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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
37/97

2-10

「ユニコーン…………ですか」

「伝説上の生き物じゃないですか……!」


 ゴーレムから降り立って彼らの元に向かう。

 これまたファンタジーにはお約束の空想生物の登場だ。


 ゲーム時代のフレーバーテキスト曰く、「純潔」、「貞操」の象徴とされる神の獣とかなんとか。

 天を衝くような一角と純白の馬身を持つ彼らは非常に勇猛で誇り高く、森の平穏を守る守護者らしい。

 その角は薬としても、製作用の素材としても用いられ非常に希少で高価だ。実際『悠久の大地』でもユニコーンは滅多に姿を現さない上に、ドロップアイテムである《ユニコーンの角》はかなり低確率でしか手に入らなかった為マーケットでは常に高額商品らの常連入りを果たしていた。

 そんな背景を持つレアモンスター達が一体私達に何の用があるのだろうか。


「そうだ。……ああ、思ったとおりの良い声音だ。まさしく穢れを知らぬ乙女でなければこの色は出せぬな」

「然りて。長らく待ち続けた甲斐があったというものだ」

「良き調べだな……」

「善い……」


 ユニコーン達はよくわからないが勝手に納得した様子でお互いに頷きあっておられる。

 「いいな……」「いい……」と実に短い単語で意思疎通を図っているらしいが、こちらは全く意味が分からない。

 内輪で盛り上がってないで少しはこちらにも気を使って欲しいのだが、こいつら大丈夫なのだろうか。


「…………あの? もしもし? 呼びつけておいて放置プレイというのはいささか失礼だと思うのですが?」

「……ああ、すまないな。そなたが久方ぶりの逸材故、いささか気が猛ってしまったようだ。許して欲しい、可憐なる美少女よ」

「この通り、伏して謝ろう。レディ」


 ユニコーン達が頭を下げて謝罪する。それがとても真摯で丁寧な仕草だったものだから、一瞬面喰う。

 こちらを視認した途端殺しに来るモンスターだとは思えない、実に理性的な態度だ。

 ……それはそれとしてさっきからむず痒い呼ばれ方をしているのは何なんだ。


「……そんなに怒っているわけではありませんので、どうか頭を上げて下さい。あと名前でしたら山吹っていう名前がありますので、その変な呼び名は止めて頂けますか?」

「感謝する。ではこれより我らは親愛を込めてそなたをヤマブキと呼ぼう。そしてそなたも我らの名を優しく、慈しむように好きに呼ぶがいい。ユニコーンでも良い、ユニコでも、ユニくんでも、別のあだ名を付けても構わぬ」

「は、はぁ」


 口ぶりからして敵対する意思は無いらしい。いちいちどこか引っかかる言い方だが、ともあれ戦わずに済みそうでなによりだ。

 彼らの意図が未だ不明なので、早速本題に入る。


「ではユニコーンさんと。……ユニコーンさん達は、どうして私達をここに招き入れたのですか?」

「さん付け、か……良い……。ん、ん! 理由を答える前にだが……そなた()ではない、招き入れたのはそなただけだ。だが結果的に醜悪な者共も迷い込んだだけであって、元よりそこらの下種共は我らの眼中に無い」


 ユニコーンが憎悪に満ちた瞳で私の背後を見やる。その視線の先には私を襲ってきた襲撃者達の姿がある。

 彼らをゴーレムに抱えさせたままここに来たのが、どうにもお気に召さないらしかった。


「私だけ……? という事は、職員さんも数に無いと?」

「いかにも。我らが心を開き許すのは無垢で美しく、穢れを知らぬ可憐な乙女のみ。―――そう、ヤマブキ。そなたのような少女だけだ」

「然り」

「左様」

「他に何が居よう」


 ユニコーン達の清い瞳が私を射抜く―――否。

 彼が見ているのは私であって私ではない。その視線が向かう先はあからさまに下腹部だ。合計八つの視線が、私の腹に突き刺さっている。


「…………げっ」


 それを見て、今更ながらに私は理解した。

 ユニコーンとは「純潔」の象徴。伝説に曰く、彼らの好物は美しく着飾った生粋の処女であると言う。それは非常に有名な話だ、アトルガム航空の職員さんですら恐らく知っている程度には。

 そしてその条件に合致する少女は、この場にただ一人だけ居る。

 

 ―――課金を重ねて美しく仕上げたアバターの、可愛らしい薬屋の服を着た、処女(・・)の、山吹緋色とかいうのが。


「ああ……そういう……」


 職員さんが納得した様子でぽつりと言った。


「うー……むー……」


 猿轡をかまされた襲撃者達も唸る。腹立たしいので思念でゴーレム達に締め上げろと命令を送る。


「……これまでに美しい乙女は星の数ほど居たが、そなた程美しく、そして強い乙女は実に数百年ぶりだ。だから是非にそなたの愛を得たいと思い、ここに招き入れた。それが我らの答えだ」

「――――――んなっ……!」


 額に汗が滲んで顔が熱くなっていくのを感じる。

 ああ、まさか、こんなとこで、不特定多数に、性交経験の有無について、バラされるとは、思ってもいなかった。

 確かに私は童貞で処女だが、何もこんな時に、勝手にそれをカミングアウトしなくても、いいのではないだろうかユニコーン諸君!? 私の尊厳はどうなるんだ!?


「……しょ、しょしょしょ、処女ちゃうわ!!」


 思わずテンパって叫んでしまう。


「はははははは。恥ずかしがらなくても良い、処女である事は誇るべきだ。それに我らの鼻は誤魔化せぬぞ? 例え万里の先であろうとも、清き乙女の芳香は嗅ぎ分けられる。なぁ、友よ?」

「左様。ヤマブキのえもいわれぬ、天にも昇るようなこの香り……一度嗅げば生涯二度は忘れぬとも」

「然りて」


 「処女いいよね……」「いい……」とかなんとかふざけた事をユニコーン達がぬかしよる。

 ……はははは、そうかそうか。そんなにも処女が好きか。そんなにも処女の私はいい匂いか。そして私のこの焦げ付きそうな羞恥心はガン無視か、なるほどなるほど!

 今理解した、恥ずかしさと怒りが頂点に達すると頭が真っ白になっちゃうんだな!

 よーし! こうなったら私も覚悟キメちゃうぞー!


「―――わかりました。誰から死にたいですか? この世に産まれてきた事を後悔するレベルの苦痛を与えてから凄惨に殺してあげます。即死なんて慈悲は与えませんよ?」


 ウェポンスタッカーからアブソリュート・クロスボウを取り出し、流麗な動作で《メガ・ニトロ》をアイテム・バッグから取り出して、クロスボウに装填された矢に専用の器具と共に装着する。そして矢先をユニコーンに向けた。

 時間にして一秒にも満たない素早い動作だ。こんなにも早く動けたのは初めてかもしれない。うん、キレてるって凄い。


「うん? どうされたかヤマブキ―――まて、待て待て待て。それは流石に我らといえど無事では済まない。処女からの罵倒や暴力は我々の間ではご褒美であると理解しているが……ちょっとそれは幾らなんでもヤバい」

「そ、そうだ。長殿は耐えられるやもしれぬが、我らでは本当に死んでしまう、いや、美しき処女に殺されるのであればこれもまたやぶさかではないが、しかしせめてそなたを我が背に乗せてからでないと!」

「左様! 矛を収めてくれ、素晴らしき処女のヤマブキよ! 我らは何十もの奇跡に恵まれて生まれ出でたそなたという乙女を傷つけたくはないのだ!」


 泡を食ったユニコーン達が必死に私を説得し始めた。

 うん、それはいい。いいんだけどさ、つーかなんだ。


「―――あのさあさっきから処女処女処女処女うるっさいな喧嘩売ってんのかお前らっ!? あーもうキレた、キレました、もー本気でキレましたからね!? 謝っても許してあげませんからね!? 死ね!! クソァ!!」

「ぬおおおおあああああああっ!?」


 最早止まれぬ。人には触れてはならぬ領域があるのだ。

 そこに触れてはもう後は命のやり取りしか残っていないのだ。

 故に全身全力を持って彼らを滅殺する所存である。もー戦いの余波がどうだとか知った事か!


「ああああああ痛い冷たいっ!? し、しかしこれはこれで良いような……!」

「ぬがあああっ!! この爆撃っ、信じられんっ!? 我が障壁をいとも容易く貫くとは!!」

「治癒力を限界まで上昇させよ! でなければ死ぬぞ! なんとしてもヤマブキを落ち着かせるのだ! そして我らが背に乗ってもらうのだ!」

「応! 我ら誇り高きユニコーン、一角神獣の名にかけて!」

「何が誇り高きだこの変態ユニコーン! 手前らの(タマ)とったらああああああああっ!!」

「ああっ! その呼ばれ方もまた良しっ!」


 ―――とまあ、そんなこんなで場は一瞬にして血と汗と怒号入り乱れる戦場と化したであった。


「……は、離れていたほうがいいですよね」

「YES.あとハMOMニまかセテ、わたしたちハさガッテイマショウ」


 ああ、怒りのままに暴力を振るうって、不愉快だけど気持ち良いんだなぁ。

 ちょっとだけだけど、御剣の気持ちがわかったような気になりました。


 ―――それから一時間後。


「はぁ……はぁ……はぁ……くそっ……なんてしぶといんだ……変態共め……」

「わ、我らを、舐めてもらっては困るぞ……。こう見えても神獣であるからな……」


 驚くべき事に変態共は未だ一匹と欠ける事無く存命だった。

 かなり本気で戦ったつもりだったのだが、悔しい事に彼らのコンビネーションは非常に卓越しており、ここぞという一撃が打ち込めないのだ。

 ゴーレムを召喚しても、動きが遅すぎて役に立たない為即座に破棄。

 ならばと撃ったクロスボウの攻撃は殆ど身体の大きなボス格の変態に遮られ、受けたダメージや状態異常は他の三体が次々に癒していく。

 ならば他の三体から潰そうとすれば、それをボス変態が庇いに来る。それは見ていて惚れ惚れするぐらいの、典型的なタンクとヒーラーの連携だった。


「まさか……殺しきれないだなんて……!」


 高度な知能と意思を持ったモンスター相手の戦闘がいかに厳しいのかを思い知る一戦となった。

 他の円卓メンバーなら豊富な火力や特殊なスキル等を活かして押し切る事も可能なのだろうが、生産寄りな上に特化を嫌った私のキャラクタービルドでは、この変態共との戦いは千日手になる。

 私としてはたとえ何日かかろうとも彼らを殺す覚悟は完了しているのだが、それでは職員さんが可哀想だ。

 変態共を殺すのが私の目的ではない。そこは間違えては駄目だ。


「さ、さぁ、矛を収めよ……我らには争い合う理由は無い筈だ……!」

「あるに決まってんでしょうが……! で、ですが、非常に不本意ですが、停戦には合意しましょう……! いつか必ず殺しに来ますから首を洗って待っていなさい! さぁ、帰りますよ!」


 びしりと指を突きつけて殺害予告。次に機会があったら、最上級ポーションを山ほど持ってきて万全の態勢で殺してやる。

 そう決めて踵を返すのだが、それは変態共に止められた。


「待て……。た、退路が絶たれている事を忘れてはいまいな?」

「……む」


 そういえばそうだ。この不可思議な森の領域は、謎の樹の城壁によって道が塞がれてしまっている。


「あれは我らが力によるもの。つまりここから出たいのであれば、我らの要求を呑んでもらわねばならんぞ?」

「いや、別にそうでなくてもあなたたち変態どもを殺せば済む話しなのでは?」

「……それが出来なかったのをお忘れか?」

「くっ……」


 変態の意見に悔しいがぐうの音も出ない。


「……では要求とはなんです」

「それは既にそなたに答えたとも。それさえしてくれれば、そなたを森から帰してやろう」

「答えた? 何時の話です? あまりに怒り心頭で何を言われたか記憶が定かではないのですが?」

「そ、そうか。では再び答えよう。それはだな―――」


 歩み寄ってきたボス格の変態が私の耳元で囁く。

 確かにそれは彼らが私に答えた、私をここに呼び寄せた理由だった。



 変態共の要求を呑んだ私は、無事に皆と変態共の領域から脱出する事に成功した。

 しかし、その皆には変態共も含まれていたのである。


「滾る! 実に滾る! 我が血潮が! 我が肉体が! 乙女の熱を寄こせと滾っている! はははははは! これほどまでに清清しい心地は生まれて始めてだ!」

「…………うるせぇ」


 心底嫌な気分で溜息をつく。

 世界の端まで届きそうな喜びの声の出所は、私が跨っている変態からだ。


「ヤマブキ! 首筋を撫でてくれないか!? 後生だ、頼む!」

「それ何回目の後生ですか。あと何回一生に一回のお願いするつもりなんです? もう片手で数えられないぐらいだと思うんですけど」

「ははは、わからぬ!」

「……チッ」


 激しい戦闘を繰り広げたにも関わらず、絹のように滑らかな手触りの変態の首を撫でる。

 それは非常におざなりな手つきなのだが、変態はそれがとてもお気にめしたようだった。


「おううううぅうぅぅ……。い、いかん、達してしまう……」

「ず、ずるいではないか長殿! もう既に三分経過しているぞ、次は我の番だと決めたであろう!」

「左様! 最早辛抱たまらぬぞ!」

「超過した時間は当然、我らも同じだけヤマブキを乗せて良い権利があると主張する!」


 変態共が非常にやかましい。そのヒートアップする熱量に比例するように私のストレスゲージもストップ高だ。

 なんかあれだな。一回押したらイラつくボタンを連打されてる感じだ。


「ああもう! 替わりますから静かにしてくれませんかね!? ほんっとにムカつくんですが!?」


 ボス変態から横の変態に飛び乗ると、ボス変態はまるでこの世の終わりのように悲しく嘶いて、代わりに飛び乗った取り巻きの変態は絶頂を迎えたように嘶いた。

 股下から伝わる興奮した変態の体温が気持ち悪くて背筋がぞくぞくする。


「っとに不愉快……! 信じられない……!」


 変態共の要求を呑んだのは私なのだが、苛立ってしまうのはもうどうしようもない。


 彼らが私に要求した事はただ一つ。―――愛を得る事。


 愛を得るとは言っても、男女の関係になりたいだとか、子作りしたいだとかそういう話ではない。

 変態共に言わせれば処女と性交するなど、「処女(それ)を捨てるなんてとんでもない!」事らしい。

 だから彼らが私に求めた事は、一緒にお喋りしたり、背中に乗ってもらったり、優しく撫でてもらったりだとかの、清く正しい健全なお付き合いだった。

 ……後はもしよかったら、ちょこっとエッチなサービスもして欲しいとか、そういうの。

 そういった内容を森の中に迷い込んだ美しい処女を見つける度に、自らの領域に引きずり込んでは要求していたのだそうだ。それも何百年も。


 ……なんだお前ら。こじらせた童貞妖怪か何かか。私の中でユニコーンに対するイメージが凄い事になってるのだがそれはいいのか。


「わ、我も首筋を撫でてはくれまいか!」

「はいはい、これでいいですか?」

「おほぉぉお……し、至福なり……!」


 気持ち悪いよがり声が神経を逆なでする。今すぐこの首筋を切り落としてやりたい所だが、それは出来なかった。

 何故なら変態共が居ると、驚くべき事に行く手を遮る木々達が自ら脇にそれて道を空けてくれるからだ。

 森の守護者という名は伊達ではないらしく、遅々として進まなかった森からの脱出が変態共のサポートによって素晴らしいスピードで進んでいる。

 その働きを思えばこの屈辱も我慢……出来る、一応出来る、限界ギリギリだが出来ている。


「つ、次は我だぞ! 早く乗ってくれ! その熱を感じさせてくれ! 太ももできつく挟んでくれ!」

「……この森火事とかになんないかな。それでついでにこいつらも死ねばいいのに」


 我慢……出来たらいいなぁ。



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― 新着の感想 ―
[一言] こんな酷いモンス今まで居た?ww
[一言] 面白いです。ヤマブキの褒められるのに弱いところがかわいくてとても好きです。
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