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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
19/97

19

 ミハエルの案内の元『聖女』の私室に侵入を果たす。

 そこまでの道中は角を何回曲がり階段を何回下りたか覚えきるのが難しいくらいで、会長が普段からいかに座敷牢じみた場所で暮らしているのかがよくわかった。

 これでは確かにストレスも溜まり、気力も萎えるというもの。

 見た目がいかに整っていようが、ここは会長を閉じ込める鳥の篭にすぎない。


「……それで、なんだって急にあんな事言い始めたの?」


 ミハエルは外で待機しているが、このメンツで《サイレンス・フィールド》を使える人間が居ないので声量を大分控えめにして話す。魔法を覚えられる種類に制限はないが、その個数には制限があるためだ。


「うちも気になります」


 御剣の事だから、ただ単にミハエルをからかいたくて彼を煽ったわけではないだろう。

 ふん、と鼻を鳴らした御剣が遠慮もへったくれもない手つきで会長の私室を漁りつつ言う。


「ミハエルには見られては不味い物があるからだ。…………セラフはああ見えて責任感の強い奴だ、いかにストレスを溜め込んでいようが、法国をほっぽりだして逃げだすような真似はしない。しかも、エミルと共に失踪したなんて、いかにも駆け落ちじみた事を奴がすると思うか?」


 私が同じ立場なら駆け落ちは万が一にないとしても、バックレるぐらいはするのではと思うがあえて黙って先を促す。

 実際の所、会長は何千何万という法国の民を救った後も、ぐちぐちと文句は垂れつつも今までずっと法国の為に頑張っていた。

 それを今更放り出すというのは、確かにちょっと考えにくい。


「しかしだ、物には限度というものがあるように、きっと何かがあってセラフは限界に達したと思われる。そうなった場合の奴の行動を予想するに、きっと奴は"法国から逃げてはいないが逃げはした"のだろう」

「……どういう事?」


 相変わらずの言葉の足りない言い方に理解が追いつかず疑問符を浮かべる。


「それを確かめる為にも…………見つけたぞ、ここだな」

「ああ……たしかにこれはミハエルさんには見せちゃいけないですね」


 御剣がセラフの服が仕舞われた箪笥の中、やけに黒系が多い下着の山の奥に手を突っ込み、何かを作動させたのか小さな歯車が軋む音が聞こえ始めた。

 続けて箪笥が横にスライドし始め、そこにあった床が音も無く開いて地下に続く階段を覗かせる。

 恐らくそこが会長の作った、円卓の領域へ続く秘密の場所への入り口なのだろう、御剣の嗅覚は相変わらず鋭いな―――っていうか会長の下着凄っ!

 こ、これは本当にミハエルが居なくてよかったかもしれないぞ。

 『聖女』があんな清楚な服装の下でこんな扇情的な下着を履いていると知れれば、彼の抱く『聖女』のイメージが音を立てて崩壊することは間違いない。


「ん? ……こ……これって……『ティルベー裁縫堂』の新作では……?」


 そしてやけに下着事情に詳しそうなえちごやさんが、その下着の一つをつまみ目を見開く。

 その様子は下着の凄さというよりも、その物の価値のほうに驚いているといった感じだ。

 なんでそれが分かるんだろう。


「……高いの?」

「そ、それはもういいお値段してますよ。これたった一枚の金額だけで、一週間労せず暮らせるほどの。や、山吹さんこれは宝の山ですよ! 一枚くらい持って帰っても―――あいたっ!」

「それは流石に止めなさい」


 いくら金の亡者とはいえ、越えちゃいけないラインってのがある。

 身内がブルセラまがいの商売をやりだしたら、さすがの私でもえちごやさんとは今後のお付き合いの仕方を考える必要が出てくる。

 というかスラスラそんな考えが浮かんでしまうえちごやさんって、もしかするともしかしないだろうか。


「……まさかとは思うけど、えちごやさん自分の下着を売ったりとかは……してないよね?」

「…………………………してませんよ?」

「ちょっと待てなんだその間は目を逸らすなきさん(貴様)もしやとは思うが」

「おい、駄弁ってないで行くぞ」

「そうですね! 先を急ぎましょう!」

「あっ、こら!」


 真偽を問いただす前に、これ幸いとえちごやさんは御剣の後に続いてすたこらさっさと階段を下りていってしまう。しかしあの態度はどう見てもクロ。

 おいおい本当に本当なのかえちごやさん。一体何が貴女をそこまでさせるのか。

 そうまでして金が欲しい理由があるのだろうか、想像の範疇を出ないがなにやら闇が深そうである。

 ぶっちゃけて言えば、そんな闇には出来る限り関わりあいたくない。

 しかし私の良心が放置は不味いだろうと囁く。


「…………ちょっと、マジなんですか?」


 階段を下りえちごやさんの後ろにつくと、彼女は私に振り返って口元に指を立てた。

 それは万国共通の「静かに」のサイン。


「…………ね?」


 ……ね? じゃないでしょうに。


「――――――」


 私は渋面を浮かべつつも追及するのを止めた。どんな理由があるにせよ、自分の物を自分がどうしようとそれは人の自由というものだからだ。

 道徳的にそんなマネはよせと注意したいところだが、最早ここは健全たる日本国家ではない。ブルセラったとしても違法じゃない、立派な商取引だ。

 彼女は彼女なりに自分で責任が取れる立場の人間なのだし、これ以上深く問い詰めるのも野暮ってものだろう。

 ……こうして首を突っ込まないようにして立ち回るのは、日本人ゆえの悪いクセなのかもしれないなぁ。


「はぁ」


 もし相談事の一つでもされたら、話を聞くぐらいはしたほうがいいかもしれないと、私は心に小さくメモした。



 かつこつと響く音がしばらく続くと、私の家の地下にあるそれと同じような大きな広間にぶち当たる。

 その地面には巨大な魔法陣が描かれており、私達はその中心に立つ。


「ここまで歩いてきて会長の姿が無いって事は、まさかですけど、円卓の領域に?」

「かもしれんな。そこに居れば話はすぐ終わるのだが」

「どうでしょうねえ。ともあれ、これで納得が行きました」


 円卓に続く転移魔法陣と円卓の領域にある魔法陣は、双方向に繋がる魔法陣だ。

 しかし、それは別の魔法陣とは繋がっていない。例えばここの会長の魔法陣から円卓の領域に飛んで、そこから私の家の魔法陣まで飛ぶといった事はできないのである。

 なればこそ、もしも会長が円卓の領域に一時的に逃避していた場合に、御剣の言う"法国から逃げてはいないが逃げはした"という状況が成立するわけだ。


「……ええっと、鍵は?」

「ある」

「もちですよ」


 私はねじくれた鍵を、御剣はペンダントを、そしてえちごやさんは一枚のコインを取り出す。


『我は円卓に集いし少女』

『我は盟約に従い、彼の地への飛翔を願う』

『聞き届けたもう。聞き届けたもう』

『我らが円卓よ』


 唱え馴れた詠唱の果てに一瞬視界がブレて、私達は円卓の領域へと転移する。

 果たしてそこには。


「…………みんな?」


 少し震えているような声。

 円卓の上座には、服装がやや乱れた我等が円卓No01、セラフ=キャットの姿があった。

 彼女の目元は真っ赤に腫れていて、その手にはくしゃくしゃになったハンカチ―――たしかあれはルドネスのだ―――がきつく握り締められていた。

 円卓には何か液体が付着したのか黒いシミがいくつもある。


「……うっ、……うううっ」


 きっと美人が台無しになるぐらい泣きはらしたのだろうなという有様がありありと目に浮かぶ様な、会長の姿があった。


「うううううううう~~~~っ…………」


 私達の姿を見つけた途端、会長は顔をくしゃくしゃに歪めて唸るように泣き始めた。


「ひっ、ひぐっ、ひぃっ、ひぃっ、ひぃぃっ、うぐぅっ」


 普段のそれとは違う泣き方だ。会長は本当に悲しくて泣いている。子供のように、しゃっくりしながら泣いている。

 茶化せるような雰囲気でないそれに、私は暫し面食らい言葉を失う。

 しかし身体だけは言わずとも動いてくれた。


「会長」


 無意識ながら早歩きで会長の下へ行き、私はラミーからしつこく言われて持たされていた花柄のハンカチを渡した。

 そして黙って彼女の背を撫でた。御剣もえちごやさんも空気を読んでいるのか、黙ったままだ。


「えぐっ、やまぶ、ひぅっ、ううっ、みんなっ、ううっ」

「……大丈夫です、大丈夫ですから、ね」

「うんっ……ひぐっ……うんっ」


 背中を優しく叩くと、会長はえずきながらも何度も頭を下げて、そして泣いた。

 ここで薬を手渡すほど私はデリカシーなしでもクレイジーでもない。

 人間、薬だけじゃどうにもならない事がある。時にはこうして吐き出す事も必要だ。

 薬屋として薬まみれの生活を送っていた私は、いつしかそんな大事な事を忘れてしまっていたのかもしれない。


「――――――」

「――――――」


 御剣とえちごやさんが私を見て、無言で頷いた。

 これは本腰を入れる必要がある。

 今までは「まぁ会長の頼みだし」と思い嫌々ながらもやっていた面があった。

 だが今からはもう違う。本気で困って、本気で泣いてる仲間を見捨てるような輩は円卓メンバーには居ない。

 同じくこの世界に来た友の為に、同胞の為に私達はやる。

 会長を泣かせた輩が居るのなら少なくとも、乙女に涙を流させたそのツケを支払わせねばなるまい。

 ……会長が元男だという事は、ひとまず棚に上げておいても。


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