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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
61/97

3-6?

2/14に突然ブチ込まれる謎の幕間!

 バレンタインデー。

 その由来を紐解くのはウィキペディアだの雑学本だのに任せるとして―――。

 二月十四日、バレンタイン、である。

 極東の島国にて本家本元のそれとは異なる進化、あるいは変化を遂げたバレンタインデーは男女共々そこはかとなくそわそわする一日。

 子供も、大人も、おねーさんも。日頃の感謝の気持ちを込めて贈ったり。

 あるいは意中の相手に送る事もあれば、友達付き合いの一環として贈る事もあるのでしょう。

 あの、甘い甘い。カカオと砂糖と素敵なものが詰まった、バレンタインチョコを。


 ―――その風習は世界が変わっても変わらない。

 何せ、この世界そのものが元々は純日本製オンラインゲームだったのだから。



「……参ったな、これは」


 新緑の若葉を落とし込んだような、目の覚めるような緑髪の少女が困ったように呟いた。

 名を山吹緋色。辺境の田舎町オーラムにて薬屋を経営する、昨年の冬にこの街に引っ越してきた少女である。

 うんうんと唸る彼女の眼前に鎮座するは、数々の調理器具と共に試行錯誤を凝らしたであろう結果誕生した、黒く焦げ臭い匂いを発するおいしいおかし(ヤバイブツ)であった。


「チョコレートくらいフィーリングでなんとかなるかと思ってたのに……いや、本当に参った、お菓子作りを舐めてた」


 山吹はバツが悪そうに頬をぽりぽりと掻く。

 彼女がかけたエプロンには調理中に跳ねたのかチョコレートが血糊のようにべったりと付着し、それは調理台周辺もそうだった。

 現場はまさに殺人事件もかくや、という有様。

 扱いに困ってほったらかしになったへらや泡だて器、未だ黒い煙をもうもうと吐き出すレンガのオーブンがその凄惨さを物語る。


「っかしぃなぁ……料理くらいは人並みに出来るのに……何がいけないんだろう……?」


 自分はそれなりに料理が出来る。というそこそこの自己評価を持つ彼女は上手にお菓子が作れなかった事実に対し、実に不思議そうに疑問符を浮かべ続ける。


 その、そこそこの―――


 ―――赤髪のブレイドマスターや聖衣のアークビショップに言わせれば"あれは料理ではなくただのガソリンだ"だとか"料理をご馳走して頂けるかと思えば前衛的なオブジェが出てきた時は肝が冷えました"というありがたい批評を陰で頂戴しているという事実を抜きにすれば―――


 ―――自己評価を持つ山吹としては、今現在の状況は解が一向に出てこない問題を前に頭を悩ませる学者のような気分であった。


「……湯煎……湯煎だよね? うん、湯煎まではちゃんとチョコっぽい。いつも熱燗を作る要領で魔法で温めてやればいいだけだし。で、()()させたチョコの温度を利用してバターと砂糖を混ぜる。ここまでもいい。いい感じに溶けてるし、うん。それからココアパウダーと卵を投入して、しっかり混ぜる。……あー……もしかしてここで泡立たせないとダメなのかな? 混ぜ方がよくないとか、うん、その可能性もある。次はもっと根気よく混ぜてみようかな。料理人は体力勝負だって言うし、物は試しだ」


 難解な問題を前に、山吹先生は独自の理論を以って果敢に立ち向かっていく。


 ―――そもそもレシピ通りに作れば問題ない。だとか、手順がおかしい上に足りない材料も有る、などという事実は彼女にとって埒外である。何せ自分が今作っている物はお菓子であると信じているのだから。そもそも前提が間違っている事に気づく筈もない。


 がしゃがしゃと派手に音を立てる泡だて器。

 ボウルから飛び散る甘い液体が頬にかかっても彼女は気にも留めない。それどころか、この難敵を前に"ラミーの為だ! 俄然燃えてきた! "とばかりに体中にやる気を満ち溢れさせ、その手の動きを高いSTR(筋力)DEX(器用さ)に任せるがまま加速させていく。


「よっし! 次こそは行ける筈!」


 山吹の魔法によって三百度近くまで余熱―――もとい加熱―――されたオーブンの中に、泡立った液体がなみなみと注がれた型がぶち込まれる。


「後は三十分後のお楽しみ、と」


 会心の笑みを浮かべた山吹は待機中の暇つぶしとなる新たな本を漁りに私室へと向かう。

 それから再びオーブンから黒煙と共に異臭が放たれるまで、そう時間はかからなかった。


「……なんでぇ……? どうして出来ないんだ……どうして……?」


 項垂れる山吹だが、答えは正しいお菓子作りのレシピのみぞ知る所である。

 がんばれ山吹。負けるな山吹。

 バレンタインデーまで残り後七時間。諦めるには、まだ早かった。










「参ったな、これは」


 そう口にしたのは、その燃え盛るような長髪はおろか服装までもが暴力的な赤一色の少女だった。

 名を御剣。剣士として最も栄えある称号たる"剣聖"の名を欲しいままにする、ソードマンギルド会長である。

 おとがいに手を当てて思案する彼女の眼前には、来客用のテーブルにうず高く積もる手紙付きのチョコの山があった。

 全て送り先は御剣である。


「まだ前日だろうに。気の早い事だ」


 呆れながらそう呟いた御剣は、山の中から一つを適当に引っ張り出す。

 その際にチョコの山が崩れたが彼女は一切気にしなかった。

 何故なら、その下。つまり床にも彼女宛てのチョコが沢山転がっていたからだ。

 つまり、床に転がるチョコが今更一個増えようが減ろうが関係ない、という訳である。


「凝った装飾に、この仰々しい手紙……。成程、察せようものだ」


 御剣の手の中に納まるチョコは絹織物でラッピングされ金糸で細やかな刺繍が施されている、付属する手紙には上質な紙を使用した上に貴族御用達の封蝋で封がされてあった。

 高級な雰囲気漂うそれらを。


「―――だとしても。気にはせんが」


 彼女は遠慮もへったくれもなくバリバリと破いて中身を検分する。


「なになに……? 

―――拝啓、ミツルギ様。貴女は私の事を覚えていらっしゃいますか? 私は覚えています。忘れもしないあの日、モンスターに襲われそうになっていた私にまるで伝承に謳われた英雄のように颯爽と駆け付け、鮮やかにモンスターを退治して見せた貴女の雄姿を!

あの日以来、私の胸の中にはいつも貴女が居ます。―――ああ! この焦がれるような想いをどう表現したらよいのでしょうか!

貴女の事を想うたび、心は千々に乱れ胸の高鳴りが止むことはありません。

この気持ちは―――そう! まさに、貴女への愛に他なりません!

貴女に出会った時、まさか()()()()にこんな気持ちを抱くなんて、と思いもよりませんでした。

けれど、もう私のこの気持ちは抑えきれないのです! 私のこの止めどない愛の心を、どうか受け取って下さい! ミツルギ様!

私は貴女の事を、お慕い申し上げています……。―――草々。 グリンバルデ=サーシャより、愛を込めて」


 解いたラッピングの先には、あからさまなハートマークの形をした、甘い匂いを漂わせるチョコレートがあった。

 そして、ついでに何某家の家の鍵と思われる物体もついでに同封してあった。


「長いわ、たわけ!」


 一息に手紙を読み終えた御剣は手紙と同封された鍵とをほいと放り捨て、チョコを掴むと口の中に押し込むようにして入れてしまい、それから削岩機のようにバリバリと咀嚼した。


「ばきごきがり……。うむ、まあまあだな。……それにしても、グリンバルデ? どこの貴族だ? 大体、サーシャという名にはこれっぽっちも記憶がないのだがな……むぅ」


 御剣は剣聖の称号を得る前までは、大陸中の各地を飛び回って好き放題にモンスターを狩り尽くしていた。

 その際に、たまさか誰かを助ける事もあったりなかったりしたが、だからといってその中にサーシャという名の人間が居た記憶はまるでなかった。


 ―――実際には居たのだが、単に御剣の興味の範囲外であったため覚えていないだけ、というのが真実である。


「まあ、覚えていない、という事はどうでもいい事かそもそも知らないという事だ。別段気にするほどのものでもないな」


 御剣はそう呟くと記憶の掘り起こし作業をすぱっと止め、再びチョコの山の中から一つを掴んだ。

 中を検分すると、大体手紙の内容は先ほどと殆ど同じような内容だった。手紙の送り主が女性なのも、同じだった。


「ばりぼりぼり……ごくん。だから知らん名だと言ってるだろうに。大体、どうしてこう、私の住所を探り当てた上に皆で示し合わせたかのようにして大量に送り付けてくるんだ? 新手の嫌がらせか何かか? まったく」


 ため息をついた御剣はそうやって、残るチョコの山をどんどん処理していく。

 彼女は今朝からずっとこうして対チョコレート戦争をこなし続けていた。

 昼頃になってようやく目途が付き始めたころ合いだったが―――。

 もう、飽き飽きだった。


「糖尿病にでもなったらどうしてくれる……」


 どんな事態も飄々と受け入れ豪胆に食い破る御剣にしてはらしくもない、うんざりとしたため息が零れ出た。


「……うむ。明日は逃げるか。三十六計逃げるに如かず、という奴だな」


 そうと決まれば話は早いとばかりに、御剣は副会長の目を盗みいかに逃走するかというプランを脳内で組み立てていく。

 頭脳労働の為に糖分が消費されていくせいか、チョコレートを食べる手と口が進むのがいささか皮肉であった。


 ―――翌日。姿を消した御剣は怒り心頭の副会長に王都中で追われながら過ごす事となった。

 結局一度も捕まる事は無かったが―――深夜にこっそり帰宅した際、御剣の文机に質素な造りの小箱がそっと置いてある事に気づいた御剣は、何かを察したような笑みを浮かべて、ワインを片手に副会長の部屋を訪れたのだ、とか、何とか。








「いやー参った参った、どーしたもんかね! ハハハ!」


 快活に笑いながらそう口にしたのは、頭に巻いた黄色のバンダナとショートのシャツが健康的に焼けた小麦色の肌とマッチしている少女だった。

 名をタタラベタタコ。最近王都の鍛冶組合に参加したばかりの、期待の新人鍛冶師だ。


「参った参ったじゃねえこのバカ娘がっ!!」

「痛ってぇ!」


 タタコの頭に拳骨を落としたのは鍛冶組合の親方たるトールドルだ。

 平均的鍛冶師の例に漏れず焼けた肌と鍛え抜かれた体躯が眩しいトールドルは、御年六十歳を超えても尚旺盛である。

 彼は黙って貴重な鉱石を勝手に溶かし勝手に剣を打っていたタタコを叱りつけている所だった。


「テメェ、タタコ。お前何回言やわかんだ。勝手に! 俺んとこの! 鉱石を使うなってんだろうが! おまけにそれで剣も打ちやがって!」


 喝。と響く怒鳴り声がタタコに直撃した。

 大の大人でも恐怖のあまり失禁しそうな鬼の表情と合わせて、である。


「いやー悪い悪い。もーどうにも我慢ならなくってな、ついつい打っちまったんだ。ほら、親方ならわかんだろ? 今日はとことん打ちてえー! って気持ちがさ?」


 だと言うのに、タタコはどこ吹く風。

 あまつさえ組合のルールを犯した自分の事をこれっぽっちも悪く思っていない様子だった。


「ああ、いやまぁ確かにそりゃわかるが――――――じゃねぇ! そういう話じゃねえだろうが! 決まりを守れって話をしてんだよ今は!」

「ったぁ!? ……親方、また殴りやがったな!?」

「またもクソもあるか! このバカチンが!」

「なんだと!?」


 二人はぎゃあぎゃあと噛みつきあう。


「…………」


 そんな様子を遠巻きに眺める影が一つあった。


 ―――しばらくして。


「あー痛痛(つつ)……昔ならいざ知らず、この体で正座三時間は流石に応えるぜ……」


 親方の私室―――通称・説教部屋―――からタタコは痛む腰を摩りながらよろよろと出てきた。


「こちとら花も恥じらう乙女だぜ? ちったぁこっちの気にもなれよ……っとくらぁ」


 タタコはぼやく。()()()()()不詳の弟子達が聞けば正気を疑うような一言だ。


「……ま、はしゃぎすぎなのは認めるけどな。すまねぇ、親方」


 もう昔と違って若いんだから、正直に言えば三時間の正座くらいはどうって事ない。

 しかし、この体では正座には慣れていない為つらいのだ。むしろ女の子座りの方が楽まである。


「あーあー、もう真っ暗でやがんの。こんな時間に女を一人で帰すか普通?」


 街が完全に日が落ちて真っ暗闇と化した中、愚痴るタタコは荷物を纏めて鍛冶組合を後にする。すると。


「……よっ、タタコ」


 そこにはタタコを待っていたのか、タタコと同じく新人鍛冶師のケン坊が居た。

 ケン坊とはあだ名であるが、タタコはケン坊の本名を知らない。

 タタコが知るケン坊とは、まだまだ青臭い十六歳のケツの青いガキ。せいぜいその程度の印象しかない。

 とはいえ同僚である事には間違いないので、別段邪険にする事もなく、タタコは普通に挨拶を交わす。


「おっす、ケン坊。どうしたんだよ、こんな遅くまで残って」

「ああ、いや、なに……」


 ケン坊の歯切れは悪い。後ろ手に何かを持ち、もじもじとしていた。

 その姿はタタコからすれば、正直、ちょっと気持ち悪かった。

 何せ十六歳とはいえ、厳しい鍛冶組合の現場に揉まれた彼は全身に筋肉が付き始めていたから。


「何だよ、気持ち悪ぃな。鍛冶師が往来でもじもじすんな」


 タタコは素直に自分の今の気持ちを述べる。


「なっ!? 俺はそういうんじゃなくてだなっ!」


 顔を赤らめながら泡を食ったケン坊が叫ぶ。

 そんな彼を前にタタコは"何か要件があんだろうけど腹減ってっしビール飲みてえしさっさと帰してくんねえかなぁ"とあんまりな事を考えていた。


「じゃあなんなんだよ一体」


 もう早く帰りたいタタコはばっさりと切りつけるように言う。

 すると、ケン坊は幾度か逡巡した後覚悟を決めたのか、後ろ手に隠していたものをタタコの眼前に突き付けてきた。


「……? なんだこれ?」


 ケン坊の大きな掌の上に乗るのは何も装飾のない、質素な小箱だった。


「……ちょ、チョコだ」

「……はぁ? チョコぉ?」


 まったくもって意味不明だった。何故にチョコなのか。タタコの中に疑問符が大量に浮かぶ。


「スガワ通りの、"フリューゲル"って店、知ってるか?」

「……あー、アイツ()が言ってた菓子屋か。確か、結構な高級店らしいな?」

「ああ。……そこの、チョコだ」

「ふーん…………」


 会話が止まる。

 タタコは思う。だから何だというのか。


「こ、これを、受け取って欲しい」


 ―――その一言はケン坊にとっては一世一代の告白に等しい行いだった。

 目の前に差し出された小箱を前に、タタコは少しぽかんとしながらもそれを受け取る。


「おお? おお、いいのか? くれるってんなら貰うけどよ……なんだ、ケン坊、お前甘いの苦手なのか?」

「ええ? ああ、ああー……うん、まぁ、そんな感じ、と言えば、うん、まあ」

「……? まあいいや。俺は別に甘いの嫌いじゃないし、ありがたく貰っとくぜ!」


 タタコは受け取った小箱を腰のベルトに結わえたポーチの中に乱暴に押し込む。

 その際、ケン坊が少し悲しそうな瞳をしていたがタタコはそれに気が付かなかった。


「サンキュな! ケン坊!」


 そして、タタコはケン坊の肩を嬉しそうに叩きウィンクしてみせた。


「……っ! ……あ、ああ。……また明日な」


 顔を赤らめたケン坊がそそくさとその場を後にする。


「おう! また明日なー!」


 暗闇の中でそれに気が付かなかったタタコは、元気よく手を振りながらその足で自宅へと帰って行ったのだった。



 ―――それから自宅に帰り、晩酌を楽しむタタコはふとカレンダーを見た。

 日付は二月十四日。バレンタインデイ。()()()()()()()()()()()()()

 タタコの認識では、二月十四日はそういう日である。


「――――――えっ? えっ? ―――ええっ!? えええっ!? おっ、おいおいっ、おおおおぅぅっ!?」


 全てを察したタタコは仰天する。

 もしかして。そういうつもりでケン坊はチョコを渡してきたのだろうか。

 かつては日本でも、女性ではなく男性でもそうする人が少なからず居る事はタタコもニュースを見ていたので知っていた。

 でも、だからといって、まさか自分が贈られる立場になるだなんて、誰に想像できただろう。


「――――――マジかよ、ケン坊」


 タタコは邪念を振り払うかのように、頭をぶんぶんと振り回した。

 でないと――――――自分は元は男だったというのに、不覚にも男相手に()()()()()()()()を感じてしまったかもしれず、赤面する自分――――――というこの有様を、酒で酔って赤くなっているせいに出来なかったから。



 翌日。

 珍しくぎくしゃくとした様子の、落ち着かずしおらしいタタコの様子がその日は見られたという。

 どっとはらい。


次話は普通に続きます。

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