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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
2/97

 日付が変わって。


「たのもーう! たのもーう! 山吹ー! 来たぞー!」


 昼食後の熱い緑茶を楽しんでいた私達の元に、どんどんと激しいノック音と共に不躾な上客が訪れた。

 いや、ノックを覚えた、という時点で不躾ではないのかもしれない。

 以前の彼女ならそもそもノックなぞせずに、扉をぶち破る勢いで店に上がりこんでくる筈なのだし。


「邪魔するぞー! …………なんだ、()るじゃないか。返事の一つくらいしたらどうだ?」


 豊かな胸を張りつつ、我が物顔で私の店に侵入してきた彼女は、眉を顰めながらそう言った。


「い、いらっしゃいませ、ミツルギさん……」


 小動物のように怯えるラミーを視界に納めつつ、私は彼女を見据える。


 御剣(みつるぎ)


 燃え盛る炎をそのまま閉じ込めたような色合いの、真紅の長髪をなびかせたブレイドマスター。着ている物も髪の色に合わせたかのように赤系の色で統一されている。

 その攻撃的ともとれるファッションセンスは見た目だけに留まらず、彼女の性格も同様にして苛烈。


 血祭りの。鮮血の。凶刃の。赤頭巾(レッドキャップ)の。鬼人の。


 以上は彼女……御剣という名前の前に良く付く接続詞の例だ。世間で彼女がそういう風に呼ばれている事から、まあ大体の察しはつくだろう。

 しかし物騒な仇名ばかりがついている彼女だが、こんなのでも一応大陸中屈指の実力者だ。おまけにソードマンギルドの名誉会長まで勤めているというのだから人は見かけによらない。

 突貫イノシシのような彼女に、会長職という事務方が勤まるかは甚だ疑問ではあるが。


「……私が返事をする前に、御剣が入ってきたんでしょう」

「おや、そうだったか? それはすまなかったな。……さて、私も喉が渇いた。茶をくれ」


 御剣はそういいながら、さも当然の権利を主張するかの如く私達のテーブルの席についた。

 私は彼女を半目で睨みつつ、苦情を伝える。


「……その前に御剣。あの手紙はどういう事。なんでよりにもよって昨日届いたの? おかげで昨日は大変だったんだけど」


 何かしらの事情があったのならば、まあ情状酌量の余地はある。

 急な用事が立て込んでいて、どうしても仕方なかったのだというならば、友人としてそのあたりは寛大に許してあげようというものだ。

 だが御剣の事だ。単に何も考えないで手紙を出してここに来た、という方がしっくりくる。


「昨日届いたのか!? おお、おお、最近の郵便屋は有能だな。三日前に速達で出したんだが、高い金を払っただけはあったようだ、ちゃんと間に合ったようで何より」


 そして実際にその通りだった。まるで悪びれる様子もない。

 うんうんと偉そうに頷いているが、何故御剣が偉そうにしているのかが理解できない。


「……三日前?」

「ああ、三日前だ」


 何かおかしな事を言っているか? と御剣がきょとんとした顔で私を見た。


「……じゃあ何。オーラムに来るのは前々から予定してたわけじゃなくて、急に思い立ったから来たって訳?」

「ああ。思い立ったが吉日と言うじゃないか」


 ……思わず頭を抱えそうになる。


「こ、このおバカ! なんで先週一言伝えるくらいできないんだ! いや、そうでなくても、せめて今週じゃなくて来週に予定を延ばすとかするくらい人に気を使うって事が出来ないのか!」


 勢いよく席を立ち、彼女の両頬をぐわしと掴み恨みを込めて引っ張り上げる。

 こいつ、やはり何も考えていなかった。郵便屋の怠慢を考えてしまった私を許してくれ! 郵便屋の何某君よ!


「んぐほぉ!? やへ、やへろやはふひー!」

「エクス系ポーション300本だぞ300本!? それ造るのにどれだけの材料と時間と労力がかかるのか知ってんだろうっ!? おかげさまでこちとら深夜まで残業したんだ! 私が嫌いなものを知っているだろう!? もう一度教えてやろうか? 1に残業2に残業、3、4も残業、5も残業だ!」

「わわわっ、し、師匠!? ストップストップー!?」

「わひゃっは、ひゃやまる、ひゃやまるはら!」

「…………くっ」


 泣きそうなラミーに止められてはこちらも弱い。まだ責めたりないが渋々両手を話すと、御剣は真っ赤になった頬を摩りながら謝った。


「……す、すまなかった。次はちゃんと注意する。御剣はおぼえました」

「……いいでしょう。許す」

「へへぇ」


 時代劇で殿様を前にした僕のように、御剣が頭を垂れる。

 こんなやり取りはもう何回くり返したか分からないが、見る人が見れば一体何事かと目を剥く光景なのだろう。


 方や「生ける伝説・剣神の御剣」。


 押しも押されぬ有名人が、半泣きで謝罪する光景。そりゃあ珍しいに決まっているのだから。

 ……ともあれ、これで私の溜飲も下がった。後は友人らしく、彼女を歓迎してやることとしよう。


「…………はぁ。よく来たね、御剣。お茶が欲しかったんだろう? 緑茶しかないけれど、許せよ」

「しか、も何も、他のを買っていた試しがないだろう。……角砂糖も頼んだぞ、3つだ」

「はいはい」


 テーブルに上半身をなげ出している御剣―――円卓No02を尻目に、私は台所へ砂糖壺を取りに向かった。



「―――スカイドラゴンのステーキが喰いたいんだ」

「は?」


 じるるる。と緑茶を啜った御剣がけったいな(おかしな)ことを言い出す。


「スカイドラゴン、ですか? あの危険なモンスターの……」


 ラミーが茶請けのブロッククッキーを御剣に差し出しながら聞く。


「ああ。オーラムより南方、森林地帯を分け入った先にあるウィングス山脈に生息する、あのスカイドラゴンだ」


 ドラゴンは何かとゲームやファンタジーにはつきものの怪獣だが、彼らは当然のようにこの世界に生息している。

 スカイドラゴン。

 ドラゴン族軽翼種。通常のドラゴンと比べて細身で翼が大きく、飛ぶことに特化したドラゴンの一種である。

 性格はドラゴンらしく凶暴。獲物を発見すると上空から急降下して、一撃離脱するという戦法を好む。滅多に人里に姿を現す事はなく、そして群れを形成する。

 レベルは53から58程度。この世界の平均で言えば、その脅威度は「場合によっては街が滅ぶ程度」には高い。

 なぜ始まりの街の近くにそんな危険生物が生息しているのかと言えば、それは私もよく知らない。

 ただ、ゲームにありがちな「最初の街の近くには実は隠しエリアがある」的なお約束が「悠久の大地」にもあったんじゃないか、という仮説を私は立てている。


「なに、王都の『カウ・カウ・カウ』でステーキでも喰うか。と思ったんだが、どうも口に出てたらしくてな。それを聞きつけたソードマンギルドの門弟の1人が、噂によるとドラゴン肉のステーキは絶品だと言うものだから。じゃあ、よし、食べに行くか、となったわけだ」


 あっけらかんと御剣は言うが、これが御剣の怖いところだ。ちょっとでも楽しそうだと感じたり、やろうと決めた事は何でも即断即決で実行に移してしまう。

 そのタイムラグはほぼ0だ。

 きっと彼女は、食べに行くか、と決めた瞬間にその足でここまで来たのだろう。

 彼女の門弟達は相当困惑したに違いない、同情を禁じえないな。


「じゃあ、よし。じゃないだろう。ソードマンギルドはどうしたんだ? 御剣、お前会長だろう、まさかほったらかしにしてきたの?」

「ん? 別にほったらかしにはしていないぞ? ちゃんと副会長に留守を頼んでおいたからな」


 それは確かにほったらかしではないが、ただの丸投げだ。そう大差ない。

 ソードマンギルドはちゃんと運営できているのだろうか? 他人事ながら少し心配になってしまう。


「………………まぁいい。とにかく事情は分かった、頼まれたブツは用意できてるから、さっさと引き取って山なり谷なり森なり好きに行って、好きなだけ狩りを楽しんできなさい」

「相変わらず仕事が早くて重畳重畳。場所は地下倉庫でよかったな? それと代金は」

「いつも通り。1本あたりヒールが1万、マジック2万、スタミナが1万で合計440万」

「わかった、440万だな……。ん? おい、計算があってないぞ。なんで40万も増えてるんだ」

「急ぎの依頼だから料金1割増し。嫌なら帰れ」

「おいおい! 私達(・・)の仲じゃないか! そんなにけちけちするなよ、なぁ山吹!」


 からからと笑う御剣は机の上に金板切手を4枚置き、その足で勝手知ったる我が家とばかりにウチの地下倉庫へと向かう。

 冗談のつもりに聞こえたのかもしれないが、私は半分本気だったのだが……。


「……師匠、前から思ってたんですけど、ミツルギさんって一体どんな人なんですか? 金板切手を小銭みたいに扱う人、初めて見ました。 っていうか、金板切手自体初めて見ます……ほ、ほんものですよね、これ?」


 ラミーが恐る恐る見つめる金板切手とは、簡単に言えば定額の小切手である。大金の掛かる取引において、面倒ごとを簡略化するために開発されたものだ。

 それなら普通に小切手でいいじゃないかと始めは思ったものだが、これ(・・)がこの世界の決まりらしいので、私達(・・)はしぶしぶそれに従っている。

 金板切手は1枚100万の値が付いており、これを銀行に持ち込めば同等の貨幣と交換してもらえる。

 他にも種類として銅板、銀板、白金(プラチナ)等がある。


「そうだよ。紛れもない本物」

「はへぇ~……お金持ちさんなんですね……」


 軽く溜息をつきつつ、仕方なしに金板切手を4枚懐に仕舞い込む。

 ラミーの目線がその動作を追っていたが、ある意味仕方ない。何せ100万なんて大金、私がラミーに与えている給料の約5ヶ月分に相当するのだから。


「ラミー。金持ちだからって、単純に凄い人なんだなって思わない事だよ。あいつはトラブルメーカーで、我侭で、傍若無人で、血に飢えた猟犬で、それでいて剣神だとか持ち上げられている危険人物なんだから」

「よくわかるような、よくわからないような……とにかく、師匠。それってやっぱり、色々な意味で凄い人っていう事なんですよね?」


 そうなんだろうか。


「…………そうなっちゃうのかな?」

「おいおい、酷い言い草だな」

「痛っ」


 痛い。地下倉庫から戻ってきた御剣が私の頭をチョップした。

 彼女のベルトには3つのずた袋が結われていた。


「……アイテムに問題あったりした? あるなら作り直すか、返金に応じるけど」

「ないな。それに、ポーション造りの腕に関しては、お前以上の者は居ない。信用してるよ」


 そう言って、御剣はウインクしながら私の肩を優しく叩く。


「……あっそう」


 返事は素っ気無くしたものだが、私の内心では底から浮かび上がるような悦びがじわじわと浸透しつつあった。

 どうにもこの体になってから、褒められる事に対する耐性が限りなく低くなっているらしい。

 それもアイテム製作関連が特に。

 こんなだから御剣の横暴も、本来は断固として許すべきではないのに許容してしまっている。ちょろいちょろいと円卓のメンバーに言われてしまうのも、無理もない事だった。

 私としてはそんな自分が腹立たしいことこの上ないので、せめてもの反抗にポーカーフェイスだけは維持する。


「さて。用事も済んだことだし、私は早速出かけてくる」


 きっとこれから、御剣は殺戮の限りを繰り広げに行くのだろうが、私は一応の確認も兼ねて待ったをかけた。


「ねえ御剣。今日は土曜日(・・・)なんだけど、夕方には帰ってくるつもりなんだよね?」

「無論だ。ああ、あとついでに宿を取ってないから、数日ばかり泊めてくれ。ここらの宿よりかは、お前の家のほうが大分グレードがいい。じゃ、行ってくるぞ」

「あっ、ちょっと、御剣!」


 こちらの返答を聞きもしないで、御剣は颯爽と出て行ってしまった。

 泊めてくれって……。しかも数日? そんなにも長い間ドラゴンを殺し続けるのだろうか?

 スカイドラゴンからすればたまったものではないだろう、合掌。


「あの、師匠? いいんですか? あの人、一人で行っちゃったみたいですけど……」

「いいのいいの、放っておいたって死にゃしないし、何より私より強いし」

「まさかぁ! 師匠よりも強いだなんて冗談ですよね?」


 御剣の事をよく知らないラミーはあははと笑う。いやぁ冗談じゃないんだなぁこれが。

 物騒な世界から縁遠い善良な一般人なら、普通はこういう反応だ。願わくばラミーにはずっとこんな感じでいてもらいたい。


「……あー、部屋の空きって、あったっけ」

「一応離れの方に、空き部屋がありましたけど……」

「……じゃ、そこ使おうか」


 今日だけかと思えば、しばらくの間騒がしい日々が続く事になりそうだ。

 私は半ば諦めの境地に至りながら、空き部屋に積もっているであろう埃を払う為に掃除道具を取りに向かった。







 時刻は深夜0時。

 結局、あの後御剣はちゃんと夕方に帰ってきた。


 全身を血で染め上げて、だが。


 もう血の赤なのか服の色の赤なのか分からない赤まみれの御剣が、いっそ清清しい程の笑顔で「大猟だったぞ!」と言った時は眩暈がした。おかげで不運にも出迎えてしまったラミーが玄関で失神したのだから。

 それからすったもんだの挙句―――魔法で頭から水をぶっ掛けてやったり、風呂場に押しこんでやったり、ちょっとした騒ぎになっていたオーラムの街の騒ぎを鎮めるために東西奔走したり、ラミーを介抱してあげたり―――の後、夕食を済ませ今に至る。

 ちなみに夕食はスカイドラゴンのステーキだった。

 たしかに美味だった。牛や豚とはちがう、濃厚な血の味が病みつきになる味わいだった。


「山吹、起きているか?」


 小さいノック音と、御剣の声。


「うん」


 私は日記を書く手を止め、扉を開けて御剣を招き入れる。


「先に行っててもよかったのに」

「そういうわけにもいくまい。ここの家主はお前だからな、私もそれなりの礼節とやらは弁えているつもりだ」


 変なところで律儀な奴だが、こういう気遣いは好ましいと感じられる御剣の数少ない良心の一つだ。


「それは結構。じゃあ、ラミーを起こさないように静かに行こうか」


 無言で頷いた御剣を連れ立って、抜き足差し足、地下倉庫へ向かう。

 暗闇に覆われた地下倉庫は、多くの薬品や怪しげな素材も相まって不気味な雰囲気を存分に醸し出しているが、慣れ親しんでいる私にとってはまるで恐ろしくもない。

 御剣は言うに及ばずだろう。この程度で怖がるタマではない。

 私達は暗闇の中を、なんの明かりの頼りも持たずにずんずんと突き進む。そしてとある一角で足を止めた。


「オープン・セサミ」


 古来より伝わる伝統的な開錠呪文を唱えると、何の変哲もなかった床に、四角い線が走った。続けて、四角く区切られた床が音もなく消滅し、その先に新たな階段が現れる。

 螺旋階段だ。私達はその階段を静かに下りていく。かつかつ、という軽い音だけがしばらくの間続く。

 10mほど降り続けて、やっと終着点にたどり着く。そこはちょっとした広間で、床一面に複雑な紋様の魔法陣が描かれていた。


「鍵は?」

「ここに」


 御剣が首から下げたネックレスの先にある、小ぶりな宝石を私に見せた。

 私も同じように、ポケットからどの鍵穴にも合いそうにないねじくれた貧相な鍵を見せる。


「じゃ、行こうか」

「ああ」


 頷きあった私達は、魔法陣の中央に陣取って、共に呪文を唱えた。


『我は円卓に集いし少女』

『我は盟約に従い、彼の地への飛翔を願う』

『聞き届けたもう。聞き届けたもう』

『我らが円卓よ』


 一言一句間違いのない呪文。それが唱え終わると同時に変化は訪れた。

 それはほんの一瞬の出来事だ。

 私達の肉体はこの場所から消失し、違う場所で再び出現した。

 転移鍵(ワープキー)を媒体とした転移魔法の効力により、私達は何千キロメートルと離れた地に一瞬で転移したのである。

 そして私達が転移した地とは、即ち。


「―――みなさん、最後の二人が来たようですよ。ああ、それにしても二人同時とは珍しい」

「今日は山吹の家に泊めてもらってるんでな、そこから来た」

「えー! 山吹ん家から!? いーなー! 俺も行きてー!」

「ねえ、それって春の新作? 一口頂けないかしら?」

「……ヤダ」

「何でもいいけどさぁ、揃ったんならさっさと始めようよ。眠くてしょうがない」

「それもそうですね。皆様お忙しい中お集まり頂いてるのですし。では、始めるとしましょうか」


 特別な事情を抱える、我等が円卓の少女達が集う。


 約束の地である。

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