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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
3/97

ドン引きしても委員会

「―――では挨拶もそこそこに、軽く近況の報告でもしていきましょうか?」


 薄ぼんやりとした明かりに照らされた一室で、少女達が大きな円卓を囲む。

 司会進行を勤めるのは、純白の聖衣に身を包んだ慈愛に満ち溢れた容貌の美女。

 円卓No01.相互扶助会会長、セラフ=キャット。職業アークビショップ。

 またの名を「聖女」。ナライ法国における最高権力者であり、この時代で唯一「死者蘇生」を可能とする神の奇跡の体現者だ。

 ただ一人だけ死を超越した彼女には、例え一国の王だろうが皇帝だろうが頭を垂れ祈りを捧げる。

 神を前にすれば誰もが平伏すしかない、それと同じことなのだ。


「んー。俺んとこは特に何もねーかなー? 特に怪しげな武器の大量注文なんかもねーし、平和なもんだよ?」


 頭に黄色のバンダナを巻いた、頬が煤で汚れている少女が続く。

 起伏に乏しい身体だが、袖の短いシャツから覗く健康的に焼けた肌が、少女の快活そうな印象と相まって妙にマッチしている。

 円卓No04.タタラベタタコ。職業鍛聖(タンセイ)

 鍛冶組合に突如現れた期待の新星。彼女が製造した武具は既存のどの武具よりも強く、硬く、そしてよく切れた。

 頑固者ばかりの、伝統を重んじすぎる組合の性質さえなければ即座に店の一つも任せられるほどの腕前だ。

 今はまだ便宜上見習いの立場に甘んじているが、その肩書きが組合代表になる日もそう遠くないだろう。


「私の所は……そうねえ。最近人攫いが増えてるって聞いたかしら。店の子にも注意を呼びかけているけれど、少し怖いわね……。一応ボディーガードも立ててあるから、問題はないとは思うけれど」


 とても大きなとんがり帽子を被った、非常にグラマラスな肢体をきわどい衣装で惜しげもなく披露する、ミステリアスな雰囲気の美女が心配そうに呟く。

 円卓No05.ルドネス。職業デストロイウィッチ。

 王都の繁華街に居を構える娼館「魔女の鍋」の主にして、世界最高との誉れも高い魔法使い。

 快楽主義者であり、サディストであり、マゾヒストでもあり、バイセクシャルでもある。

 淫蕩の二文字が服を着て歩いているような人物で、年齢は少女と呼べるギリギリのラインだ。


「……特に何も。平和。……でもヤマアラシ通りのお菓子屋さんが潰れた。絶許(ぜつゆる)


 眼前の桜色のショートケーキをつつきながら、ショートの金髪にルビーに輝く瞳を持つ、全身黒尽くめの少女がぼそりと言った。

 円卓No06.(キリ)。職業イレイサー。

 実力主義の暗殺者集団「ヴォーパル(首狩り)」の当代頭領だ。

 もっとも、それを知っているのはヴォーパルの中でも極々一部の人間のみであり、幹部クラスの構成員ですらこのような少女が前代頭領を殺害し、代替わりした事などつゆほども知らない。


「…………ふ、ふーん。そ、そうなんだぁ、へぇー、それは残念だったねぇ……ち、ちなみにうちも特にないかなー、ちょっとハーブ系の取引が増えたくらいかなー、うん」


 霧の呟きを聞いた途端に露骨に顔色を悪くしたのは、あちこちに小さなポーチを縫いつけた服を着た、丸い眼鏡をかけた少女。

 円卓No07.えちごやみるく。職業ロイヤルマーチャント。

 卓越した商売センスで一躍世のセレブの仲間入りを果たした若き商人である。

 舌先三寸で手玉に取った相手から逆恨みで襲われるも、襲い掛かってきた集団をカバン一つで撃退した逸話を持つ。

 また近頃は土地の運用にも興味があり、経営難に陥っていたとある店の土地を買収したのはつい最近の事らしい。


「こちらも概ね問題なし。ああ、スカイドラゴンを狩って来たから後で肉を持って行け、包んである。うまかったぞ」


 最早説明の必要も無い、我等がジャイアンたる長い赤髪の少女がどっしりと答える。

 円卓No02.相互扶助会副会長、御剣。職業ブレイドマスター。

 とにかく戦う事が大好きな戦闘狂。力こそパワーだと言わんばかりの脳筋スタイルを良しとする生粋の剣士(ソードマン)

 単純な戦闘力では円卓最強。総合的に見ても円卓最強。つまり最強の女である。


 ―――そして。


「……どこかの誰かさんのせいでポーション用の在庫がすっからかんなので、えちごやさんとこから素材を卸して欲しいくらいですかね、ええ」


 白衣を基調とした、可愛らしいデザインの服から薬品の臭いをほんのり漂わせる、ポーカーフェイスの少女。

 円卓No03.山吹緋色。職業アルケミスト。

 ……そう、私だ。それ以外に説明しようがない。


 以上総勢7名。

 全員、集団転移事件の被害者であり。元男だったが、何の因果か女に生まれ変わってしまった、奇妙な運命を背負う少女達である。

 

「なるほどなるほど。皆さんお元気そうでなによりです」


 セラフ=キャット―――セラフが笑みを浮かべて言った。

 まさに「聖女」たる名に相応しいような、慈しみ溢れる感じの微笑み方だ。

 それを見たルドネスが、意地の悪そうな笑みと共に問いかける。


「それで? セラフ様はこの一週間、どう過ごされていましたの?」

「うふふふふふ」


 口元に手を当てた、慈愛に満ちた奥ゆかしい笑い声だ。ナライ法国の敬虔な信徒が耳にすれば、五体投地で全てを投げうって祈りを捧げるだろう。


「――――――クソみてぇに最低の一週間だったに決まってんだろ」


 それが、地獄の悪鬼すら裸足で逃げ出すような過酷溢れる怨嗟の声に早変わりした。


「来る日も来る日も来る日も来る日も死に掛けのジジババどもと面会ばかり。何時まで経っても生に執着してる死に損ない共の面倒をなんで俺が見なくちゃならん!? おかげ様で加齢臭がずっと鼻の裏にこびりついてやがる、クソったれ!! さっさと死ね!! そしてゾンビになれ! 即刻昇天させてやる!!」


 ドン! とセラフが円卓をぶっ叩く。

 筋力ステータスがほぼ最低値の為―――とは言えレベル補正によりそこらの一般男性よりはよっぽど強い力だが―――丈夫な円卓にはヒビ一つ入らない。

 しかしその拳に込められたどろどろとした感情は今や天地を砕かんばかりであった。


「おーおー。今日も我等が会長様は荒れてなさる」

「……同情はする。……けれど不用意に力を見せた己を呪うべき。特に死者蘇生なんて、偉い人が放って置く筈がない」

「怖っ。もう慣れたけど相変わらず怖いよセラフさん」

「ふふふっ……相変わらず大変そうね。もしよかったら、私がその溜まりに溜まったストレス、癒してあげましょうか?」

「いらん! それよりもだ! 山吹! 例のポーションを寄こせ!」

「はいはい、持って来てますよ」


 毎週セラフから頼まれている特別製のポーションを懐から7本取り出し、右隣、やや離れた位置に座る御剣に1本ずつ手渡す。

 そこからバケツリレーの要領で7本のポーションがセラフの元に渡った。


「ああ……これで少しはマシになるな……」


 セラフは1本だけポーションのコルクを抜き、中身をラッパ飲みする。

 ポーションの中身は精神安定剤だ。

 とある理由により、相互扶助会設立から二ヶ月ほどでセラフの精神レベルが危険域に達した為、私が急遽製造する事となったポーションでもある。

 セラフの負担になるといけないため、徐々に薬の濃度を減らしていっているが、それがセラフにばれた様子は今のところ無い。

 プラシーボ効果というやつが働いているのかもしれない。彼女にとっては、あのポーションを飲む、という動作自体がストレス解消のスイッチとなっている部分もあるのだろう。


「……はぁ……きく…………」


 即効性であるために、セラフの高ぶっていた精神が見る見るうちに落ち付いていく。

 血行促進効果により頬が赤らんでおり、体をぴくぴくと震わせている為、見ようによっては今のセラフの姿は邪な想像を抱かせるに充分だ。

 たとえば『薬の快楽に溺れた聖女』。

 なんてタイトルが実に合いそうだった。実際キメているし間違いない。

 まっこと、薬に頼らざるを得ない彼女の境遇には心底同情する思いである。


「……すみません、恥ずかしい所をお見せしましたね」


 平静を取り戻したのか、セラフが皆に頭を下げる。


「いーのいーの。お互い様でしょ」

「うむ。セラフよ、あまり無理はするなよ」

「そうだよ。会長がダメんなったら俺達どうすんだっての」

「まあそうなったら、"俺達"よりも世の平定のほうがヤバくなる感じですけど」

「……よっぽどだったら、私が殺してもいいよ? ……支払いはローンも可」

「いざとなったらここ(・・)がありますからね、セラフさん。……それはそれとして霧さんはナチュラルに殺しで解決しようとするのはやめましょうね」

「……ちぇっ」

「う……うう……み゛ん゛な゛あ゛あ゛」


 皆の心温まる優しさに触れたせいか、セラフが号泣し始める。

 乙女の尊厳も何もない豪快な泣きっぷりだ。

 そしてこの光景は、最近の集会では3回に1回くらいの割合で見る光景だった。

 セラフは割と本気で限界に近いのかもしれない。だからといって替わってあげようとは微塵も思わないが。


「わだじわあっ、こんな仲間をもてて、じあわせっ、だよぉおぉっ」

「よしよし」


 ルドネスが何処からともなく取り出したハンカチをセラフに渡す。

 その時ルドネスの瞳が怪しく光ったのを私は見逃さなかった。

 ―――どうもルドネスは前々からセラフを狙っている(・・・・・)節がある。

 同性愛はいかんぞ非生産的な。と苦言を呈するつもりは毛頭ないし、誰が誰を愛そうが自由なのでどうとういうこともないのだが。

 セラフは果たして自らが悪の魔女に狙われている自覚があるのだろうか?

 いや、きっとないのだろうな。

 現に彼女は隙だらけだ。


「ずびー! ……うう、ありがとうルドネス、後で洗って返しますね?」

「お気になさらず。でも返していただけるというのであれば、来週にでも」


 優しく語り掛けるルドネスだが、この期に乗じて露骨なボディータッチをくり返している。

 普段ならそれを一喝と共に叩き落とすだろうに、セラフはされるがままだ。

 これは聖女が闇に堕ちるのも時間の問題やもしれぬ。南無。





「そういえばさあ」


 えちごやみるく―――えちごやが、手札からスペード、クラブ、ハートのエースを3枚切り出した。


「ん? 何……ってウッソだろお前! そこでエース3枚って、えっ、マジ?」

「ほう、それがえちごやの切り札か? ―――ならば私はその一歩上を行こう」


 続けて御剣がスペード、クラブ、ハートの2を3枚場に叩き付ける。


「……相変わらず無茶苦茶な手札ね。私はパスよ」

「んなもんねーに決まってんだろ!」

「……上に同じ」

「私もパスさせて頂きます」

「私もパスです。それで、えちごやさん、どうかしましたか?」

「いやさ、うちがこの扶助会に入ったのが2ヶ月前だけど、他にも同じような境遇の人って居るのかなって」

「ああ、なるほど」


 一巡し、場が仕切りなおされる。御剣が2枚の手札の中からジョーカーを一枚出し、全員がパス。

 そしてハートの4を場に出して、上がり終えた。


「決まったな。ではチップは頂いていこう」


 場に3つ小分けにされた銅版切手のうち、一番数が多いものを御剣が奪い去る。


「だーっ! 勝てねえ! 御剣強すぎ!」


 山札の上にダイヤの5、ハートの6、クローバーの9……と続いていく。


「一応、それとなく情報を集めてはいます。けれど、この世界は広いですから……半年の間に7人揃っただけでも、奇跡みたいなものですよ」

「そうなんだ……。あ、キングです」


 クローバーのキングが場に出されるが、誰も動かない。


「じゃ、2着はいただきますっと」


 ダイヤの6。そして2番目に数が多い銅版切手の山をえちごやが大事そうに手に取った。


「あらら……。まあ、大体転生者の方は目立つ行動を起こす事が多いですから、黙っていても見つかる可能性は高いです。逆に言えば、目立つ方は粗方探し終えてしまった、という事でもありますが。私達のような能力を持った人間がひっそりと暮らした場合、それを見つける事は非常に困難です」


 次順のセラフが手札からダイヤの7を出す。それと同時に霧に視線を向けた。


「じゃあ、うちら以外にも転生者はまだいるかもしれない、って事ですか?」

「……その可能性は、ある」


 ダイヤの8。この場においては8切りルールが採用されている為、場が流れて霧から開始となる。


「……でも、居た、としても、私達のような存在ではない、かもしれない。……普通に、男のままかも」


 スペード、ハート、クラブの8が場に出る。霧の手札は後一枚だ。


「げっ」


 手札を未だに4枚も保持しているタタコが、引きつったカエルのような声を上げた。

 同じく手札が余っている私とルドネスは既に降参済み。


「……あの時は殺せなかったけど、大富豪なら簡単」


 霧の無機質な瞳がセラフを射抜く。


「ふふふ。相変わらず霧さんは……―――また返り討ちにされてえのか?」

「……やって、みる?」


 場に一触即発の空気が漂った。

 いやいや、待って欲しい。なんで大富豪やってていきなり殺し合い一歩手前の雰囲気になるんだ。

 血の気の量が多すぎる。


「はいはいストップ。二人がそーゆー事言うと洒落になんないから」

「まさか! 冗談に決まってます、ねぇ、霧さん?」

「……うん、いっつじょーく。ここはじょーくあべにゅー」


 ウソをつけムスビ。

 今にも無詠唱化した聖魔法と、つや消しした黒塗りのダガーを放ちあう所だったろうが。


「―――はいはい。ところで、この中で誰か生理が来た方はいらっしゃいます?」


 毎度の事だが、ルドネスが定例会で必ず一度は尋ねる質問だ。

 今回はこのタイミングだったらしい。


「ない」「ない」「ありません」

「ありませんわね」「……ないよ」「なかった」


 そして全員が同じ答えを返す。


「……私がこの世界に着て最低でも5ヶ月。それだけの間ずっと生理の予兆はなし……ねぇ、私達大丈夫なのかしら?」


 深刻そうにルドネスは言うが、私としては生理(そんなもの)は来ないならそれに越した事はないと思っている。

 確かに本来ならあるべきものがない、というのはいささか生理的な不安を覚えるが、元男である身からすると全く持って不要なのである。

 なにより、なくても普通に生活できているし問題はない。これ以上の変化をどうして望む?

 ただ……完全に精神まで女性と化しつつあるルドネスからすれば、生理は是が非でも来て欲しいのかもしれない。


「大丈夫も何も無い。前にも相談して決めた事だが、もうこればっかりはどうにもならん。来たら来たで各自報告するしかあるまい。私個人の意見としては、来て欲しくないというのが切実な願いだがな」


 戦闘中の急な腹痛など考えるだに恐ろしい。とは御剣の談。


「うちは半々かな。たまに商売の関係で取引先の娘さんとかと会話する事もあるんだけどさ、その時に……その、シモの話題とかになったりすると、すごく困る。どう答えていいかわかんないもん」

『あー』


 6人分の「あー」がハモる。


「分かるなぁ。私のとこも先月からじょ……弟子を雇ってるんだけど、ちょっとぼかした感じで『あの……師匠はアレの日は……どうしてるんですか?』って聞かれた時はかなり困った」

「ああ、ラミーちゃんでしたわね? あの可愛らしい半犬人(ハーフドッグ)の」

「うん、そう、そこなんだよ。半犬人ってとこが問題でね」

「……あら? "質問"が、じゃなくて、"半犬人"が問題なの?」

「そうだよルドネス。だって半分犬なんだよ? 嗅覚も犬の半分並みにあるに決まってるじゃないか。―――だから、師匠は大丈夫ですか(・・・・・・)? って気を遣われたの」

「…………っあー、なるほど。分かりましたわ、それは確かに困りますわね」

「え? 何? 今ので何が分かったんだ?」


 頭上にハテナマークを浮かべているのは二名ほど。

 そんな二人に分かりやすいように、セラフが簡潔に説明する。


「山吹さん家のラミーさんは、1ヶ月ずーっと一緒にいた大好きなお師匠様から、月の物の臭いがしなかったから御心配になったんですよ、タタコさん」

「…………うん、そう、大体そんな感じ」


 より詳細に説明すれば、私が生理不順に陥っている、もしくは妊娠している可能性があるのでは、と大真面目に気を遣わせてしまったのだ。

 いやもう本当にあれは参った。

 私みたいな見た目のいい年こいた女の子が今更生理来てませんなんて言えるはずも無いし。

 実は元男だったんだ! と言った所で信じてもらえる筈も無いし、だから何だというのか。……というかそれを秘密にする為にこの扶助会に参加しているのだから、自分から秘密をバラすようでは本末転倒である。

 なので苦渋の選択であったが、私は錬金術の技術をフル活用して生理を誤魔化してみせた。

 その結果、『ちゃんと来たんですね! 師匠!』。

 なんてラミーが満開の笑みで言ったものだから、その日の私の良心はとことんズタボロにされたのは言うまでもない。


「…………ぶふっ。そ、それはキツい。ラミーちゃんが純真無垢なだけにそれはキツい。……ぶ、ぶはは!」

「…………なるほど。女の子と同棲というシチュエーションに、うらやまけしからんと思ったのもつかの間、そんなトラップが仕掛けられているとは。……ラミー、おそろしいこ」

「毎月定期的に騙さないといけないかと思うと気が重いけど……でも私は生理反対派かな。やっぱり面倒ごとが増えるのはNGだよ。……既に一個増えてるけど」

「私は一日でも早く到来を願いますわ。子を身ごもるかどうかは別として、早く女になった実感を味わいたいものですから」

「……それをお前が言うのか?」

「言いますわよ?」


 やんややんやと生理談義が続く。

 こんな会話を世の男性諸氏が耳にしたら幻滅すること請け合いだろう。

 いや、100%純粋に女であるとは言いがたい私達の会話だから、少し話が違うか?

 どちらにせよ、ドン引きなのには間違いあるまい。


「―――ふふふ。まったく、皆様会話のステージが低いですね」


 と、ここで我等が会長セラフ様がオオトリを飾るべく参戦した。


「おっ、会長言うねぇ。何かとっておきのネタでも?」

「ええ、それはもう!」

「……あんまりいい予感はしない」


 しかも妙にハイテンションで。

 私と御剣はその様子を見てある程度の察しが付く。


「……山吹。多分これ始めの頃に聞いたやつだぞ」

「……御剣もそう思った?」


 私達にあの話をした時も、セラフはシラフでこんなだった。

 とっておきの自虐ネタだぞ。なんて微笑みながらぶちまけたものである。

 あれを聞くとあまりにもセラフが可哀想になるので、私達は友情から耳を塞いだ。


「ごほん……えー、皆様知っての通り、私はこれでも『聖女』と呼ばれ、崇め奉られ、ナライ法国の大神殿最奥部にてほぼ軟禁状態で過ごしております。日の光を見ないまま一日を終える事はざらです」

「うわしょっぱなからキツ」

「といっても、不自由するのは外出が碌に出来ない事だけです。ご飯は三食美味しいですし、おやつもあります、お昼寝も出来ます。四六時中私の護衛についているガードがいなかった時は、もっと気楽でした。ええ、昔はよかったです、本当に」

「…………なに? セラフ。じろじろみて」

「いいえ! 何も! 何でもありませんよ霧さん! ―――こほん。ともあれ、そんな生活をしていても所詮は人間、体はどうしても汚れてしまいます」

「そうですわね」

「そういう時はお風呂に入るのですが、その時に手伝ってくださる『セラフ様お清め隊』がいらっしゃるんです十数名ほど。あ、ちなみに命名は私です。で、その方たちが私の体を隅々まで綺麗にしてくださるのですが、その度その度に、毎回確認(・・)をするんですよ」

「確認? 何をさ」


「―――私が今日も処女か否か。あとついでに生理が来たかどうか」


「………………」

「そしてそれを事細かく書類に記載して厳重に保管しているんです、一日たりとも欠かさず、毎日毎日……。ふふっ、そう、毎日毎日……初めはちょっと『何この新しいプレイ!?』とか微妙に興奮してましたけど、それも毎日続くともう苦痛でしかないんですよね本当あの頃の私を殺してしまいたいです。係りの人達も、こう、『セラフ様……私の手でどうぞ綺麗になってください』っていう百合なあれとかじゃなくて、もうあまりにも位の高い人を前にガッチガチに緊張しちゃってるんですよね。だって実際、私はナライ法国において神とほぼ同等の扱いなわけですから。つまり神の陰部に触れてるわけですから。そりゃビビりますよ誰だってビビる。だから現場の空気は『ほんのりとした浴場』じゃなくて『国宝級の生物の洗浄・及び成長観察記録』っていう感じの雰囲気。微塵もリラックスできない。風呂に入るのも上がるのも定刻どおりで何一つ私の意思が入っていない。湯船に浸かって溜息の一つもつけば付き添いの侍女が可哀想なくらいびくびくしだすし私が一体何をしたっていうんでしょうねあはははははははははははははぁ……。話が逸れてきましたね、ああそうそう書類の保管でしたね。保管された書類は清書された後に教皇様のところに手渡されるそうですよ、あのハゲ親父の手元に。……なにそれ、世が世ならセクハラ確定アンド裁判アンド有罪アンド社会的破滅でしょう、何さも当然に私の恥ずかしい記録を目に焼き付けてるんですかねつーかありえぬだろ滅びろ、教会滅びろさもなくば私がサタンを―――」


 がし。ぶす。


「―――よし、今日はもういい時間だしお開きにしよう。セラフも明日があるだろう? 早めに寝ないとな」

「…………ああ、もうそんな時間でしたか? うふふ、いけませんね、楽しい時間というものはすぐに過ぎてしまいます」

「そうだね。楽しい時間だったね。また来週も会おうね、セラフ」

「ええ! では皆様、ごきげんよう!」


 視点がぼやけたままのセラフが千鳥足で魔法陣へと進み、姿を消した。

 強制終了アンド強制送還。

 御剣がセラフの体を押さえつけ、私が鎮静剤を首にブチ込む連携プレー。

 久々にやったが案外うまくいくものだ。

 多分セラフが法国のベッドにたどり着く頃には、彼女に安眠を提供していることだろう。


「―――というわけで、今日はこれにてシメにします。次回どうしても参加できない方とか、連絡しておきたい事がある方はいませんか?」

「…………えーと、特にはないぜ」

「……私も」

「…………ない、もう今日はすぐに寝る」

「……え? 今の何? え? え?」

「はい、じゃあこれにて定例会を終了とします。皆さん気をつけて帰ってください」

「うむ、帰ろう。可哀想なセラフのためにも、今日の事は忘れてやれ」


 そんなこんなで、我等が円卓会議は幕を閉じる。

 ああ、願わくばセラフに平穏あれ―――。

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