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活動報告を更新しました。(2016/11/25)
ピンクハゲを聖堂騎士団達に突き出した私達は多大な混乱と共に迎えられた。まさかの教皇が首謀者という事実に狼狽を隠せないものの、聖堂騎士団とて慌てふためいているばかりではない。身柄の引渡しは円滑に行われ、縄を打たれたピンクハゲとカルロスにゾーランは背中を小突かれながら牢屋へと連れて行かれた。
呪いの言葉を吐く彼らの姿は一部民衆も目にする所となったので、教皇が裏切り者だったという情報は疾風の如く法国に広まるだろう。
「我等が教団は不滅! 法国に呪いあれ、災いあれ! 悪魔どもよ、地獄に堕ちよ!」
負け犬の遠吠えをあげながら、ピンクハゲ以下三名がドナドナされていく。
聖堂騎士団員に連行される彼らのその声は、廊下の奥の曲がり角を越えて姿が見えなくなってもなお、しばらくの間大聖堂内に響いていた。
「……じゃ、エミルさん回収しましょうか」
あれだけ元気があるならもう一回くらいタマを潰してやってもよかったのかもしれない。
ともあれ私達はピンクハゲから聞きだしたワイン貯蔵庫の場所へ向かう。
そこは会長の私室へ行く道すがらにあった。物を保存するには冷暗所が適している、故に貯蔵庫も地下にあったのだ。
「もしも~し……?」
『教団』の工作員が潜んでいる事も考慮して慎重に扉を開け、中に入る。
明かりの無いワイン貯蔵庫は漆黒の闇に包まれていた。ふんわりと漂う果実と木樽の匂い、その中に微かに漂うかび臭さ。それ以外には何も無い。
敵意を抱いている何者かが潜んでいるという感覚も得られなかった。
「ひとまずは誰も居なさそうだな。早速エミルを探すとしよう」
御剣が部屋の入り口に置いてあった古ぼけたカンテラに、ピンクハゲから拝借したマッチを使って火をつけた。暗闇の中に温かな光が灯る。
「私が持つよ」
明かり役に立候補し、調査は御剣に任せる。でなければ時間が掛かって仕方ないからだ。
私が持つパッシブスキル《ホスティリティセンス》は、私に敵意を抱いている相手が近くに居た場合、その大まかな位置を教えてくれる。
だが、それはあくまでも敵意を抱いている場合に限る。少なくともまだエミルに会った事も無く、敵意を抱かれるような真似をしていない私では感知のしようが無い。
だからこういう場合には、スキルに頼らない実直な感覚の鋭い御剣の方が適している。
「ふむ……ふむ……これが中身入りの音、か」
御剣が大きなワイン樽をノックすると、中に液体があるためかくぐもった音が返ってくる。
それを幾つかの樽で確認してから。
「さて、やるぞ」
御剣は無数にあるワイン樽を凄まじいスピードで叩いて回り始めた。
「違う、違う、違う、違う、違う、これも違う、違う……惜しいが、違う」
樽を叩く回数はたったの一回だけ。それで返って来た音だけで、御剣はその樽の中身が液体かそうでないかを聞き分けているのだ。
調べるスピードが速いため、後を追う私達も早歩きになってしまう。
そんな作業が貯蔵庫の二区画分ぐらい行われた後、唐突に御剣の歩みが止まった。
「むっ」
今までの、ごん、という鈍い音とそう変わらないように聞こえるが、御剣の耳はそうは聞こえなかったらしい。
樽を再び叩いて音を聞き、隣の樽も叩いて音を聞き比べる。
それを二度ほどくり返した後、御剣は黙って頷いた。
「ここだ」
横倒しになっている樽の蓋を慎重に開ける。
するとそこから濃いワインの香りと共に、樽の中で窮屈そうに身を屈めて眠っている少年の姿があった。
「彼がエミルさんですかね? ……なんか、普通にイケメンですね。いや、角度の問題でそう見えるだけとか……?」
まだあどけなさがあるものの、その顔立ちは私が前の世界も含めて今まで見てきた男の中でトップクラスに美しい。
正統派美少年という感じだ。事が事なら、彼に一目ぼれしていたかもしれないぐらいに。
しかし私は元男であるからして、そのような感情は一切ありえない。
せいぜい、イケメンだな。くらいの感想しか浮かばなかった。
「今もまだ催眠状態かもしれん。解除はセラフに任せるとして、刺激しないように運ぶぞ」
再び樽に蓋をして、慎重に部屋の外まで運び出す。樽の中にエミルを仕舞ったままにしているのは、万が一エミルを連れている所を誰かに見られたら説明が面倒なのと、目覚めて暴れだした場合樽の中に居てもらったほうが都合がいいからだ。
「んしょっと……じゃ、後はゴーレムに任せて会長のとこへ行きましょう」
えっちらおっちら運び出した後はゴーレムに担がせる。
男手ならぬゴーレム手があると本当に便利でしょうがない。何しろ文句も言わないし疲れないというのが実にグッド。
召喚魔法の偉大さに感謝しつつ、私達は会長の私室へ向かう。
迷いそうな道程だが、今度はピンクハゲに吐かせた情報を元にした手書きの地図がある。なのでたいして時間もかからずに会長の私室まで辿りついて。
「……ん?」
ふと、誰かの気配を会長の私室から感じた。
「しっ」
ハンドサインで「黙れ」と伝える御剣が扉の前に音も無く歩み寄り、私達もそれに続く。
そして耳をそばだてた。
「―――せ、聖女様。こ、これはきっと何かの間違いで……!」
「―――いいえ、いいのです。ミハエル、質実剛健なあなたといえど、やはり男。きっと魔が差す事もあるのでしょう」
「―――で、ですから違うのです! いつの間にか気絶した私は、知らぬ間に聖女様の部屋に連れ込まれていて、これは決して私の意思ではなく!」
「―――いいのですよミハエル。そんな嘘を仰らなくても構いません、私はあなたの全てを許します。大聖堂の女中達も仰っていました。―――そう、ミハエル。貴方は『溜まってるって奴なのかなぁ』という状態なのですね?」
「―――ち、ちがっ! で、ですからどうか私の話を!」
「―――ううん。恐れないで。私は貴方を軽蔑したりしません。生きとし生けるもの、生命これ全てが背負う三大欲求は私とて避けられぬもの。ですので、私なりにも男性の事は理解しているつもりですから」
「―――う、うううっ! なんと説明すればよいのだ……っ!」
―――そして少し心配して損だったなと思った。
「…………」
「…………」
「…………」
三人してヘンテコな顔を見合わせる。
まぁ、少なくとも会長は普段の元気さをいくらか取り戻して見える様子で、本当によかった。
このまま放置していても面白いものが聞けそうだが、それはいくらなんでもミハエルが可哀想すぎるので、助け舟を出してあげる。
「ごほん。……あー、入ってもいいですかー?」
控えめなノックと共に言う。するとがたがたっというこちらに走り寄るような音が。
「やべっ」
素早く後ずさると、ほぼ同じタイミングで扉が勢いよく向こう側から開かれて、そこには鬼のような形相をしたミハエルがいた。
「……き、きさ、きさまら……!」
あーこれはヤバイ。相当にキている。頭から湯気が出掛かっている。
そしてその背後に、プークスクスといった感じで笑いを堪える会長の姿が。
―――ああ、お元気そうでなによりです。頑張ったかいがありましたよ。
「あー、その、ごめんなさい?」
「うむ、許せ」
「……ごめんね?」
いかに私達のレベルが高かろうが、一人の人間が放つ怒髪天を衝く怒りの衝撃を前にしては素直に謝罪してしまう他ない。
荒事に馴れてきたとはいえ、何時だって怒られるのは怖いし、ビックリするのである。
そして私達の謝罪を受けたミハエルといえば、暫しの間を置いて大きく息を吸い込み。
「―――謝って済むなら神様はいらんッ!!!!!!!」
鼓膜が破れそうな程の雷を落としたのだった。
……やっぱりミハエルを気絶させたのは悪手だったかなぁ。
・
とりあえず会長はミハエルが気絶した後私達が見つけたのだという事にしておいて、会長が眠っていた二時間近くの間に何が起きたかをかいつまんで説明する。
エミルが催眠状態にあった事も告げると、ミハエルは信じられないとばかりに首を振り、会長は安心した様子で瞼を閉じたのだった。
ちなみにエミルは樽の中から外に出して、会長のベッドに寝かせてある。
「―――というわけで大まかな内容は以上の通りです、後の詳細な事柄については聖堂騎士団員に問い合わせてください」
「わかりました。皆様ありがとうございます、大変な苦労をさせてしまったようですね」
『教団』の連中から絞り上げた情報をメモした紙を会長に手渡す。
会長なら、これを元に法国に溜まった膿を根こそぎ絞りきってくれる事だろう。
「……そんな、まさかカルロスとボリスが……。それに教皇様まで……」
怒り心頭だったミハエルは、私達の報告を聞くとすっかり意気消沈して顔色を悪くしてしまった。
教皇の事もそうだが、自らの部下が此度の悪事を働いたのが信じられない様子。
責任感を感じているのかもしれないが、恐らくミハエルにはどうしようもなかった筈だ。
何しろ、会長の闇を察する事が出来たミハエルの目をもってしても、『教団』の工作員の存在には気づけなかったのだから。
「どうか気に病まないで、ミハエル」
「……はい」
ショックのあまり、『聖女様』からの励ましにも関わらず返事に覇気が無い。
今回ミハエルは気絶していた為、大して活躍も出来ていないので余計にだろう。
気絶させてしまったのは私達なのだが、こうも目の前でしょぼくれると申し訳ない気分になってくる。
「……まあ、起きてしまった事は仕方がない。その反省は次回に生かせ。日々精進、これに尽きるぞ」
「そ、そうですよミハエルさん。よかったら今度ご飯奢ってあげましょうか?」
「……ああ、ありがとう」
御剣とえちごやさんが励ますが、なんだか余計に空気が重くなったような気配すら感じる。
「んん゛! と、ともあれ、行方不明だったエミルさんも無事に保護できました。『聖女様』、こちらをどうぞ」
私はそんな空気を変えるべく無理やりに話を進め、アイテム・バッグから取り出した『若返りポーション』会長に手渡した。
「……手に入れてくれたのですね。本当にありがとうございます」
「運が良かっただけですよ。……あ、あと催眠状態の解除もお願いします」
「了解しました」
小声でそう言葉を交わし、私はさっと離れる。
「……ヤマブキさん、その小瓶は一体?」
未だ暗い様子のミハエルに問われ、前もって考えておいたカバーストーリーを話す。
「エミル様に掛けられた呪いを解く、特殊な魔法が込められたポーションです。彼が歳を取った挙句催眠状態に陥り『聖女様』に危害を加えてしまったのは、教皇が彼に与えた呪いのアイテムのせいでしたから。私はそれを解呪するポーションを製作するよう、『聖女様』に頼まれていたのです」
「……なんと、ではやはりそれを見越しての神託だったと言うのか……おお……エミル神よ……」
ミハエルが膝をついて目を閉じ、胸の辺りで十字を斬る。
いやまあ、神託もクソもないただのでっちあげなのだが黙っておく。都合の悪い事は黙っておいた方が話がスムーズでいい。
それに『歳を取るポーション』も見ようによっては呪いのアイテムみたいなものだし。
「では、始めましょう」
会長が厳かに『若返りポーション』の中身をエミルに振り掛ける。
すると彼の体が煌びやかに光りながら、映像を逆再生するような感じで体が縮んでいった。
「《エクス・キュアー》」
続けて会長が無詠唱で魔法を唱えたのか、エミルの体の光り方に緑色のエフェクトが追加されてやや賑やかになる。
二種類の光は切り替わるように点滅をくり返していたが、それもだんだんと収まっていく。
「…………う……ん?」
完全に十一歳相応の肉体を取り戻したエミルが、ゆっくりと目を覚ます。
「ここ、は……?」
「お目覚めですか? エミル様、ご気分は如何ですか?」
身体を起こしたエミルがぼうっとした様子で辺りを見回す。
「セラフ、さま? あの、その、ぼ、僕はどうしてこんな所で寝ているのでしょうか……それに他の皆さんは……?」
おどおどとした様子のエミルが私達を見やる。
不安そうな彼を安心させる為に、普段店でやるような営業スマイルを浮かべると彼は恥ずかしそうに目を逸らした。
「……今までの事を何か、覚えていらっしゃいますか?」
「今までの事……? 僕は一体……? ―――ッ! あ、頭が、痛い……」
突然エミルが頭を抱えてうずくまる。どうやら記憶が混濁しているらしい。
「いえ、いいのです。無理をして思い出す必要はありません……。さぁ、エミル様。どうか横になって」
「……え? で、でもここはセラフ様のベッドでは……?」
「構いません。そんな瑣末な事よりも、エミル様の容態の方が大事ですから―――それっ」
「わっ!」
会長がエミルの身体を軽く押し、無理やりにベッドに寝かせる。
驚いたエミルの顔が真っ赤に染まっていて、そんな彼に会長は世話を焼き上から毛布をかけてやる。
傍目から見ると二人は中睦まじい姉弟というか。会長があえて姉のような姿を演じているようにも見えるのは、私の気のせいだろうか。
「……ふぅむ」
まぁ、彼らには彼らなりの事情があるのだろうし何も言うまい。
少なくとも、今のエミルの様子からして会長を再び襲うような気配は無い。ならばそれでいいだろう。
「まぁ、これで一件落着という事だな」
「うんうん、よかったです。―――ところで褒賞は期待してもいいんですよね?」
「あんまり集るようなまねすると、またミハエルさんに怒られるよ」
「げげー。じゃあ適度にしておきますよう」
なんだか良い雰囲気の二人を前に、私達は静かに部屋を出ようとする。
ついでにずっと祈りっぱなしのもう一人も連れて行く。
「さてと。じゃあミハエルさんも外出ましょうか」
「―――むお!? な、なんだ、どうして私を連れて行く!?」
「……いやほらそこは空気読みましょうよミハエルさん。そんなだからずっとどうて―――なんでもないです」
「な、なに!? 何を言いかけたのだ!? 途中でやめ―――ぐおおおっなんだこの力は! もしやミツルギ殿か!? や、止めないか!」
「止めん。まぁなんだ、ミハエルよ。今日は私達から謝罪も込めて一杯奢らせてくれ、悩みがあれば相談にも乗るぞ?」
「余計なお世話だ! む、むおおおおおお! 聖女様あああああ!」
ミハエルも悪い奴ではないのだが、少々堅物にすぎる。
たまには任務を忘れ羽を伸ばす必要もあろうよ。
それに、酒が入ったミハエルはきっと面白い事になりそうだし。
「私達の事はかまいません。ミハエル、これも任務だと思って彼女達に付き合ってあげてください。他の皆には私から伝えておきましょう」
「そ、そんなっ!?」
まさかの会長直々のお許しに、ミハエルの心が折れた。
「さて、久々に昼から酒盛りだ。今日は楽しくなるぞ」
「外飲みなんだから適度にね。また損害賠償でウン万払いたくないし」
「ううーいいですね昼からお酒って! ふふふ。法国といえばワインの国ですからねー、楽しみです!」
「聖女様ああぁぁあぁぁぁぁ」
虚しく叫ぶミハエルを引きずりながら、私達は法国の酒場を目指す。
碌なリサーチも何もしてないが、まぁどうにかなるだろう。
「―――うーん」
「どうかしたか山吹?」
「……いや、何でもないんだけど、ううん?」
……それにしても、どうしたことだろう。何か一つ重要な事を忘れている気がする。
「……ま、いいや。思い出せないって事は大して重要な事でもないんだろうし」
「うむ。そうだぞ山吹。小さい事は気にするな、ははは!」
思い出せない以上是非もなし。そのうちポンと頭から出てくるのを期待するとしよう。
それよりも、今は酔わせたミハエルをどう弄るか考えるほうが大事だ。
私しては童貞が困惑しそうな下品な話題周りから責めようと思うが、いかに。
……まぁそれをやるのが、元童貞だった女というのも中々に失笑物だが。
・・・・・・
円卓の領域にて。
「―――とまあ、大体こんな事があったわけです」
そう締めくくった会長が席に座る。
するとルドネスにタタコさんがブーイングを上げ始めた。
「なんで俺も誘ってくれねーんだよ! 絶対行ったって!」
「そうですわ。他ならぬセラフ様の為とあらば、地の果て海の果て空の果てであろうと駆けつける所存ですのに……」
「ありがとうございますお二人共。ですがタタコさんはともかく―――ルドネスはなんだそれ、重いし怖いわ!」
あれから法国は徹底的に『教団』の根を取り除くべく、大規模な調査を敢行したらしい。
会長の手腕もあってか、教皇の吐いた部下以外にも多数の工作員を捕らえたと聞いている。
法国の未だかつて無いスキャンダルに国民感情は大分落ち込んだようだが、不穏分子の影が取り除かれた事でそれも徐々に良くなっていくだろう。
「いやですわ、言葉のあやですのに」
「ふん。お前の様子からするとそれもどうだか……。ああ、これ、ありがとうな。助かった」
会長がやや恥ずかしげに、ふっきらぼうにルドネスへハンカチを返す。
「……それは良かったです」
その表情の裏に何を見たのか。ルドネスはハンカチを大事そうに受け取り、懐に仕舞った。
「……それで、そこの三人の姿は、なに?」
ロールケーキを黙々と食べ続ける霧が、私達の方を向いて呟いた。
「…………うむ」
「…………あー」
「……二日酔いです。あまり多くは聞かないで」
私と御剣とえちごやさんは、全員グロッキーになっていた。
全ては昨日の昼から夜までどんちゃん騒ぎをした結果である。
一体何本ワインを空けたのか覚えていない。ミハエルもなんかすごい勢いで男泣してたし。
支払いの明細を見たら二桁万超えていた。
いやもう、本当に破目を外しすぎた。おかげ様で今日は昼に起きた上、深夜になるまで殆ど宿屋から出なかったぐらいだ。
「……あっそ」
それで興味を失ったのか、霧は再びロールケーキを崩しにかかる。
「それにしても『教団』かぁ。今までそんなの一度も聞いた事無かったぜ、霧はそこんとこ知ってる?」
「……クライアントの情報は秘密にしてる。でも、今となっては隠す意味がないから言う。……確かにあの時の依頼は、『教団』からのもの、だった」
他ならぬ『ヴォーパル』頭領がそう言うのなら間違いない、これで教皇の発言の裏が取れた。
「じゃあ、その繋がりから『教団』の本拠地とか割り出せたりしないのか?」
素の口調の会長が問いかけると、霧は首を振る。
「依頼を受ける窓口と『ヴォーパル』は、完全に独立してる。私達はクライアントの名前と、殺す相手の名前と場所を聞くだけ。そのほかには一切、関わらない」
「じゃあその窓口に聞けばいいじゃん」
「彼らも、プロ。死んでも、死ななくても口を割らない」
「……じゃ、無理だな」
会長はあっさりと諸手を挙げて降参する。霧にプロだと言わせた以上、私達がやるような生かさず殺さずの拷問は意味がないからだ。
「業腹だが、とりあえずは足元を固めろって神のお告げかね」
会長が円卓の上に両足を乗せて、頭の後ろで手を組む。
聖女らしからぬ行儀の悪さだがそれを咎める者はここには居ない。
「ルドネス、ヤニくれヤニ」
「一本だけですわよ?」
「わあってるっての、後でちゃんと臭いも消すし」
ルドネスがアイテム・ボックスから葉巻を一本取り出し、その先端を指先に灯したガスバーナーのような炎で切り落とす。
位置関係からして少し遠いので、ルドネスは葉巻を放り投げ、会長はそれを難なくキャッチする。
続けて会長は円卓に置いてある灰皿とマッチを引き寄せ、葉巻を吸い始めた。
「……っぁー……生き返る……」
ミハエルやエミルが見たら失神しそうな姿だ。
紫煙が部屋中に充満し、霧がむせた。
「受動喫煙反対」
「うっせ、週一の娯楽ぐらい許せよな」
憎まれ口を叩く会長がわざとらしく煙を吹きあげる。
「ふふふ、大目にみてあげてくださいね霧さん」
「おーそーだそーだ、たまにはいい事言うなルドネス」
「嫌ですわもう、私はいつでもセラフ様の味方ですわよ」
「……ふん」
一対二の状況に分が悪いと思ったのか、霧がタタコさんに視線を飛ばす。
タタコさんはタタコさんで、方眼鏡を使い手元の鉱石を観察している所だった。
「……次はこれで作るかな」
三人のやりとりにはまるで興味がなさそうである。
そんな鍛冶馬鹿一代には早々に見切りをつけ、次に見たのが私だった。
「……山吹」
「……なんでしょう」
「何か、言ってよ」
「といわれても……その、すっごくだるくて……」
「二日酔いも一回死んだら治るよ?」
「―――はいはーい! 換気扇くらいは回すべきだと思いマース!」
わぁい何気ない会話の中から唐突に死亡フラグが立つなんて流石円卓だぜ!
「うん、それがいいと思う」
これで二対二。満足がいったのか、霧は心なしか嬉しそうな様子だった。
「ちっ……。えちごやさん、ちょっとそこのヒモ引っ張ってくれない?」
「ぁぅぃー、ぁぁぃぁぃたー」
席を立ったえちごやさんがゾンビのような足取りで部屋の隅に行く。
そこから垂れる一本の紐を引っ張ると、がちゃこんという音を立てて換気扇が回りだした。
そして全力を使い果たしたのか、えちごやさんはそこで崩れ落ちる。
「うう、相変わらず寒いですわね」
外の世界の空気が淀んでいた室内を循環し、部屋の中の温度を急速に低下させていく。
円卓の領域の外―――通称『絶対氷獄領域ノースプリズン』に漂う-三十℃以下の冷気が入り込んでいるのだ。
「……暖房も付けろ。凍え死ぬぞ」
普段以上に口数の少ない御剣が、死んだ目で訴える。
「ちょっと待って。……紅蓮鉱の数が少ない。そろそろ、補充の時期」
「うむ…………そのうちにな」
円柱状の電気ストーブのような物体を霧が引っ張り出してきた。
それは中心に穴が空いており、その中に紅蓮鉱を次々に放り込んでいく。
「オン」
一言命令を下すと、中に入っていた紅蓮鉱が煌々と光り熱を放ち始める。
それは外気の冷たさを打ち消す以上の熱があった。
「―――なんだか、コタツが欲しくなりますね」
口調を『聖女』風に戻した会長がぽつりという。
「あー、この寒暖の差を感じるとコタツを思い出すよな」
賛同したのはタタコさんだ。
「もしあれなら、今度作って持ってくるか? ああ、でも倉庫が一杯なんだよな。そっちの掃除の方が先か?」
「……そういえばそうでした。前も同じような話をして、結局掃除をしてないからまた今度と言って流れてしまったんでしたね」
「じゃあ、今日は倉庫の掃除でもして終わりにします?」
「……そうしよう。どうせ他の三人は、死んでるし」
どうやら今日の活動らしい活動がなし崩し的に決定したらしい。
動ける体力の無い私達は、申し訳なく謝る。
「……いやもう、面目ないです」
「…………すまん」
「ぉぅぃぁぇぁぃぁぇーん」
がたがたと席を立つ音を聞きながら、私は円卓につっぷして目を閉じる。
きっと終わりの時間になったら彼女らが起こしてくれる事を信じて―――。




