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「こらこら、逃げるな! まだ始まったばかりだろう!? 私と戦え! 経験値を寄こせ! 糧となれ! つまり―――死ね! ははははははははは!」
鎧袖一触。すっかり狂人と化してしまった御剣が踊るようにゴブリン達を血祭りにあげていく。
その勢いは時を重ねる度に増していく。御剣は血を浴びれば浴びる程強くなる凶刃アメノハバキリの効果によって、ゴブリンを殺す度に一時的ステータスボーナスを得ているからだ。
加算されるボーナス量は浴びた血の量によっても変動する。そのせいか、御剣の戦い方は酷く凄惨ではしたない。
「《居合い・五月雨》!」
ゴブリンの眼前に躍り出た御剣は、目にも止まらぬ神速でゴブリンを斜めに切り裂いた。
一瞬のうちに相手を五連続で切り付ける、ブレイドマスターの居合い系スキルの一つだ。
大量のダメージと出血ステータスを与え、また別の居合い系スキルに繋げる事も出来る性能を持つ。
与えたダメージの総量は一万を軽く越えるだろう。最大HPが60にも満たないようなゴブリン相手には酷く大げさな技だ。
しかしそれは当然知っての上でやっている。
そうやって大ダメージを与える―――オーバーキルをすることで、より血が吹き出る事を御剣はよく知っているからだ。
「G……GHYEEEEE!」
あまりの惨状に怯え逃げ惑うゴブリンたち。しかし勇敢な一匹―――レベル8の猛者だ―――が棍棒を振り上げ御剣に迫った。
御剣はそれをつまらなそうに見つめ、無造作に刀を振るう。
「なんだそれは? やる気があるのか? もうちょっとマシな攻め方をしてこい、つまらん」
無慈悲にゴブリンの腕が斬り飛ばされ、ゴブリンの手がくっ付いたままの棍棒が宙を舞う。
ついでとばかりに返しの刀でゴブリンの頭が切り落とされ、続けて落ちてきた棍棒を御剣は見もせずに片手でキャッチ。
その棍棒―――ノーマル等級の何の変哲も無いゴミ装備―――を一瞥しゴブリンに向けて放り投げる。
一直線上に放たれた棍棒はまさしく弾丸ライナーが如く、一体のゴブリンの頭部目掛け飛来した。
「GHI? ――――――GBBE」
一体何が起きたのか理解する暇も与えられず、ゴブリンの頭部と棍棒が共に爆砕し赤い霧の花を咲かせる。
「まったく。一度投げたぐらいで壊れるとは、そこらの石ころとなんら変わらんではないか」
「御剣基準なら棍棒も鋼の剣も一緒でしょ、どうせどっちも一発で壊しちゃうんだし」
「―――はは、違いない」
相変わらずの阿鼻叫喚の最中に、私とえちごやさんは遅ればせながら到着した。
血まみれの御剣を洗ってやりたいところだが、そうすると彼女にかかっているバフが消えてしまうので、私は魔法で水を出したりせず代わりにポーションを投げつけた。
「ほい、ミドル・スタミナポーションだよ」
放物線を描いて飛ぶ、黄色の液体が入った小瓶を御剣は難なくキャッチし、コルク栓を親指の力だけで飛ばして一息に中身を飲み干した。
「んぐっんぐっ……はぁ、やはり山吹のポーションは味がいいな。スボビタンEのようで、飲みやすくて良い」
さわやかな血まみれの笑顔の御剣が言う。彼女は私のポーションの味を褒めてくれたのだ。
「……そりゃあ、どうも」
……頬がにやけそうになるのを根性で抑える。
ああああああ! もうちょっと我慢しろよ味を褒められただけじゃないか私よ! なんでもない、普通の、事だろうに! がああ!
「……どしたんです山吹さん。ほっぺたがぴくぴくしてますけど」
ゴーレムの肩に乗ったえちごやさんが訝しげにこちらを見た。
「なん・でも・ない・です! ええい、ゴーレムたち、突撃しなさい!」
「GHHHHHOOOOOO!」
「ちょ、わわ、揺れ、揺れる! 安全運転モードとかないんですかこれ!」
わざとらしく激しい動きをさせながらゴーレムたちを突撃させる。
強い地響きとその雄雄しい姿にゴブリン達はすっかり萎縮してしまって、腰が抜けているものも何匹か居た。
そんな輩は後回しにして、まだ動ける胆力の残っているゴブリンから先にゴーレムたちは潰しにかかる。
それは実際文字通りの事だ。ハエを叩くように手を叩き付けると、そこに赤いペンキをぶちまけたかのようなゴブリンのひしゃげた死体が出来上がる。
意思のないゴーレムはただただ無感情に、そんな作業をくり返していく。
時々棍棒で殴られたり、蹴られたりしているがその程度の抵抗は巨象に蟻が立ち向かうようなものだ。
面倒くさそうにゴーレムが足元のゴブリンを握りつぶすと、自分たちの抵抗がいかに無意味かを悟ったゴブリンが絶望の表情を浮かべて膝をつく。
「……ごめんね。怨んでくれてもかまわないけど、戦いってこういうものだし」
私はそんな可哀想な一匹のゴブリンにむけて、アブソリュート・クロスボウから矢を発射して脳天を射抜いた。
クロスボウの冷気属性効果により、一瞬のうちにゴブリンの体が氷結していく。
嗚呼無常。せめて彼らに死後の安寧があらんことを。
「山吹さんは真面目ですねえ……。この世界の人達ならそんな事言いませんよ、『何、モンスター!? ならば殺せ根絶やしだ!』を地で行ってますし。文化の違いっていえばそれまでですけどね……よっと」
ゴーレムの肩にしがみ付いていたえちごやさんは、そんな事を言うと軽やかに飛び立って狙いを定め、一体のゴブリンの脳天に向けてダイコクテンを振り下ろした。
ぐしゃっという骨と肉がはじける音。ゴブリンの頭がへこむ程の一撃だ。絶命したゴブリンが仰向けに倒れながら、その死体から「ちゃりんっ」と気の抜けた音を発しながら銅貨が三枚飛び出てくる。
殺害したモンスターの強さに応じて、アイテムとは違い金をドロップさせるダイコクテンの特殊効果により金銭をドロップしたのである。
「ちっ、流石にゴブリン程度ともなるとしけてますねー。まあ無いよりかはマシですけど」
えちごやさんは乗っていたゴーレムに防衛を任せながら、落ちた銅貨を拾い懐に仕舞う。
こんな風に血に濡れた金が、えちごやさんの財布の中には結構な量が入っている。
ゲーム的に見ればなんらおかしくない光景だが、これが現実のものとなると中々に罪深い光景だ。
「二人とも! 増援が来た様だぞ!」
ばっさばっさとゴブリンを斬り捌いている御剣が声を張り上げる。
異常を察したゴブリンたちが続々とこの場に集まっているようだ、遠方から湧き出てきたゴブリンたちが黒い波のようになっている。
その数、目算にして五百は下らない。
「GOAF! GOAF! GOHOGHO!」
援軍を目にしたゴブリンの生き残りたちが気勢を取り戻したのか、目に見えて横柄な態度を取り始める。
『今降参するなら命だけは助けてやってもいいぞ?』。と言っているかのようだ。
「GOAF! GOA―――?」
そんなゴブリンの首が、また一つ宙に飛ぶ。
「うん? なんだ今の奴は、立ちくらみでもしてたのか?」
心底不思議そうな御剣は隙だらけなゴブリンをこれ幸いにと、首を狩ってしまったようだ。
彼我の実力差を見極められないとは哀れなやつめ……とほざくつもりは断じてないが、これではあんまりにもゴブリンが可哀想だ。
根絶やしにきた私達が言えるセリフでは無いけれども。
「あー…………そうかもね、うん」
私は曖昧に返事をしながら、アイテム・バッグの中から「ニトロポット」を四本取り出して全て左手の指の間に挟んだ。
「《ポーション・ストライク》《バラージ・ショット》」
スキルを組み合わせて発動し、「ニトロポット」を装着した矢を続けざまに四本をゴブリンの増援に向けて射掛ける。
少しの時間を置いて、向こうの集団で小規模な爆発が四回起きる。これで60体は潰せた筈だ。
私がやっている事は、要は人間迫撃砲だ。ニトロ系ポーションが尽きるまではこれを繰り返せる。
今持っている分を使い切る頃には、恐らく4、500体は潰せるだろう。
「むぅ……うちも負けていられませんね! 行きますよ、必殺! 《グラウンドショック》!」
えちごやさんが空高く飛び上がり、空中で一回転した後その勢いのままに地面に向けてダイコクテンを振り下ろす。
地面にダイコクテンがぶち当たると、局地的に地震が発生し大きな揺れを発生させる。
大地に立つゴブリンは、近場の生き残った数匹から遠方の援軍も含めて全員がその揺れに巻き込まれて、転倒のバッドステータス判定を喰らった。
面白いようにゴブリン達がすっ転び、遠目に見ていたゴブリンの援軍では将棋倒しすら発生していたのか、動くこともままならない様子。
これこそ《グラウンドショック》、超広範囲の転倒効果攻撃だ。ダメージ自体はゼロに等しいが、地面を歩く相手には効果が絶大なスキルである。
そしてそれは、現実と化したこの世界では当然味方をも巻き込む。
「OOOHHHHH……」
召喚したゴーレムのうち2体が転倒し、うめき声を上げる。その時不運にもゴブリンが巻き込まれ押しつぶされた。
「おっ、わわわわっ!?」
私は乗っているゴーレムを制御して事なきを得たが、せめて何か一言言ってからそういう範囲スキルは使って欲しい。
「ちょっとえちごやさん! 使うなら先に言ってくださいよ、倒れるかと思った!」
「あっ……み、味方にも当たるって事忘れてました……え、えへへ、ゆ、許してちょうだい?」
「敵をほぼ無力化できたから許す。許すが……次断りも無くやったら斬るぞ」
転倒判定を回避した御剣が光を宿していない冷徹な瞳でえちごやさんを見る。
あれは本気の目だ。多分次にえちごやさんが同じ事をやったら本当に斬る。
「ひぃぃぃっ怖いいぃぃぃぃっ! ごめんなさいいいぃぃぃっ!」
「うむ。では行くぞ、付いて来い」
涙目で頭を抱えるえちごやさんを一瞥した御剣が、ゴブリンの援軍に向けて駆けて行く。
つくづく待っているのは性に合わない性質なのだろう。
私はひとまず御剣の食べ残しが無いかだけを確認して、見事に死体しかなかったので倒れたゴーレムを起こしながら、えちごやさんと共に後を追った。




