3-2
「では参るか!」
「…………」
唐突に訪れ唐突に旅行に行くぞと告げた挙句、準備は三十分で済ませろという無茶苦茶かつ傍若無人な御剣のオーダーをどうにかして達成した私たちは、ご丁寧にも離陸準備の整った三匹のキャリアードラゴンの前に居た。
……なんでこの大事な時期に旅行なのかとか、商店街のくじ引きってどういう事だとか、女の子の準備には色々あるのに三十分で済ませろとか、そのくせやたらと段取りがいいのがムカつくとか、大体ラミーがメインとか言っておいてそれってつまりラミーが居れば招待枠が一人増えてお得だからだろうこのあんちくしょうめとか、色々ツッコミたい所は山盛りなのだが口には出さない。
御剣には最早言うだけ無駄である。伊達に半年間近く御剣と付き合っているだけあって、彼女相手の対処も慣れたものなのだ。
「ジャポ! 刀と甲冑、そして米の島国! 実にいい! 心が躍るな! そうは思わないか!? なぁ!?」
やけにニッコニコではじけるような御剣の笑顔に私のストレスゲージもストップ高。
御剣もようやく人に気を使えるようになってきた。という以前の評価を訂正するべきだろう、いや断固そうすべきだ。
「いや、もうさ……。はぁ、やっぱいい。わかってる。私は御剣の事わかってるから、うん、大丈夫、取り乱したりしないから。私は平気。ラミーがいるからね、うん、私は大人だよ。キレないキレない。いたってクール、大丈夫、うん」
こめかみのあたりに青筋が浮かびかけているがなんら問題はない。
事前連絡もなしに半ば強制的に引っ立てられた事もよそ様の都合がおかまいなしなのも問題はない。
ええ! 問題! ありませんとも! 御剣さん!
「師匠! ドラゴン! ドラゴンですよ! うわぁ……! 私ドラゴンなんて初めて見ました……!
もしかしてこのドラゴンに乗って行くんですか!? わぁ! わぁわぁ! こんなのお姉ちゃんに教えたら、絶対に羨ましがられるだろうなぁ……!」
隣で瞳をキラキラさせているラミーがいなければ今頃は御剣相手に地獄遊戯に興じていたであろうぐらいには問題ない。
最終的に私が必ず敗北すると知っていても、だ。人には時として避けられぬ戦いというものがある。
「うむ、うむ。アトルガム空港から選りすぐりの特急便を用意してもらった。少々値は張ったが何故か山吹の名を出したら格安に割り引いてくれてな、いやいや、中々に得だったぞ」
からからと笑う御剣。
何故か。も何も御剣は私がアトルガム空港でトラブルに遭った事を円卓会議で知っていた為にあえてその名を出したのだろう。そのあたり御剣はちゃっかりしている。利用できるものは全て利用する、という戦闘スタイルの彼女は実生活でもそのスタンスを徹底しているのだ。
「えええっ!? すっ、すごいです師匠! ナライ法国だけじゃなくて、アトルガム空港にも顔が利くなんて……! 知ってましたけどやっぱり師匠はすごいっ! 大好きですっ! わぅっ!」
そんな一方で事情を知らないラミーは都合の良い勘違いをしてくれたのか、より一層私に対する好感度が上昇した様子。
思いっきり抱き着かれて首筋のあたりにキスを―――あっ、あっ、なめ、なめてる、この子またなめてる、こっそりなめてる!
やめ、ラミー、そこ弱っ、わっ、ひひゃぅっ!
「ま、待ってラミー、こんな昼間から、それはちょっと……!」
「わふっ! わうっ!」
愛情、表現が、直接的すぎる!
「…………えぇー……?」
ラミーは私に抱き着いたまま不満げな表情を浮かべる。
その、むすぅっ、とした表情がこれまた愛おしくて私はついつい流されてしまいそうになるが、ここはぐっと抑える。
何せここは我が家ではなく公衆の面前である。
山吹緋色の頭とろとろ赤面恥辱ショーはおいそれと公開していいものではないのだ。
……自分で言ってて情けなくなるな。一体何時になったらこの童貞臭さは払拭されるのだろう?
もう童貞ではないというのに。
「ひゃーこりゃまた昼間っから見せつけてくれちゃってまあ。新婚さんはおアツイねえ」
と、そんな中キャリアードラゴンの陰からニヤニヤとした笑みを浮かべた何者かが姿を現した。
頭に黄色いバンダナを巻き、袖の短いシャツが健康的に焼けた小麦色の肌とマッチしている少女。
「し、新婚さんってそんな――――――って、タタコさん!?」
円卓№04。タタラベタタコがそこにいた。
腰に巻いたベルトに数々の鍛冶道具を装着した彼女は、アトルガム航空職員になにがしかの礼をされながら私たちの元に歩み寄ってくる。
「えっと、師匠のお知り合いの方でしょうか?」
「う、うん。鍛冶師組合の新人さんで、まぁ色々とお世話になったりしてる人……なんだけど……。どうしてタタコさんがこちらに? いやまぁ、殆ど答えは分かっていますけれど」
「おう。山吹の想像した通り俺も御剣に誘ってもらったクチでな? こないだのあの一件の時、隠れて親方の火事場使った事がバレちまってなぁ……しばらく謹慎処分食らってヒマしてた所に御剣が旅行に行くぞってんで、じゃあ行くか、と二つ返事で付いてきた訳よ。それに、ほれ。お前達に付いていった方が何かと楽しそうだしな? ハハハ!」
そう言ってタタコさんは豪快に笑う。
「ともあれ。初めましてだな、ラミー。山吹から聞いてるぜ? 俺の名前はタタラベタタコだ、よろしくな」
「半犬人のラミーです、こちらこそよろしくお願いします、タタコさん!」
いい加減に私に抱き着くのをやめたラミーが、タタコさんと握手を交わす。そういえば彼女とタタコさんはこれが初見だったか。
つつがなく自己紹介を終えられて何よりだが、それにしても謹慎処分とは穏やかではない。穏やかではないにしろ、タタコさんには御剣の旅行に付いてくるそれなりの事情があったらしい。
……ん? ではルドネスと霧、それにえちごやさんは何故来なかったのだろう?
えちごやさんなんか無料だと知れば是が非でも来そうなものなのだが。
「山吹。聞かれる前に答えておくが、二人はそもそも会えず、一人は多忙な為来られなかったぞ。一応声は掛けたが、『御剣さんの正気を疑いますわ』なんてピシャリと断られてしまった。全く酷い言い草だと思わないか?」
質問をする前に相変わらず感の鋭い御剣が私の疑問に答えてくれた、が、成程。これは口ぶりからしてルドネスが全面的に正しい。
「教団」相手に一致団結してみんなで頑張りましょうね、と共通認識を新たにしてまだ二週間だというのに、磯野ー! 旅行に行こうぜー! なんて言い出したら正気を疑われてもそれは仕方がないというものだ。
「いや全然そう思わないけど」
「……むぅ」
私もルドネスに倣いピシャリと言い放つと、御剣は納得がいかない風に頬を膨らませてしまった。
流石にそこは一人の大人として納得しておいて欲しい。御剣には海よりも深く山よりも高く反省して欲しい次第である。
「……誘い方が悪かったのか?」
こてん、と首を傾げられても困る。そういう問題ではないのだ。
「…………ともかく。御剣? つまりはジャポに行くメンバーはこの四人、って事でいいのかな?」
「そうなるな」
色々と言いたい事を黙って飲み込むとして―――――話をまとめると私とラミーと御剣にタタコさん。都合四名が今回の旅行の道連れという訳なのだが、そうなるとここで御剣に問い質さねばならない問題が発生する事となる。
「じゃあ、なんでキャリアードラゴンが三匹しか居ないのさ。一匹足りないでしょ?」
私たちは四人。一方でキャリアードラゴンは三匹。つまり一匹足りない計算である。
流石に四則演算が出来ない程、御剣は脳筋ウーマンではないと信じたいので何か別の理由があるのだろうが、納得のゆく説明を求めたい。
「ああ。それは簡単だ」
しかるに。
「私とタタコで一匹ずつ。山吹とラミーは一緒に乗るからだ。…………どうだ? 二人仲良く、天空で存分に抱き着いたり抱き着かれたりするがいい。タタコに頼んで特製タンデムシートを設置してもらったからな。ああ、なに、金は心配せずともいい。渡航費が丸々浮いたというのもあるが、これぐらい安いものだからな。別に礼はいらんぞ? うむ、うむ」
そう、私に耳打ちした御剣は、手早く荷物を纏めて颯爽とキャリアードラゴンの運転席に飛び乗り、慌てたアトルガム空港職員に諭され渋々座席に移動していったのだった。
その一方で、タタコさんは手慣れた様子で残るもう一匹のキャリアードラゴンの座席に大人しく着席している所だった。そんな彼女の手は、輝くようなサムズアップ。
「……………………」
成程。なるほどなるほど。
どうやら私は御剣という何者にも代えがたい親友について、ほんの些細な思い違いをしていたらしい。
いやいや、随分と失礼な事を言ってしまったり考えてしまったものだ。全く、つい数分前までの私はあまりにも愚かだった。気遣いが出来ない、などという私の評価は今すぐにでも撤回しよう。最早今となっては親友に対する畏敬と感謝の念に尽きない。
引いては来週土曜あたりに特上フィレ肉3kgとタタコさんが欲しがるであろう私秘蔵のレア鉱石を手土産に円卓会議に参加するのもやぶさかではないぐらいに、だ、うん。
私は全てを許そうとも。
「えっとね、ラミー。私とラミーは、あの二人乗りのキャリアードラゴンに乗るみたいだよ。楽しみだね」
「わぁ……! 二人乗りですか……! ね、ねっねっ、師匠! 早く乗りましょう! 私、すっごく楽しみです!」
尻尾をちぎれそうになるほど振り回すラミーに手を引かれ、特製タンデムシートの設置されたキャリアードラゴンの元へと向かう。
ステップを上りシートに腰掛ける。先頭が私で、後部がラミーといった位置取りだ。
アトルガム航空職員の指示通りにシートベルト等を装着し、離陸準備が整うとラミーがさも当然のように私に抱き着いてきた。
「……そっ、空は結構怖いけど、ラミーは大丈夫かな?」
「はい。師匠が居るから、平気です!」
突然の不意打ちにも動じず、冷静に振り返れば、あまりにも近いラミーの顔がそこにある。
「師匠。突然の旅行でちょっとびっくりしましたけれど……。いっぱい、いーっぱい、楽しんで、沢山の思い出を作りましょうね!」
「――――――うん、そうだね。楽しもう、ラミー」
「――――――はいっ!」
キャリアードラゴンが走り出し、いよいよ離陸を開始する。
大地から離れ、いよいよ空に飛び立った瞬間、私は背後を盗み見た。
嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに、眼下の光景を眺める愛しい彼女を見て、私はこの旅行がきっとかけがえのない物になるに違いないと、そう予感した。




