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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
42/97

2-15

―――――――――


「さて……どうしよっかな……ふぁ……」


 朝食と朝の支度を済ませたのはいいものの、次の行動を迷う。

 ラミーを探しに行けばいいのは分かりきってる事なのだが、貧血のせいかダウナーな脳みそが労働を拒んでおり、思うように頭が働かない。

 それもこれも、霧の持つパッシブスキルのせいだ。それさえなければポーションだけで全快したものを、無駄に陰湿な効果を持つ暗殺系特有スキルのせいでこの有様である。


「……太陽……日光をあびよう……」


 ともあれ外に出よう。健全な一日はまず太陽の光を浴びる事から始まる。霧の部屋は暗すぎるのだ。

 採光窓が一つしかないって一体何を考えているのだろう。

 いやまぁ、暗闇の中に光が一筋だけ射す部屋の作りは中々にお洒落ではあるのだが。


「う゛ー」


 現代を遍く照らす電気の光から離れて久しい私では、申し訳程度の日光ではまともに目覚めるには光量が足りぬ。

 重たい足を引きずりつつ、玄関を目指す。

 次の部屋に続く扉を開けると、そこは部屋中が血と××で赤黒く染まった辛酸を極めたような―――。


「―――間違えた、こっちじゃない。こっちこっち」


 優しく扉を閉めて、もう片方の扉を開けに行く。

 あっちは昨夜に体験(・・)したとおり、霧のプレイルームである。私はそこに微塵も用は無い。

 もう片方の扉の先は、短い廊下から続くバスルームやキッチン、それに廊下の行き詰まりにある玄関扉があった。

 一応念のために、キッチンに火の不始末が無いかだけ確認してから玄関のドアノブに手をかける。


「おや?」


 思いのほか予想とは異なり、ドアノブは何も引っかからずに回った。鍵がかかっていなかったのだ。


「無用心な。……それとも信頼されてる?」


 空き巣や首狩り(ヴォーパル)の部下が、あの階段を上ってここに来たらどうするんだとか思わないでもないが、余計なお世話か。


「…………後者って事にしとこう」


 多少迷ったものの、扉を開ける。仮に何かしたら問題があったとしても、霧ならどうにでもするだろう。

 それに留守番してて、とは言われてないし。うん。理論武装も万全である。


「……おぉ。……お洒落」


 眼前に広がる光景を見て、思わず驚く。

 玄関を抜けた先は四方を建物の壁に囲まれた、陽光の差し込む小さな庭だった。

 足元には石畳が丁寧に敷かれて道を作っており、その脇には淵を彩るように野花が咲き乱れている。

 緑色の芝生が区画一杯に広がる中、何本か植えられた小さな樹は丁寧に刈り込まれ、卵型に整えられていた。

 その他にも管理の行き届いた大小様々なサイズの植木鉢が等間隔に並び、その全てに花が綺麗に咲いている。

 そんな庭の奥まった所、辺り一帯を観賞できる位置に置いてあるひさしのついたテーブルは、昼下がりのティータイムを楽しむには持って来いだろう。

 突如現れたお洒落空間。それらは一括して、霧という人間が成したとはまるで想像できないような光景だった。

 ……少し、霧という人間に思い違いをしていたらしい。

 どうやら霧には、殺人と甘味以外の趣味があったようだ。


「ガーデニング? 霧の知られざる一面見たり……かな?」


 庭は素人目で見ても手入れがしっかり行き届いており、一朝一夕で出来上がったものでは無いと分かる。

 その仕事ぶりに奇妙な感動を覚えつつテーブルに寄ると、席に人影がある事に気づく。

 丁度位置的に樹の陰に隠れていて見えなかったらしい。

 ともあれ、ここに居ると言うことは霧の関係者か何かだろう。挨拶をすべきだ。


「あぁ、おはようございます。あの、霧、は……」


 何か言っていませんでしたか―――。そう続けようとして、私は驚きのあまり息を呑んだ。


「……にん、ぎょう?」


 そこに居たのは人と見間違うほど精巧に作られた、美しく着飾られた女性の人形だった。

 ―――否。そう思う今でも、目の前に座しているこれは本当に人形なのかと疑いつつある。

 注意深く観察すれば瞳がガラス玉であったりと、それが人では無いのだと気がつけるが、それは近くに寄って初めて分かるレベル。

 それぐらい、真に迫った出来をしているのだ。


「これも、霧の趣味……?」


 人形はつい先ほどまで誰かと談笑していたような。そんな穏やかな笑みを浮かべている。

 その絶妙な表情は、反応は無いとわかりきっていても、話しかけてみれば何かを答えてくれるかもしれない、と思わせる奇妙な説得力があった。


「…………」


 テーブルには二つの席がある。

 霧が何を思ってその一方にだけ人形を座らせた理由は、私には分からない。

 霧が何を思ってこの庭を作り上げたのか、その理由も私は知らない。

 ただ。

 人形(彼女)を見ていると、どういうわけか無性に寂しくなった。

 その理由も、私には分からなかった。


「―――わっ」


 石畳の続く先、四方を阻まれた中で唯一外界へ通じるそこから、一陣の風が迷い込んだ。

 風が巻き上がって、花の花弁が辺りを散り舞う。

 その風は一瞬で止んだが、散った花弁のうち幾つかが人形にくっついてしまっていた。

 服や髪に花弁がくっついても、当然だが人形はまるで意にも介さず微動だにしない。


「……失礼します」


 そうする必要はないのだが、私は一言だけ断りを入れてから、人形についた花弁を丁寧に取り除いてやった。


「……」


 当然、お礼の言葉があるはずもない。

 人形はずっと、穏やかな微笑を浮かべている。

 私は腑に落ちない寂しさを抱えつつも、その場を後にした。


 外に出ると、そこはありふれた路地裏の一角だった。


「むっ」


 背後に魔力の気配を感じて振り返ると、そこは周囲の建物と同様に灰色の壁と化しており、今私が出てきた霧の庭は見えなくなっていた。

 試しに同じ場所に手で触れてみると、実際に触れる事が出来て壁の固さも感じられる。だが、力を込めて手を押せばぬるりとした感触と共に、手が壁の中に沈んでいく。

 察するに何らかの幻術系アイテムの効果による、幻影の壁だろう。

 これは霧が設置したと思われるので、円卓メンバー、或いはこの世界の中で一握りしか居ないような高レベルの存在でなければ看破出来ない類の幻術である。

 鍵をかけない無用心さも、これなら納得が行く。

 私が魔力を感知してやっと気がつけるような幻術を見抜ける相手には、鍵をかける程度の防犯は意味がないからだ。

 一応周囲に人影が居ない事を確認してから薄暗い路地裏を抜けると、王都らしく人通りの活発な大通りに続いている。

 とはいえ、それだけではここが何処なのかまるで見当もつかない。

 出てきた場所を忘れないように気をつけて通りを進むと、丁度いい所に案内板を見つける。


「ヤマアラシ通り、ね」


 どこかで聞き覚えのある名だった。


「うーん……ここからだと一番近いのは……いや、どこも同じくらいの距離か」


 案内板の周辺地図を確認してみると、現在位置からソードマンギルド、鍛冶組合、娼館通りとが大体同じくらいの距離に位置している事が読み取れる。

 ラミー捜索の為、王都に在住している円卓メンバーから何か手がかりを得られないかと思ったのだが、こうなると何処から手を付ければいいのか迷ってしまう。


「…………とりあえず御剣んとこ顔出すとしようかな」


 ひとまずソードマンギルドに向かう事を決める。

 御剣が先週の定例会で言っていた事が事実なら、彼女は今頃ソードマンギルドに缶詰になっている筈なので、ラミーに関する有益な情報は得られない可能性が高い。

 というか行く意味は殆ど無いと言っても良い。

 ならば何故行くのか? 

 ……先週の愚かな私がやらかした事への侘びを入れる為だ。



 道中何度も案内板を頼りに進み、寄り道を挟みつつもやっとソードマンギルドにたどり着く。

 案内板に頼るのは何も私が方向オンチだからではない。

 王都はこの世界に来たばかりの頃に一ヶ月近く住んでいた時期があったが、あの頃は慌しくて住むというよりも拠点にしていたと言った方が正しい有様だったので、恥ずかしい事に街の詳細な道筋は殆ど記憶していないのだ。

 まぁ、覚える気が無いとも言う。

 決してオンチじゃない。


「―――ぁぁっ!」

「―――っりゃぁ!」


 ソードマンギルドの気風と性質を示すような、無骨な印象を受ける装飾の少ない建物からは、何かを打ち付けるような打撃音と鋭い叫び声が聞こえてくる。

 併設された訓練場で鍛錬に励む門下生の物だろう。

 ギルドの前の通行人はその大音量に顔をしかめているが、今日はまだ穏やかなほうだ。

 御剣が気まぐれに、あるいは気晴らしに訓練を行っていたら最早公害レベルの騒音が発生している筈なのだから。

 そしてそれが無いという事はつまり、彼女はまだ副会長案件とやらで缶詰という事の証明でもある。


「失礼しまーす」


 玄関の敷居を跨ぐと、即座に門弟の一人が駆け寄ってきた。


「あっお久しぶりですヤマブキさん! ようこそいらっしゃいました、本日はポーションの納品に来られたのですか?」

「ううん。今日は納品じゃなくて、たまたま用事があって近くに来たから顔出しに来ただけなんです。御剣……居ますか?」

「あぁ、会長でしたら居ますが……その……」


 門弟の歯切れが悪くなり、気まずそうに視線を逸らした。

 ―――ははぁ、これはあ奴相当に機嫌が悪いと見たぞ。


「あーうん、なんとなく分かりました。多分大丈夫なんで、通してもらえますか?」

「はい……。あの……よろしくお願いします」


 苦笑する門弟の案内の下、階段を上がり三階へ向かう。

 どうやら寄り道をしておいて正解だったようだ。

 いや、いずれにせよ寄り道はするつもりだったが……。

 三階に上がって廊下の突き当たり。御剣もといソードマンギルド会長室。

 その扉を門弟は怯えた様子でノックする。


「し、失礼します」

「………………入れ」


 返答は身もだえしそうな、腹の底に響くような重苦しさと不機嫌さがマッチした恐ろしい獣のような声だった。

 とても元が少女の声だとは思えない。


「ひぃ。……で、では自分はこれにて。後はよろしくおねがいしますっ」


 門弟は短く悲鳴を上げた後、早口でそう言って逃げるようにその場を去っていった。


「……剣士が獣を前に逃げてどうする。……いや、御剣相手にそれはあんまりか。どっちかと言うと獣じゃなくて鬼か竜だもんね」


 逃げるは一時の恥だが、死んでは元も子もなし。彼我の実力差を明確に把握する事こそ、強者への第一歩である。

 将来有望かもしれない門弟の一人を見送った後、扉を開けて中に入る。


「…………誰だ?」


 するとそこには、鬼とか竜とかそういうレベルじゃないぐらい不機嫌オーラ全開のあくまのような何かが机に齧りつくようにしてペンを走らせているところだった。

 ストレスのあまり握りつぶされてしまったのか、ひしゃげたペンがそこかしこに転がっている様はとってもバイオレンス。

 うず高く詰まれた書類を次から次へとなぎ倒すように整理していく様は、とってもサディスティック。

 辺りに飛び知った黒インクがまるで血しぶきの様で、とってもグロテスク。

 以上の事から私は、御剣の部屋に入室したと思いきや間違って地獄の入り口を開けてしまったらしいという事が判明したのであった。


 ……どうしよう。やっぱ帰ろうかな。私も人の事言えないなぁ。


「……や、やっほ。山吹だよ? お邪魔しに、来ちゃったよっ?」


 なるべく刺激しないようにらしくない挨拶をしてみる。

 これで抜刀されたら即座にケツまくって逃走するのもやぶさかではないのだが、いかに。


「……何!? 山吹だと!?」


 かじりついていた書類から目を離し、顔をぐいんと上げてこちらを見た御剣の目がいやあああああ血走ってる怖い怖いお前何女の子がしちゃいけない顔してんの止めろよ!


「ひぅっ」


 思わず悲鳴が上がるこの恐怖。伝わっているだろうか。


「はは。ははははは! はははははははは! そうか、山吹か! お前が来たのか! そうかそうか! 来たんだなははははははははは!」

「ひぃぃぃぅっ」


 御剣止めろなんだその高笑いは頭おかしくなったのか止めろ御剣怖いから止めろ仕舞いにはちびるぞ責任とれるのか!?


「はははははははは! ならば仕方ない、仕方ないというものだ、なぁ!?」

「な、何が仕方ないって!?」


 机を軽やかに飛び越えてこちらにずんずんと歩んできた御剣が、十八禁指定スレスレのホラーフェイスで迫ってくる。

 ―――ああもうこれは終わったかしらん。南無三!

 両肩をがっしと掴まれる。


「副会長! 私の大事(・・)な友達の山吹が来たんだ! 彼女を歓迎する為に仕事を一時中断し休憩するぞ!」


 大事。の部分を強調して御剣が叫ぶ。


「大事って、ちょっ……」


 おかげ様で微妙に私の褒められセンサーが誤作動でも起こしているのか、若干心がざわついているのだがそういう不意打ちは止めて欲しいんですけどね御剣さん。

 心を落ち着かせようと一息つくと、部屋の奥から憮然とした様子の、聞き慣れない女性の声が聞こえて来た。


「……三十分だけ認めます。それ以上はまかり通りませんよ」


 黒縁眼鏡をかけた銀髪ロングのインテリ風味な女性が、書類の影からのそりと姿を現す。


「お初にお目にかかります。ソードマンギルド副会長、サラ・ベルリバーと申します。以後お見知りおきを」


 サラ・ベルリバー。ソードマンギルド副会長。ソードマンギルドにおいての、実力と権力共にナンバーツーの女がそこに居た。


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