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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
43/97

2-16

「これはご丁寧にどうも、私は山吹緋色と言います。オーラムで薬屋を経営してまして、時々こちらにポーションを納品しに来るのでもしかしたら名前はご存知かもしれませんね」

「ああ、あなたがヤマブキさんでしたか……」


 自己紹介と共にお互い頭を下げる。

 彼女の名前は以前から御剣より聞かされていたが、いざ本人を目にして思う第一印象は「神経質そうだ」という一言に尽きた。


 ―――サラ・ベルリバー。


 代々名剣士を輩出してきたベルリバー家の一人娘。

 そしてうるさい。頑固。規律を重んじすぎ。真面目すぎ。がんばりすぎ。

 ……以上は御剣からの総評である。そしてそれ以外の、サラについての情報は他に何も知らない。


「うむ。あの(・・)山吹だ。まぁそれはそうとしてだな副会長、三十分は短すぎる。一時間にしろ」

「無理です。適度な休憩は集中力を高める為には必要不可欠ですが、三十分以上の余剰時間は今の私達には残されていません。……会長がもっと早くから取り組んで下されれば、一時間でも二時間でも休憩できたのでしょうけれど」

「……そうか、では仕方ないな」


 話しぶりからして二人は今のっぴきならない事態に陥っているらしい。

 明らかにあの山のような書類が関係しているのは間違い無さそうだが、下手に首を突っ込んでも碌な事にならないだろうし、黙って話を進める。


「……あの、取り合えず立ったままもなんだし、座らない?」

「そうだな。適当に場所を空けるからそこで茶でも飲もう。副会長! 緑茶を三人分頼む!」

「わかりました。ポットのお湯がありますので、そう時間は掛からないと思います」


 眼鏡の位置をクイっと修正したサラさんが隣室へ消えていく。


「山吹。とりあえずそこらの書類を纏めてこっちに持って来てくれ、適当でいいぞ」

「ん。OK」


 彼女が緑茶を淹れてくれる間に、私達は応接用のソファを占拠している書類をどうにかするとしよう。


「うわ、こりゃすごいね書類の山だ…………『今期ギルド運営費目録』『スカイドラゴンの生態・及び分布の懸念に関する所感』『舞踏会参加心得』『ゴミ捨て場の曜日変更について』…………?」


 何だこりゃ。書類の内容に統一性が一切無い。

 部外者が見ちゃいけなさそうなのから、回覧板で回ってきそうなどうでもいい書類まである。

 それら拾い上げた書類らは、どれもが許可だとか認可だとか、あるいはそれに近い意味のサインや判子が押されていた。

 ……一体彼女達は何をやっているんだろう。


「……はいこれ。纏めておいたよ」

「ああ、助かる。これでやっと一息つけるな」


 ソファ周辺を簡単に片付けると、私はゆっくりと、御剣はどかっとソファに腰掛けた。

 そして同じくらいのタイミングで、サラさんが隣室からお盆にティーセット三つと砂糖壺を乗せて戻ってくる。

 ……湯呑みじゃないのか。


「失礼します。……はい、会長。それにヤマブキさんも」

「うむ」

「ありがとうございます」


 緑茶を受け取った御剣は早速砂糖壺からスプーン三杯分の砂糖を取り、緑茶の中に入れて音を立ててかき混ぜ始める。

 それをサラさんは横目でじろりと見つつ、静かな動作でスプーン一杯分の砂糖を音も無く上品にかき混ぜた。

 私は何も入れずに、軽く冷まして音を立てずにちびちびと飲んだ。


「んぐ……で、山吹よ。ここに来たという事は、既に用事(・・)は済んだという事か?」


 緑茶を一息に半分ほど飲んだ御剣が言う。


「いや、それはまだ終わってない。実は昨日王都に来たばかりで、き―――きぃちゃんも今日仕事を始めたばかりなんだよ、うん」


 霧の名前を出しかけて、思わず咄嗟に偽名を出す。

 別に霧という個人名が出た所で足のつく霧ではないだろうが、円卓メンバーではないサラさんが居る手前一応念のためだ。


「きぃちゃん? ……あぁ、きぃちゃんか。そうか……。ふむ……何か、少しトラブルがあったようだな?」


 御剣が私の胸元―――《原初の幼角》に視線を合わせながら言った。

 うーん相変わらず勘が鋭い。


「あはは、まぁね。その辺は今度(・・)話すよ。今日来たのは他でも無くてさ」

「ふむ?」

「…………あー」


 さて、どう切り出したものか。

 この間はおっぱい揉みまくってごめん。とか、サラさんの前ではとても恥ずかしくて言えないし。

 二人きりだったのなら悩む必要も無かったのだが、ううむ。


「なんだ、じれったいな。さっさと言ったらどうだ」


 ほんの数秒空白が空いただけで御剣が痺れを切らし、先をせかす。


「いや、まって、言葉を選んでるから。…………………………こ、この間の食事会(・・・)では、失礼な事をして、本当に申し訳ありませんでした、この通りです」


 苦しいなりにもそう言葉をひりだして、私は深く頭を下げた。

 これで何を言いたいのか察しろというのも全く無理やりな話なのだが、御剣はそれを察する事が出来る稀有な人物だ。きっと私の言いたい事を理解してくれているだろう。

 続けてアイテム・バッグから、道中寄り道をして購入した物をそっと出す。


「これ、つまらないものですが……」


 布で包まれた丸い塊がテーブルの上に登場する。

 取り出したるは広大な牧場で放牧され元気一杯に育ったアトルガム牛の、超高級フィレ肉1kgだ。

 時価十万飛んでいちきゅっぱの目玉が飛び出るような価格をしたこの肉は、一口頬張れば頬が落ち地に顎が付く事うけあいらしい。

 肉食に関しては並々ならぬ拘りを持つ御剣の事だ。これ程の高級品であれば、謝罪の品に充分相当するだろう。

 金をかけすぎかと思われるかもしれないが、そんな事は決してない。

 セクシャルハラスメントの罪は非常に重いのである。たとえ同性であってもだ。


「……………………」


 出す物を出し終えて数十秒が経過した。気まずい時間が続く。

 次なる言葉を頭を下げたまま待ち受けていたが、何やら返事が無い。

 流石に奇妙に思いおそるおそる頭を上げてみると。


「……………………」


 御剣がなんだか、すごくむずかしいかおをしていた。


「…………食事会? 何の話をしているんだ?」


 首を捻りながらそう仰られている。

 ―――って分かってなかったのかよ! なんでそこで急に勘が鈍るんだよ!


「だ、だからっ、ほらっ、先週―――じゃなくて、こ、この間の! ちょっと前の! 定例的な食事会で! 私がお酒に酔っちゃって、ほら、こう、色々あったじゃん!」 


 身振り手振りと共に嘘を交えつつ分かりやすく伝える。

 今まで無言を貫いていたサラさんの表情が訝しげになる横で、御剣もとうとう私の言いたい事が理解できたのか、「あぁ!」と会心した風に膝を叩いた。

 サラさんが緑茶を静かに飲む。


「―――私の胸をさんざん揉みしだいた件についてか? はは、山吹は真面目だな、あれぐらい別に気にしてはいないぞ?」

「ブフッ!!」


 サラさんの口から緑色の霧が噴出した。


「ちょ、ちょっと! せっかく人があれこれぼかして隠していた事を、なんで口に出して言うかな!」


 こ、このデリカシー無しめ! せっかくの人の苦労を台無しにしおってからに!


「別に恥ずかしがるような事でもあるまい?」

「別に恥ずかしがるような事でもありますけど!?」

「げほっ、ごほっ、ず、ずみばぜん、ちり紙を、とってきま、ごほっ」


 口元を押さえたサラさんがふらふらとした足取りで隣室へ消えていく。

 隣室への扉が閉まった瞬間、御剣はやにわに立ち上がって私の胸倉を掴みあげた。


「ちょっ、御剣実は相当怒ってたんじゃ―――」


「手短に言う。一昨日の月曜日、『教団』の連中から襲撃を受けた」


「―――っ」


 耳元の囁きに、身が硬直する。


「返り討ちにしたが、口を割らせる前に自殺してしまった。だが得られた情報もあった。――――――私達は監視されている、それは今現在もそうだ」


 続く言葉に、心が強張った。……私達が監視されているだって? それも『教団』の輩に? 一体どういう事なんだ。

 思わず視線が窓際に向かう。

 その途端、御剣が私の体を乱暴にゆすった。


「感づかれる、詰め寄られている演技をしろ」

「わ、わかった」


 御剣の言う通りに、いかにも詰め寄られてたじたじです、と言った風に諸手を挙げる。

 より深く詰め寄ってきた御剣から、濃い女の香りが漂い鼻孔をくすぐる。

 甘ったるいその香りの中、御剣は私にとって非常に苦く苦しい一言を撃ちこんできた。

  

「奴らは小賢しい。私達に手が届かないと知るなり、近親者へその手を伸ばしに来た。山吹よ、ラミーが帰って来ないのは偶然ではない(・・・・・・)

「…………え?」

「希望的観測を口にするつもりもないし、単刀直入に言うぞ。―――ラミーの死亡を前提に動け。そして出来る限り冷静になれ。お前なら出来るし、やれる」


 ラミーが。


 何だって?


「みつ、るぎ?」


 御剣の言っている事がよくわからなくて、子供のように呆然と問う。


「私はもう身動きが取れん。そして時間の猶予もあまりない。この事態を解決する鍵を握るのは、お前と、顔の割れていない霧だけだ。お前たちだけが、自らの立場に縛られず動ける唯一のメンバーなんだ」


 ラミーが死んでるとか、ちょっと御剣でも言っていい冗談と悪い冗談がある。

 確かに胸を揉んだのは悪かったさ。でも、だからってこんな言い方はないだろう?


「……ねえ、みつるぎ、さっきから何言ってんの」

「私とタタコとルドネスは動けない。しかし、何らかの助けは出来るだろう。行き詰ったら頼りに来い、出来る限りの援助はする」

「ねえ、ねえってば!」


 なあ、私が悪かった。だからそんな必死に話を続けなくてもいいんだよ、ラミーが死んでるだなんて、そんな話、どうして私が真に受け―――。


「―――話を聞け!!」


 ――――――。

 頬に焼け付くような痛みが走った。

 視界が横にずれている。

 私はそこでようやく、御剣に頬を張られたのだと気がつく事が出来た。


「お前の困惑も混乱も驚愕もよくわかる。だがそれを承知で山吹、お前に頼むしかないんだ。

 ……私には、ソードマンギルド会長として、門弟達の安全を守る義務がある。タタコは鍛冶組合の一員として、ルドネスは娼館の主として。守るべきものがある。

 だが山吹、お前が守るべきものは私達ほど多くは無い。店は建て直せばいい、薬は作り直せばいい。

 だがな、山吹よ。ラミーだけは(・・・・・・)一度きりなんだ(・・・・・・・)。この意味がわかるな?」


 呆然と見つめた御剣の表情は、今まで私が見たことの無いような、真剣な表情だった。


「……決して、手遅れになるんじゃないぞ、いいな?」

「……う、ん」


 自分が言ったのだとは思えないような、か細い返事。


「……良し」


 それを聞いた御剣は寂しげな笑みを浮かべ、私の頭を優しく撫でた。

 そして、私の体をほんの少しだけ、抱きしめた。


「後で幾らでも苦言は聞く。だが今は許せ。……共に戦えずすまないな、山吹」


 御剣の体が離れたと同時に、隣室への扉が開く。

 鼻が赤らんでいるサラさんが戻ってきたのだ。


「けほっ、こほっ……急に中座してしまい申し訳ありませんでした。ヤマブキさん、服に飛沫がかかったりはしていませんでしたか? もしそうであれば、クリーニング代を支払わせて頂けませんでしょうか」

「あ……いえ……かかって、ないです、けど」

「でしたらよかったです。……まったく副会長ともあろう者が汗顔の至りです」


 サラさんは申し訳無さそうにしている。そんな姿を見た御剣が、からからと笑い飛ばした。


「ははは。剣士たるもの常に平常心であれと常々教えているだろう? 何時いかなる時もその教えを忘れてはならん」

「自分から乱しに来たくせに良く言いますね会長」

「これも訓練の一つだと思え。……さて、そろそろ良い時間だ。山吹よ、この品はありがたく受け取っておく。用事(・・)については―――健闘と、幸運を祈っている。ではな」


 朗らかな笑顔と共に、御剣がウインクする。

 赤一色の彼女は肩をぐるぐると回しながら、文机に戻っていった。



 ソードマンギルドの外。私は呆然と立つ。


「……」


 結局の所。

 御剣は勘が鈍っていたわけでもなんでもなかったらしい。

 絶妙のタイミングでサラさんを遠ざけ、必要な事だけ私に告げていった。

 それは何時だって即断即決。非人間じみたセンスを持つ御剣だからこそ、出来た事だ。

 私にはそんな真似、逆立ちしたってできっこない。


「…………」


 私は御剣みたいに、何でもかんでも出来る人間じゃない。

 せいぜい、タナボタ気味に手に入れた過剰な力を持つだけの、元男の女だ。

 そんな人間に、何が出来る?


「…………御剣のあんぽんたん。もっとオブラートに包んだ言葉で伝えられないの? おかげでこちとら、心臓がばくばくしてて、涙目になってるんですけど?」


 首の襟元。

 そこにねじ込まれていた紙片。

 御剣が私を抱きしめた時に差し込んだであろうそれには。


『ルドネス』


 ただ四文字だけ。

 御剣らしく簡潔に、しかしこれ以上無い程明確に、次に向かうべき場所が書き込まれてあった。


「……ラミー」


 お日柄も良い、春の陽気に包まれた絶好の散歩日和。

 暖かい日光をさんさんと振り下ろす、青天に浮かぶ太陽。

 普段は喜びと共に仰ぎ見るそれが、今日ばかりは私をあざ笑っているように見えて、とても憎たらしかった。



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