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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第二章・No.03
31/97

2-4

「番号札一番でお待ちのお客様、用意が完了致しました! こちらにどうぞ!」

「はーい」


 揚げ菓子を食べ終わり茶を飲み干し小用を済ませたあたりでお呼びがかかった。

 席を立ち発着口に向かうと、防寒着を着こんで窮屈そうにしている職員とフォーマルな制服の男が私を出迎える。

 制服の男が営業用のそれと分かる笑みを浮かべつつ、ハンガーに掛けられたもこもことした暖かそうなコートと、手袋に耳当てなど諸々防寒着一式を差し出した。


「本日は当社をご利用いただき、まことにありがとうございます。恐れ入りますがまずはこちらをご着用下さい。四月となり日中は暖かい陽気に包まれておりますが、遥か上空はたとえ真夏日であっても良く冷えますので」

「ええ、手がかじかむ程ですからね。身に沁みてます」


 私も外用の笑みと共に防寒着を受け取る。制服の男は軽い驚きを見せつつも、防寒着の着付けを手伝ってくれた。


「おや。それをご存知という事は当社のご利用は初めてではないのでしょうか?」

「何回かお世話になってます。と言っても、利用しているのは王都の本社ばかりでしたが」

「そうでございましたか。では諸注意や保険等の説明はご不要でしょうか?」

「大丈夫です。……ああ、保険金と遺書の受け取り先は王都のソードマンギルド会長宛でお願いします。保管場所は王都の方にありますので、万が一の場合はそっちに問い合わせてください」

「かしこまりました。それでは良い空の旅を」


 防寒着を着付け終わると、制服の男が満面の笑みと共に九十度直角の見事なお辞儀を見せる。

 こういう日本ナイズなおもてなし精神がこの世界に根付いているのは、やはり『悠久の大地』が純日本製オンラインゲームだったからだろうか。

 考えても詮無い事だがたまにこういった高額なサービスを利用する機会があると、そのサービスの良さにふと自分が居る場所は実は日本なんじゃないかという錯覚を覚えてしまう。

 親戚の結婚式に出席する為ハワイに行った時はよくそんな錯覚を覚えたものだった。

 ハワイはアメリカである事は間違いないのだが、日本からの観光客が多すぎるせいで都市部だと日本語が町中に溢れているのだ。

 「うどん」「らーめん」「スシ」とかは言うに及ばず、大抵の場所は日本語で通じるから外国に来たという実感がかなり薄かったのを覚えている。

 まあハワイでも他所に行けば違うのだろうが少なくともホテル周辺をうろちょろしていたばかりの私からすれば、ハワイは日本とアメリカが半々に混ざった中途半端なリゾート島というイメージが強い。


「……お客様? どうぞこちらへ」

「―――ああ、はい」


 そんなどうでも良い事を考えていた私は、その声で現実に引き戻された。どうやら少しぼうっとしていたらしい。

 防寒着を着こんだ職員が、失礼にならない程度に怪訝な表情で私を見ていた。


「すみません今行きます」


 着膨れして動きづらいが急ぎ足で職員の下へ向かう。

 発着口を抜けて滑走路に出る。そこには既に鞍と荷物を装着し終えたキャリアードラゴンの赤い巨体があり、空を翔るその時を今か今かと待ち受けていた。


「水と食料積み込みよし。避難器具よし、滑走路よし、天候よし」


 防寒着の職員がてきぱきと指差し確認をし点検を終えると、他の職員が持ってきたステップに乗ってキャリアードラゴンの背に跨った。


「足元にお気をつけ下さい」

「よっと……」


 続けて私も同じように背に跨り、鞍の上で尻が丁度良い位置に収まるよう調節する。

 鞍には揺れた時に掴まって安定を取るための輪っかのような手すりと、黒いベルトと太い縄が巻きついていた。


「シートベルトと命綱を締めてください」

「…………締めました」

「耳当てはつけていますか? それがずれないようフードを被ってヒモをきつく縛って下さい、強風で吹き飛ぶ恐れがありますので」

「了解です」


 職員に言われた通りにする。耳当てとフードで外の音が聞こえづらくなり、くぐもったような音になる。


「それでは出発致しますが、お忘れ物等はございませんか? 今ならまだ間に合いますよ」

「…………大丈夫です」


 一応念のために体の各所をぽんぽんと叩いて確認してから答える。

 忘れるも何も私の手荷物は肩掛けカバンの形をしたアイテム・バッグ一つだけなのだから忘れようもないが、念のためだ。

 そのアイテム・バッグもベルトの部分を締めて身体に縛り付けてある。おかげで腹の辺りが窮屈な事この上ない。


「わかりました。それでは揺れますので、私がいいと言うまで手すりをしっかりと握っていてください。――――――レッドアイゼン、出発します!」


 職員が手綱を取り声を張り上げて叫ぶと、呼応してキャリアードラゴンが吼えた。


「グルルルルルオオオオ!」


 名はレッドアイゼンと言うのか。

 赤い巨体に似つかわしい名を持つキャリアードラゴンは、四つ足で滑走路を駆け始める。

 ふっ、と背後に揺らめく魔力の気配に振り返ると、そこでは職員が数名杖を手に魔法を発動している所だった。

 恐らく何某かの風の魔法だろう。不自然に吹いた強風がレッドアイゼンの背を押しサポートする。

 勢いに乗ったレッドアイゼンはスピードを強め、振動が激しくなる。


「飛べ!」


 職員の強い掛け声と共に強い衝撃が走り、続けて浮遊感が私を襲う。

 レッドアイゼンが大地を蹴り上げてジャンプし、その大きな両翼を羽ばたかせて空を飛んだ。

 ベネリアの街が。人々があっと言う間に小さくなっていく。


「――――――相変わらずすごい」


 この呆気なく大地の鎖から解き放たれる瞬間は、いつも不思議な感動を覚える。

 初めて飛行機に乗った時もそうだったし、ドラゴンの背に乗って飛ぶ時もそうだ。

 私達人間は空を飛べない。だから、無意識に空への憧憬を抱いているのかもしれないのだろう。


「もう手を離していただいても結構ですよ! ですが命綱だけは何があっても外さないで下さい! 安全を保障できませんのでー!」


 風が吹き付けており大声を出さないとお互いの言葉が聞こえない為、職員が大声で叫ぶ。

 無線機のようなアイテムを導入してくれればいいのだが、今はまだそれが開発出来ていないらしいので仕方がない。


「了解しましたー! ところで、王都には後どれぐらいで到着しますかー!?」

「少なくとも今日中は無理です! 特に問題等無ければ明日の夜頃に王都へ到着する予定です!」


 明日の夜、か。普通に馬車を乗り継いで進むなら四日近く掛かる道程がそれだけ短縮出来るのだから十分なのだが、いかんせん下手に『スレイプニール』なんて物に乗ってしまうと感覚が狂ってしまいそうだ。


「ありがとうございまーす!」


 大声で叫び続けるのも疲れるのでここで会話を打ち切る。


「……うっ、冷えてきた」


 ぐんぐんと高度があがり、それに反比例するようにして温度が下がっていく。

 私は首に巻いていたマフラーをよりきつくして首をすぼめた。

 眼下ではごま粒サイズになった木々や動物らが凄まじい勢いで背後に流れていっている。

 その速さは『スレイプニール』には及ばないが、中々のスピードがあった。

 一台の幌馬車が視界に入ったが、それもあっと言う間に流れ去る。


「早くて安全だけど寒い空の旅か、遅くて時々危険で退屈な陸の旅、か……」


 私からすればどちらも微妙だった。

 私が望むのは早くて安全で快適で暖かくて寝れるしご飯も美味しい空の旅か陸の旅だ。

 そしてそんなものはこの世界には無い。


「……誰か鉄道とか作ればいいのに」


 私のぼやきは風音に揉まれ意味を成さないノイズと化す。

 ファンタジー界隈のファンからすれば、ドラゴンの背に乗って空を飛ぶという至極の贅沢を味わっているくせに何を夜迷いごとを、と突っ込まれそうな発言だがそれを聞く者は誰も居なかった。



 一、二時間ごとに簡単な休憩を挟みつつ空を飛び続ける。

 レッドアイゼンは空を飛ぶ為に大量のエネルギーと水分を消費する為、適度に休まねば文字通り墜落(・・)してしまうからだ。

 なのでレッドアイゼンの身体に縄で括り付けられた荷物の大半である水と食料は、殆どが彼の為の物である。

 それらを含めて私達人間二人分と避難器具も加えると総重量は軽く百キロを超す筈だが、レッドアイゼンは苦も無く空を雄雄しく飛んでくれる。

 異世界マジックの一つだ。

 あまりドラゴンの生態には詳しく無い為よくはわからないが、恐らく気流に上手に乗っかっているとか、ドラゴンが自分で魔法を唱えて風を操作しているとか、そういう理屈がどこかにあるのだろう。

 だがその手の事は深く考えようとも思わないし、進んで解明したいとも思わなかった。


「―――どうしてファンタジーの夢を壊す必要がありましょうかね」

「……? 何か仰いましたか?」

「いえ、ただの独り言です」


 そもそも物理とか化学とか力学とか質量保存の法則とか色々その辺に顔面パンチを食らわせてもまだ足らぬような、不可思議極まるこの世界の法則を解き明かすのは無学な私ではもう土台無理な話であります故に。


「そうあるなら、そうあれかし……と」


 素直にそういうものだと受け止めておいた方が、あれこれと悩まなくて良い。


「さて、参りましょうか」

「はい」


 適当に開けた場所で休憩を終えた私達は、最後のフライトに向かう。

 時は午後の四時ごろ。夜間の飛行は危険が伴うため、この飛行でアトルガム航空の支社がある最寄の街へ向かう予定となっている。


「お手をどうぞ」

「ありがとうございます。……んしょっと」


 今度はステップがないので先によじ登った職員の手を借りる。……世界の法則といえば、職員の彼もそうだ。

 見た目こそ普通の人と変わりない彼だが、ドラゴンを乗りこなせる人が普通であるはずも無い。

 恐らく『悠久の大地』にもあった職業の一つであるドラゴンライダーを習得しているのだろう。

 ドラゴンをペットとして乗りこなし共に戦うその職業を習得する為には、それ相応に高いレベルである八十を要求される。

 しかし職員はどう見たってレベル八十も無さそうである。というかそれだけ高いレベルがあったらこの世界では英雄だ。だが彼は英雄じゃないし、腕っ節に自信があるようには見えない。

 だというのに、彼はレッドアイゼンと確固たる信頼関係を築いている。

 その辺りの矛盾もこの世界で覚える疑問の一つだ。この世界は殆どの法則がゲーム時代だった頃と同じ動きをしておきながら、こういった細かい箇所は帳尻あわせのように都合よく改変されている。


 まるで神の見えざる手で、ルールが捻じ曲げられているかのように。


 ―――私が思うに、具体的には‡ゆうすけ‡さんの手が加わっているように思えてならないのですが、どうでしょうか。


「…………うん」


 脳内にて問いかけるもやはり答えは無し。

 今も尚この世界に私を連れてきた張本人たる‡ゆうすけ‡さんからのコンタクトは、一度も無いのでした。



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