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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
17/97

17

(ああ……しかしなんだってこんな、俺が乙女ゲーのヒロインみたいにならなくちゃいけないんだ!)


 セラフは目を閉じ無言で首を緩やかに振る。そんな柔らかい表現で拒否を示すと、エミルは悲しげな表情を浮かべて渋々セラフの手を離す。

 その子犬のような瞳に、何故元男である自分がこうも熱狂的に愛されてしまったのかと、セラフの心が小さく痛む。


 ―――法国の為聖女と契りを交わす。神の血縁者として、そうあれかし。


 元々その立場上エミルは、法国上層部から英才教育的な指導を受けていた面があった。

 法国を導く。法国を発展させる。より多くの民に『聖教』の教えを広める。

 両親からも、誰からも。エミルはそうすべき立場の人間なのだと教えられてきた。

 だからなのかもしれない。

 自分を蘇らせてくれたとはいえ、まるで面識の無かった相手であるセラフとの婚姻を、さも当然の物としてエミルは受け入れていた。たった十一歳の少年がだ。

 それは日本で暮らしてきたセラフにとっては、異常の一言に尽きた。


(文化の違いって奴か……?)


 それがこの世界の常識なら、セラフにはどうする事も出来ない。かつての日本だって、それぐらいの年齢で結婚した人物は居る。

 それに所詮セラフは余所者だ。この世界に根を下ろしたとはいえ、まだまだ土地の空気や風習に慣れない事が多い。

 だが、文化の違いという言葉だけで済ませてはいけない疑問もある。


(でも……エミルはちょっと焦りすぎてる(・・・・・・)。まだ若いとはいえ、四歳も歳を取るポーションを何で躊躇わずに飲めた? 貴重な十代の半分近くを犠牲にしてまで、俺との結婚を急ぐ理由が一体どこにあるんだ?)


 たとえどんな人間であろうとも、若返るならまだしも自分からあえて老衰したいと願う人物が果たして居るだろうか。もしかしたら居るのかもしれないが、少なくともセラフの常識ではそんな人間はいない。

 単にエミルの抱く愛が限界を超えて、とにかく結婚したかったが為にポーションを飲んだという理由を除くならば、少なくとも現状ではエミルが婚姻を急ぐ必要性は皆無だ。

 法国は半年前の惨状の影も形も見えないぐらい平和になり、国家として非常に安定して運営できている。

 『聖女』とエミルの婚姻という吉事で、国民の感情を良好にしようという狙いも必要ない。

 そんな事ぐらい、十一歳ながらも非常に聡明なエミルは言わずとも理解できていた筈だったのだが。


(そんなに俺の事が好きになっちゃったのか?  ……いやいや、仮にそうだとしてもやっぱりおかしいって、必死すぎる。少なくともリアルで合いたいってウィスパー五時間連続で飛ばしてた、聖天使バリウスさんよりも必死だ、これは異常だろ)


 聖天使バリウスとはかつてセラフにレアアイテムを絞られるだけ搾り取られたネカマ被害者の一人だ。

 色々あって彼はネットストーカーと化し最期にはゲーム上でセラフの殺害予告までして、それをGMに咎められてアカウント停止処分を喰らっている。

 セラフにとってかなり恐ろしい思い出のある相手だが、そんな目に遭った後でもネカマをやめなかったあたり、セラフも中々に度し難いがそれを自覚していない。


(……出来れば「若返りポーション」を取ってきて欲しい所だけど、もし手に入らなかったとしても……いずれにせよ何か調べる必要があるのか、これは?)


 今までは可愛らしい弟分の暴走を抑えるつもりで動いていたセラフだが、どうにも何かきな臭さを感じる。


「……エミル様、そろそろ陽が落ちる頃合です」


 ゴブリン討伐に向かわせた皆が帰ってきたら、相談する必要があるだろう。

 夕日が差し込む庭園。今後の予定を密かに立てるセラフは、ガードが待つ出入り口に向けてゆっくりと歩みだす。


「そう……ですね」


 その背中にやや気落ちしたエミルの声を受け、少し罪悪感を感じながらも、セラフは振り返らずに言った。


「また明日、お会いしましょう。……私の事を慮って婚姻を申し出て頂けた事は嬉しく思っています。たしかに、独りで居る事を辛く思う時もあります」

「でしたら!」

「…………ですが、今はまだその時ではないのです。エミル様、まだ私には成すべき事がある、そう感じるのです」

「っ……」

「…………申し訳ありません。失礼します、エミル様」


 ミハエル以下数名に護られながら、セラフは大庭園を後にする。


(っはぁー、今回もなんとか乗り越えた! 適当言ってないかとか疑われてないよな? 大丈夫だよな? な?)


 前々回に断りを入れた内容とほぼ被っているが、ちらと振り返ったエミルの表情を見るにそれはバレていないらしい。

 セラフは人知れず安堵の息を吐きながら、護衛に四方を固められつつ大聖堂の私室へと歩んでいった。


「…………セラフ様……僕は……諦めません」


 一人残されたエミルは歯を食いしばり、握った拳を震わせる。


「絶対に貴女を御守りしなければ、ならないんです……っ!」


 彼の血を吐き出すような言葉を聞く者は、誰も居ない。

 大庭園の日陰、その暗闇でほくそ笑む影だけが、一つあった。


――――――


「あ゛~、疲れた」

「おつでっす。いやぁ、うちも久々に運動してくたくたですよ」

「……腹が減った」


 ゴブリンロード以下約二千匹のゴブリンを退治した私達は、借りた馬に乗ってその足を法国に向け進んでいた。

 屍山血河と化したゴブリンの巣があった場所だが、きちんと後始末をして綺麗にしてある。

 ゴーレムを用いて死体を一箇所にかき集めさせて、油を撒いてから《フレイムピラー》という炎の柱を生み出す魔法で焼き尽くした。

 残った灰などは地面を掘り返した大穴に捨てて埋め立てて、血だらけの地面も掘り返してカモフラージュ済みである。

 あのまま放っておくと遠からずアンデッドモンスター発生の温床と化すので、必要な措置だった。

 おかげで帰る頃にはとっぷりと陽が暮れてしまった。


「それにしても…………」


 私は先ほどから手で弄んでいる小瓶(・・)をつぶさに観察する。

 えちごやさんの《ダブルアップチャンス》で、アイテムドロップ判定を二回受けたゴブリンロードが落としたアイテムの一つだ。

 ゴブリンロードが落としたアイテムは全部で六つ。

 ボスドロップアイテムはパーティーを組んだ人数分落とすので、通常時の三個とスキル効果で得られた分の三個の合計だ。

 そのうち五個は、いわゆるハズレだった。

 ゴブリンロードの王錫、ゴブリンロードの王冠といったセット装備が二個と。魔封結晶石、ゴブリンロードの牙といった素材が三個。

 そして残りの一つが―――。


「会長は運がいいのか悪いのか……」


 課金アイテムの一つ、「若返りポーション」だった。

 ボスドロップの瞬間足元に落ちたポーションの瓶を見てまさか、と思ったが本当に手に入るとは思いもよらなかった。

 きちんとモンスターを二千体倒せて、低確率のアイテムテーブル6を参照して、しかも大量の課金アイテムの中から一つだけを引き当てる。

 幸運ステータスを引き上げたえちごやさんの力があったとはいえ、それは一体どんな確率の上に成り立っている奇跡なんだろう?

 これがもしあのクソスプレーだったら目も当てられなかった。

 『聖女』故の人徳がなせる業だろうか、是非ともあやかりたいものである。


「普段の行いがいいのだろう。何と言ってもセラフは『聖女』だからな」

「……うちとしては、その幸運にはもうちょっと頑張って欲しかったです。結局他に課金アイテムは出なかったわけですし」

「そう? ゴブリン装備だけでも結構な値が付くと思うけどなぁ。私達からすればいらない装備でも、この世界の人達にとっては喉から手が出る程の装備でしょ?」


 実際ゴブリンロードのセット装備は、単体でも装備自体に対ゴブリン種族への特攻効果があり、それは非常に強力だ。

 王錫に至ってはゴブリンの魅了効果があり、その辺の野良ゴブリン程度なら何でもいう事を聞く部下に出来るだろう。

 惜しむらくは、私達にとってそれらの効果は一切魅力的ではない事だ。

 ゴブリン程度魅了した所で、せいぜい弾除け程度にしかならないし。


「そうですけどぉ……、あーあ、『転移鏡』とか落ちてくれればなぁ」


 『転移鏡』とは課金アイテムの一つで、二個一組の鏡だ。

 任意の箇所で鏡を起動させ、また別の箇所でもう片方の鏡を起動することで、その両区間を自由に行き来できる個人ワープポータルを生成する効果を持つ。

 かつては私も幾つか場所を登録した『転移鏡』を所持していたが、全てこの世界に来た時に失ってしまった。

 おかげでこの世界を歩くのにも一苦労である。

 偶然見つけた円卓の魔法陣が転用できれば、『転移鏡』の真似事も出来るのだろうが……ままならないものだ。


「……えちごやさん、それもし手に入ってたら売ってました? それとも、使ってました?」

「ん~…………悩ましい所ですが…………値段によりますね。白銀(プラチナ)板切手十枚なら売ったかもです」


 金板切手より格上となる白銀切手は一枚一千万の価値がある。

 それが十枚、つまり一億だ。えちごやさんは『転移鏡』にそれだけの価値があると踏んでいるのだろう、私も同意見だ。


「安いな。私ならその十倍ふっかけられても買うぞ。……そんな大金は無いが」

「ふぅむ、流石の御剣さんでもそんなお金は持っていませんか。……ぶっちゃけたところ、一体いくら貯蓄してるんです? モンスター討伐でさぞ儲けたと聞いてますが」

「秘密だ」

「えぇぇ、いけずぅ」

「っていうかえちごやさんが円卓のメンツでは一番のお金持ちでしょうに。えちごやさんこそその財布の中に一体いくら隠し持っているのか……是非ともお教えいただきたいよねぇ、御剣?」

「うむ、控えめに表現して金の亡者たるえちごやの事だ。さぞ目の眩むような大金が眠っていると思うのだが」

「別に控えめでもなんでもないし普通に酷いですね御剣さん! ……ふーんだ、御剣さんが教えてくれないならうちも秘密でーす」

「……それは残念だ。つまりえちごやの所持金額は、永遠に分からずじまいという事になるな」

「はははっ」


 とにもかくにも、会長には吉報を届けられそうで何よりだ。

 残る問題は『若返りポーション』をいかにしてエミルに飲ませるかだが……その辺は会長がきっとどうにかするだろう。


「それで、みんな夕飯には何を食べたい? 私はトマト料理がいいんだけど」

「肉だ」

「高くて美味しいなら何でも!」

「……じゃあ、どっちも置いてそうなお店を探すとしましょうか」


 とりあえず、色々な問題は棚に上げて今は疲れた身体を休めよう。

 どうせ時間がかかるからと、次の謁見は明日の金曜日でいいと会長も言っていたし。

 私は馬の首筋を優しくなでながら、夜空に浮かぶ満天の星空を眺めた。



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