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円卓の少女達  作者: 山梨明石
幕間2
55/97

滝裏の洞窟にて

昔の思い出。

「はぁっ、はぁっ……」

「ごほっ……。おい、大丈夫か。怪我は無いか?」

「だい、じょうぶです」


 必死の思いで岸まで泳ぎ着いた私達は、息も絶え絶えに身を横たわらせた。

 見上げる視界には遥か彼方から降り注ぐ大量の水。すなわち滝がある。高さはどれだけあるのか図るのも嫌になるほど高い。

 よくぞあの高さから落ちて無事だったものだと心底思う。常人なら死んでいてもおかしくない筈だ。

 しかし、それでも尚小娘でしかない私の肉体に大した損傷は見られない。

 全ては高いステータスを持つ、プレイヤーとしての能力が故だ。

 だから私は滝つぼに落ちても気を失わず、素人全開のどん臭い泳ぎでも何とかなったのだ。


「はぁ、はぁ、はぁっ……ふぅっ……」


 呼吸に喘ぎながら、しかと掴み取った生に安堵する。


「死ぬかと、思いました」

「そうだな」


 お互いの無事を湛えあう。

 視界を横に向ければ、私と同じように岸に寝そべる赤い女。御剣さんがいた。

 水に濡れた赤い長髪が、周囲の発光石に照らされて艶やかに光っている。

 水も滴るいい女。という言葉がふいに浮かんだ。


「っ……」


 まだ出会って数日と経っていないが、彼女は元が本当に私と同じ男だったのかと思うぐらいの美少女だ。

 その顔立ちも日本で見た有名アイドルなんか目じゃないレベルで、女子に耐性の低い私ではその顔を直視しづらい。

 今のところ「彼女は元男だぞ」という自己暗示を掛ける事で、ギリギリコミュニケーションが取れている。


「どうした、私の顔に何か付いているのか?」

「あっ、いえっ、その、何でもないです」


 恥ずかしい。見蕩れてしまっていた。

 ……だって、あまりにも綺麗だったんだ、仕方ないだろう。


「ふむ? そうか。ならいいが」


 御剣さんが起き上がる。私も身体に喝を入れ起き上がり、改めて周囲を確認する。


「……綺麗、ですね。ここがダンジョンの中だとは思えないぐらいに」

「確かにな。辺りの暗闇と相まって、星の海の中に居るようだ」


 幾つもある発光石の幻想的な光が周囲を淡く照らし、ここは不思議なほど明るかった。御剣が例えた通り、星の海……言うなれば天の川の中に居るような光景が広がっている。

 ダンジョンというのは基本的に暗い。私達が探索していたこのダンジョン―――推奨レベル九十以上"未踏濁流迷路・ハイドロラビリンス"―――も例外ではなく、常に明かりを確保しなければ一歩先にも進めない有様だったのだが、この場所に限ってはそうでもないようだ。

 濡れ鼠の私達は、そんな星の海を当てもなく歩く。敵の気配は無い。


「四方は壁に阻まれ脱出路は見当たらない、か。意味深な場所ではあるが、本当に何もないな」

「そうですね……」


 探索はものの数分で終了した。波打ち際のような岸には何かの残骸か打ち上げられた木片や、私達と同じく滝壺に落ちた犠牲者と思われる何者かの骨以外、特に気になるようなものは何も無い。

 周囲全てが高い壁に阻まれており、ここからの脱出は不可能に思えた。


「……もしかして、私達はもう逃げられないんじゃないでしょうか」


 私の暗い想像を御剣さんは否定する。


「いや。これだけの水が流れているんだ、当然排水先が無くてはおかしい。思うに滝つぼの底のどこかに別の場所へ繋がる穴が開いている筈だ、そこへ飛び込めば次の場所へは向かえるだろうな」

「そ、そうですか!」

「―――だが、その先が果たしてどこへ繋がっているかはわからん。ずっと、それこそ窒息するまでの長い間、息も出来ない地下水路の中へ放り出される可能性もあるが」

「……そうですか」


 否定するのだが、その先はより暗い想像でしかなかった。

 物凄く気分が落ち込む。餓死、溺死、嫌な単語ばかりが頭に浮かぶ。

 この世界における死がどういう意味を持つのかまだ理解できていない私達にとって、今のところ死は最も恐れるべき事象だったからだ。


「そう気を落とすな山吹。ともあれまずは冷えた身体を温めよう、お誂え向きに焚き木はあちこちに落ちている。この先どうするかを決めるには、焚き火を前に身を休めてからでも遅くはあるまい」

「……わかりました。そうしましょう、他に出来る事もなさそうですし」


 良いアイディアの浮かばなかった私は御剣さんの提案に従うまま、木片を拾い集め始めた。

 程なくして焚き火に必要な量を集め終わると、御剣さんからお呼びが掛かった。


「おーい山吹! こっちに来て見ろ!」


 声の位置を辿れば、そこはかなりの高所だった。

 急斜面を登った先の滝の傍で嬉しそうにはしゃぐ御剣さんの元へ向かう。

 するとそこには、遠くからでは影になっていて見えなかったが人一人通れるほどの洞窟があったのだ。

 思わぬ発見に、もしや、と希望が沸く。


「おお! これってもしかして!」

「うむ! 中を調べてみたところ、滝の裏に続いていた!」

「そうですか! …………それで、他には?」

「それだけだ!」


 ニッコニコの御剣さんが、そういい切った。

 ……why?


「そ、それだけ、ですか?」

「うむ! 秘密基地っぽくて良いだろう! 滝の裏の洞窟、ロマンがあるとは思わないか!?」


 超ニッコニコの御剣さんが、そう私に同意を求めていた。

 ……こ、この状況下でどうしてそうお気楽でいられるんだこの人は!


「…………いや、その……まぁ、あるん、でしょう……かね?」


 苦笑交じりにほんのり同意する。いや確かに分からないでもないけれど、滝裏からロボット発進とか凄くオトコノコ心を刺激するとは思いますけれど!


「さすが山吹。滝裏はロマン! 分かってるな! では中に入ってそこで焚き火を起こそう、きっと素敵だぞ!」

「いたっ、痛いですって御剣さん!」


 何がおかしいのか「あはははは」と笑う御剣さんが私の肩をバンバン叩く。

 そしてずんずんと洞窟の中に進んでいってしまうので、私は慌てて後を追いかけた。







「やっと一息つけたな」

「……そ、そうですね」


 滝が作る天然の水のカーテンは確かに風情があるし、洞窟の中の焚き火なんていうのもロマンがあるっていうのは認める。

 けれど、けれど!


「うん? どうしたそんな隅でこそこそして。そこだと寒いだろう、もっと近くに寄ればいいぞ」

「いっ、いえっ! 私はここで、ここで十分ですので!」


 どーして御剣さんは全裸なんですかね!?

 いや理屈の上では理解できる。服が濡れたから乾かしたいのだ。それは私も同じだ、普段の装備を脱いで上手に木片に立てかけて乾かしてある、けれど最低限の下着はちょっと濡れて気持ち悪いがまだ穿いている!

 だが! 御剣さんは事もあろうに素っ裸なのだ! 美少女のくせして! ナイスボディのくせして! 全裸! ○ァック!


「……は、恥じらいってものが無いのかこの人は」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」


 おかげさまでロクに顔が見れたもんじゃない。正直に言って私自身、未だに自分の裸にすら羞恥心を覚えるのに、御剣さんはと言えばその羞恥心をどこかに置き忘れてしまったかのように、私の目の前でいそいそと全裸になり始めたのだからこちらとしてはたまらない。

 焚き火があるおかげで赤く羞恥に染まったこの表情を悟られづらいのが唯一の救いだ。


「さて、そろそろ焼けるぞ。飯にしよう」


 御剣さんが焚き火の傍に突き刺しておいた、木の棒に刺した干し肉を取ってかぶりついた。


「不味い」


 不味いと言うが、御剣さんはそれでもがつがつと食べ進んでいく。

 私はそんな野性味溢れる御剣さんを横目でちらりと見ながら、自分の分を手に取ってかぶりついた。


「…………」


 別に不味くはない。普通だ。身体に巻きつけておいたおかげで紛失を免れた"アイテム・バッグ"のおかげで、この干し肉は比較的鮮度が保たれている。御剣さんは多少グルメっ気があるのかもしれない。

 早々に食事を済ますと、滝の水を即席の小鍋にもなる鉄製のカップに注いで、焚き火の傍に置く。

 異世界……と言うか、『悠久の大地』の水が現代日本のように汚れているとは思わないが、何せダンジョンの中を循環する水だ。

 何らかの病原菌が含まれてもおかしくない為、腹を下さない為に一度沸騰させてから飲む。これはサバイバルの基本……らしい。


「…………所で山吹、ウェポンスタッカーの事だが」


 湯が沸くまで待つ間、ふと御剣さんが言った。


「はい?」


 なるべく御剣さんの裸体を直視しないように返答する。


「『悠久の大地』には無かったシステムだが、どうして私達にはそれ(・・)が出来ると思ったんだろうな?」


 御剣さんの疑問。ウェポンスタッカー。

 その名は私達が便宜的に名づけたもので、正式なものではない。


「……わかりません。呼吸の仕方を相手にどう説明すればいいのか分からないように、私達にはこうすれば武器を出したり仕舞えたりする、という事しかわかりませんから」


 ウェポンスタッカーとは、自分の武器を異空間から取り出す技術……である、と思う。

 この世界に来てすぐに、私はこの技術が使えるのだという事を本能的に悟った。

 自らの装備品に指定したポイントに触れると、自らが所持する武器を自在に取り出したり、収納出来たりするのだ。


 使用条件は二つ。

 自分の所持品でかつ『悠久の大地』で武器カテゴリーに属するアイテムを持っている事が条件の一つ。

 自分の装備品に一つだけポイントを作る事、これが二つ目。


 "アイテム・バッグ"から取り出すのとは違うこの技術は、常に武器を身に帯びる必要が無く、好きな時に好きなタイミングで即座に武器を取り出せる点から非常に重宝している。

 おまけに"アイテム・バッグ"とは別枠の空間に武器を収納しているようなので、武器がかさばる心配も無い、良い事ずくめなのだ。


 それだけに、由来も分からない癖に「出来る」と思い使っているこの技術が、時々不安にはなるのだが……。


「わからない、か。……分からない事ばかりだ、私達は。―――どうして知らない力が使えるのか? どうして女に生まれ変わってしまったのか? ……どうして私達だけなのか? 答えは何処にあるのやら、な」


 嘆息した御剣さんが胡坐をかく。

 色々と丸見えすぎるこの人から、私は咄嗟に視線を外した。


「ほ、本当ですね。分からない事だらけです。私達がこの世界に来てすぐ知り合えたのは幸運でしたが、それでも二人だけでは調べられない事も多いでしょう。とにかく、人手が足りない。仲間が増えればそれだけ知識を交換し合える機会も増えますし、私達のような転生者はなるべく早期に発見して、コンタクトを取るべきじゃないかなー、と思いますよ、はい。あっ、そろそろお湯が沸いたみたいですよ」


 早口で一気にまくし立てる。そうでもしないと彼女の……そ、その……胸とか……に視線が釘付けになってしまいそうだったからだ。


「…………仲間か。………ふむ、そうだな」


 おとがいに手を当てて御剣さんが唸る。


 ―――私はこの時お湯が沸騰したカップを木の棒で器用に焚き火から離す作業で忙しかった為気がつかなかったのだが、どうやらこの発言を元に御剣は現在の円卓に近い草案を頭の中で閃いたそうだった。

 即ち、ギルドの結成についてを、だ。


「あち、あちち。……ずず。はぁ……あったまる」


 お湯を啜ると身体がぽかぽかとしてくるようだった。

 焚き火の穏やかな光と温かさ、そして焚き木の燃えるぱちぱちとした音がだんだんと眠気を誘ってくる。

 思えばダンジョンの探索を開始してもう半日だ。疲れが溜まっているのかもしれない。


「…………ん?」


 そんなだから、焚き火の炎が不思議な事にゆらゆらと揺れているように見えてしまうのだろう。

 そこまで疲労困憊しているのか、と目元をこする。


「んん?」


 だが、やはり焚き火は揺らめいていた。それも一方向に向けて。


「うん? どうした山吹?」

「御剣さん、静かに」


 思わず立ち上がった私を前に御剣さんがいぶかしむが、今はそれどころじゃない。

 ぱちぱちと音を立てて燃える焚き火を前に、じっと観察する。

 ごく普通に燃えている、普通の焚き火だ。だが時々、やはり一方向に揺らめく。その方角は滝に向かっている。


「……おい?」

「……もしかして」


 洞窟の中に風は吹かない。しかし焚き火はまるで風に吹かれたかのように揺らめいている。

 それが示すところはつまり、私の想像が正しければ、この洞窟はここで終わりじゃないと言うことだ。

 風が吹いていると思われる壁際に歩みより、つぶさに調べ上げる。

 壁に手を這わせ、必死に風を感じようと試みる。すると、こぶのように盛り上がった一部分に確かな手触りがあった。


「ここか!?」


 直感的にそこを押してみる。すると手ごたえがあった。がこん、という音と共にこぶが壁の中に埋まっていく。


「何!? 隠しスイッチだと!?」


 御剣さんが驚き立ち上がる前で、大きな音を立てて壁が崩壊し始めた。

 慌ててその場を離れる。壁が崩れたその先には、上部に続いていると思われる階段が現れていた。


「……や、やっぱり! おかしいと思ったんですよ! やったぁ! これで助かりますよ!」


 思わず小躍りしてしまう。こんなに嬉しい事は無いからだ。


「凄いじゃないか山吹! 流石は私が見込んだ女だ、やるな!」


 そんな私の手を御剣さんが取った。彼女は私を褒めてくれた(・・・・・)のだ。


「いやぁ、そんな、たまたま、たまたまですって、ふふふ、でも、凄い嬉しいです、ありがとうございます、御剣さん」


 普通以上に嬉しく、増大した多幸感が私を満たしていく。

 これほどまでに他者に褒められて嬉しく思えるなんて、子供の頃以来だ。

 あの頃の無条件に肯定されていた自分を思い出すようで少し歯がゆい。

 それぐらい、ただただ褒められたのが嬉しくって嬉しくって仕方なかった。


「うむ、うむ! 素晴らしいぞ! お前は最高だ!」

「えへへ、やだなぁ。照れちゃいますよぅ、もぅ」


 べたべたに褒められると、蕩けそうになる。今ならどんな無理難題を言われても、ハイと頷いてしまいそう。

 そんな有頂天の私に、


「さぁ、そうと決まればこうしてはいられん、早速準備を整え脱出するとしよう!」


 御剣さんの暴力的な肌色の色彩が視界一杯に映っている事に今更ながら気が付く。

 薄ピンクのあれとか。あれとか。あれとか。それらが一杯に。


「――――――ふぎっ」

「む。どうした山吹、鼻血なんぞ出して」

「わがまま、ぼでぃ……」

「なっ、山吹! 山吹!? 山吹っ!? おい、どうしたっ!?」


 がくがくと揺さぶれる中意識が朦朧としていく。

 いやぁちょっとこれは刺激が強すぎましたと達観する中、私の意識は闇に沈んでいったのだった。







 ―――目覚めた後、無事ダンジョンを攻略し最奥部のボスモンスターも討伐出来たが、終始気まずかったのはきっと私だけなのだろう。

 今思い出しても凄い悔しい。理不尽だ。まぁ今なら御剣程度の裸を見ても失神するこたぁ無いだろうな、と高を括っていた私であったが。


「…………師匠」

「ラミー…………」


 寝室で目にするラミーを前にして意識を失いかけているようでは、お先真っ暗であろう私よ。

 がんばれ。とにかくがんばれ。私。


 ……そんな。二人で朝日を共に迎える前の晩の事だった。

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