円卓の秘話その1
幕間No.2
ドン引きしても委員会2
それが起きたのは第何回目の円卓定例会であったのか定かでは無い。
何故ならとっくの昔に回数を数えるのは飽きて止めていたからだし、そもそも議事録なんて高尚な物も作成していなかった彼女達だったので、それを知るのは実際に参加した者だけだったからだ。
ただ……。
時期的にはまだ円卓メンバーの末尾が07ではなく05だった頃なのだけは、確かである。
・・・ ・・・ ・・・
「や。一週間ぶりだね」
今日も今日とて少女達は集まった。
毎週土曜日に定期的に開催される、相互扶助会の定例会。今の所は大小様々な問題が発生しつつも、つつがなく運行出来ている。
その証拠に、集まった少女達に漂う雰囲気は明るい。
「オッス」
「来たな山吹よ」
「こんばんわ、山吹さん」
「ありゃ、最後でしたか。遅れて申し訳ないです」
「気にしなくていいぜ、どうせ皆来たばっかりだし」
つい最近増えたばかりの新顔No.05―――まだほんの少し態度の硬いルドネス―――を迎え入れた円卓は、他の四人からすると今までと比べてほんの少し手狭に感じるが、それはほんの少し賑やかになった事と同義でもある。
「お久しぶりです。来て早々で申し訳ありませんが、いつものあれを頂けますか?」
「いつものですね。……はい、七本分です。一日一本、用法容量を守って使って下さいね、結構強いですから」
「ええ、存じております。……んくっ……」
薬屋の少女―――山吹が七本の小瓶を手渡すと、受け取った聖女―――セラフがやにわに一本を空け、中身を飲み干す。
「はぁ……。流石山吹さんのです、効きます……。本当に素晴らしいです、山吹さんがこの世界に来てくれてよかった……」
「……そ、それは、どうも……はい……うぅ……」
セラフが山吹を褒めると彼女はとっさに髪の毛をいじってそっぽを向いたり、早口になったりと挙動不審になりつつも素早く自らの席へと戻る。
その様子を見て。
(―――ああ、また褒められたのが嬉しいんだな、相変わらずちょろい……)
と、彼女以外の全員が大体そんな感想を思い浮かべたが、それを口に出す愚か者は居なかった。
山吹が席についたタイミングで、セラフが咳払いを一つして口火を切る。
「では、えー……第何回目かは忘れましたが、本日の定例会を始めようと思います。―――なんか報告する事あるか?」
口調を素の物に変えたセラフが格好を崩して、円卓の全員に問いかけた。
「はーい、俺一つあるけど」
スパッと一つ手が上がる。その主は黄色いバンダナを頭に巻き、薄手のシャツを着た小麦色の肌が似合う少女、タタラベタタコだ。
「はい、タタコさんどうぞ」
「最近鍛冶組合にまた武器防具の大量注文が入った。卸し先はいつものとこだぜ。問題ないとは思うけど、まあとりあえず報告だけしとく」
報告を受けて、約一名を除いた全員から呆れとも憐憫ともとれる溜息が漏れる。
「ああー……あそこか、まだ諦めてなかったのか」
「またぞろ兵を無駄に死なすだけだ、この調子だともって後一回か二回と言った所だな」
「すごいね、またやるんだ。いい加減止めないと破産しちゃうよ? あの人」
「あの……すいません、何の話をしてらっしゃるのですか?」
話についていけない様子のルドネスが控えめに手を上げて、山吹が補足説明を挟む。
「ああ、ルドネスさんは知らなかったよね。実は円卓のあるここ……えぇと『絶対氷獄領域ノースプリズン』……長いね、ノースプリズンでいい?」
「は、はぁ。良いも悪いもありませんが……」
「んじゃノースプリズンで。……ノースプリズンは知ってのとおり、この世界の人間ではほぼ攻略不可能な推奨レベル100超えのダンジョンなんだけど、定期的に調査団が派遣されてるんだ」
「調査団、ですか? こんな辺ぴな場所に?」
「うん。それもどこそこの国家主導とかじゃなく、一個人が独断で」
「―――なるほど。貴族か大商人、でしょうか」
「さすがルドネスさん、ご明察」
山吹は一瞬だけ微笑を浮かべる。
「大陸最北端。そこのワラグっていう港街を管理するヤラスノ……ヤラカン? なんだっけ?」
「ヤカラースムだ」
「そうそれヤカラースム……っていう、ニシン漁で何代にも渡り大金を稼ぎ続ける貴族が居て、その人がずっとノースプリズンに調査団を送り込んでるというわけ」
「そうなのですか……。ですが、一体何のために調査団を?」
「それはさ……タタコさん」
「ほら、これのせいだぜ」
タタコが懐から取り出したのは子供の拳程度の大きさがある、半透明の歪な水晶のような物体だった。
「石……? 何かの素材でしょうか?」
職業柄、製作関連に明るくないルドネスはそう当たりをつける。
しかし返って来た答えは予想外のものだった。
「まあ確かに素材っちゃ素材なんだけどな……。これ、ダイヤモンドの原石なんだよ」
「ダ、ダイヤモンド!? マジですか!?」
「おーおー、おおマジだぜ!」
ルドネスは思わず身を乗り出してその物体―――ダイヤモンドの原石を食い入るように見つめる。
「こ、こんなものがダイヤモンドになるのですか!?」
「加工屋にでも持ち込んで磨いて貰えりゃな」
「…………っ」
この世界に来てまだ二ヶ月程度とは言え、幾多の経験をルドネスは重ねてきた。
以前と比べて多少の物事では動じなくなったという自負が彼女にはあったが、それでもこれには驚かされる。
何せ『子供の拳程度の大きさ』のダイヤモンドの原石だ。
一般常識的に考えて、それが順当に加工されダイヤモンドになった場合、どれだけの値がつくか想像も付かない。
―――ちなみに一例としてテニスボール大の大きさのダイヤがあった場合、品質にもよるが軽く70億以上の値が付くと言われている。
「問題なのは、このダイヤの原石がノースプリズンでは容易に採取できる事と、それを奇跡的にワラグに持ち帰ってしまった冒険者が昔居た事だ」
かつてノースプリズンから生還した冒険者は、人の頭ほどもある大きさのダイヤの原石を持ち帰ったらしい。
彼はその後天文学的な大金を手にし、豪遊の果てに最後は破産と言う人生の終わりを迎えている。
「……おかげでヤカラースム一家の中では、ノースプリズンは『生きては帰れぬ地獄の地』から『ダイヤが湧き出る宝島』になっちまったというワケだ。
だからこうして度々、俺んとこの鍛冶組合に武器防具の大量注文が入るって寸法さ。こっちで飯から武器から何から面倒見てやるから、誰でも良いからダイヤを持って帰ってこいっつう思惑があんだな。つまり」
「……理屈は分かりました。ですが、俄かには信じがたいですわね。こんな大きさのダイヤが簡単に手に入るなんて」
「嘘だと思うなら適当に採取しに行ってみるといいぞ、笑えるぐらい簡単に手に入る。ちなみにつるはしは倉庫だ」
御剣が冗談めかしてそういうが、その瞳は本物で嘘は吐いていなかった。
「ま、だったら何で他の貴族や国家がノースプリズンに調査団を派遣しないのか? という疑問があるが、つったらそりゃもう、費用対効果の問題があるわけよ」
セラフがいつの間にか取り出していたのか、ワインボトルを空けてその中身をワイングラスに豪快に注ぎながら言う。
―――どうやらそれは赤ワインのようで、並々と注がれたワイングラスからは芳醇な香りが漂っていた。
「生きては帰れぬ。というのは比喩でもなんでもなく事実そのものだ。過去幾度かに渡る調査団派遣の結果は全て失敗に終わり、それは今も尚続いている。つまり今日に至るまで、ヤカラースムは一度もダイヤを手にする事なく、無駄に金を浪費し続けているわけだ。だから国も他の貴族も真似はしない」
御剣もまた、ラベルも何も貼ってない無骨なビンを傾けて中身をショットグラスに注いでいる。
ビンの中には、液体に漬け込まれた得体の知れないヘビのような生物が入っていた。
注ぎ終わったショットグラスからはかなり強烈な酒精の匂いが漂っており、かなりアルコールが強めの酒である事が伺える。
―――誰がどう見ても、それはハブ酒を連想しただろう。
「最北端の港を出港して、水棲モンスターの蔓延る海洋を越えて、極寒の氷海を渡りきり、マイナス三十度近いノースプリズンでレベル100オーバーのモンスターの目を欺きながら、ダイヤの原石を持ち帰る。
―――事情を知ってる側からすれば完全に無理ゲーなんだけど、この世界の人達からすれば一攫千金を追うロマンだからねえ、ヤカラースムさんの気持ちは分からないでもないよ。きっと宝を求め続けて、後に引けなくなっちゃったんだと思う。ガチャを引くのと一緒さ。いつかは当たるって、そう思ってるんじゃない?」
山吹はいそいそと小鍋を取り出したかと思うと、その中に水を張り白色の徳利を入れて、鍋に手を触れながら魔法を唱え始めた。
じんわりとそこから熱気が漂い、あっと言う間に鍋の中の水が沸き立つ。
ある程度待ってから、山吹は熱そうにとっくりを鍋から出して布で水気を拭き、中身をお猪口に注いだ。
―――どう見ても熱燗だった。
「俺達がここに居ついてから調査団派遣は確か二回あったけど、ノースプリズンの地を踏んだ輩は一人も居ない。最初は調査団を助けてやるべきかどうかと悩んだ末に、影からなんとか犠牲者を少なくしつつ追い返そうともしたんだけどさ、まあ……手を貸すまでもなくやっこさんらケツ巻くって逃げてったから、まあ放置でいいかなと、この話はそういうコト」
タタコはそう言い終わると、よっこらせ、と爺臭い独り言と共に倉庫に潜り込み、数十秒後には蛇口のついた大きな樽とジョッキと共に戻ってくる。
どかんと大きな音を立てながら樽を円卓に載せる。ジョッキを斜めにして蛇口に当てて、それから蛇口をひねるとそこから黄金色の泡立つ液体がジョッキの内側を滑るように流れ出した。
そして器用に泡が二、液体が八になる程度の分量で止めた。
―――どうしてビールが倉庫から出てくるのか、という疑問はルドネスの喉元まで出掛かって、結局口に出ないまま終わる。
「…………で、では、この原石はどうするのです? まさかそのままにするおつもりですの?」
当然のように酒盛りの準備を始める面々を、半分引きながら見やりつつもルドネスは問う。
すると、呆れたようにセラフが答えた。
「よし、じゃあルドネスにそれを進呈しよう。そして王都の宝石屋で売って来い、『こんなダイヤの原石見つけたので、買って下さい!』っつってな」
ここでルドネスは己の浅慮に気がつく。
ルドネス自身ですら、こんなものは初めてみたと驚愕したダイヤの原石をいきなり店に持ち込んだら、どんな結果が待ち受けるか容易に想像がついたからだ。
「……すみません、無理ですわ」
「だろ?」
「これが臨界電磁結石とか、空の岩とかの超レア素材だったら根こそぎ採取するまであるんだけどさ、ダイヤとか製造にもロクに使えねえしで、もうどうしようもないの」
鍛聖であるタタラベタタコは、武器防具の製造に特化した職業だ。
故に製造に必要な素材は粗方把握しているが、その中に宝石類が含まれている装備は極僅かだ。
そしてその極僅かな装備のうちダイヤモンドを使って製造できる装備は、彼女達のものさしでいえば中の上に位置するランクの装備である。
名前からして非常に分かりやすい、ダイヤモンドソードやダイヤモンドシールド、ダイヤモンドアーマーなどがそれに当たる。
非常に煌びやかで自己主張の激しいそれらダイヤシリーズは、装備すると高い攻撃、防御、魔法防御補正を得られるが、その代わりに隠密能力がほぼゼロに低下するデメリットも存在する。
それは姿隠し等に代表される隠密系スキルを用いても打ち消す事は出来ない。
―――要するにネタ装備だった。作った所でどうするんだよ、と言う話なのである、
「ま、そんなワケで大して重要視する話でもないし、この話はこの辺で終わりにして―――飲むか!」
「うむ」
「そうだね、飲もう」
「イエーッ!」
するべき話も全て終わったとばかりの、鈴を鳴らすような清らかな乾杯の合図の元、見た目の年齢にそぐわない少女らしさの欠片もない酒盛りの幕が斬って落とされる。
位置的に乾杯は難しいので、各自杯は掲げるだけだ。
「…………先週もそうでしたが、これは毎週恒例ですの?」
唯一アルコール類を持参していないルドネスが、ほんの少しの口寂しさを覚えながらぽつりと言う。
「そうだよ? 定例会って言ってるけど、まあ実態はご覧の通りです」
「うむ。酒は気の合う奴と飲むのが一番良い。何より酔いつぶれたとしても、私達ならお互いの面倒が見れるからな」
「それにタクシーも要らん! 終わったらベッドまで直行だ!」
「週一回だけだから健康にもいいしな。……つーかヤニがねぇからこれしか楽しみがねえんだよ」
セラフは死んだ目で訴えるが、他者の理解の色は薄い。この面子でヘビーな喫煙者だったのはセラフだけだからだ。
「まーまー、そんな会長の為に今日も持って来てやったぜ?」
「おお! マジで!?」
タタコがごそごそと足元を探り、そこから茶色の紙袋を取り出した。
「じゃじゃじゃーん。スモークチーズとスモークベーコン。それに胡椒たっぷりのビーフジャーキーもだ!」
香ばしい匂いを漂わせるチーズにベーコン、そして沢山のビーフジャーキーが紙袋から顔をのぞかせると、セラフの表情が見る見るうちに輝いて子豚のそれに変貌した。
「っかー! やっぱワインにはチーズだよな! それにベーコンもジャーキーも最高にあう! 普段肉が全然出ねえからマジで嬉しい! タタコさんサイコー!」
「褒めても何もでねーぞー? きひひ」
セラフの頬は緩みっぱなしで聖女の威厳は欠片もない。
今や彼女はワインと共に乾き物を貪るだけの子豚ちゃんなのである。
「私はナッツ系を持ってきた。塩を振っただけのシンプルな物だが、なに、定番とはそういうものだ」
同じような紙袋を開いた御剣は、中から大小様々なサイズのナッツを取り出して見せる。
そのうちいくつかを一気に口に放り込んで、バリバリと音を立てながら咀嚼し、「うむ」と呟きながら頷いた。
「ちょっとちょっと、皆小皿ぐらいは出そうよ。まさかそのまま円卓に乗せるつもり? ワイルドすぎでしょ。女の子でしょ? 女子力なくなっちゃうよ?」
ぱたぱたと倉庫に走った山吹が、人の胴周りほどの大きさもある大皿の上に小皿を数枚乗せて戻ってくる。
大皿を円卓の中央に置くとそこに紙袋の中身を全部空けて、続けていそいそと小皿に取り分けて各人の前に置いて回る。
「ハハハハ! 山吹女子力たけー! 惚れる! 彼女になってー! お嫁さんになってー!」
既に顔が真っ赤なタタコが叫ぶ。
その手のジョッキは空っぽだった。
「そこ、うるさいとつまみはあげませんよ」
「やだー! 俺も欲しいー!」
「はは、相変わらずタタコは酔うのが早いな」
「飛ばしすぎなんだよ毎回。まぁビールだしカーッといきたい気持ちは分からんでもないがな」
「…………」
ルドネスは手元の小皿に乗った、黄色いナッツを一つ手に取り口に含む。
塩味だ。そしてナッツが甘い。ぽりぽりと咀嚼して嚥下すると、口と頭が何かが足りないぞと訴えだす。
「くっ」
考えるまでも無い。酒だ、酒が足りないのだ。
ルドネスはまだ二回目の参加とあってか、この定例会の雰囲気に染まりきっては居ない。
しかるに彼女なりの遠慮がその言葉を口にするのを躊躇わせていたが、今日ばかりはそうも行かなかった。
こんなつまみを目の前にして酒を飲まずに居ると言うのは、夜の生活に慣れきってしまったルドネスをして拷問に近かったのである。
「……わ、私にもお酒を頂けませんか!」
「おう、いいぞ」
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、セラフが椅子を引っ張りながらルドネスの隣まで歩きだし、そこに椅子を置いて座る。
「あ、あの?」
突然のことにルドネスは動揺する。
二人の距離はかなり近い。それはルドネスが自らの娼館『魔女の鍋』に訪れる客に対して、一夜限りの愛を囁く際に取る距離と同等だったからだ。
「ほら」
そして、セラフは自らが口をつけたワイングラスをルドネスに差し出した。
彼女の目は、別に据わっていたわけではなかった。
「え……」
「飲みなよルドネス」
飲みなよ、と言われてもどうすればいいのかルドネスにはわからない。
素直に受け取るべきなのか。それとも遠慮すべきなのか。
幾多の男と女もそのテクニックで落としてきたルドネスをして、何をしたらいいのか分からないという緊急事態に混乱する。
「ああ、口付いたのは嫌だったか?」
「い、いえ、嫌というわけでは、ないのですが」
「じゃあほら。見てのとおりワイングラスは一個しか持ってなくてな、今使えるのそれしかないんだよ。ああでも本当に嫌ならたしか倉庫にグラスの代わりになるものが―――」
「い、頂きます!」
どうしてそうしたのかはルドネス自身にも分からなかったが、差し出されたグラスを両手でひったくるように掴むと、そのまま口を付けてごくごくと飲み干してしまう。
口を付けた場所は、セラフが口を付けた場所と奇しくも同じであった。
「お、おいおい大丈夫か一気飲みして」
「だっ……大丈夫、です、わっ」
強烈な酩酊感がルドネスを襲う。急激に体中が熱くなり、額から汗が吹き出る。
世界が歪み、隣に座るセラフから漂う甘い香りと、その美貌がより色濃く美しくなったようにルドネスは感じた。
「無茶すんなよな……なんかアルハラみたいじゃねえか、水でも持って来るから待ってろよ」
「は、はい……」
不思議と唇が熱い。
心が騒ぎ立つ。それはルドネスが生まれて初めて感じた、新しい感覚だった。
隣の部屋に歩み去るセラフの後姿を、ルドネスは呆然と見つめる。
「……私、一体どうしたのかしら」
それからルドネスはセラフの隣で終始しおらしくして過ごす事になるのだが、普段のルドネスの様子をあまり見慣れない他のメンバーからして、それがルドネスにとって異常な状態なのだという事には気がつかなかったのだった。
・・・ ・・・
そして、宴もたけなわとなった。
「え~~~~~~~~~。えんたくなんばーさんばーん、いっぱつげいやりまーす。題名『へそで茶を沸かす女』」
女子力の影も形も欠片も雫の一滴も無くした山吹が、下腹部を露出しながら蕩けた表情で宣言する。
「うむ、いいぞ山吹、やれやれ!」
そして表情は冷静そうに見えているが、実際にはほぼ半裸で冷静さを失った御剣がはやし立てる。
「………くぅ………かふぅ…………」
すっかり寝入ってしまったタタコは、まるで起きる気配が無い。
「あーはっはっはっはっは! 山吹それサイコー! ハハハハハハうわエッロハハハハハハハゴホゴホゴホッ!」
すっかり笑い上戸と化してしまったセラフは、一発芸をする前から何かがツボに入ってしまったのか高らかに笑い、そしてむせた。
「……ねぇ、セラフ様。そろそろ良いお時間ですわよ、ベッドに参りましょうよ……」
良い感じに酒が入り仕事モードのスイッチが入ったルドネスは、相手が誰なのか脳裏で冷静に把握しながらも、体が誘う事を止められないという板ばさみの状況の中でセラフにしなだれかかっていた。
「まずわぁ~~~~~ブリッジしまーすぅ、それでぇ~~~お腹の上にポーションをのせまーすぅ」
山吹が宣言どおりにブリッジし、腹の部分をはだけさせてその白い肌が映える艶かしいへその上にポーションを器用に乗せる。
「それでぇ~~、ちょっと力を込めるとぉ~~~」
ふんっ。という可愛らしい気合の入った声があがる。
すると山吹のへその上に乗っていたポーションが突如爆発四散し、ガラス片と沸騰したポーションとを辺りに跳び散らかせた。
その正体は無詠唱の魔法によるものだが、山吹は宣言どおりへそで茶を沸かしたのである。
茶ではないが。
「っ~~~~~~~~~~なん、それ、うはははははっ、草生えるっ」
「ははははは、やるな山吹。流石山吹だ。すごいな山吹。お前は最高だ山吹」
再びツボに入ったセラフは大爆笑。
笑顔のまま飛び散るガラス片を全て片手で叩き落とした御剣は、山吹をベタ褒めする。
「……ゃんっ! 褒めるなっ! 褒められると弱いって、しってるんでしょ! もうっ!」
すると山吹は頬をぷっくりと膨らませて、御剣をぽかぽかと殴り始めた。
「はははははは。すまん、許せ。しかしお前はすごいな、最高だな」
「だからほめるなぁ~っ! ばかばかばかばか!」
「あっはっはははっはははははヒィーッやべぇ笑い時ぬっははははは!」
「ねぇんセラフ様ぁ」
「……すぴー……」
酸鼻を極める週末(終末)の混沌と化した円卓の領域。
普段ならそのうち勝手に酔いつぶれて収まる筈のこのソドムは、今日に限って普段よりも長く続いていた。
―――そしてそのせいで、禁断のパンドラの箱が開けられてしまう。
「じゃー俺も一発芸やっちゃおうかな! 円卓ナンバー01、題名『俺の必殺技!』いきまーす!」
やにわに立ち上がったセラフがワインボトルを一本新たに空ける。
そして。
「まずはー! パンツを脱ぎまーす!」
それはついに始まってしまう。
「赤ワインをー! ……適当な皿とかに全部あけまーす!」
赤ワインが酒のつまみが僅かに残る大皿になみなみとそそがれて、まるで血の池のようになる。
「んでそんなかにー! パンツをー! ぶちこ―――」
・・・ ・・・
目覚めた時、山吹は心底後悔した。
もう二度と、円卓で酒なんて飲むか、と。
そしてそれは、他の全員も同じ思いを抱いていた。
そう、誓ったのである。
起きた時口の中に入っていた誰とも知らぬパンツの味に、山吹は誓ったのである。
御剣もまた誓ったのである。
この極寒の寒空の中、何故自分は全裸で刀を抱きながら眠っているのかと、己に誓ったのである。
タタコもまた誓ったのである。
両耳に突き刺さったビーフジャーキーと鼻の穴に詰め込まれたピーナッツ達、彼ら遊びに使われた哀れな食べ物に誓ったのである。
セラフもまた誓ったのである。
激しい頭痛を抱えながらも、突然消えた超高級ワイン数本の証拠隠滅に奔走する己に誓ったのである。
そしてルドネスもまた誓ったのである。
あのままだと、流れのままに彼女を抱いていたかもしれなかった己を戒める為に誓ったのである。
―――ただ、それは彼女を酒の力で抱いてしまわぬように、という自戒だった。
三日ほど空けた後、ルドネスは自らが抱いた気持ちが恋のそれであると自覚してから、そう考えるようになったのだった。
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それから次週の定例会開催時に、セラフ=キャットより五番目の円卓規則となる、定例会への酒の持ち込み厳禁が言い渡された。
全員賛成一致による、文句なしの可決であった。
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