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門を抜けた先、ロータリー状の大きな広場で私とミハエルはベンチに座っていた。
薬師の格好をした少女と、甲冑姿の男性のツーショットは街を行く人々の視線を集めているが、今更他人のフリなど出来ないので甘んじて注目を受け入れる。
「そうだ、ミハエルさん。あなたに聞きたい事があります」
「む? 何用かな」
用事を済ませに行った二人を待つ間、今の今まで聞き忘れていた事を尋ねてみる。
「……理由を。私と御剣が召喚された理由を聞いていませんでした」
普通は初めにミハエルに聞くべきだろうに、まるで失念していた。会長を下手に知っているだけに当然の疑問を抱くこともなく来てしまったのだが、そのままでは流石に怪しいかと思ったからだ。
「……私は聖女様の主命に従って動いているだけだ。二人を無事に法国へ連れてくる事以外は、何も伺っておらん」
「……さいですか」
返答は、まあ妥当なものだった。
その答えが全て本当であるかどうかの判断はつかないが、きっと概ねその通りなのだろう。
「それよりも、私も聞きたいたいことがある」
「はい? なんでしょう?」
「ヤマブキさんは……その、聖女様と、一体どのようなご関係なのだ?」
「私が、ですか」
マブダチですよ、とは言えない。言った所で一笑に付されるか、冗談を言っているのかと怒られるだけだ。
「ああ。……私は、聖女様……セラフ様が『聖女』の認定をお受けになったその日より、身辺警護の任に就いてきた、もう半年近くになる」
ミハエルは手に持った十字にスリットの入った兜を見つめながら、何かを思い出しているのかぽつぽつと語りだした。
「あの御方は誰よりもお優しく、慈悲に満ち溢れている。それと同時に、何者にも比肩しない気高さもお持ちだ。そんな御方に仕えられるのは、聖堂騎士団団長として誇りに思う。……だが、私が見る限り聖女様はずっと昔から、何か深い悩みを抱えておられるようなのだ」
私は驚愕の表情を隠し通すことが出来なかった。
会長の普段の生活ぶりから、かなりのフラストレーションを溜めているのかはよく知っているつもりだったが、それを知っているのは私達だけじゃないらしい。
少なくとも、目の前のミハエルはその類稀なる観察眼であの猫かぶりどころの騒ぎじゃない会長の抱える闇を、僅かなりとも見抜いている様子だった。
「……続けてください」
「……聖女様は民の皆に慕われている。聖女様を称える賛美歌を法国で聴かない日は一日たりとも無く、大聖堂に礼拝に訪れる信者の数は日々増える一方だ。寄付金も、歴史上の記録を毎月のペースで塗り替えている。孤児問題、流行病、食糧事情の改善も驚く程速やかに進んでいる。みな、聖女様の御力あっての事だ」
ある程度知ってはいたが、当事者の口から聞かされると改めてインパクトがでかい。
一体どんなチートを使ったのやら。救世主もかくやと言わんばかりだ、そりゃあ聖女認定もされるというものだろう。
「喜ばしい事だと思う。聖女様も、我が事のように喜んでおられた。しかし……聖女様はふとした拍子に、何か憂うような表情をお見せになる事があった。その事を伺っても笑みを返されるばかりでな……。何か御力になれれば、と思っていたのだが……」
「…………」
ミハエルが手に持っていた兜から、ぎしり、と軋む音がした。
「勝手ながら聖女様を密かに心配する日々が続き……やがてあの日が訪れた。ヤマブキさんも知っているだろう、かの神も畏れぬ大罪人ども、『ヴォーパル』による暗殺未遂事件を」
「あー……ええ、そうですね、とても恐ろしい事件でした」
「神の盾であり剣でもある我々聖堂騎士団が、児戯の如く弄ばれた。あの日の事は深い屈辱と共に二度と忘れぬ事は無いだろう」
三ヶ月ほど前だったろうか。大陸全土を駆け巡った恐怖の大事件。
通称『緋刃事件』が法国で発生したのである。
事のあらましは、法国の式典において民たちの前に姿を現したセラフを、ヴォーパル一派の何者かが白昼堂々暗殺しようとし、未遂に終わった―――との事らしい。
なお事件の名は、犯人が振るった護衛の血で赤く染まったナイフが由来となっている。
―――言うまでもなく、その犯人とはまさしく円卓No06の霧の事なのだが、それを知っている者は数少ない。
「不甲斐ない失態を見せた我々は、あの事件からより一層の警備強化を図ったが、それ以来聖女様の表情に影が射すようになった。常に警護に当たっている私だからこそ分かる程度の、微細な差だがな。……痛ましい事だ、またあの不埒な者共が影から現われるのではと、怯えてらっしゃるのだろう。健気にもそれを面に出さぬよう、必死にお隠しになられている。我々の錬度不足を恥じる他無い」
悔しげに石畳を睨みつけるミハエル。
すみません。それについては霧が悪いっちゃあ悪いんですが、あなた方も少なからず関与しています。
多分警備が過剰すぎるのが良くないんだと思います、他にも原因はあると思うけれど。
「……だからこそ、疑問に思う。聖女様が我々の警備に不安を抱き、剣聖と名高いミツルギ殿を召喚したというのならば、そちらは納得が行く。だがヤマブキさんはどうだ、一体どのような意図があって召喚を命ぜられたのかがわからない。
もしや、ヤマブキさんのポーション製造技術と、聖女様が抱えておられる悩みには何か関係があるのだろうか? それとも、ヤマブキさんは聖女様と何かしらの交流がお有りなのか?」
「……い、いやぁ、どうなんでしょう。少なくとも私と聖女様は、初対面の筈ですが……」
すみません超関係アリアリです。ドンピシャです。核心をついてます。
「……そうだったのか。では、聖女様が命ぜられたのは神からの啓示なのだろうか……。朝方ヤマブキさんの薬屋に訪れた時、聖女様が仰るとおりに二人の姿があったため、私は聖女様への畏敬の念を抑えきれなかった。偶然にしては出来すぎているからな」
「そ、そうですね。私のとこも贔屓にしてもらってる御剣さんがたまたま来ていただけなので……」
「では、やはり啓示か。……偉大なる神の信徒として、これに立ち会えた事を喜ばしく思う」
ミハエルはそう言って、真摯に瞳を閉じ胸の辺りで十字を切った。
「きっとそうだと思います、ええ」
一方私は苦笑いでしか返答できない。
別に啓示でもなんでもない。先週の土曜日に、集会で私と御剣が一緒に居る事をセラフが知っていたから出来た事でしかないのだ。
「この出会いが、聖女様の苦しみを癒す一端になればいいのだが……」
手を組み祈りを捧げるミハエル。
もしかしてこんな感じで会長の知らない所で、勝手に好感度や信仰度が爆上がりしているのだろうか。
会長も大変だ、一体どんな星の下に産まれればこんな目に遭うのだろう。
「……あっと、どうやら二人が帰ってきたみたいですよ?」
「む?」
ふと視線を街並みに向けると、人ごみの中から御剣とえちごやさんの二人が手を振りながら近づいてくるのが見えた。
どうやら用事を済ませてきたらしい。というか驚いた、てっきりえちごやさんはこの期に乗じて逃げるかと思っていたのだが。
「お帰り二人とも。何か問題とかはなかった?」
「ただいま、特に何も。副会長の奴が凄い顔をしていたが、説得して納得してもらった」
「うちも大丈夫ですよ。それより、お腹が空きましたよ……何か美味しいご飯食べにいきませんか? せっかく王都に来たんですし。あっ、勿論ミハエルさんのおごりですよね?」
えちごやさんがさも当然のようにミハエルにたかり始める。
ほぼ初対面の相手にいきなりおごれと言うのは日本人的な感覚としてはどうかと思いはするが、えちごやさんは何せ見た目が美少女なので、この手の事を口にしても嫌らしい感覚をあまり覚えない。
それが商人系スキルのなせる技なのか、はたまた美少女故の役得なのかは、私には分からない。
ミハエルに視線を移すと、彼は渋面を浮かべていた。
「確かに私は旅費として少なくない金額を貰ってはいるが……商人という職種に就いていると、遠慮と言う言葉を無くしてしまうのか?」
「何固い事言ってるんですか、必要経費ですよ必要経費! それに美少女三人と一緒にランチが楽しめるんです、大金を払う価値があるとは思いませんか? 世の中には、何十万と高いお金を払っても、一日しかデートが楽しめない可哀想な男性もいらっしゃるんですからね。ささ、お店が込み合う前に行きましょう? 時は金なりですよ!」
「な……ま、待て! 待たないか!」
ぐいぐいと押しに入ったえちごやさんが、ミハエルの手を掴みずんずんと街中へ進んでいく。
えちごやさんお得意の流れだ。こうなると被害者の男性は流しに流され、気がつけば財布の中がすっからかんになってしまうのだ。
「あらら。もしかしてミハエルさんからお金の匂いを嗅ぎ取った感じかな、これは」
「かもしれんな。でなければ、今頃えちごやは街中に消え去っている筈だからな。正直待ち合わせに姿を現したのが意外だった」
「……じゃ、えちごやさんが何もかも吸い取っちゃう前にミハエルさんを助けてあげるとしましょうか。ちょっと可哀想だし」
「そうだな。だがまぁ、昼飯くらいおこぼれにあずかるのも悪くないだろう」
先に行ってしまった二人を追って、私達も街中へ進む。
どんなお店に食べに行くにしろ、午後からはまたスレイプニールで愉快な爆走特急行に興じるので、腹五分目ぐらいにしておいた方がいいだろう。
窓から延々とゲロを吐き続ける目には遭いたくないし。