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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
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 土曜日に何が起きようとも、日曜日は分け隔てなく誰にでも訪れる。

 本日も晴天なり。客入りもそこそこの平穏な一日だ。

 変わった事といえば、御剣が口数も少なくどこかへ出かけていってしまった事くらいか。

 奇妙だが、静かでいる分には平和だから気にしなかったが。


「ありがとうございましたー」「ありがとうございました!」


 元気な営業スマイルと共にお客様をお見送り。だらしなく緩んだ笑顔の男性達が、ベルの音と共に店外へ。

 私が目当てか、ラミーが目当てか。そのどちらでも構わないが、笑顔一つで売り上げが伸びるものならいくらでも笑えるものだ。

 サービス満点品質満点笑顔も満点。そんな隠れ蓑を巧妙に仕立て上げた裏では、驚く程安い原価と実製品の値段の高さの差額がある事を彼らは知らない。

 なぁに、需要と供給の問題だ。お互いにwinwin状態、誰だって損をしていない。

 それが商売というものさ。―――byえちごや。


「ふぅ……そろそろ休憩にしようか?」

「はい、師匠!」


 時刻は昼過ぎ。この時間帯より後は客足が落ちる。せいぜい一時間に一人客が来るか来ないか程度だ。

 辺境の街オーラムで唯一の薬屋が忙しいのは主に午前中。

 メインの顧客である冒険者―――モンスターを狩ったり、商人の護衛や探索業で日銭を稼ぐ何でも屋―――が街を出る前に必要な薬を買い付けに来るからだ。

 いざという時の保険が金で買えるなら安いもの。と、彼らの財布の紐はかなり緩い。

 おかげ様で月々の売り上げは右肩上がり。

 毎月黒字で順風満帆そのものです。彼らからは金を搾取する一方で頭が上がらない。

 共栄共存といえば、聞こえは良いのだろうなぁ。


「ふふ。知らぬが仏……なんちゃってね」

「シラヌガ・ホトケ? それって何ですか? 師匠?」

「ああ、私の故郷の諺だよ。どんなに恐ろしい事が道端に転がっていようとも、それを知らない間は平穏だという事さ」

「へぇ~……師匠って、本当に色んな事を知ってますね……うん? でもそれが今と何の関係が……?」

「それこそシラヌガ・ホトケさ」

「えぇっ!? し、師匠~! それじゃあ何かを隠しているんですか!? 怖いですよお!」

「あはははは、大丈夫なんでもないなんでもない」

「……怪しいです。師匠はたまに意地悪になりますから」

「ごめんごめん、本当に何でもないから、ね?」


 からかわれたラミーはむすっとしているが、これもまた非常に愛らしい仕草でほっこりとする。

 ……ふと気になったのだが、半犬人(ハーフドッグ)たる彼女の遠い血縁には一体どんな犬種の血が流れているのだろう。

 チワワ? ダックスフント? ……実は案外、柴犬だったりして?

 実に興味をそそられるが、それを調べるのはまたいつかにしよう。そもそも()の世界にいた犬種がこの世界に居るのかどうかすら怪しいし。


「さ、お昼を食べよう。今日は何を用意してくれたのかな?」

「むぅ……。ええっと、昨日ミツルギさんから頂いたお肉とお野菜のトマト煮と、サンドイッチです」


 それは実に楽しみだ。特にトマトを使っているのがいい。

 トマト料理は私の好物だからだ。特にトマトとチーズの組み合わせにおいて右に出る物の居ないイタリア人には尊敬の念が尽きない。

 好物なのだと知っていたのか知らずかは置いといても、品目を聞いた途端私の腹が思い出したかのように鳴り出した。


「おっとと……。すっかりラミーに餌付けされちゃったね、これは。ラミーは将来良いお嫁さんになるよ」

「そっ。そんな、お嫁さんだなんて……。す、すぐに用意しますね、師匠……」


 やけにくねくねとした動きのラミーが台所に向かう。

 はて。何かおかしな褒め方をしただろうか。

 そう思い首をかしげること数秒後、突然。


「きゃあああああああっ!?」


 切り裂くような叫び声が上がった。これはラミーのものだ!


「―――っ、ラミーっ!?」


 急ぎ台所へ駆けつける。そこには、へたり込んだラミーの姿があった。


「ラミー!? 一体何があったの!?」


 怪我は……していない。誰かに襲われた形跡もない。私の持つ能力のサーチに引っかかった気配も無い。


「し、ししょう……。あれを……」


 ラミーが震える指先で指し示す箇所を目で追う。

 そこには、かまどの上に鎮座する鍋があった。

 そして鍋には白い張り紙が―――。


『美味かった。サンドイッチも。―――御剣。追伸、これはお前たちの昼飯か? ならば申し訳ない、いくらか金を置いておく』


 …………あのクソ御剣(アマ)


「どーりで何も言わずに出てったわけだ……」


 っていうか何で一人で二人分全部喰えるんだよあいつの胃袋は底なしか。

 あれか。御剣クラスの運動量となるとそれ相応のカロリーが必要になるとでもいうのか。あいつはプロアスリートなのか。

 私は激怒した。かの邪知暴虐たる御剣にはいつか天罰が下るべきであると、私が信ずる神である‡ゆうすけ‡さんに懇願した。

 かの女に災いあれ!


「師匠……これが、シラヌガ・ホトケなんですか……?」

「……違うよ、違うよラミー。これはそんなものじゃない、もっとえげつない何かだ……」


 置いてあったお金がそれなりに高額だったのは、御剣なりの誠意だろう。なので私達は昼をオーラムの街で一番高級なレストランで済ます事を決めた。

 勿論料金分全てがそれで支払えたわけではない。だが、差額は断固として夕方に帰宅した御剣に請求した。

 御剣は少し文句を垂れてはいたが、これでもまだ寛大な処置だ。家を叩き出されないだけ感謝して欲しいものである。



 月曜日、火曜日と日々は過ぎていく。

 その間、我が家の居候たる御剣はと言えば。

 喰っちゃ狩りし、喰っちゃ狩りし、喰っちゃ狩りしていたようである。別に過剰表現ではない。


「一応子供は逃がしてやったから、絶滅はしていないだろう」


 水曜日の朝。旅支度をする御剣はそう言う。たとえモンスターであっても絶滅危惧種を作ってはならないという、御剣なりの配慮には頭が下がる思いだ。

 スカイドラゴンからすれば、いっその事絶滅した方がまだ幸せなのかもしれない。


「しかしまぁ、よくそれだけ狩ったね」


 彼女が背負うアイテム・バッグはパンパンに膨れ上がっており、中には保存魔法の掛けられた大量のスカイドラゴンの肉が詰め込まれている。

 見た目はただの袋だが、中には見た目の数倍から数十倍の物を入れられるアイテム・バッグをしてはちきれそうなほどとは、一体どれだけスカイドラゴンを殺戮して回ったのか想像も付かない。


「別にあの頃(・・・)ならアイテムの個数が三桁行くくらいおかしな話でもなかったろう?」

「あの頃と今を一緒にするなよ。っていうかそれだけ狩ったの? まるで災害だね」

「ははは……。いやまぁ、実際には4、50が関の山だ。取り切れない肉は畜生らにくれてやったしな」


 げに恐ろしきかな御剣。きっとこれからは、スカイドラゴンの生態に「赤色を見ると極端に怯える」という項目が追加されても不思議じゃない。


「ともあれ、世話になったな」

「まったくだよ。次はちゃんと事前に手紙を送ること」

「あはははは……」


 御剣と握手を交わす。どうせ週末の土曜日に顔を合わせるのだとしても、挨拶と言う物は大事だからだ。


「ラミーも健やかにな。山吹はこれでいてものぐさなところもある、きちんと面倒をみてやれ」

「はいっ!」

「余計な事は言わなくてもよろしい……ん?」


 ちら、と御剣の背後を見ると、ガラス窓の向こう側がなにやら騒がしい。


「――-は―――なのだな?」

「―――が―――落ち着い―――」


 声色からしてあまり穏やかそうには見えない。


「なんだ? 喧嘩か?」


 心なしか嬉しそうな御剣の声。

 別に喧嘩でも何でもいいが、家の前でやるのは勘弁してもらいたい。


「師匠……」


 不安そうなラミーの為にもここは一肌脱ごうかと思った途端、ベルの音。

 件の騒ぎの主らは私の店に上がりこんできたのだ。


「失礼する。―――まさしく、聖女様の話は真であったか」

「……あっちゃぁ」

「む?」


 まず目に入ったのは、無骨な甲冑を着込んだ偉丈夫の姿。

 刈り込んだ短髪に強い意志を感じさせる力強い目つき。歴戦を潜り抜けた戦士たる風貌のそれは、年頃の乙女であれば一目見ただけでイチコロだろう。

 彼の手には、スリットが十字に刻まれた兜―――またの名をバケツ頭―――が抱えられていた。

 それを見た瞬間私はおおよその事態を悟り、渋面を作らぬよう表情筋を抑えるのに精一杯だった。


「……ホントごめん、許して! 説得したんだけど!」


 彼の後ろに、小声で申し訳なさそうにしているえちごやみるくの姿があった。

 一応、何かの間違いであることを期待してえちごやさんに確認を試みる。


「えちごやさん、この方は?」

「ええと……運悪くたまたまそこで会っちゃって……」

「ああ、申し訳ない、自己紹介が遅れたか。私はナライ法国聖堂騎士団団長ミハエル=ザカイエフだ」


 これはまたお偉いさんがきたものだ。

 聖堂騎士団とは、ナライ法国の厳しい教育課程を通過したエリートのうち、優れた教養と、魔法と戦闘術において極めて優れた才能を有するものだけが入団できる、神の下僕たる戦闘集団だ。

 そんなやんごとなき騎士団の団長様がいらっしゃったのである。

 うーん。先ほどからひっきりなしに私の脳内で会長様の姿がチラつくのだが、どうしてだろう?


「それで、そのミハエルさんが、一体うちに何の御用でしょう。ポーションの在庫ならいくらかありますが」

「それともスカイドラゴンの肉が欲しいのか?」

「スカイドラゴンの肉? ……いや、どちらも不要だ。今日ここに来たのは他でもない。ヤマブキ・ヒイロ、そしてミツルギ。両名の身柄を無事に本国まで連れて行くよう、聖女様より主命を受けた。二人とも拒否は許されんぞ」


 主命と来ましたか。会長様は一体何をしておられるのか。こんな田舎くんだりまでエリートを差し向けるほど、差し迫った何かがあったのだろうか。

 ……あったのだろうなあ。


「…………むう」


 ちらりと御剣に視線を向けると、彼女も私と同じような微妙な表情をしていた。

 思う所は同じなのだろう。


「しっししししっ、師匠! 聖女様って、あ、あのあのあの、聖女様ですよね!? せ、セラフ=キャット様ですよねっ!?」


 そんな中で我が家のラミーちゃんは大興奮だ。

 世界のスーパーヒーロー……いやスーパーヒロイン? である所の天上人、セラフ様の名が出たところ、彼女のミーハーな部分が刺激されたのだろう。


「うん、そうだねぇ、聖女様だねぇ」

「凄いですっ! 聖女様から直々にお声がかかるなんて、やっぱり師匠は凄い人ですっ!」

「うん、ソウダネー」


 ……ああ。現実逃避してしまいたい。

 きっとろくでもないことに違いないのだから。


「……じゃ、そういうことなんで、山吹さん、頼んでた素材持ってきたんで、ここら辺に置いておきますね。それじゃ、さようなら……」


 そして、隙をみてそそくさと逃げ出そうとする円卓No07の襟をがっしとつかむ。


「待て。お前も来るんだよ」

「いやーっ!? 放してーっ!?」


 ここで逃がしては円卓メンバーの名が廃ろうものよ。

 なぁに、旅の道連れは多いほど楽しいと言うではありませんか、なあえちごやさん?


「うちはただの商人ですからー!? 絶対関係ありませんからー!?」


 じたばたと暴れる哀れな商人の叫び声が、オーラムの街に響き渡った。



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