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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
62/97

3-7

 ぱちり。と目を覚ます。

 何か懐かしい夢を見ていたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 久しぶりに一人で目覚めた私は朝の支度を手早く整えると、宿のロビーへ足を進めた。

 昨夜の時点では気にする余裕が無かった為気が付かなかったのだが、そこには軽食を提供する小さなレストランが併設されていたようだ。

 朝も早いというのにレストランには幾人かの宿泊客の姿がある、その中に赤色の少女の姿を認めた私は片手を上げて彼女に近づいて行った。


「おはよう。よく眠れたようだな、山吹」


 御剣だ。昨夜の疲労感がまるで無かったかのようにさっぱりとした様子の彼女は、そのすらっとした脚を組んで堂に入った仕草で朝のコーヒーを楽しんでいる所だった。

 まるで朝の優雅なひと時を楽しむ貴族令嬢のようですらある。

 ……彼女が座る席のテーブルの上に鎮座する、五枚ほど重ねられた空いた皿が無ければまさしくそうであったろうに、いちいち惜しい女だ。

 相変わらずの健啖家っぷりに、その元気を少し分けて欲しくなるくらいである。


「おはよ、御剣。タタコさんにラミーはまだ寝てるの?」


 そんな彼女の向かいの席に腰掛けた私は、席に備え付けのメニューからトマトサラダとトーストのセットを選びボーイに注文する。勿論緑茶も忘れずに。


「そのようだ。飛竜の旅に続き、昨日の馬車の疲れが出たんだろう」


 そう語る御剣だが、彼女にはやはり疲れた様子は少しも無い。

 それは彼女が体力おばけだからという訳ではなく、以前の私と御剣はこんな風に旅に出る事が多かったので、単純に旅慣れている所が大きい。

 旅慣れていないタタコさんやラミーにはさぞやつらかろう。

 旅を始めて数日は慣れない環境に興奮を覚えて体が疲れを忘れるものだが、それは数日だけ。後々になって襲い来る疲労感はなかなかに如何ともしがたいものがある。


「じゃあ起こしてあげるのは後にしよっか」

「……そうだな」


 未だ夢の世界を彷徨う二人を起こすには忍びないというものだ。

 スタミナポーションを飲めば疲労が回復出来るとはいえ、それとこれとは話が別。

 安眠。という何物にも代え難い貴重な生理的活動を邪魔する権利は誰にだって無い。

 少なくとも御剣はそう思ってはいないようだが、私は違う。日々より良い安眠を求める探求の徒としては、遅刻だとか待ち合わせに遅れるだとかのどうしようもない理由が無い限りは、寝ている人は起こさぬべきだと思っている。


「お待たせ致しました。緑茶とトマトサラダ、トーストのセットでございます」

「ああ、ありがとうございます。……はい、お代です」

「……確かに。それではどうぞ、ごゆっくり」


 ボーイが運んできた朝食を受け取り代金を渡した私は、静かに手を合わせ祈りを捧げ。そして朝食を食べ始めた。

 その間御剣はといえば、どこからか買ってきたのか安っぽい紙質の朝刊を広げ読んでいるところだった。


「…………」


 その目の動きはかなり早い。本当に読んでいるのかと疑いたくなるような速さだ。

 恐らくだが、新聞の記事の内容が相当につまらないために斜め読みをしているのか、或いは全てを凄まじい速さで読解しているのか、のどちらかだろう。

 御剣はそのどちらにも当てはまる女なので、見ているだけの私では一体どちらなのかといった判別は残念ながらつかない。

 そんな中、御剣は一つの記事に目を留めてそれを読み始めた。


「アトルガム王国に蠢動する"闇"。――――――アトルガム王国国王は先日国家非常事態を宣言、王都で大量破壊行為を行ったテロ組織"教団"に対する特別対策委員会を設置し、委員長にダラス=シーモア元帥を据えた万全の体制を敷き、対"教団"に向けて戦争も視野に入れた活動を行うと発言。その一方でナライ法国は"隣国として教団の大量破壊行為に大変な被害を受けた王国に胸を痛めている。また、世の平定を望まれたエミル神の名の下に法国はアトルガム王国の意向を全面的に支持するものである"と発表し、王国を支持する姿勢を見せた。――――――か」

「…………流石会長。行動が早い」


 御剣が読み終えた記事の内容は当然私達も知る所である、ここ数日の間に王国が発布した非常事態宣言についての内容であった。

 その内容は分かりやすく言うのなら、"王国は教団を敵認定したから、これからは教団に対しては無慈悲に動いていくよ"という宣言だ。

 実際、宣言通りに王国は"教団"の捕虜に対し人道を無視した取り調べを行っている。

 恐ろしいものだ。"教団"の糞ったれ共がどうなろうと私の知った事ではないが。

 この期に今までのツケをたっぷりと支払ってほしいものである。


「あいつはこの件に関して山吹と同等か、或いはそれ以上に()()()()()だったからな、当然だろう。この為ならば、あのキツい加齢臭だって我慢できます――――と口にしていた程だ」

「そりゃまた気合入ってるなぁ……。私も見習わないと」


 法国の惨状を目の当たりにしたセラフ会長にとって、今回の話はそれだけの覚悟を以って望む案件だという事なのだろう。

 無論、私とて同じ気持ちだ。

 ただ、立場的に会長と私では動ける規模が違うが、それは単に私と会長では対"教団"に向けての活動に差が出るという事にはならない。言わば会長は将棋の飛車角。私は歩。どちらの駒にも、駒なりの動き方というものがある。

 大局を動かすのは会長の仕事だが、現場の情報を仕入れ時には戦闘もこなすのが私の仕事なのだから。


「……ふぅ」


 朝食を食べ終えた私は冷めて丁度いい温度になった緑茶を啜る。

 朝刊を読み終えた御剣はそれをパタンと閉じ、テーブルの上に乗せた。

 一面には「行方不明のキャバリア家令嬢、未だ捜索が続く」との記事が躍っていた。


「失礼します、こちらの空いた皿などはお下げしても?」

「ああ、頼む」


 気を利かせたボーイが御剣の空いた皿と朝刊を下げていく。

 それを横目にしつつ、私はぼんやりと昨日国境で見たドーガスタの英雄の銅像を思い出していた。



 それから暫くの間御剣と駄弁っていると、タタコさんとラミーが二人して眠そうに瞼を擦りながら私達の前に現れた。

 時刻はおよそ十一時。完全なお寝坊さんである。

 ともあれ、今日はそれほど予定が込み合っているわけではないので問題はない。


「おはようございます……。すみません、師匠……。こんな時間まで寝ちゃってて……」

「ううん。大丈夫だから気にしないで?」


 申し訳なさそうにラミーが私の隣の席に座る。


「ふわぁー……おはようさん。うー、悪い、完全に寝坊したわ」


 タタコさんは大あくびをひとつかましながら、御剣の方へ。


「気にするな、どうせ今日の予定は乗船するだけだったからな。なんなら昼の三時まで寝ててもかまわんぞ?」


 御剣にしては実に優しい言葉だ。これがソードマンギルドの門弟に向けてとなると話が違う。

 多分声をかける前に刀の切っ先が喉元へと向かうだろう。


「うぅっ、それは流石に寝すぎですよ御剣さん……」


 ラミーが苦笑する。

 その際、ラミーがテーブルの下の私の膝にこっそりと手のひらを乗せてきた。

 思わずどきり。としながらラミーを見やる。


「……ふふっ。私の顔に何かついてますか? 師匠?」


 するとラミーは相変わらずの愛おしい、とろけるような笑顔でそう言ったのだった。なんでもないように。


「……う、ううん。なんにも」


 少し赤らみ始める顔でそう返答する。

 その最中にも、彼女の手は私の膝の上を離れようとはしない。

 すりすりと、撫でまわしてくる。指先でちょいちょい、と突っつかれる。


「そういえば、豪華客船ってどんな感じなんですか? 私はあまりフントの街に来たことがないので、普通の船しか見たことがないんですよ」


 ごく自然にそう問いかけるラミーはその手を徐々に太ももへと滑らせてくる。

 つつつ。となぞられると、背中に得も言われぬ感触が走る。


 ―――あ、あのう、ラミーさん、さきほどから、その、一体何をしていらっしゃるのでしょうか?


「ふむ。そうだな……。私もあまり詳しくは知らないが、百名規模の客員が乗船出来る相当に大きい船らしい。客室の豪華さは言うに及ばず、船内カジノにバー、屋外にはプールが設営され、航海中に魚を釣り上げた客にはその場で調理を行うサービスも提供しているとか、パンフレットに書いてあったな」


 ラミーの手つきが徐々に遠慮を無くしていく間、御剣はおとがいに手を当て記憶を探りながら私達にそう語る。


「へー。そりゃすげえな。ちなみに名前は?」

「――――――()()()()()()()()()号だ」


 ―――――― 一瞬、その場が凍った。ラミーの手つきを除いて。


「……は? なんだって? 御剣、もっぺん言ってくれ、何かの聞き間違えだと思うんだけどよ、タイ……タニックとかなんとか、言わなかったか?」

「タイターン・ニック号だ。……どうだ? ワクワクする名前だろう?」

「え、縁起でも無い!」「え、縁起でも無ぇ!」


 ラミーに太ももを弄られながらも、私とタタコさんの声が重なる。

 いやもうさっきからどういう意図があってこんなセクハラじみたごほうび――――――いたずらをラミーがしているのかが気にかかるが、最早それどころではないのである。


「ちょっとちょっと! その名前なんなの!? もう"沈没するしかない!"みたいな名前は!」

「そうだぜ!? 普段映画なんか見やしねぇ俺だってその名前ぐらい知ってらぁ! どういうこったよ御剣!」

「えっ、えっ? あの、お二人とも何をそんなに騒いでいるんですか……?」


 泡を食ってかかる私とタタコさん、それと疑問符を浮かべながらようやくその手の動きを止めたラミーを前に、御剣は飄々とした様子で返す。


「二人の気持ちも分かるが安心しろ。今は春だぞ? 渡航ルートに氷山なんて無い事は確認済みだし、タイターン・ニック号は今回が処女航海という訳ではない」


 その答えに、私達は納得がいかないなりにも少しばかり平静を取り戻すことが出来た。


「……お、おぅ、それもそうか今は春だもんな」

「……むぅ。それにしたって、その名前はちょっとなぁ……」


 だが、だからといって不安感が拭えたわけではない。

 あまりにも沈没フラグ感満載の名前に、今までそういったイベント関連と遭遇してきた()()からすれば、その名前が()()だけで終わる筈がないのである。

 もう本当に。

 まっこと! 勘弁してほしいのである!

 墜落事故の次は沈没事故とか、笑い話にもならないので!


「まぁ、確かに進行ルート上に巨大な水棲モンスターの影が年に一度観測されているそうだが、私達が出会う確率は低いだろう」


 そんな悲痛な私の願いをあざ笑うかのように、御剣が知りたくもない情報を開示しフラグを積み重ねていく。


「待って! 御剣! もうそれ以上喋らないで!」

「……何故だ? まぁ聞け山吹、タタコ。よしんばモンスターに遭遇した万が一の場合も鑑みて、豪華客船タイターン・ニック号には最新式の稼働砲台二十八門と魔術砲台十六門を戦艦さながらに搭載しているというのに。有事の際はこれが災厄を除けてくれるらしいぞ? ははははは!」


 そしてトドメとなる()()()とかいううたい文句。

 御剣は何がおかしいのかからからと笑い、反比例するように私とタタコさんの顔は青ざめていく。


「…………あのさ、御剣」

「うん? 何だ?」

「今からでも帰る、っていう選択肢は」

「無いに決まっているだろう。斬られたいのか?」


 最早事ここに居たり、逃げ道などありはしなかったのである。

 南無三。


「……悪い山吹、俺は飯は後で食うわ。今の内にそのタイターンなんとかを探して、避難ボートの位置とか確認してくるぜ」

「お願いタタコさん!」

「任せろ! ついでに非常食も買い漁っとく!」


 危機管理能力に長けたタタコさんが一も二もなく飛び出していく。

 そんな様子をぽかんと見つめるラミーは、実に不思議そうに。


「えっと…………一体全体、どういう事なんでしょうか?」


 首をかしげながら、私に問うたのであった。



 その後、タタコさんが帰ってくるまでの間ラミーにこっそりと先ほどのあの手の仕草はなんなのかと問い詰めた所。


「……だって、昨日は師匠と一緒に寝られませんでしたから。師匠の事、触れて、感じたくなったんです。本当は抱きつきたかったんですけれど、そうすると、師匠、なんだかちょっと大変みたいだから……。

あ、あの……今日は……一緒に寝ましょうね? ね? 師匠?」


 なんて事を、私に囁いたのだった。


 それを聞いた私は無論のこと、胸がきゅんきゅんと高鳴り顔が真っ赤になったのは言うまでもなく。


 実際の所、ラミーの行動を一部始終御剣が見抜いていた事を知るのは、その日の夜になってからだった。


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