2―23
「―――がああああっ!!」
「止めろ! 何としてでも止めるんだ!」
霧や他のユニコーンによるかく乱が上手く行っているのか、『教団』構成員は散発的にしか襲い掛かってこれないようだ。
遠距離から狙撃しようとしている構成員の一人を見つけ、その足めがけてクロスボウの矢を放つ。
「―――凍れっ!!」
「ぐぁっ!」
狙い通り矢は足に刺さり、"アヴソリュート・クロスボウ"の追加効果で瞬時に氷結していく。
近づいて切りかかろうとしてくる敵もいるが。
「効かん効かん効かん効かん! 退けぃ! 道を開けよ!」
「ぐわああっ!!」
シュフトの《アンブレイカブル・フォース》が強力すぎて、私の出番が殆ど無い。
その無双っぷりはどこぞのポン刀ブレイドマスターを彷彿とさせる。
一方的なワンサイド・ゲームに無情さすら感じるが、だからといって『教団』の輩にくれてやる慈悲はない。
哀れな連中を轢き逃げしつつ先へ進むと、シュフトが嬉しそうに言った。
「ははははは、見事だヤマブキ! 馬上であろうともその射撃の冴え! ますます我らが妻に相応しい!」
確かにシュフトの言には一理ある。流鏑馬は非常に難しい高等技術だ。
鞍も無く激しく揺れる馬上で、正確に狙いを定め目標を射る事がどれだけ困難であるかは筆舌に尽くしがたい。だから私を賞賛したのだろう。
それは私も分かっているのだけれど。
「……っ妻じゃないし、んな事どうだっていいでしょう! それにいちいち褒められる事の程でもありませんから!」
「照れずともよかろうに。ははははは!」
―――どうして赤面してる上にちょっと嬉しくなっちゃったりして頬がにやけかけてるんですかねこの頭ぽんぽこぽんときたら!
褒められたとはいえ相手はあのユニコーンだぞ! 節操なしか! ちっとは自制しろよ私!
「うぅ~~……。ばか。私のばか。しっかりしろ……」
自戒すべく小さく呟く。悶々としてしまったが、位置的にシュフトに顔を見られなくて本当によかった。
意識を切り替えるべく頬をぺちぺちと叩いていると、シュフトが叫んだ。
「……む、ヤマブキ! 第一ポイントが見えたぞ!」
その声に反応し視線を前方に向ける。
そこは王都を円環状に貫く一番通りのうち、幾つも点在する交差点のうちの一つだ。
「とっ、止まって下さい!」
「応!」
慌ててシュフトに指示を出す。
誰も彼もが、馬車を引く馬ですら気絶し不気味なほど静寂しているそこに、シュフトが激しく嘶いて突っ込んでいく。
そして後ろ足でブレーキをかけ激しい土煙を巻き上げながら横滑りし、地面に跡を残しながら見事に静止した。
私はシュフトから飛び降りつつ、その舌を巻く制動術に思わず賞賛を送ってしまった。
「……ずいぶんとお上手ですね」
「この程度朝飯前よ! 何、暇さえあれば同胞らと森の中で競争していた故にな!」
あの鬱蒼とした森の中でレースをしていたのか、相変わらず聖獣らしくない奴らである。
ともあれ今回はそれがありがたい。
早速第二の作戦の布石を打つ為に、地面にチョークで素早く六芒星の魔方陣を描きこんで呪文を唱える。
「こほん……。"我が血の導よ、雌伏しその時を待て"」
最後にクロスボウの矢の先端で指先を切り、魔方陣の中心点に血を一滴垂らす。すると魔方陣が一瞬赤色に発光し、地面の中に染み込むようにして消えていった。
これで起点となる魔方陣の設置は完了した。
円卓メンバーの中で魔法研究を一任していたルドネスから教わった、魔方陣応用の一つだ。
術者との経路を繋ぐこの魔方陣は物理的に破壊されない限りその場に残り続け、術者が発動した魔法の発動地点を一度だけ変更する能力がある。
『悠久の大地』の仕様でもなく、スキルでも魔法でもないこの能力は、この世界で見つけた私達がかつて知らなかったものの一つだ。
「終わりました、次のポイントへ!」
「任されよ! 飛ばすぞ!」
すぐさまシュフトに飛び乗り次のポイントを目指す。
ここからは王都をぐるりと一周しつつ三箇所のポイントに魔方陣を設置し、その次は中心部に近い二番通り、三番通りに再び三箇所ずつ魔方陣を設置していく。
そして合計九つの魔方陣を設置し終わった時に第二の作戦が発動するのだが、当然その間ラミーの捜索も平行して行う。
「ラミーの匂いはどうですか、反応はありますか?」
私としてはあまりやりたくはないが、ポケットから取り出したラミーのハンカチをシュフトの鼻元に寄せつつ問いかけた。
走っている為か鼻息の荒いシュフトは、思い切りハンカチの匂いを吸い込む。少し嫌な光景だ。
それから何かを探るように鼻を鳴らしたシュフトは、ややあって残念そうに首を振った。
「…………いや、この周辺には居らぬようだ」
「……そうですか」
ラミーのハンカチを再びポケットに仕舞う。
彼らユニコーン達は『例え万里の先であろうとも、清き乙女の芳香は嗅ぎ分けられる』と豪語しているだけあってか、精度は著しく下がるにしても本人の持ち物から漂う匂いからでも、本人の居場所を探知できるらしい。
ユニコーン曰く、『処女の香りは千差万別故に』との事らしいが私にはさっぱり理解できないし嫌悪感しか浮かばない。
伊達にウン百年処女厨こじらせてるだけはある。こんな能力に頼るのはこれっきりにしておきたいものだ。
静まり返った王都を爆走しつつもそう考えていると、ふとシュフトが口を開く。
「ふふふ……しかしヤマブキよ、そなたも隅におけぬな。ふ、ふっふふ」
「急に何ですか、気持ち悪い」
本当に気持ち悪かったのでそう言う。
「いやなに。伝えてよいものかと迷いはしたがそなたは我らが妻であるが故に、隠し事は出来るだけ減らすべきだと考え直してな」
「だから妻じゃないと何度言ったら……。うん? 隠し事? 一体何の事ですか?」
隠し事とはなんだろうか。先ほどはぐらかされた事についてかと思ったが、それは違った。
「その、ラミー氏の香りについてだ」
「ラミーの?」
「然り」
ラミーの匂いと隠し事、その関連性が理解できずに疑問符を浮かべてシュフトの話の続きを待つ。
「我らは乙女の香りから、そこに秘められた意思をある程度感じ取る事が出来る。ヤマブキ、そなたが真剣にラミー氏の身を案じておる事も。"きょうだん"とやらに烈火の如き怒りを抱いている事も、ひしひしと伝わっているぞ」
「…………」
……かつて聞いた話によれば、人間は感情と共に独特の匂いを発するそうだ。
その匂い、体臭は人間同士で感情の共有すら行わせる言外のコミュニケーション手段の一つだと言う。
シュフトはその匂いを察知する能力に長けている、という事らしい。
「ラミー氏の香りからは、そなたを慕い、敬い、そして愛する意思があった」
「……愛する、ですか?」
「そうだ。相手をツガイと認めた者のみが放つ、紛れも無い愛の香りが、だ」
一瞬、世界が静寂に包まれたような錯覚を覚えた。
シュフトがさも当然に言い放ったその言葉を理解するまでに、多少の時を要した為だ。
目上の人に向ける敬愛ではない。ラミーは私自身を愛しているのだと、シュフトはそう言っているらしかった。
―――顔が熱くなっていくのを感じる。汗が出てくる。
「ちょ、ちょっと待ってください。番って、あのその、あの番で合ってるんでしょうか。……ふ、夫婦的な。一生一緒に居てほしい的な」
「然り。それ以外に何のツガイがあろうか? 雄と雌が結ばれ世に子を成す、そのツガイだ」
ラミーが、その、待って、待ってくれ。私の事、好きだって事なのか? そうなのか?
それも、けけ、結婚を前提にしたレベルで? 本当に?
「うっ、嘘嘘、嘘でしょう。だってラミーは、女の子で、私だって女の子ですし、それに、そんなそぶりは無かっ……いや無い事も無いですがそれにしたって、うぅ……だ、大体、証拠が無いじゃないですか!?」
別にシュフトを信用しきっているわけでは無いのだが、でも、こんな事言われると。
どうしよう。凄く、嬉しい。頭が沸騰しそうだ。ほっぺたがにやける。
「証拠は無いが嘘ではない。それに、別に雌同士のツガイがあってもよかろう。そなたは我らの妻であるが、重婚を認めぬほど我らも狭量ではない。何せ聖獣であるが故に器が広いのでな。……相手が雄であれば論外だが」
「あ、や、ばっ……だから、妻になった覚え、なんて……」
「ふっ、そなたは我らが認めるほど美しい。だからこそ、同姓であるラミー氏すらも魅せてしまったのであろう。罪作りな乙女よなぁ……」
「うううぅ…………ぅぁ~……」
恥ずかしさのあまり顔を覆う。私はとうとう二の句が告げなくなってしまった。
―――うう。ほんとかな。ラミー、私の事好きでいてくれたのかな。
ラミー。嘘? 嘘じゃないよね? 信じていいんだよね? 私の事好きなんだよね? 嫌いじゃないんだよね?
私もラミーの事大好きなんだよ。ずっと言えなかったけど。好きなんだよ。
大大大っ好きなんだ。本当に。神に誓って。†ゆうすけ†さんに誓ってもいい。
揺れる馬上。私は弱弱しい力で、シュフトの首をぺちぺちと叩く。
「うぅ~…………こんな、こんな肝心な時に、そんな事言わないで下さい……、シュフトのばかたれ……あんぽんたん……頭おかしくなりそう……」
「ははははは、いやぁ。申し訳ないなヤマブキよ。どうしても、照れていじらしくなるそなたを見たかったが故に。許せ」
「許しません。絶対許しません、後でさんざん鞭で叩きますから……」
面白そうにシュフトが嘶いて、更に加速していく。
ああもう、馬鹿。なんなんだよ、もう。
私は元々男だったのに。今でもちゃんとそう自覚しているのに。
だと言うのに。
私はいまだかつて無いほどに! 女々しい程に! 彼女への愛が止まらない!
つまり、乙女回路が大暴走しているのだ……!
「……さっさと、次のポイントに向かって下さい」
か細い声で指示を出す。
「言われずとも。しかし今だけは、そなたの芳醇な香りを堪能しつつ向かうとしようか」
何が面白いのか、この駄馬は鼻をひくひくさせながら陽気に走っておられる。
「この、バカ……後で、後で覚えておけ……うぅ……」
「おお、恐ろしいなぁ、我が妻は」
どうしよう。私本当に男だったんだよな? そうだよな?
こんな押さえ切れない感情のうねりは、初めてだ。ラミー以外の事の殆どに、考えが回らない。
「見つけたぞ! ―――ぐべぇ」
一瞬視界に入った『教団』の構成員の足に無意識に矢を放った事すら、終わってから気がつく程に。
最早この狂おしい気持ちにケリをつけるには、解決策は一つしかありえない。
「ラミー。待ってて……絶対、絶対、助けるから」
彼女を救い出す。
私の本当の気持ちを伝える。
この手で抱きしめる。
もう誰にも、渡したりしない。
そして求婚をする。―――いや、それはちょっと早い、うん。物事には順序ってものがある。
「…………くっ」
口に出してすらいないのに肝心な所でヘタれる己にやるせなさを感じつつ、次のポイントへ向かう。
……あぁ。ラミー。願わくば彼女が無事であらん事を祈りながら。




