば誘拐という形で無理やり嫁入りさせられてしまったからです」
「――――――カァーッ!!」
「師匠っ!?」
「おおぅ!?」
その時の擬音はこうだ! ズコーッ!! だ! 他に表現しようがあろうかいやない!!
「どうした山吹。正座したまま転ぶなどと器用な真似をして」
そら転びもするわさ! 御剣! きさんも少しは私の気持ちを分かれ! 分かってくれ!
いや、いやいやいや! 良い事なんだよ!? ラミーのお姉さんは死んでない。それはとても良い事だし! それが分かったラミーの安堵した表情が見られただけで私は十分だよ!?
だけれどもね! この、私が抱いていた黒い決意とかなんやらがですね! 一瞬にして馬鹿らしくなったと言いますか! 無駄になってよかったものなのは間違いないのですが! しかし!
―――と、とにかく! 私は運命の女神なんかに謝ったりしないからな! 今まで幾度となく弄ばれてきたんだ! ちょっと予想と外れたからって私は絆されたりなんかはしない!
†ゆうすけ†さんに誓っても!
「い、いや。ちょっと足が痺れただけだから、うん、問題ない、私は大丈夫」
「そうですか……?」
「おお? まーそうだよな、正座はつれーもんなぁ。山吹も胡坐ですわりゃいいのに、楽だぜ?」
「いえお構いなくタタコさん。これは私がそうしたいからそうしているだけです、ので!」
深呼吸をひとつ。なんとかして精神を落ち着かせる。これ以上情けない姿はラミーの手前見せるわけにはいかなかったが故に。
「どうぞ、話を続けて下さい」
居住まいを正し、先ほどの続きを促す。
私のせいでいささか緩んでしまった場の空気だが、それをぴりっと引き締めるのはタチバナさんだ。
続きを、と伝えたにも拘らずこちらを睨みつけてくるばかりのタチバナさんは話を続けようとはしない。
その様子にピンときたのか、ラミーが少し怒りを滲ませながら言った。
「タチバナさん。黙っていないで、話をして下さい」
「……はっ、申し訳ありません、ラミー様。では、申し上げます。事の詳細は―――」
深々と頭を下げたタチバナさんが、ややあってその先を語ってくれた。
その内容を私なりにかみ砕いて説明すれば、次の通りだ。
ラミーのお姉さん……ベルカさんは歳の近かったキャバリエ家次期当主オルラントの代わりとしてキャバリエ家に連行された。
そこで一つ疑問が生ずるが、性の違う、それも妾の子が何故次期当主の代わりに成れたのか、という点については"多感な時期故に男装していたオルラントがとうとう女として生きる決意を固めた為にそれまでの男らしい振る舞いを止め名も女らしいものとしたから"、だそうだった。
聞いていて無茶苦茶にも程があるとは思うがそこはそれ。ドーガスタに名を轟かせるキャバリエ家の威光と権力を以ってすれば、その程度の無理は如何様にも通せるらしかった。
そんなこんなで晴れて次期当主となったベルカさんはキャバリエ家で暮らすうち、縁談が舞い込むようになったという。
まあ、それは当然だと思う。ドーガスタ随一の貴族というネームバリューを抜きにしても、そもそもからしてラミーは美少女だ。であれば、ラミーのお姉さんが美人さんじゃない筈がない。
だが、キャバリエ家は縁談の事如くを破棄。家柄がお目にかなわなかったか、はたまた他の理由かは知らないが、とにかくベルカさんは未婚のまま十八歳を迎える事となる。
十八歳。である。
グラン・アトルガム王国、ひいては小国家ドーガスタにおいても成人が認められるのは十五歳だ。
そんな世界にあって十八歳で未婚というのは、中々に行き遅れに片足を突っ込んでいる年齢であった。
そんな折だ。ベルカさんは供回りを連れて王国へとやってきた。
表向きは王国主催の舞踏会(という名の婚活)に招かれて。裏向きは、年に一度会えるラミーの為に。
そこでベルカさんを見初めたのが件の男―――東の果ての果て、王国からすればドが付く田舎からやってきたダイドウ将軍という訳だった。
―――そして。
「―――舞踏会のさなか、ダイドウ将軍はその場でベルカ様に求婚致しました」
「プ、プロポーズ、ですか!? お姉ちゃんに!?」
「はい。……ただ、その場では田舎者が勇み足を踏んでの事だろうと皆が一笑に付しました。野蛮な田舎者のジャポの男と、小国とは言え一国の代表的な貴族たるキャバリエの娘では、あまりにも格が違いましたから。……ですが、あの者は本気だったのです」
タチバナさんがぎりりと歯噛みする。
「無事に日程を終え、ドーガスタへ帰る私達は旅の道程で怪しげな黒ずくめの集団に襲われました。……そして、不甲斐ない事に、ベルカ様を誘拐されてしまったのです。後に残されたのは一通の手紙のみ。そこにはただ一言、こう記されていました。"―――花嫁を頂きに馳せ参じ候。ダイドウ"と」
悔しそうに語り終えたタチバナさんはそこで顔を伏せた。
「…………うぅーん……」
どうやらそれが、今回の事の顛末であるらしかった。
中々に激烈なアピールに思わず閉口する。ダイドウ氏には申し訳ないが、"野蛮な田舎者"という蔑称はあながち間違ってもいないと思うのですが、ううむ。
それにしたって凄いのはダイドウ氏だ。下手をすればドーガスタ・ジャポ間の国際問題となりかねない蛮行である。それを分かってやっているのか、分かっていないのかによって、ダイドウ氏の人となり、そして本気度が伺えそうである。
「……そして、あなたたちです。特にあなた―――ヤマブキ、ヒイロ」
とにかく話の流れとしては最悪は回避したものの、転び方次第でもっと酷い展開に発展する可能性を考慮したほうが―――うん?
「私達がラミー様の身を守るために放った隠密護衛を伊達になるまで痛めつけた。ラミー様の周辺に一歩たりとも近寄らせなくしたあなたが。危険度極高・重用監視対象人物たるあなたが! この時期に、ジャポ行のタイターン・ニック号に! 怪しげな二人と一緒にラミー様を連れて行こうとしている! ―――申し開きがあるのなら言ってみなさい。"おそろしい緑色!"あなたは一体幾らでダイドウに雇われたのですか!?」
――――――。
なんだか。たちばなさんは。なにかものすごい。かんちがいをしておられるようすでした。
「――――――カァーッ!!」
「しっ、師匠っ!?」
本日二度目のズコーッ! である!
何が! どうして! そうなる!?
大体護衛を伊達にしたって何の事だ!? 身に覚えがありすぎてわかったもんじゃ―――。
と、そこでぴきんと閃くものがあった。
まさか、まさかあれか!? 以前私の家に盗みに来た奴をボッコボコにして追い返した時の事を言っているのか!?
もしその人物がラミーの隠密護衛だと仮定すれば、非常に忌々しい事だが、つじつまが合わないでもない!
「…………~~~~~っ」
ほらきた! やっぱりだ! 世界はいつも残酷で、運命の女神とやらはとびっきりの性悪女ときた! 毎度の事、嫌な予感だけは的中する!
もう! もう!! なんでだよぅ! しかもおそろしい緑色って! そんな二つ名を付けるぐらいならもっと可愛―――いや、違う、何でもない。
とにかく。
とにかく!
やんぬるかな!




