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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
39/97

2-12

 狭苦しさを感じる暗闇の中。

 ちょろちょろという水の流れる音を聞いて下水道を連想するが、鼻を突くような異臭は嗅ぎ取れない。

 人間二人がギリギリすれ違えるような狭い空間だ。

 こういう場所は、正直苦手なのであまり長居したくはない。


「―――」


 閉鎖された空間に二人分の足音が何重にも反響して、まるで頭を揺さぶられているような感覚を覚える。

 明かりもなく真っ暗闇の中でここに放置されてしまったら、さぞ心細くなるに違いない。

 少し頼りないが、カンテラの明かりがあって本当によかったと思う。

 閉所恐怖症者にとって発狂しかねない空間は、時折道を曲がったりしながら長々と続いていく。

 侵入者を退ける罠なのか。道すがら、曲がらなかった横道が幾つか点在していた。その行く先が気になるところだが、きっと碌な物ではないだろう。


「その横道。気になりますか?」


 背後を振り向かぬまま、みーちゃんが淡々と言った。

 一瞬心でも読まれたのかと驚く。


「えっ……ええ、まあ」

「山吹様が想像なされている通りの物に相違ありません。一歩踏み込めば絶死の、残酷な罠が待ち受けておりますので、どうか間違っても踏み入られませんよう……お願いしますね?」


 ムードたっぷりにおどろおどろしく語ったみーちゃんは、最後にうふふ、と微笑む。

 私はそれに頬を少しひくつかせながらも後に続く。


「……それは恐ろしい事です。せいぜいみーちゃんさんが居ないうちは、勝手にここを通らないようにします」

「そうなさるのが宜しいかと思います。……あと。さん付けはいりませんよ?」

「いやまぁ……一応初対面ですし。私の癖のようなものですので、どうかお気になさらず」

「……そうですか。むぅ」


 会話が途切れる。

 再び世界はカンテラの明かりが照らす小さな領域と、二人分の足音に支配される。

 ただ、先ほどと比べてみーちゃんは微妙に残念そうにしていた。

 気軽な人付き合いを好むタイプなのだろうか? だとしても、私としてはいきなりみーちゃん呼びは少々恥ずかしいので許して欲しい。


「―――到着しました」


 また暫く歩み続けた後、みーちゃんが唐突に口を開いた。

 後ろから前方を覗き込むと、みーちゃんが掲げたカンテラの明かりで薄らと見える鉄の扉がそこにあった。

 扉の下からは光が漏れており、人の営みが扉の向こうに在る事を示している。


「少々お待ち下さい」


 みーちゃんが扉の前に近づく。


「すぅぅぅっ…………さて」


 扉の前で大きく息を吸ったみーちゃんは、さっと空いた腕を上げて扉をノックし始めた。

 それも凄い勢いで。


「ここんこここ、こんここんここ、ここんこん、ここここん、こんここんここん、こんこここん、ここんこんこん」


 念仏のようにこんこんこんと唱えながら、口にした通りのリズムで軽やかに扉をノックしていく。

 一瞬ストリートドラマーか何かと勘違いしてしまうが、まさかここに来て大道芸を披露しに来たというわけではないだろう。


「ここんこんこ、こんこんこん、ここんここんこん、こんここんここ、こんこここん、こんこんここんこ、こんこ。こんこんここんこん、こんここんこん、ここんここんこん。……っと、あー手が痛いよう……うぅ」


 一息にノックをし終えたみーちゃんが手をぷらぷらとさせながら言う。

 呆気にとられて見入ってしまったが、今のは一体なんだったのだろうか。


「な、なんだか色々と凄かったですが、今のは?」

「秘密の符丁です。一般の方は識別できない特別な代物ですから、覚えるのも大変なんですよ? 手も痛くなりますし……」


 なるほど。つまりは「そもさんせっぱ」というわけだ。「やま、かわ」でもいいが。


「はぁ……案内人も楽じゃないんですね、ご苦労様です」


 どうやらみーちゃんもそれなりに大変らしい、気遣うつもりで慰めの言葉をかける。

 すると、それがいけなかったのだろうか。みーちゃんは勢いよく振り返ってまくし立てた。


「そうなんですよぉ! 毎日のお仕事だけでも大変なのに、ちょーっとお給金がいいからって怪しげな副業に手を染めたのが運のつき。今じゃ社会の闇を這いずる悪逆非道の一員の仲間入りしちゃって、こんなの故郷のお母さんに知られたら、きっとショックで寝込んじゃいます! どうしたらいいと思います? 山吹様!?」


 身振り手振りを交えての唐突な人生相談に思考が停止する。

 ……いや。そんなん急に言われても知らんがな……。


「……でしたら辞めれば宜しいのでは? これを機に足を洗い、品行方正に生きてはいかがでしょう?」


 ただ、それでも真面目に答えてしまうあたりは性格ゆえだろうか。


「なんと的確で無難なお答え! ……ですがそういうわけにも行きません。お給料がいい、と言う事は沢山お金が手に入るという事。沢山お金があると言う事は、大好きなお菓子も好きなだけ食べられるという事。その蜜の味を知ってしまった以上、そう易々と辞められないのです。しくしく。……それに守秘義務もありますし、多分辞めたら口封じに消されますし、そういうわけなのですし」

「……ろ、碌な物じゃない。結局詰んでるんじゃないですか、それは」


 急に愚痴られたのにもびっくりだが、「首狩り(ヴォーパル)」のリスク管理の徹底振りにもびっくりだ。

 いや、彼女は単純に案内人だからまた別の組織が処置するのか?

 いずれにしても、やはり裏社会は碌なもんじゃないな。こんな修羅界で積極的に生きている(キリ)の気がまったくしれない。


「ええ。ですのでまぁ、これは単なる愚痴です。案内人なんて、いわば中間管理職のような存在ですからストレスが溜まる事も多いんです。無茶苦茶な事を言うお客様もいらっしゃいますので……」

「は、はぁ……」

「すみません。本当はこんな事言うなんて案内人失格なんですけど、山吹様は他人とは思えないのでついつい口に出てしまいました、どうかお許し下さいませ」


 みーちゃんがぺこりと頭を下げる。

 なんだか闇の世界の世知辛い事情を垣間見てしまったようで微妙な気分だ。


「いえ、構いませんが……。あの、そんなに私って、みーちゃんさ―――みーちゃんの知り合いの方に似ているんですか?」

「そうですね。似ているというよりかは―――」

「……?」

「―――いえ、どうやら連絡がついたみたいです。参りましょうか、山吹様」


 みーちゃんが言いかけた続きが気になるところだが、その思いは扉から響く重低音に遮られた。

 ごごごごご。とまるでとてつもなく重い物体を引きずるような音を立てて、扉が横にスライド(・・・・・・・・)し始めたのだ。


「押し戸じゃあ無かったのか……ドアノブがあるくせに」

「それは見かけだけの侵入者を欺くトラップです。説明していませんでしたが、あのドアノブには毒針が仕掛けてありますので、万が一にも触れないようお気をつけ下さい」

「うーん……徹底してる」


 扉が自動ドアよろしく完全に開ききると、みーちゃんはカンテラの火を消して中に踏み入った。

 私も後に続きながら、新たな空間に広がる光に目を細める。

 そこは多数のテーブルとソファー。広いカウンターに無数に並ぶボトルの山。あたり一面に漂う紫煙が不気味で退廃的な世界を演出する、アンダーグラウンドの名に相応しいようないかがわしい酒場があった。


 ここが恐らく、王都の地下、暗部に点在すると言われている「首狩り(ヴォーパル)」の拠点の一つなのだろう。

 魔界のようなそこに足を踏み入れると、中で酒を飲んでいた幾人かの視線が私を貫く。


「…………」


 パッシブスキル《ホスティリティ・センス》が危険を訴え始める。

 思わず右手をウェポンスタッカーに延ばしかけた所で、みーちゃんが間に割って入った。


「待って待って! この人VIPだから光物仕舞って! それも超VIP! 頭領様のお客様だから!」

「――――――」


 一瞬場に流れたのは、驚愕とも疑惑ともつかぬような空気だった。


「三番。それは、真なのか」


 片目を眼帯で覆った禿頭の男がぼそりと言う。


「そうだよゴドー。疑うつもり? 信じられないならここで山吹様を殺してもいいけど?」

「ほう……」

「いや全然良くはないのですが」

「―――その代わり、後で絶対頭領様に殺されるよ? 惨たらしく、凄惨に」

「…………成程。承知した」


 思わずノリ突っ込みしてしまったがそれは華麗にスルーされてしまった。

 ともあれみーちゃんの言葉にはそれなりの説得力があったのか、場に漂っていた緊迫した空気は解かれ、私のパッシブスキルにも反応は無くなる。


「お客人、どうか平にご容赦を。我らが非礼を赦して欲しい」


 ゴドー、と呼ばれた男が席を立ち頭を下げ、それに習い場に居た全ての人間が同じように私に頭を下げた。

 これが頭領……もとい霧の持つ「首狩り(ヴォーパル)」内部の権力の証明である。

 「首狩り(ヴォーパル)」に所属する人間にとって、暗殺術の極地に達した頭領はその技術を皆に崇められているカリスマ的存在だ。

 故に頭領を愚弄する事は「首狩り(ヴォーパル)」を愚弄する事と同義となる。

 同様に頭領の客人は「首狩り(ヴォーパル)」の客人である、というわけだ。


「いや、特に怒ってはいませんので……あの、通っても?」


 控えめにそう問うと、彼らは音も無く壁際まで引いていきそこで直立姿勢をとった。

 皆一様に無言を貫いているために意思疎通が図れたのか怪しいところだが、多分通って良いという事なのだと判断する。


「ではこちらになります」

「あっ、はい」


 みーちゃんはそんな彼らに一瞥もくれず、かつかつと足音を立てて先に進んでしまう。

 慌ててその後を追うと、背中越しにみーちゃんは申し訳無さそうに言った。


「どうかお気を悪くしないでください。依頼引き受け所と異なるここは、本来であれば首狩り(ヴォーパル)の関係者以外は訪れる筈の無い場所。それ故に機密保持と安全保障の一環として、見慣れない人間が居れば即座に殺害するよう彼らは訓練されているんです」

「……なるほど、それでですか」


 昔からの決まりなのかは知らないが、非常に物騒な(サーチ)(アンド)(デストロイ)精神である。

 「首狩り(ヴォーパル)」からすれば、それは平常運転なのかもしれないが。


「山吹様のように、頭領様がお客様を招かれたケースは首狩り(ヴォーパル)の歴史を遡っても非常に稀な事でしたから、彼らも慌ててしまいまして…………さて、私が案内できる場所はここまでになります」

「えっ、ここで終わりなんですか?」


 酒場を抜け、いくつもの扉や分かれ道が点在する廊下を抜けた先にて私達は歩みを止めた。

 その先には地上か、或いは別の何処かへ続いていると思われる階段があった。それ以外には何も無い。

 みーちゃんが脇にそれて、階段へと私を促す。


「これより先は、頭領様と頭領様の許しを得た者のみが通れる領域となっております。そして言うまでも無い事ですが、その許しを得た者とは山吹様お一人のみ。ですので、ここから先は山吹様お一人で向かって頂く事になります」


 階段の上を見上げるとそこはどういう理屈によるものか暗闇に包まれており、先が見えなかった。非常に不安感を煽られる。

 本当にこの先に霧が待っているのだろうか。少し怖くなった私はみーちゃんに問いかけた。


「あのう。明かりとかは持たせてもらえないのでしょうか」

「すみませんが、古くからの決まりでここから先は光源禁止となっておりまして……」

「……さいですか」


 ……どんな決まりだ! まあいい。虎穴に入らずばなんとやらである。

 悪態を吐きたくなる気持ちを抑えつつ、私は一歩を踏み出して階段に足をかけた。


「それでは、私はこれにて……御用時の際はお気軽にお呼び下さいませ」

「あっ、この料理はどうすれば?」


 ふと思い出して、山盛りから持って来っぱなしだったバスケットの存在を思い出す。

 そろそろいい加減邪魔だなと思っていたのだ。


「ああ、そういえば……。よろしければ、私どもで処理致しますが?」

「じゃあお願いします」

「承りました」


 持っていたバスケットをみーちゃんに渡すと、彼女はぺこりと一礼してその場を後にした。


「よし、と」


 みーちゃんの遠ざかる気配を感じながら、木材の軋む音に顔をしかめつつ階段を上がる。

 七段も上がってしまえば、そこはもう真っ暗だった。


「…………むぅ」


 完全な暗闇に閉ざされた世界の中、足を引っ掛けないように一段ずつ慎重に階段を上がっていく。

 壁に手を当て、空いた手を前方にかざして安全を確かめつつ、ゆっくりと。


「いいじゃん明かりくらい付けたって……」


 暗闇の中をまさぐるように手を動かして、一段だけそろそろと足を上げる。

 傍から見れば多少間抜けに見える動作かもしれないが、怪我をしない為にはこれが重要なのだ。

 決して暗いから不安というわけじゃない。

 決してこの世界がファンタジーだからお化けも実在する為にこうしているわけじゃない。

 決して前に調子に乗って探索した墓地系ダンジョンで死ぬような思いをしたからこうしているわけでじゃない。

 決して。


「…………」


 私の理論的かつ安全性に考慮を重ねた歩みにより、この階段を上がりきるまで時間はかかるにせよ―――。


「――――――きたね」


 ―――前方にかざしていた手が、聞き覚えのある声と共にがっしりと掴まれた。


「ひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 私の口から私の物とは思えぬ悲鳴が盛大に上がった。それはもう実に可愛らしいのが。


「……初めて聴いたけど、山吹の悲鳴って、かわいいね?」

「ひゃっ、かっ、ひゃひぃっ……!」


 暗闇に紛れていて姿は見えずとも、ああ、この声は紛れも無く(ヤツ)だ……。

 普段と変わらぬ平坦なボイスであるにも関わらず、その中には隠しきれぬ喜びが浮かんでいる!


「ひゃひ、ひゃひて……!?」

「うん? …………ドッキリ、だいせいこう?」


 その理由は単純明快……! こともあろうにこやつは、人を驚かして楽しもうという魂胆だったのである!

 おかげでこちとら呂律も回らない有様なのだ、一体どうしてくれようか!

 憤懣やるかたなし! せめてもの意地として思いつく限りの罵倒を叫ぶべきである!


「…………ばっ、ばかぁ! この、ばかぁ! …………ばっ、ばかばかばかぁ!」


 のだが。心臓がひっくり返るような衝撃を前に私の言語中枢もどうやらアッパラパーになっていたらしく、口から出てきたのは子供のような悪口だけなのであった。




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