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あれからすったもんだの挙句を経て私達は四日間の旅程を終えグラン・アトルガム王国とドーガスタとの国境沿いにあるレトリーの街へ降り立った。
その"すったもんだ"の内容は別段語る程のものではない。
せいぜい忠犬ムーブをかましてくるラミーとそれにたじたじになる私を、御剣とタタコさん がニマニマニヤニヤしながら生暖かい視線で眺めていただけの話である。
ただそれだけの話である。
…………おかげさまでこちとら気の休まる暇がないよぅ。くそぅ。
だってラミーったら二人が居るのにまるでお構いなしで、抱き着いてきたり舐めてきたり気が付けば密着していたりするんだもの。
―――いや、いや、それはいい、それはいいんだ。別にそれが嫌って話じゃない。だって私はラミーの事大好きだし、むしろそうしてくれるのはうれしいと思う。
けど……けどなぁ……ちょっと、こう……TPO的なものを考えて貰っても、その、宜しいんじゃないかと私は思うんですが、その辺いかがでしょうラミーさん。
「わぁ……! レトリーだぁ! 懐かしいなぁ……! ね、ね! 師匠! レトリーには美味しい甘味屋さんがあって、そこの黄金リンゴのはちみつコンポートが絶品なんです! 買いに行きませんか!?」
胸中にて問いかけるも、ラミーは久方ぶりの故郷の地を前にテンションがぐいぐいと上がっておられる様子。
耳がぴこぴこ。尻尾がふるふる。目はきらきら。
そんな彼女は私の手を取り、今にも駆け出していってしまいそうである。
まるで主人の許しを待つ子犬のようだ。事実、その考えは半分合っているのだろう。彼女は半犬人であるからして。
「黄金リンゴのはちみつコンポート……か」
ともあれ、ラミーの提案は非常に魅力的だ。
以前はそうでもなかったものの、女の子に成ってからはとりわけ甘味が好物になってしまったからだ。
霧ほどではないにしろ、私も世間一般の女の子の例に漏れず甘い物には目がない。
そしてそれは彼女らも同じだ。
「うむ、ちょうど良いな。私も甘いものを食べたいと思っていた所だ」
「上に同じ。案外ドラゴンに乗んのも疲れんだなぁ、甘いモンが食いたくなって仕方ないぜ」
アトルガム航空の職員らから手荷物を受け取った御剣とタタコさんだ。彼女らもラミーの語ったスイーツに興味津々の様子である。
「うん。皆も行きたいみたいだし、良かったら案内して貰えるかな? ラミー」
「はいっ! こっち、こっちですよ!」
ラミーに案内を頼むと彼女は瞳を輝かせた。私の手をとり、速足気味でレトリーの街を進んでいく。その間私と彼女はずっと手を握ったままだ。
後ろの二人はあっという間に置いてけぼりになってしまうが、彼女たちの事だ、私達を見失う事はないだろう。
一瞬だけ振り返れば、二人とも「やれやれ」といった様子で手をひらひらと振っていた。
「先に行っていろ」という事だろう。
「ラ、ラミーっ! ちょっと早いよっ!」
「ふふふっ!」
前を進むラミーは何がそんなに嬉しいのか、こちらまで微笑みたくなるような楽しそうな表情を浮かべていた。
「私……。いつか、師匠にもドーガスタの事を知ってほしいって思っていましたけれど、それがまさかこんなにも早く叶うだなんて思ってもみませんでした」
そこそこの人通り―――普通人と半犬人とが半々だ―――を上手に掻い潜りながら、ラミーは続ける。
「ジャポに行くまでの通り道でしかない、そんな事は分かっているつもりですけれど……。けれど、私が生まれ育った国で、師匠と――――――好きな人と一緒に歩いて、お買い物が出来る。ただそれだけの事が、うれしくて仕方ないんです」
「ラミー……」
―――胸が、きゅんときた。
ああ、だめだ、これはまた私の乙女回路がフカシを始めている。
「ごめんなさい、私、うれしくってうれしくって、ちょっと変みたいです」
「そ、そんなことないよ! 私だって凄くうれしい! 私だって、ずっとラミーとこういう事をしたいって想っていたし!」
フカシどころか既に点火済みだったようだ。思った事がそのまま口に出てしまっている。
「――― 一目会った時から、ずっと。想ってたんだよ。ラミーと一緒に、こうしていたいって。こんなに可愛い子と、デ、デート、なんて出来たら、私はどれだけ幸せなんだろうって、想ってた。いや、それ以上の関係にだって、なりたいとも想ってたんだ。ラミーと過ごしていた間、ずっと、ずっと」
実は一目惚れしていた事とか。ラミーと出会ってからつらつらと思い募っていた私の気持ちとかが、ぽろぽろと、それはもう盛大に。
―――こらこら山吹さん。そろそろ口を閉じるか話題を変えねば大火傷をすると思いますがそれは大丈夫なんですかね?
「……それじゃあ、師匠も私と一緒だったんですね」
「えっ……?」
「言った通りです。私も師匠と出会ってから、ずっと同じ気持ちでした。"―――この人が好き。大好き。ご主人様になって欲しい"……って。……あーあ、私損しちゃったなぁ。師匠もそう想っていたなら、私の方から告白すれば、もっと早く師匠とこういう関係になれたのに……。失敗ですね、えへへ」
「…………そ…………そっ、かぁ…………そう、かもね…………私、も、失敗かなぁ…………」
「まあでも、今はこうして師匠と一緒に居られますから、結果オーライ! ですけれどね!」
「…………うん…………」
朗らかに、気持ちいいくらいの笑顔で歩んでいくラミー。
その一方で、私はこの熱くて仕方ない顔面を衆目に晒さぬよう、面を下げながら歩むので精一杯だった。
言葉もなく。無言で悶絶する。
「~~~~~~っっっ!!」
――――――そらみたことか。
案の定の大火傷だ。
頬がにやけまくり、表情が蕩けまくり、嬉しくって幸せで仕方ない。
たっぷりの砂糖とはちみつでじっくりことこと煮込んだ山吹コンポートの完成だ。
料理人はもちろんラミー氏。山吹調理師免許一級の腕は伊達じゃない。
まったく! もう! 本当に! 私ときたら!
夜だけじゃなくて昼までも良いようにされてしまって恥ずかしくないのか!
師匠なんだから! もそっとクールに! 格好良く! 大人の余裕ってやつをだな!
「……ラミーも、一目惚れだったんだぁ……。……えへへぇ……やったぁ……」
などと脳内で自分を責めつつも口からは糖度五十もありそうなナニカを垂れ流しているし!
がああああああああ! やんぬるかな!
・
三時のおやつ代わりに食べた黄金リンゴのはちみつコンポートは、とてもとても甘かった。
それを肴に、「あの時俯いていたのはどういう理由からか」と御剣とタタコさんにこってり絞られたのは言うまでもない。
余すところ無く詳細を語らされた私は、リンゴより赤い顔をしたまま海沿いの街フントへ出発する長距離馬車に言葉もなく乗車する事と相成ったのであった。
……それにしても、これはいい加減にまずい。
可及的速やかに私こと山吹緋色の対羞恥耐性を強化する必要があると思われる。
このままでは本当に恥ずかしさだけで憤死しかねない。
のっぴきならない死活問題であった。




