2-19
活動報告を更新しました。(2017/07/11)
夜の只中を軽やかに飛んでいく。
たん、たん。と屋根を伝い跳ねるように駆けていけば、件の集団まであと少しという頃合だった。
「一応、念のためにかけておきましょうかしら……っと!」
一際大きく飛んだルドネスは、空中で愛用の杖―――"マナ・ランプ"―――を振りかぶり高速で呪文を唱え始めた。
この世界の平均的な人間相手には過剰な防御魔法だが、今回敵対する相手はプレイヤー関係者の可能性が高いため、安全策を取ったのだ。
頂点に漆黒の宝玉を頂く、細長くも、しかしどっしりとした印象を受ける樫の杖が、ルドネスの魔力に反応して震えだす。
『―――反発せよ。反抗せよ。反撃せよ。その飛礫は自業の証。
汝の牙を以って、我、今ここに仇なさん。いざ纏おうぞ、反射の石鎧! 《リアクティブ・アーマー》』
呪文を詠唱しきると同時に、"マナ・ランプ"の宝玉が煌いた。
ルドネスの豊満な肢体を覆うようにして、魔力で構成された薄白い対物理防壁が彼女を覆う。
《リアクティブ・アーマー》とは、近接攻撃にめっぽう弱い後衛系プレイヤーがその対策として覚える防御魔法のうち、最もポピュラーなものの一つだ。
物理攻撃に限り一定量のHP分だけダメージを肩代わりするこの魔法は、発動者の体を守護するだけでなく、受けた物理ダメージ数値分だけの威力を有した反射弾を相手に打ち返してくれる。
後衛系にありがちな低HP、そして物理防御力の低さをカバーするこの魔法は非常に優秀である手前、発動中は常にMPが減少し続けるというデメリットも含んでいる。
……とはいえ、デストロイ・ウィッチとして潤沢なMPを保持しているルドネスからすれば、そのMP減少というペナルティは今の所さして気にするような程の問題ではない。
ルドネスは飛び込んだ勢いのまま空中で怪しげな集団を追い抜く。そして彼らの行く手を遮るように、路地の向こう側へがつん、と大きな音を立ててその場に着地して―――。
「ひいぃん」と情けない声を上げた。
「あっ……痛ぅ~……うぅ、そういえばハイヒールだったって事を忘れてたわね……もうっ!」
着地の衝撃がモロに足に、それも特に踵にきたのだろう。ルドネスは涙目になって足をさする。
普通ハイヒールで走ったりジャンプしたり、高所から落下したりすれば一体どうなるか女性なら身にしみてわかっているだろうに、未だにこういう細かい部分が男性だった時の感覚のままだ。
あまり悩みの多いほうではないルドネスだが、そんな彼女をして時々頭を悩ませるのが、この、しこりのようにこびり付いて取れない男性性の発露であった。
ちなみにヒールの踵は折れていない。当然だ。ルドネスの服飾品に、唯の一つとしてこの世の理におとなしく順応するような軟弱な装備は含まれていない。
「っ! 何者だ!?」
突然の闖入者に困惑していた集団のうち、一人が我に返り叫んだ。
その声を契機に集団は弾かれたように動き始め、油断無く輪の陣形を広げ注意深くルドネスを警戒し始める。
全員が奇妙な目玉の意匠を施した仮面を装着しており、表情は読み取れない。輪の中心にはぐったりとして目覚める気配の無い半犬人の女の子を背負う男が一人。恐らくラミーであると伺える。
いまいち締まらない醜態を晒したルドネスだが、ばつが悪そうに体の埃を払いつつも、そういった状況を目ざとく確認していく。
そして咳払いを一つして、仕切り直しながら答えた。
「……こほん。…………何者だ、と問われれば答えましょう。私の名はルドネス。しがない娼館の女主人ですわ。世間様には"魔女"なんて大層な名で呼ばれておりますけれど……。ともあれ、以後お見知りおきを」
そうして、まさしく女主人らしい堂に入った優雅な一礼を披露する。前の世界から礼儀作法には慣れっこだったルドネスだ。その仕草は洗練された、当然のような振る舞いだった。
自己紹介を終えたルドネスが頭を上げると、集団の纏う空気が変化した事に気がつく。
緊迫した雰囲気が場に流れていた。
「"魔女"……!? あの、"魔女"だと……っ!?」
「おい、どういう事だこれは! 首狩りと"魔女"が繋がっているだなんて、そんな説明は受けていないぞ!?」
「クソッ、次から次へと……! もしや聖女の呪いか何かか!」
集団は口々に悪態をつき、ルドネスから距離を取ろうと後ずさりし始める。
ともすれば今にも逃げ出しかねない様子だ。
しかし、ルドネスは彼らの逃走を許さない。いや、許せない。
なぜなら、彼らはルドネスにとっては決して聞き逃せない言葉を口にしたからだ。
「―――お待ちなさいな」
「―――ッ!?」
ルドネスから放たれた、目で見えてしまうような濃密な魔力の波動を受けて全員の足が止まる。
体を少しでも動かせば殺されてしまうような、そんな強烈な殺気を発しながらルドネスが口を開く。
「……その背負っている子を置いていけば、見逃すつもりは無きにしもあらずでしたけれど、あなた達がそれを口にした事で、その可能性はゼロになりましたわ。
……どうやって私とあの子の線を辿れたのか、興味が尽きませんけれど……。それは後でじっくり、ゆっくり、落ち着ける暗い場所でお教え頂くとしましょう」
ルドネスがヴォーパル、もとい霧という人物と繋がりがある事を知る人物は、少なくともこの世に七人……つまり円卓メンバーだけしか居ない。
それをどうして彼らが知っているのか。疑問に思うルドネスの脳裏に幾つかの線が浮かぶ。
たとえば例を挙げるとして、メンバーが起こしたヘマによる情報漏えいの可能性だ。……それならばよくはないがまだいい。時間はかかるだろうが、そのヘマを起こしたメンバーの痕跡を辿って証拠を跡形も無く消してしまえばよい。手段は問わずに。
だが、事がルドネスを含む七名の関連性を嗅ぎ取った第三者の仕業であるのなら問題だ。
ただでさえ地位のある人格者(と、世間ではそう通っているつもりの)である御剣に山吹緋色、そしてセラフは、首狩りという凶悪暗殺者集団と関連を持っている、と世間に公表された時点で社会的信用と立場を失う。
特にセラフの場合は致命的だ。
何せ神の遣いとしてナライ法国で幾多の奇跡を起こしていた聖女と名高いセラフがその実、裏でやくざよりタチの悪い集団と繋がっていた、などとバラされた日には十中八九間違いなく、いつだかの聖女暗殺を企てた緋刃事件はセラフのマッチポンプだった、というニュースがセンセーショナルに大陸中を駆け巡るだろう事は想像に難くない。
そうなれば法国も、セラフも、終わりだ。地に堕ちた威信は二度と回復せず、法国はペテン宗教国家の烙印を押され、その長い歴史に最悪の形で幕を閉じる事になるだろう
そんな最低の結末は、セラフにとっては絶対に迎えてはならない未来だ。―――そして、ルドネスにとっても。
「私はあの人のように優しくはないの。だから話を聞く為に一人だけ、生かしてあげる」
ルドネスはヒールの踵を地面に打ちつけた。こぉん、と甲高い音が鳴り、ヒールの側面に生えていた《イカロス・ブーツ》の翼がその衝撃で砕け散る。
次いで、"マナ・ランプ"の先端を輪の中心部に居る男、つまりラミーを背負う男に向けて指す。
戦闘状態に移行したルドネスの発する魔力の高まりを受けて、"マナ・ランプ"の宝玉が脈動するように点滅した。
杖で指された男がその杖とルドネスの両方から伝わってくる尋常ではない気配を受けて、一人だけよろめくように後退する。
「そう、あなただけよ。あなた以外は全員、文字通りここで消えてもらうわ。
…………大丈夫。痛くしないから。安心して、死んで、召されなさい」
まるでそうなる事は決定事項であるかのように、ルドネスは淡々と語る。
聞こえによってはたかが女一人が口にした、大言壮語とも取れる。だが、そう言って容易く笑い飛ばせるほど、ルドネスの発した言葉は軽くない。
ルドネスには自らが口にした内容を完璧に実現できる力があり。彼女を前に身動きの取れない彼らには、それを回避する力がまったく足りていなかった。
「――――――」
僅かな静寂。空白がその場を一瞬だけ支配する。
「――――――わ」
一触即発の空気の中、初めに動き出したのは、杖で指された男だった。
「輪の中にかこ」
「―――《グラヴィティ・フォール》」
「め…………」
決着は一瞬の出来事だった。男が何事かと身構える猶予すらない。ただ、聞こえた音が一つだけあった。
べちゃ。とも。どちゃ。とも言えるような、水分をたっぷり含んだ布を勢いよく何かに叩き付けたらそう聞こえるような、そんな音が周囲から一斉に発せられていた。
しん。と静まり返った中、ただ一人残った男はどうしてか震えの治まらない身体を無理やりに動かし、周囲を確認する。
確認して、そして視界に入ったものは、自らを中心に輪で囲む、点々と落ちている赤黒い肉塊のような何かだった。
それはまるで、上から押しつぶされたかのように、ぺちゃんこになっていた。
「ひっ……ひひっ…………ひひひっ!」
理解の範疇を超えた光景を前に男が気が触れたような引きつり声を上げる。
「なん、なんだよこれ。お、お前は一体、今何をしたんだ」
かちかちと歯の根を震わせながら放たれた問いに、ルドネスは拍子抜けしつつも、淡々と答える。
「…………宣言どおりにしたまでよ?」
あまりにも簡潔な答え。しかしそれが全てだ。
《グラヴィティ・フォール》。
大地の属性を有する魔法の一種であり、指定した範囲内に超重力の負荷をかけ相手を押しつぶしダメージを与える効果がある。
「悠久の大地」では攻撃魔法というよりも、攻撃にも使える弱体魔法という側面が強い魔法だった。その追加効果はダメージを受けた相手のAGI減少、移動速度減少、小型および低レベルモンスター即死、と複数ある。
最後の即死効果はゲーム中では滅多に発動する事のない、フレーバーテキスト程度のおまけのような物だ。そもそも低レベルモンスターは小型である事が殆どであり、《グラヴィティ・フォール》を覚えられるようになる頃には、低レベルモンスターにはよほどの事情が無い限り用が無くなる。故に即死効果が発動するのは気晴らしに雑魚散らしをする以外では、非常に珍しい光景だった。
そんな背景を持つ《グラヴィティ・フォール》なのだが、だからこそルドネスは疑問を抱く。
―――何故、アイアン・メタルゴーレムを制する事が出来た筈の彼らが、魔法の即死効果が発動してしまうほどに弱いのだろうかと。
それではそもそもの前提が矛盾してしまう。ゴーレムより弱い彼らが、ゴーレムを制する事など不可能なのだから。
「さあ、その子を放しなさい。私、あまり気が長いほうではないのだけれど?」
疑問が残るとはいえ、やる事は変わらない。まずはラミーの奪還が最優先事項だ。
ルドネスの冷徹な瞳が男を射抜く。
男はかたかたと震えながらも、しかし、壮絶な笑みを浮かべた。
「は、はは。はははははっ! わかった! 放してやるさ! 放してやるとも!」
男はそう叫びながら、背負ったラミーをその場に放るようにして下ろす。
下ろされた時に尻や頭を地面に打ち付けたようだったが、ラミーが起きる気配はなかった。
男のやけに素直な態度を前に、ルドネスは警戒を強める。
「(即座に応じた……? でも、この様子はどこかおかしい、ような。まさか罠か何かを―――)」
そう思った途端の事だった。
「だがもうこれで全ておしまいだ! 俺達の力で封じていたあの巨人が目覚めてしぷぇ」
男の話が不自然に間抜けな語尾で中断され、高熱と共に閃光が奔る。
「きゃっ!?」
ルドネスはとっさに身構え防御の姿勢をとる。それが功をなした。
「ぐぅっ!!」
身を貫かれるような衝撃と共にルドネスの身体が勢いよく弾き飛ばされ、路地の壁に激突した。
そのあまりの衝撃に、壁にぶつかったルドネスを中心にクモの巣のようなヒビが走る。
「がはぁっ!」
ルドネスの肺の中の空気が全て外界に押し出された。
続けて重力に引かれるまま地面に崩れ落ちそうになり―――辛うじてルドネスは着地に成功し体勢を維持する。
「はぁっ……がっ……っ……はぁ……ぁ……痛、い……何、が……?」
大きなダメージを受けて身体がふらつき、点滅する視界の中、ルドネスの冷静な部分が現状の分析を始める。
―――《リアクティブ・アーマー》を消失。推定ダメージ量は3000オーバー。
―――防御貫通による追加ダメージで大幅にHPが減少。残量約四割。
―――召喚魔法の発動を感知。それもすごくなじみ深いもの。
―――どう考えてもあの人製のあれじゃないかしら。
―――そうよね。絶対あれだわ。
加速した脳内会議が、最悪の答えを導いていく。
「冗談、でしょ……? まさか、倒してなかった、って言うの……!? だったら、どうして、今更出てくるって言うの……!」
どうしようもない苛立った感情がルドネスの中に沸き立っていく。
当初ルドネスは娼館通りで見つけた戦闘跡から、この集団らは山吹のアイアン・メタルゴーレムを制した猛者だと判断していた。だからこそ事前に防御魔法をかけていたのだし、初手に弱体魔法を選択する事で後の戦闘を有利に進める狙いがあった。
だが相手はルドネスの想定よりも遥かに弱かった。
それが意味するところはつまり、彼らは純粋な戦闘以外でゴーレムを制したという事なのだが……。
ルドネスの常識からすればそんな方法は今まで見た事も聞いた事も無い。ゴーレムは破壊するか、術者を倒すかでもしなければ倒せないのが普通なのだ。
無論のこと。集団で囲む事でその内部の魔法を禁ずるスキルの存在など、今の彼女が知る由も無い。
「…………COOOOOOOOOOOO」
深淵から吹きすさぶような、おどろおどろしくも、しかし無機質な声が彼方から聞こえてくる。
「まも、ル。らみーヲ、まもル。てきハ、ぜんぶ、つぶス」
発光する瞳と、胸元に輝く複雑怪奇な魔方陣を頂くアイアン・メタルゴーレムが、道を塞ぐ様に立っていた。放たれる圧力は紛れも無く、山吹緋色が全力を込めて封入した召喚魔法で呼び出されたゴーレムに相違ない。
三メートルにも達しようかというその巨体には《リアクティブ・アーマー》の反撃か、魔力で編みこまれた薄白い飛礫が数個突き刺さっていた。
「コイツハ、つぶシタ。てきダカラ、つぶシタ」
ゴーレムがおもむろに足元に転がっている男をつまみあげる。
先ほどラミーを背負っていた男だ。少なくとも息はあるようだが、気絶してぐったりとのびてしまっている。
ゴーレムはそんなかわいそうな男を路地の壁際にゴミでも放るようにして捨てて、次いで寝ているラミーを手厚く丁寧に壁際に寝かせてやり、それからルドネスの方を向いて指を指した。
「オまエモ、てきダ。ダカラ、つぶス」
そう宣言した鋼鉄の巨人は、一歩ずつゆっくりとルドネスの方へ向かってくる。
完全に周囲の生命体全てをラミーの敵とみなして行動しているようだった。実にオートマチックらしいゴーレムの働きに頭を痛めつつ、ルドネスはゴーレムを刺激しないようやさしく語りかけた。
不意打ちにより大きなダメージを受けた為、少しでも時間を稼いで体力を癒す必要があったからだ。
「ごほっ……。私は敵じゃないって、言ったら、信じて、くれるかしら……?」
感知する魔力の高さ、そして言語機能を有している事から、ルドネスは会話が通じるかもしれないという一縷の望みにかける。
自我を有する高度なゴーレムはきちんと会話も出来るし、場合によっては主人以外の命令や提案も受け入れる事があるからだ。
「ほ、ほら。私よ、ルドネスよ。あなたのご主人様のお友達のルドネス、わかるかしら?」
そして召喚されたゴーレムは基本的に主人と魔力の経路でつながり、その意思を酌み動いてくれる。
山吹が"地神の呼び声"というアクセサリーに起動型召喚魔法として組み込んだせいで、このゴーレムも経路で繋がっているかどうかはルドネスにも自信がなかったが、もしそうなら山吹の記憶や意思を反映しているに違いない―――。
そう願って対話を試みたルドネスだったが。
「ゴーレムとうほうソノいち。あいてノはなしハ、ぜったいきカナイ」
「くっ……やっぱり、ね……」
相手はまるで聞く耳を持っていないようだった。ある意味山吹本人もそう言いそうで余計に性質が悪い。
「てきノせんとうりょくヲちぇっく…………。ワカッタ、おまエハ、つよイ。ダカラ、つぶスノハやメテ、やキはらウ」
不気味に頭部を点滅させたゴーレムは両足を開いて、胸の辺りで両手で輪っかを作る。すると胸の魔方陣が急激に輝きだした。
キンキンキン。という不吉な魔力の高まる音が木霊する。
その予備動作に見覚えのあったルドネスは、頬を引きつらせた。
「っ! ああもうっ! そんな気はしてましたわよ! まったく! 山吹さんと一緒で容赦無いんだから!」
こうなると最早状況は予断を許さない。ゴーレムの破壊は距離的に間に合わないし、この先訪れる攻撃から逃げるか防ぐかしなければ更に致命的なダメージを受けてしまうだろう。
そう考えこの場を逃れようとしたルドネスは咄嗟に周囲を確認するが、狭い路地に逃げ場はなかった。いや、一つだけある、空だ。
だが仮に《イカロス・ブーツ》で飛び上がろうものなら、それこそゴーレムの思う壺。
と、なれば残る方法は一つしかない。
覚悟を決めたルドネスはその場にしゃがみこみ、あまり数の多くない防御魔法を全力で唱えていく。
「―――《マジック・バリアー》。《エナジー・ウォール》《レジスト・テリトリー》《クリスタル・シールド》」
いちいち詠唱していては間に合わない。全てが無詠唱だ。一つ一つの効果は小さくなるが、複数重ねることで結果的に防御能力はより強固になる。
後一つ唱えられるか。ルドネスがそう思った瞬間、ついにそれはゴーレムの胸部から訪れた。
「ひっさつ。《ですとろい・れーざー》」
極光一閃。
世界をかき消すような極太の光の奔流が、灼熱と共にルドネスへと降り注いだ。
ゴーレムの巨体からルドネスめがけ斜めに発射されたそれは、アイアン・メタルゴーレムが持つ特殊スキルの一つである《デストロイ・レーザー》だ。
自身のHPを燃料として放つ、文字通り命を燃やして撃つその一撃の威力は非常に高い。
元々使い捨てる事が目的のゴーレムであるため、大抵それが放たれるのはゴーレムが役目を終える間際、つまり壊れかけである事が殆どであり、放ち終わった後は専ら自壊する。
多大なデメリットを含むため当たれば大ダメージ必至のロマン砲ではあるが、攻撃の予備動作が遅いことと、一度レーザーを放つと射出方向の修正が出来ないため、動きを鈍らせたモンスターぐらいでなければまず当たらない。
……なのだが。この場に限って言えば狭い路地という好条件下にあり、当てにくいという問題はクリアーされている。仮にルドネスが空に飛んで逃げようとしても、空中で焼き尽くされて終わりだっただろう。これがだだっ広い平原だとかであるのならば、回避は極めて余裕だった。
「のこリえねるぎーりょう70ぱーせんと…………。のこリえねるぎーりょう40ぱーせんと…………」
ゴーレムは淡々と己のHP残量を確認しつつ、無慈悲にレーザーを放ち続ける。
それは時間にして十数秒に満たないものだったが、一人の人間を無に帰すには十分すぎる時間だ。
「のこリえねるぎーりょう20ぱーせんと。れーざーノしゃしゅつヲ、しゅうりょう。れいきゃく、かいし」
攻撃が終わり、路地を埋め尽くしていた光の渦が消え去る。
路地は今やレーザーの影響か、高温で熱せられた地面がマグマのように沸き立ち、地獄の様相を呈していた。ルドネスの魔法で潰された男達の肉塊は、当然のように塵すら残さず消滅している。
ゴーレムの胸部で輝いていた魔方陣が次第に暗転していき、体から煙が吹き上がった。元は鋼鉄らしく暗い色をしていたゴーレムだが、今やその身体は真紅の如く赤熱し急速な冷却を欲していたのだ。
「さいきどうかいしマデ、あと、いっぷん」
異臭と熱気が立ち込める中、ゴーレムの無機質な声がむなしく響く。
そんな中だ。―――場違いな、溶けるような女の声が、溶けた地面の中から聞こえてきた。
「そう、一分もあるのね。……だったら、あなたを破壊するぐらい、余裕で出来ますわ。ふふふふ……ああ、痛いし……それに熱いわ……」
ぼこっ。と音を立てて地面が盛り上がる。
人の背ぐらいの高さまで盛り上がったそれは、元は石畳だった液体をぼたぼたと垂らしながら人の姿をかたどっていく。
中から顔を覗かせたのは、ルドネスだ。
全身を煤けさせ、ドレスのあちこちがやけに扇情的な感じでほつれ、色々と危ない箇所が見えそうになってはいたが、五体満足のルドネスがそこにいた。
彼女が発動した防御魔法の恩恵だろうか。不思議なことに、服が燃える様子もなければ肌が焼ける様子もない。
「流石に山吹さんとレベルが近いだけあって、洒落にならない威力でしたわ。もしこれが物理攻撃だったら、と思うとぞっとしない程に。それにしても……こんなレベルで全力だなんて、どれだけラミーちゃんの事を大事にしてるのかしら、山吹さん。だとしたら私、今度からラミーちゃん関連で山吹さんをからかうのは控えめにすると今誓いましたわ、ええ」
未だ沸き立つ地面の上を、ルドネスは優雅に歩んでいく。膨大な熱気に中てられながらも、やけど一つ負わずに笑みを湛え陽炎の中を進むその姿は、"魔女"そのもののようだ。
身体を冷却させているゴーレムはそんなルドネスの姿を見ても驚きすらせず、「ラミーの敵」を倒すために動き出す。
「……いどう、ふかのう」
しかし、それはまだ叶わなかった。後四十秒ほどかけて身体を冷却できれば、可能だった。
「それにしても……あぁ。こんなにぼろぼろにしてくれちゃって、この世界じゃ装備を修理するのも大変なのよ? あなたにはわからない事でしょうけど」
後三十秒ほどかければ、ゴーレムはルドネスを攻撃可能になる。
「金属製品はタタコさんが居るからいいとしても、やっぱり問題は布製品よね。手持ちの素材でやりくりするのもいい加減限界が来ていると思うし……。頭が痛いわ」
後十五秒ほどかければ、ゴーレムは動ける。
「とにかく。今回は貸し一と言うことで、あなたのご主人様に修理費用を請求させてもらいますからね?」
後五秒。ルドネスはゴーレムの目の前に立つ。
『―――生命を絶ち、死をも断ち、世界すらも断つ。快刀絶断、我が魔道の真髄。その一撃を受けるがいい! 《世絶ちの一刀》』
後ゼロ秒。
ルドネスが振るった"マナ・ランプ"から三日月状をした赤色の刃が放たれ、ゴーレムを通り抜けていく。
その一撃は驚くほどに静寂だったが、確かに世界が切り裂かれた音の無い悲鳴が、ルドネスには聞こえていた。
「こうげ、き」
身体の冷却を終了し動き出そうとしたゴーレムは。
「か、ふ、ふか、ふかかかか、のう。のう。のう―――」
その言葉を最後に、正中線から真っ二つに、から竹割りの如く両断され機能を停止した。
分断されたゴーレムが地に倒れふし、地響きをあげる。
鋭利な切断面から覗くゴーレムの中心部には、弱弱しく発光する卵の黄身のようなゴーレムのコアがあった。コアの光はさしたる間も無く止み、次いで土気色に変色してぽろぽろと破片をこぼしながら崩れていく。
ゴーレムの生命線たるコアが崩壊したのだ。それからの変化は劇的だった。
鋼鉄だったゴーレムの身体も同様に土気色と化し、ひび割れ、崩れ落ち、元あった土くれへと姿を変えていく。
「…………ふぅ」
そうしてゴーレムが完全に土そのものと化した頃、熱い吐息を漏らしたルドネスはようやく構えを解く。
「はぁ。……こんなに本気の戦闘したなんて、いつぶりかしら。痛いし、熱いし、疲れたし、散々よ! 絶対、帰ったら皆に癒してもらうんだから! ええ!」
肩をぐるぐると回したルドネスは深いため息をつきつつ、胸の谷間に"マナ・ランプ"を差し仕舞いこむ。
そしてどろどろの路地を歩みつつラミーの元へと向かう。
「……それにしても連中、なんだったのかしら? 報告は週末にするとしても、先に御剣さんやタタコさんに相談したほうがいいのかしら…………?」
灼熱の熱気が渦巻く路地の中を進みながら、ルドネスは違和感に気がつく。
「……ラミーちゃん?」
壁際に寝かされていたラミーの姿が無い。ただ一人生き残った男の姿も。
「ちょ、ちょっと待って。嘘よね!?」
泡を食ったルドネスがその場に駆け寄るが、人が居た痕跡一つすら残されていない。慌てて周囲を確認するも、やはり誰も居ない。ルドネスの表情がさあっと青ざめる。
ラミーが熱気のあまり自力で目覚めてこの場から逃走したか、はたまた目覚めた男が彼女を連れ去ったのか。咄嗟に思いつくのはその限りだがどちらにせよ碌な事ではない。
ただでさえラミーの件で酒に溺れ、滅多に(?)見る事のない醜態を晒した山吹だ。
そんな彼女に、「ラミーちゃんを発見しましたが、私の詰めが甘く見失ってしまいました」では、ルドネスの立つ瀬が無い。
後でどんなお叱りを受けるか、想像もつかない。―――お叱りで済めばいいが。
「ど、どどっ、どうしましょう!?」
あわあわあわ。と、一人途方にくれるルドネス。
そんな彼女の耳に、更なる事態の悪化を告げる騒ぎ声が聞こえてくる。
「―――おい! こっちだ! ここからあの謎の光が発生していた筈だ!」
「ここか!? ……うわっ、凄まじい熱気だぞ!? クソッ、近寄れん! 水か氷の属性魔法を覚えている術師を呼んで来い! このままでは火事になるぞ!」
「近隣住民を避難させろ! その後、周囲は封鎖だ!」
王都を守護する衛兵達の声だ。カンカンカン、と鳴る甲高い鐘の音と彼らの足音が、ルドネスにとっては絶望の調べとして聞こえていた。
「なんて事! と、とと、とにかく何とかしないと! えっと、えっと……!」
ただでさえ普段から隠し事の多い生活をしているルドネスだ。彼ら衛兵達にこの言い逃れの出来ない現場で見つかってしまっては、連行される事間違い無い。そしてこれを期に、娼館の経営についてある事ない事突っつかれるであろう事は目に見えている。
「イ、イカロス・ブーツ!」
ハイヒールに魔法で蝋燭の翼を生やし上空への逃走を試みる。しかし。
「飛んで―――ああっ! 忘れてましたわっ!」
その蝋燭の翼は熱気に煽られ一瞬でどろりと溶けてしまい、何の役にも立たない。
「そんな、どうすればっ! ああ、《インビジブル》さえ覚えていれば!」
こうなると空へ逃れる手段も無い。走って逃げようにも、ご丁寧にもこの路地はそれなりに長くルドネスの足では逃げ切る前に誰かに目撃される恐れがある。
自らの姿を分身させて相手の認識を惑わす魔法なら覚えているが、それこそルドネス自身だとバレたくない今の状況では使うだけ無意味だ。
職業柄攻撃系の魔法やスキルが多めで、そういったステルスする類のものを覚えていなかった事をルドネスは今更ながら後悔する。
「どうしましょう!? どうしましょう!?」
慌てふためくルドネスの元へ、無慈悲に衛兵達の足音が迫る。もう幾ばくかの猶予も無い。
「そっ、そうだわっ! これよっ!」
切羽詰った状況の中、ルドネスの頭に天啓が舞い降りる。
ひとまず体裁だけは整えよう、と考え浮かんだその思いつきに飛びついたルドネスは、とある魔法を発動させた。
―――――――――




