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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
40/97

2-13

ひとりごと

・大分悩みましたが元の想定から変えずに投稿します

 数分後。


「……………………じるるるるるる」

「珍しいものが見れて、楽しかった。今では反省、している」


 もう茶葉の種類とかどうでもいいが、えらく香り高い紅茶を音を立てて啜る。

 対面に座る金髪ショートの(あんちくしょう)は、ちっとも申し訳無さそうな態度で形式ばかりの謝罪をした。


「……………………もぐもぐ」


 もう材料が何なのか興味は微塵もないが、しっとりとしていてしつこくない甘味のミルククッキーを頬張りながら、私は霧を冷めた瞳でみつめた。

 茶といい茶請けといいやけに質がいいのが無性に腹が立つ。ご機嫌とりのつもりか貴様(きさん)



「…………ごくん」


 ―――暗闇を抜け出した先、霧の私室、あるいは頭領の私室と呼ぶべきそこは、必要最低限度の家具一式しかない、霧の性格を写すようなあまりにも殺風景な部屋だった。

 位置的には王都の地上に位置しているのか、部屋の高い位置に一箇所だけあるガラス窓からは月明かりが射している。

 そして、部屋の明かりはそれだけだった。


「……そんなに、嫌、だった?」


 霧が首をこてんとかしげる。

 その瞬間、私は自らが下げている部屋の温度をヒートアップするかのようにカップを皿に叩き付けて言った。


「嫌に決まっているでしょうが! 親しき仲にも礼儀あり、ということわざを知らないのか! もう! 本当に! 心臓が止まるかと思ったのに!」

「おお。本当に怒ってる。どうどう、落ち着いて、落ち着いて。美少女が、台無し」

「落ち着くも何も霧のせいでこんなに怒ってるのですが!?」


 怒髪天を衝くとはまさにこのことよ。

 私がこの世界に来てからホラー体験が苦手になっ―――いや、そんな事は決してないが、ともあれこういった大人気ない悪戯は大変相手に失礼なのだ。故に私はこうして怒っている。

 これを機に、霧には心から反省してもらいたい。


「……あのですね、霧も今はその見た目(女の子)であるにせよ、元は常識を弁えたいい歳した大人でしょう!? だったらせめて、常にとは言わないから、少なくとも私と会う時ぐらいはそれ相応の礼節という物を弁えてはいかがでしょうか!?」

「えぇ……。まさか山吹に、常識について、諭されるとは、思ってもみなかった」

「喧嘩売ってるんですか!?」


 なんと失敬な! 私ほど優れた常識人は円卓の面子において他にいまいて!


「売ってない。素直な、感想、だよ?」

「余計に性質が悪い! ああもう……私ってそんなに常識ない風に見えますか?」

「うん。でも、山吹だけじゃなくて、みんなが、そう」

「…………」


 皆って身も蓋もない……。いや、でも確かに霧の言う事にも一理あるような無いような……。

 私達は間違いなくこの世界からすれば、イレギュラーな存在ではあるのだし……。


「―――いやいや話がずれてる。常識云々は置いといて、ともかく霧は今後こういう悪戯は控えるように!」


 ともあれ脱線した話を元に戻し、霧に指を突きつけつつそう告げる。


「えー」

「えー、じゃない!」

「むう」


 霧は無表情のまま頬を膨らませて不満そうにしたが、私は断固として意思を曲げるつもりはない。

 だが私は、霧がイレイサーである事を忘れていた。

 イレイサーとは、前衛系職業の中でも異色を放つ、いわゆる暗殺系スキルを多く取得できる職業の一つだ。

 その職業の名が示す意味は、消すもの(イレイサー)

 殺すと定めた標的を、殺されたという自覚すら無いままに殺す神技の暗殺者にのみ許された名だ。

 だが、その名の意味は何も標的に対して向けられた物だけではない。それは万物にも通ずるのである。

 ―――人の意思さえも、イレイサーは消して見せるのだ。



「―――でも、山吹?」


 霧が私を静かにみつめた。


「……なんです?」


 半目でその視線を受け止める。

 その瞬間、思わず「あ、まずいな」と思ったのは気のせいではなかったらしい。


「あの時の山吹。……今までで、いちばん、すっごく、すっごく、可愛かったよ?」


 まるでブン殴られたかのような衝撃。

 辛うじてそれを小声ながらも早口で言いきれたのは、幸運だった。


「――――――馬鹿な事言ってないで、きちんと反省してください」


 ああ、もう。

 これだよ。

 褒めそやされると、いつもこうだ。

 口角が勝手に上がって、脳みそは熱を持ったように茹って、まるで私の気持ちがどこかに行ってしまったかのようにココロが舞い上がる。

 さっきまで抱いていたあの怒りが、あっと言う間に雲散霧消。

 今では頭の中が花畑だよチクショウ!

 褒められるのなら誰でもいいのかこの頭ゆるゆるおばかさんめ!

 ‡ゆうすけ‡さんよ、何故私をこんな体に造りたもうたのか! お聞かせ願えないだろうか!


「……はーい」


 心の中で詰問するも案の定返事があろう筈も無く。

 取り繕うように再びカップを口元に運んでみれば、その中身は当の昔にカラであった。


「……おかわり。いただけますか」

「うん」


 バツが悪くなって霧におかわりを要求すると、彼女は相変わらずの意思が読み取れない無表情のままカップを受け取って、隣の部屋に引っ込んでいった。

 霧が居なくなってから少しして。


「ッ~~~~~~!!」


 私はなるべく静かに音を立てないように、悶絶した。



「―――とまあ、そういう事がありましたので、霧も気をつけて下さいね。……まあ本職の人に気をつけるも何も、っていう話かもしれませんが」

「うん、そうだね」


 茶請けを結構なスピードで消費しつつ、ここ数日の出来事を霧に伝える。

 レッドアイゼン。「教団」の襲撃。変態馬畜生共(処女厨)。

 先週の土曜日から火曜日の今日まで三日しか経っていないというのに、自分で言うのもなんだがかなり内容が濃い。

 そんなちょっとした冒険譚じみた話を聞いても、霧は眉をぴくりとも動かさずに淡々と聞き続けた。

 それは霧にとって話の内容が退屈だから、というわけではない。

 彼女にとって特定(・・)の事柄以外に対しては、皆等しく興味を抱けないだけだからだ。

 まあそんな彼女でも、円卓に関わる話だけは人並みの興味を抱いてくれる。


「その辺の話はまた皆と追々するとして……。ラミーの件はどうなっていますか? もう見つかったりしましたか?」


 先週の会議において、霧は私に協力してくれると約束してくれた。

 王都の裏社会に根深く通じている彼女ならば、そのツテを通じてラミーの居場所も簡単に探知できるだろう。

 仕事の早い霧の事だ。きっともう情報を掴んでいるは―――。

 

「ううん、まだ何もしてない」


 ……暫しの間が空く。


「……何も? あの……ラミーを探すのを手伝ってくれる、と約束してくれた筈でしたよね?」

「うん、したよ?」

「それでまだ何もして無いっていうのは一体どういう事なんでしょう?」


 軽い失望を覚えつつそう聞くと、霧はすっと手の平を上に向けてこちらに差し出した。


「―――私は……ううん。私達は、仕事をする時に、対価を貰う」


 それは普通の人間なら、要求して当然の内容だった。


「それはお金。あるいは、物。そして、それは円卓の皆であっても、かわらない」


 人から頼まれるばかりで、人に物を頼む事を長らく忘れていたせいでそんな簡単な事にも思い至ってなかった自分が恥ずかしくなる。

 御剣にせよ、会長にせよ、彼女達はどんな頼みごとをするにせよ、その対価は必ず用意していたというのに。

 ……失望なんてとんでもない。私のほうが常識無しだ。

 

「……すみません。確かにこれじゃあ、霧の言う事も尤もだね」

「ううん。気にしてない。私にとっては、ここの仕事は、趣味もかねてるから、本当は対価も、いらないんだけど、それじゃあけじめ(・・・)が、つかないらしいから」


 仕事には報酬が出る。それは世界が変わろうが覆されてはならないルールだ。

 とはいえ確かに前の世界では、それが往々にして守られていない場合が多かったさ。

 でも、だからこそ私は。私達は。

 たとえ身内であろうとも、なあなあで済ませないよう心がけていたのではなかったのか。

 溜息をつき、自嘲するように言う。


「無償の奉仕なんてナンセンスですしね。……ごめんなさい、気を使わせてしまって。支払いは金銭か物品、どちらがいいですか? 私が支払える範囲内でなんでも(・・・・)払いますが」


 全く、最近ちょっと落ち込む事が多い。

 ここは一度自らに活を入れる為にも、軽く修行でもするべきだろうか。


「ん? いま、なんでも、って言った?」


 霧がやや早口で言った。


「え? ええ、確かになんでも、といい……ました……が……」


 はっと気がつけば、私の言葉は尻すぼみになってしまっていた。

 何か今、こういう場面では一番言ってはならないワードを口走ってしまったような……気が……。


「わかった。じゃあ、隣の部屋まで来て。いま、ここで報酬を先払いしてもらう」

「えっ、えっ!?」


 やにわに席を立った霧が私の手をむんずと掴み、無理やり引き連れようとし始めた。

 その力が思ったよりも強くて、引き上げられた私はたたらをふみつつも彼女の後を追う形となる。


「ちょっと、霧!?」

「やった、やった、やった。言質は、とった。あいつがいないここで、久々に、楽しめるんだね!」


 霧の口調は平坦なそれでなく、ただ純粋に嬉しいといった様子のそれであり。

 ちら、と月明かりで照らされた彼女の横顔には、狂気の色がありありと浮かんでいた。

 それは彼女が心の奥底に隠す、霧という人間の本性の片鱗だ。

 それが浮かび上がる時は大抵、××に関わる時くらいで。

 残念な事に、私はその狂気と少なくない回数、会長と共に向き合っている。


「ま、まて、まてまてまって! それ(・・)以外じゃ駄目なんですか!?」

「だめ。もう、ずっと我慢してた。我慢してたのに。我慢できなくなるような事を、山吹が言うから。山吹が悪いんだ、よ?」


 振り返った霧の形相は……ああ、表現する事すら憚られる。この時の霧って本当に怖いんだよなぁ。


「そ、そうだ! 薬! 今薬の持ち合わせがないんですよ! だから万が一って事も!」

「マキシム系を、ダース単位で揃えてる。だから平気」

「あっがっ……わ、私が平気じゃない!」

「麻酔も、するよ? 優しくするから、大丈夫だよ?」

「やってる事が優しくないし大丈夫じゃないんですってばー!?」


 扉がけたたましい音と共に弾かれる。

 今や私の手を掴む霧の筋力は全力全開であり、骨は悲鳴をあげ肌には痣がつかんばかり。

 もう決して逃がしはしないという、霧の固い決意が感じられるようだった。


「ああ、くそう……天井のシミを数えている間に終わりますように……!」

「たのしみ、たのしみ、たのしみ……!」


 ああ、これから行われる悪魔ですら裸足で逃げ出しそうなアレを思うと気が滅入る。

 霧が定期的に求めてくる、ガス抜きたるアレは既に二桁を超える回数体験しているが、私は未だに馴れない。

 というか馴れてしまっては人として終わりだろう。

 毎度毎度、アレに関わる度に己の愚かさを呪いたくなる。私が自らの意思で霧と結んだ契約のせいとはいえ、本当に度し難い。

 だがそうしなければ理性のタガを失った霧という獣が野に放たれる事になるので、不幸な無辜の民が生まれてしまうよりかは、私一人を犠牲にするほうが少なくともマシなのだ。

 ……そうする義理も義務も、本当は無いのだけどなぁ。



 翌朝、水曜日。

 目が覚めると、私は霧の私室に一人取り残されていた。

 簡素な机の上には朝食一人分と、「さがしてくる」と書かれたメモ一枚。

 そして、部屋の隅には昨日まで無かったビンが一個増えていた。


 中には黄色く濁った液体が詰まっている。


「……こちとら貧血だってのに、霧さんは元気の宜しい事で」


 ビンの中には液体だけでなく、××も浮かんでいる。

 その正体は、今のところ私ともう一人だけが知っている。


「……む、美味い」


 やけに出来のいい朝食は霧なりの気持ちだろうか。

 かりかりのベーコンに、採れ立てで新鮮なトマトを使ったサラダ。

 ゆで卵にトーストと緑茶に……炒めたレバー。


「霧なりの優しさなのかね、これは」


 朝からレバーはちょっと重いな、と思いつつも私はそれをありがたく頂戴したのだった。



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