表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
47/97

2-20

―――――――――


 どうしてラミーを助ける為に封じたゴーレムが悪い方向に働くのか。

 どうしてルドネスに魔風闘陣円(まふうとうじんえん)の情報を早く伝えてあげられなかったのか。

 どうして私はラミーの隣に居てやれなかったのか。

 ―――ああ、きっと運命の女神とやらは、本当にクソったれの下種に違いない。


「それで、どうなったの?」


 そう問うた私の口調に、苛立ちが混じっている事は否定できなかった。

 ほとんどラミーを手中に収めておいて、最後の最後で見失ってしまったルドネス。彼女の事を責めるのは実に簡単だ。

 でも、彼女を責めた所でどうにもならない。この話は既に終わってしまった事だから。

 それに彼女を責める事で私の心が晴れるのかと言えば、そうでもない。ただ怒りに任せてルドネスにわめき散らしたところで、無意味だ。その後の私に残るのは、空虚な心だけだ。

 だからここは少なくとも、ラミーを助けようとしてくれたルドネスに感謝するべき場面だろう。

 仮に私が同じ状況に立たされたとして、絶対確実にラミーを助けきれたかどうかは分からないのだし。


 ……と、そんな風に頭の中で考えながらも。やはり、私は折り合いのつかない不愉快な感情を抱いていた。


「《フロスト・ウインド》を使い辺りを凍らせて、私が事態の解決を図りに来たように見せかけましたわ」

「……それは、無理があるん、じゃ?」

「うん。それは私も思った」


 霧の突っ込みに同意する。

 散々荒れた現場に、王都で有名な"魔女"が一人ポツンと立っていれば誰だって怪しむだろう。

 よしんばその言葉を正直に信じたとしても、ならば謎の光やら熱波の正体は何だと取調べを受ける事は避けられない。


「ええ、まぁ確かに即刻連行されましたので無理があったのは認めますけれど……詰め所で無理を通して道理を引っ込ませましたので。衛兵の皆様も、近隣住人の皆様も快く協力してくださいましたわ」


 ルドネスが軽いため息と共に、その豊かな胸に手を這わせた。

 …………なるほど。私たちがよく使う手だ。賄賂でも握らせて黙らせたのだろう。

 ただ、ルドネスの場合だと逆に握った(・・・)のかもしれない。衛兵のナニを。とは言わないが。


「……ラミーちゃんを助けられなかった手前、無駄な時間を過ごすのは避けたかったものですから」

「なるほど。納得が、いった」


 霧が何に納得しているのか、うんうんと頷く。


「……それから?」

「それから事が落ち着いた後、すぐに秘密裏にラミーちゃんの捜索を開始しましたわ。勿論、御剣さんやタタコさんにも相談して協力を願い出て、ね。その時に敵があの『教団』という奴らなのだと、御剣さんに教えて貰いましたけれど……」


 そう語ってルドネスは目を伏せた。捜索を開始してその先どうなったのかは、今の状況が物語っている。


「……でも、見つからなかったんだね?」

「ええ、残念ながら。……むしろ事態は悪化の一途を辿りましたわ」

「御剣から聞いてるよ。『教団』の奴らが、皆を襲い始めたって」


 ルドネスがラミー救出に失敗したのが土曜日の深夜。

 それから御剣が『教団』の刺客に襲われたのが月曜日だ。その間僅か二日未満。あまりにも『教団』の行動、そして情報の把握が早すぎる。


「正直に言って私たちは相手の規模を舐めていた、と言わざるを得ませんわ。私と御剣さんは公の場で付き合いがある、というのは知る人ぞ知る事実ですけれど、それにしたって、街の中では滅多に会う事の無いタタコさんまで標的になるなんて……。恐らく、私本人との直接的つながりではなく、御剣さん経由のつながりからタタコさんも標的になったのだろうとは思いますが……」

「とにかく、容赦がない。少しでも関係があると疑われれば、誰であっても殺す。そんな感じかな」

「ええ、その容赦の無さはむしろ私達寄りですわ。―――だからこそ、対処がしづらい。今の私達には、護るべきものが多すぎて……。おかげでここ数日、あまり眠れていませんの」


 視線を落としたルドネスがため息をつく。

 先ほどのルドネスに見えた疲れの原因はそこだろう。

 御剣が語ったように、現在『教団』の奴らは私達当事者ではなく、その近親者を標的に活動しているらしい。

 きっと彼女の近親者―――娼館で働く従業員の女性達だ―――に危害が及びそうになった事で、従業員を護るために日夜奔走するハメになったのだろう。

 ……ああ。だから店の内装が少し変わっていたのか。

 防犯設備を整えた、とルドネスが言っていたのはこれの事だったのだ。


「ふぅん。……でも、だったら、どうして私には、教えてくれなかった、の? 山吹に、手伝うって、言った手前、教えてくれたら、手伝ってあげた、のに」


 霧が無表情のまま、こてん、と首をかしげる。

 感情の読めない平坦な声だが、私にはその中に小さな不満があるように聞こえた。

 この件に関して仲間外れにされた事に対して、多少なりとも思うところがあったのだろうか。

 確かに霧の言い分ももっともなのだが……。


「だって霧さんに連絡を取ろうにも、円卓会議の日以外は約束しないとどうやっても出会えないし出会おうともしないでしょう? 一応探しはしましたけれど……」


 ルドネスは呆れながら答える。

 紆余曲折あって私達の仲間となった霧だが、そもそも霧は元から人と積極的に関わろうとしない人間だ。

 今までだって、私のような事情が無ければ円卓会議以外で霧の顔を見る事は一度も無かったぐらい。

 そんな霧に協力を申し出ようにも、そもそも本人がどこにいるか分からないのだから協力して貰いようが無いというわけである。

 霧の職業柄それは仕方ない事かもしれないが、こればかりは霧が悪い。


「……そっ、か。そうだった、ね」


 ルドネスの答えを聞いた霧は首を元に戻すと、私に顔を向けた。


「山吹。ごめん、ね? 気づいてあげられ、なかったね?」


 そして、ぺこり、と頭を下げた。

 ……いや、そこで霧に謝られても困るのだが。


「あー……うん、ありがとう。大丈夫だから、頭あげて下さい、ね?」


 私はそう言って霧の頭を上げさせようとしたのだが、横からルドネスの待ったの声がかかる。


「山吹さん、私も謝らせて下さいな。先ほどは偉そうな事を言ってあなたを励ましていましたけれど、実際はラミーちゃんを助けられず、この体たらく。本当に申し訳ありません。この通り、いかなる叱責も受ける覚悟です」


 そうして、ルドネスは帽子を脱いで居住まいを正し深く頭を下げた。


「…………」


 情けない事にしばし言葉を失う。……身近な人間に真摯に謝られるのは、思ったより心が痛むらしい。

 そんな事知りたくもなかった。もっぱら私は謝る側の人間だったから。

 二人を前に言い様の無い感情がこみ上げてくる。私はそれを深呼吸と共に飲み込んでからゆっくりと答えた。


「……二人ともありがとう。その気持ちだけで十分、私は救われてるよ」


 別にルドネスも霧も悪いというわけじゃない。悪かったのは『教団』の奴らだし、運も間も悪かった。

 今回はただそれだけの話であって、彼女達に非はない。

 非が無い以上、謝られても仕方が無い。だから早々に頭を上げて欲しい。

 でないとまた、私のゆるゆるおばかさんな涙腺が刺激されてしまいそうだ。

 真剣に人の身を案じてくれる友人がいる。ただそれぐらいの事で泣きそうになるくらい、私は友人に恵まれていなかったし、感情的になりやすいのだから。

 ……まぁ霧は、ちょっと怪しい所もあるけれど。


「すみません、山吹さん」

「う、ん」


 二人が頭を上げる。

 申し訳なさそうな顔をした彼女達を前に、私は空気を切り替えるべく手を叩いて言った。


「……さ! 私が言うのもなんだけど、暗い雰囲気はこれくらいにしておこう? ひとまずこれで状況は掴めたから、今後の対策を考えていこうと思うんだけれど、どうかな?」

「……ふふ、そうですわね。ここでじっとしていても、話は進みませんもの」

「そのとおり。手と、足を、動かそう」


 少しだが、場の雰囲気が和らいだようだ。

 何時までもうじうじしたままではいられない。先手を取られ続けている私達だが、ここからは巻き返しの時だ。

 必ずラミーを『教団』の連中から救い出して、奴らに鉄槌を下してやる。そう新たに誓いを立てると、萎れていたメンタルが回復していくようだった。





「―――まずはこれを見てくださいな」


 ルドネスが机の上に大きな地図を広げた。

 その地図は王都の街中を写したもので、街中の案内板に掲げられているのとはモノが違う、かなり詳細に描かれたこの世界では非常に貴重なものだ。

 本来王族や貴族といった身分の高い人間にしか所有の許されないそれを何故ルドネスが所有しているのか、という疑問については不問とする。

 恐らく、彼女の客の中にそういう人間が一人居ただけの話だろうから。


「この辺りがラミーちゃんを見失った箇所」


 娼館通りから二つ分通りを抜けた所、細長い路地をルドネスが指す。


「初めにここの周囲から捜索を始めましたが、近隣の住民からはラミーちゃんらしき半犬人(ハーフドッグ)の目撃証言は得られませんでしたわ」


 それから指で周囲を円形になぞる。その範囲内がルドネスが捜索したというエリアなのだろう。

 範囲のサイズはかなり小さい。せいぜい現実の距離に換算して直径四、五キロメートルがいいところだ。

 だが、その事に関してルドネスを責めるつもりは微塵も無い。彼女が秘密裏に捜索を行えた時間は二日にも満たない時間でしかなく、それも人の目を避けながらの事だったからだ。


「続けてこちらが御剣さんが捜索したおおよその範囲。そしてこちらが、タタコさんの範囲」


 次いでルドネスがソードマンギルド周辺と鍛冶組合周辺を、今までのと同じようなサイズの円でなぞってみせる。


「…………かなり空白地帯があるね」

「悔しいですけれど、私達ではそれが限界でしたわ。山吹さん、本当に申し訳―――」

「―――今は謝罪はナシでいこう、ルドネス。ね?」

「……ええ」


 またも頭を下げかけたルドネスを制して、改めて地図を見る。

 残る未捜索のエリアは、地図上の殆どがそうだ。これを三人……いや、ルドネスは動けないから二人か。たったそれだけの人数でラミーを探して回る、というのはあまりにも非現実的すぎる。

 しかし、非現実的だろうとも私達はやらねばならない。

 今も尚この街のどこかに逃げ隠れている筈のラミーに、『教団』の魔の手が迫るまでの猶予は余り多く残されてはいないだろうから。


 ……だがこれが仮に、非常に不愉快だがラミーは誘拐されている(・・・・・)。という前提ならば事はとても単純である。

 何せルドネスの証言から、彼ら『教団』の狙いは確実に私なのだと割れているからだ。

 ならばラミーを誘拐した手前、必ず私に接触しに来るに違いない。―――ラミーを脅しの手段にしながら。

 それが今のところ無く、ただの監視に抑えている。それはつまり、『教団』もまだラミーを見つけていないという証に他ならない。


 つまり、だ。

 私達の戦いとは即ち、『教団』より先に行方不明となったラミーを見つける事。それに尽きる。

 非常に不利な戦いだが、ラミーを助けるためには、無理でもなんでもやるしかない。

 ……ラミーが既に死んでいる、という可能性もあるがそんなものは考えもしない。

 御剣には悪いが、私はそんな悪夢のような前提では一歩も動けないから。


「うーん……。ゴーレム……は目立ちすぎるし捜索には向かないか。いざという時の陽動や戦力には使えるけど、こういう場合は下手に相手を刺激するだけで役に立ちそうにもないかなぁ」

「私もそう思いますわ。ですが、万が一戦闘になった場合は即座に十体ぐらい展開して、いっそのこと街を灰燼に帰してもかまわないかと」


 ルドネスらしからぬ過激な発言に思わず彼女を見る。


「えっ……いいの? そんなにやっちゃっても?」

「それだけするほどの相手だ、という事ですわ。……御剣さんの受け売りですけれど」


 御剣の受け売り、と言う言葉に納得がいった。

 

「……そっか。御剣がそれだけの評価をしたんだね」

「ええ。相手の手際といい連携力の高さといい、私達が本気(・・)で当たるべき相手だ、と」


 御剣をして本気で当たれ、と言わしめたという事は、私達も手段を選んでいる場合ではない、という事だ。

 頭の中に"出し惜しみはナシ"と軽くメモをして話を続ける。


「とは言っても、人手が足りないのが致命的かな……。この範囲を、たった二人でっていうのは……」


 地図上の約95%近い未捜索領域の中から隠れているラミーを見つけ出すのは、広大な砂漠の中で一粒の宝石を見つけるのに等しい。

 住人の目撃証言等があるから一概にはそう言えないかもしれないが、極端に難易度が高いのには違いない。

 それに特定の人物を探知するような便利な魔法もない。

 となると、やはり結局のところは霧の言うように地道に手足を動かす他ないのだろうか。


「やっぱり、地道に歩いて探し回るしかないのかな……」


 そう口にした時、今まで黙って地図を睨んでいた霧が口を開いた。


「……? 本気で、やるんだよね?」


 無表情で平坦に、しかし不思議そうに霧は言う。


「うん? ……うん、そうですけど」

「本気って、事は。手段も選ばない、そうだよ、ね?」

「……そう、ですけど……?」


 今更ながらの質問を前に、霧の意図が掴めない。一体彼女は何が言いたいのだろう。


「じゃあ、どうして、気づかないの? うってつけなのが、ここに、いるんだよ?」


 霧は両手を広げて、まるで私を迎え入れるような―――あるいは抱っこをせがむような―――姿勢をとる。


「ね? ……私も、含めた、『ヴォーパル(首狩り)』に、依頼、して? ラミーを、探して、って」


 さえずる様に囁かれたその言葉は、私にはまるで悪魔の誘いのように思えた。

 実際の事、それはその通りなのかもしれない。

 大量殺人鬼であり。暗殺集団の頭領であり。異常性癖者であり。人格破綻者であり。精神異常者でもある。

 そんな、およそ人間社会にあってはならない人物からの誘いが、悪魔の誘いで無い筈が無いのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ