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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
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「痛っ! っ、わわっ、ちょっ、スピード! スピード出しすぎ! 今お尻が浮きましたよ!? 浮いたんですけど!? ちょっと聞いてます!? ねえ!? ……あいたあっ!?」

「えちごやよ、あまり喋ると舌を噛むぞ」

「ちょっとしたアトラクションだと思えばそれなりに楽しいよ? そのために手すりとシートベルトが付いているんだし」

「素晴らしい助言をありがとうございます! でもそれは乗る前に教えて欲しかったです!! 具体的にはタンコブが出来る前に!!」

「…………」


 女三人と男を一人乗せた馬車が、激しく土ぼこりを巻き上げながら街道上を爆走していく。

 馬車の名は『超魔法駆動式自動操縦馬車・スレイプニール』。

 頑丈なミスリル鉱石で製造された馬のゴーレム四体が引く、「ありとあらゆる困難を乗り越える」事をコンセプトに開発された次世代の超高速馬車である。

 最高速度は時速120km。走破性は非常に高く、たとえ岩肌の露出した山岳地帯であろうとも、とりあえず走れる(・・・・・・・・)とゴーレムが判断した場所ならどこでも走りぬくことが出来る。

 走破性を高めるのは、馬車を支える8輪の車輪だ。これもまたミスリル製であり、全てに分厚いゴムタイヤが巻かれ、タイヤの表面には地面にしっかりと食い込む強靭なスパイクが刻まれている。道路の氷結対策も完璧だ。

 まさしく、スレイプニールに走れぬ道は無し、と言った所だ。


 さてさて、そんな超性能のスレイプニールであるが、一つ問題がある。

 それは搭乗者の身体的安全面がまるで考慮されていない点だ。

 申し訳程度のシートベルトと手すり。ただそれだけが、場車内に設置された唯一の安全対策である。

 エアバッグなんて気の利いた物はもちろん無い。

 事故にあったら死ね、と言わんばかりの潔さに呆れを通り越して気持ちよさすら感じる代物だ。

 私達はそんな愉快な乗り物に乗って、ナライ法国に向けて疾走しているのである。

 ちなみにラミーは店の留守番に置いてきた。来たがっていたが、彼女ではこの戦いには生き残れない。


「…………で、二人は当然として、何故この商人の娘ものっ―――乗っているのか説明してもらおうか」


 途中で何かに乗り上げたのか、四人全員の腰が宙に浮く。そんな最中でもミハエルは舌を噛まずに喋り終えてみせる。


「いや、なんとなくだが」

「……何? 今、なんと?」

「すみません、御剣のは冗談と思って聞き流して下さい。―――真面目な話をすると、私はオーラムの街でっ……薬屋を営んでおります、それはご存知ですよね?」

「ああ、セラフ様よりそう伺っている」

「薬屋である関係上、彼女……えちごやさんは私が懇意にしている商人で、特にポーション製造に関わる素材を仕入れてもらっているんです」

「いたた……。あ、一応うちはこういうもんです、よろしくお願いします」


 えちごやさんが服のポーチの中から一つを開けると、そこから名刺を取り出してミハエルに渡す。

 馬車が揺れるので、手渡すのに何度か失敗した。


「エチゴヤ商会代表取締役、エチゴヤミルク。……ああ、聞いた事があるな。近頃王都で名を上げつつある商人だとか」

「おお! 法国まで噂がとどっ……いったい! もうなんなんこの馬車! ……すいません、まあ、ともかくそういう者です」


 頭を抑えたえちごやさんが涙目で座る。ひとまずの自己紹介が済んだようなので、話を続ける。


「……ええと、それでですね。私がセラフ様に召喚されたという事は、恐らくですが、私の能力……ポーション製作を当てにしっ……してらっしゃるのでは、と愚考しています。

そうなるとですね、私としては、彼女が卸してくれる素材が無くては高位のポーションを作る事は難しいんです。法国にどんな素材があるかは、よく知りませんし。

そういった事を見越して、彼女にも同行してもらっているんです」

「ふむ……そういった理由であるならば、致し方ない、か。だが召喚されたのはあくまでヤマブキ・ヒイロとミツっ……ルギ殿の両名であって、エチゴヤミルクの謁見は認められないぞ」

「それはもちろん分かっています。うちも用事が済んだらさっさと帰りますし……。っていうかホンマはよ帰りたいねんけど……」


 ぼやくえちごやさんが、私と御剣を非難の目で見た。

 口にせずともえちごやさんの言いたい事はわかる。何故私が嘘をついているのかと問いただしたいのだろう。

 そう。私がミハエルに語った内容は全て嘘っぱちだ。

 建前上ミハエルにそう言っているだけで、別にえちごやさんが居なくても最高等級のポーションは手持ちの素材で作れる。

 嘘をついてまで彼女を連れてきたのは、我等が会長の危機を救うためだ。

 熱い友情パワーも二人分だと心もとないが、三人分となればどんな困難も打ち勝てるであろう。そう思って彼女を連れてきたのである。

 ……嘘のように聞こえるが嘘ではない。会長の身に何があったかは知らないが、ヘルプコールに応えてあげるのはやぶさかではないし。


「しかし何だな。慣れたと思っていたが、これはまた尻に来る」

「本当にね。クッションか何か持って来ればよかった」

「……その様子からまさかとは思っていたが、お二人はスレイプニールに乗った経験があるのか?」


 甲冑姿のミハエルは驚いている様子だった。

 それはそうだろう。スレイプニールは法国が軍事開発中の馬車であり、一般人では搭乗する機会などゼロに等しいのだから。

 とは言えその存在自体は広く知られている。土煙と爆音を盛大に巻き散らしながら疾走する馬車の事が、人々の噂にならない筈が無い。

 そんな代物を引っ張り出してまで私達を呼び出したのだ。きっとただ事ではない何かが待ち受けているに違いなかった。


「まぁ……その、御剣のツテで、ええ」

「二ヶ月前くらいか? その時おたくの国で乗る機会がたまたまあってな。あれを含めると二回目になる。個人的な感想を言わせてもらえば、スレイプニールは割りと楽しい乗り物だな」

「どこがですかっ!」

「なるほど。剣聖であられるミツルギ殿であれば、我が国の軍事部にも顔が利きますか」


 御剣に向けられるミハエルの視線には、戦士としての尊敬があった。

 流石にセラフとまではいかないが、御剣もその界隈では非常に有名である。剣の道を志す者の間では特に。

 椅子の足元に縛り付けてあるロングソードを見るに、ミハエルもその手の人間なのだろう。


「折角の機会なので、是非にお尋ねしたい。以前ミツルギ殿が軍事部に参られた折、隊の錬度はどの

っ……ように映られたか」

「ふむ……。私の主観になるが―――」


 なにやら小難しい話を始めた二人を横目に、窓から外を眺めてみる。

 めまぐるしいスピードで変化する風景はちょっとしたお祭り騒ぎみたいだ。

 雑多なビルが立ち並ぶ光景が続く日本の都会と比べると、この世界は彩りに満ち溢れている。

 何の変哲も無い森、湖、草原、畑、村、街、山。

 どの場所にも、この世界ではありふれた―――しかし、日本では目に出来ない光景が幾つも転がっている。

 それは例えば魔法であったり、モンスターであったり、森の中でダンスする妖精の姿であったり、満天の星空を飛び交う流星群であったり、だ。

 その一つ一つを目にするたびに、やはり、この世界に生まれ変われてよかったなぁ、と私は常々思う。

 正直に言って、こういう日々は……楽しくて楽しくて、仕方がない。


「…………何か面白い物でもありました?」


 何気なく遠い目をしていたのだろう。いつの間にかえちごやさんが私の横顔を覗き込んでいた。


「…………いいや、何も。うん、なんにも」

「そうですか? ……でも山吹さん、なんか笑ってましたよ」

「えっ、本当に?」


 笑っていたのか。そんなつもりはなかったのだが。


「ええ。なんというか、深窓の令嬢的な笑みで」

「……えちごやさん、それはきっと気のせいだよ。もしくは幻覚であると思う」

「いえいえ、そんなでしたって。写真でも撮っときたいくらいの、いーい笑顔でした」

「……そんなまさか、むう」


 両頬を揉みしだいて、意識してポーカーフェイスに努めてみる。


「―――山吹さん、自然に笑うと可愛いからいいと思うんですけどねえ」


 えちごやさんの、何気ない一言。


「……いいんだよ。私は好きでこうしているんだから」


 ちか。と心の中で明かりが灯る。

 私はそれを意識しないように、再び外の景色に目を移した。


「ピギョエエエエエ!」


 哀れにもゴーレムに轢き殺されたモンスターの血潮が、窓の外で散る。


「痛いっ!!」


 衝撃で頭を打ったえちごやさんの悲鳴もついでに。



 グラン・アトルガム王国。大陸西部の大部分を支配する、世界に名だたる列強の一つである。

 私が住む辺境の街オーラムも、そんな王国が支配する領土の西部、それも端っこのほうに存在する。

 そこから直線距離にして東へ約400kmの地点に、王国の首都、王都があった。


「尻が痛いな」

「痔になりそう」

「……私とて、あまり慣れているとは言いがたい」


 早朝からの強行軍の果てに、我々は痛む尻を摩りつつも昼前に王都の城門を潜り抜けた。

 王都に寄ったのは休憩や補給の為だ。私はともかく、御剣もえちごやさんも王都には少なからず用事があったのでそこは渡りに船だった。

 ……しかし唐突だがここで疑問が生ずる。

 御剣が私に手紙を出したのが先週の火曜日。で、御剣が王都を出たのも火曜日。

 それから御剣は約三日かけてオーラムまで来た。……直線距離約400kmの道程を、どうやって三日で渡り歩いて来たのだろう?

 その答えは、やはり御剣らしいものだった。


「走った。根性があれば何でも出来る」


 それはお前だけだろう。断言してもいい。


「凄いだろう? 褒めても何も出んぞ」

「褒めてないっての」


 誇らしげな御剣をスルーしつつ、さてこれからどうした物かと思案する。

 御剣は一旦ソードマンギルドに帰還して事情を説明するらしく、馬車の荷台からパンパンに膨らんだアイテム・バッグを取り出している。

 えちごやさんの姿はとっくの昔になかった。馬車代が浮いたので、差額で法国で売れるような代物を仕入れてきます、と仕入れに向かっている。

 ミハエルは名目上私達の護衛という事になっているので、つかず離れずといった感じで側にいる。

 スレイプニールを王都に入場させる際にひと悶着あったらしいが、「聖女」の名を出した途端何もかもフリーパスになったのは見ていて痛快だった。

 流石我らが会長様である。


「……まあ、ひとまずはご飯かな」


 きゅるる。と鳴ったお腹をなだめつつ、私は何か美味しい物はあるだろうかと想像を膨らませた。

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