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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
13/97

13


 『聖女』との謁見を終えた私達はひとまず夜も遅いと言う事で、『聖女』の計らいにより大聖堂の一室を借り受けそこを一夜の宿としてもらえる運びとなった。

 そこは高位の聖職者が暮らす部屋の一つであり、わざわざ私達の為に空けておいてくれたのだという。


「わお、これ羽毛だ。それに枕が安物の猛反発枕じゃない、頭が痛くない!」


 なるほど位の高い部屋だけある、たしかに寝具の一つをとってみてもいい出来をしている。

 一山いくらの安宿だと酷いものだ。形ばかりの板張りのベッドに薄布が引いてあるだけで、中に石でも詰まっていそうなカッチカチの枕が置いてあったりする。

 安眠にこだわる私としてはそんなものは一切許容できない、その点で言えばこのベッドは合格点を飛び越えて優の評価を付けられる。

 ベッドの柔らかさを堪能をしていると、部屋のドアを開ける音と共に背後から声がかかった。


「それはよかったな。ほら、差し入れを貰ってきたぞ」

「へぇ。さんきゅ、御剣……ってすごい格好だね」


 現われたのは湯上り特有の濃い熱気と湯気の香りを立ち昇らせた、首からタオルをかけた以外にはパンツを履いただけのほとんど裸体の御剣だった。手にはワインボトルとワイングラスを二つ持っていた。

 後ろ手に扉を閉めた御剣が持っていた物を備え付けのテーブルに置く。


「こういう教会は清貧というイメージがあるが、風呂に限ってはそうでもないらしいな」

「うーん……女の人が多いからかな? それとも、会長の差し金とか?」


 風呂に関しては大して期待もしていなかったのだが、大聖堂にある関係者用の大浴場は大量の湯を豪勢に使った規模の大きいもので、風呂文化に慣れ親しんだ私にとっては十分満足のいくものだったのだ。


「さあ、わからん」


 風呂ぐらい体が洗えるならそれでいいだろう。というスタンスの御剣はあまり興味がなさそうだった。


「…………むぅ」


 御剣のしとどに濡れそぼった赤い長髪が艶かしいように見えるが、しかし今の彼女は白のパン一だ。残念ながらちっとも扇情的には見えない。

 首からかけたタオルで乳房が隠れているのは御剣なりの配慮なのだろうか?

 最早私達は男同士ならぬ女同士なんだ、遠慮する事もないだろうに。

 ……いや、別に御剣のを見たいわけではない、決して。

 しかし……それにしてもでかいなこいつ。何カップなんだろう。


「……ちょっと、髪くらいきちんと拭いたらどう? 水滴が垂れてるじゃんか」


 よく見てみると、体の拭きが甘いのか御剣の髪から水滴がぽたぽたと落ちて、地面にいくつかシミを作っていた。


「むっ……これくらい適当でいいだろうに」

「よくないよ、ちょっと待ってて…………はい、そこに座りなさい。あと上着も着て」

「いや、だから私はいいと言っているんだが……」

「いいからとっとと座れ」

「あっはい」


 下手に美少女だからこそ逆に見過ごせないものがある。

 おせっかい焼きと言われてしまえばそれまでだが、正直言って御剣は自分の体に関心が無さ過ぎると思うのだ。

 無理やりに御剣を椅子に座らせた後、私はこぶしを握るようにして手で筒を作り、無詠唱で魔法を唱えた。


「《ヒートウェーブ》…………御剣はいつも髪の手入れを碌にしてないよね。そんな事してると、いつか髪の毛ボロボロになってハゲるよ?」


 本来は対多数の相手に灼熱の熱風を吹き付けてダメージを与え、後方にノックバックさせる魔法だが、意識して魔法の威力調整をすることで即席のドライヤーの完成だ。

 柔らかな温風を吹きかけつつ御剣の髪を拭いてやる。

 ……そういえば櫛でも持って来ればよかった、少し失敗したな。


「ハゲって……そういう山吹こそ、何か手入れをしているのか? 元男のお前が?」

「うっ……し、してるし! 毎日してるし! もうおかげでサラッサラのビューティーヘアーですから!?」

「……ほーう」


 正確にはラミーが家に働きに来てから毎日だが、そんな事をバカ正直に言う必要もないので黙っておく。


「……それにしても長い髪だね。戦闘中邪魔になったりしないの?」

「時には、な。だから一度面倒になってバッサリやった事がある」

「うへえ、ソードマンギルドの人達相当驚いたんじゃない?」

「ははは、そりゃあもうな。『ミツルギ会長、すわ失恋か』などと失敬な噂が立ったから二日で元に戻した」

「じゃああのバカ高い増毛剤買ったんだ? あれって金板2枚くらいしなかったっけ」

「うむ、おかげでいらん出費になった。もう二度とやらんよ」

「ふふふふ、そりゃ災難な事で」


 他愛ない会話に興じながら御剣の髪を手櫛で梳く。

 半年前までは、こんな風に女の髪に触る日が来るなんて想像もしていなかった。

 それどころか超のつく美少女と一つ屋根の下だ。そこらのラブコメでもこの展開に至るまでは相当に紆余曲折あろうものよ。

 …………って待て待て。御剣は元男だろうに。何を変な事を考えているんだ。


「あぁ……思ったよりもこれは気持ちのいいものだな。ドライヤーか……炎系の魔法を何か覚えておけばよかったかな」


 珍しい御剣の猫撫で声。耳朶をくすぐるようなそれに、思わずむず痒さを覚えてしまう。


「……魔法の調査はルドネスが一任してたでしょ、今度聞いてみたら?」

「そうだな……そうしてみるか……」

「多分炎系魔道書のひとつやふたつ持ってるだろうし、頼めば覚えさせてくれるよ」

「う……む……」


 御剣の声音が怪しくなってくる、もしかすると気持ちよくて眠くなってしまったのだろうか。


「……ふふ」


 船をこぎ始めた御剣が子供っぽく見えて思わず笑ってしまう。


「はいはい、終わりましたよ。風邪引いちゃうからパジャマ着て寝なよ?」

「うむ……ぅ」


 肩を叩き起こしてやる。立ち上がるもふらつく御剣だったが、なんとか服は着れたようでそのまま倒れるようにしてベッドにもぐりこむ。


「明日は七時だぞ……」


 芋虫のようにもぞもぞと動きながら言うと、そう間もなくして静かな寝息が聞こえて来た。

 驚く程の寝つきの速さである。それがまた御剣の子供らしさを強調する。


「全く……差し入れだとか言っておいて、結局飲んでないじゃないか」


 私はボトルの中身をグラスにあける。赤ワインだ。口の中に含むと独特の渋みと苦味、そして香りが広がる。

 飲み干すと胃の中からかあっと熱が広がるようだった。


「……世話の掛かる女だことで」


 普段は豪胆な姉のようで、しかしふとした拍子に年下の妹のような姿を見せる御剣。

 そのアンバランスさが、御剣特有の魅力なのかもしれない。

 こういう一面を知っているからこそ憎みきれないというか、なんというかお得なヤツである。


「私もさっさと寝ちゃいますかね。明日は早いんだし」


 空いたグラスを置き、部屋のランプを消して私もベッドにもぐりこむ。

 明日はハードスケジュールだ。早くに起きて準備を済ませた後、まずは人捕りから始めねばならない。

 それを済ませたら会長の言っていた北東のゴブリンの巣を退治。

 ゴブリンの種類にもよるから一概に言えないが、恐らく一日掛ければ終わる仕事だろう。

 せいぜいがレベル40ぐらいまでのモンスターの集団だ。所詮私達円卓メンバーの敵では無い。


 ……多勢に無勢? 馬鹿を言っちゃいけない。

 甚大なレベルの差とは、数を揃えれば埋められるほど単純な差ではないのだ。





 そして翌日。

 私と御剣は法国の宿屋を片っ端から捜索していた。

 そしてそれは約一時間で終わった。


「逃げられるとおもうてか」

「ま、まさかぁ。滅相も無い」

「うむ」


 目の前には眼鏡を外し、修道女の格好をしたえちごやみるく―――つまり変装をして隠れていたえちごやさんが居る。

 のんきにも紅茶を店先で啜っていたところを私達が確保したのだ。

 この世界の一般人ならともかく、私達を相手にそれだけの変装で逃げ切れるなどと高を括られては困る。


「……本当にどういう勘をしているんですか。わざわざ隠蔽スキルを六重がけくらいにまでしたのに」

「それはもう御剣大先生の嗅覚としか」

「警察犬か何かですか全く! ……それで、会長はなんと仰っていたので?」


 逃げられないと悟ったのか、えちごやさんはすっかり抵抗を諦めたようだ。

 ロイヤルマーチャントであるえちごやさんの戦闘力は、円卓メンバー中では最低。

 私と御剣が本気で追えば逃げられないのは自明の理である。


「結婚したくないからゴブリン二千匹殺してきてくれと言っていた」

「……すみません、文脈の前後にどう考えても関連性があるとは思えないんですが?」

「ごめんねえちごやさん、御剣っていつもこうだから」


 かくかくしかじか。と詳細な出来事を語るとえちごやさんの瞳に光が灯る。


「課金アイテムですって! でしたら付いていきます絶対行きます! んもう、人が悪いですねお二人とも! そんな大事なイベントでしたらもううちは喜んでついていきますってはい!」

「……あれ? てっきり嫌がるかと思ったんだけど」

「そんな事ありませんよ! だって課金アイテムでしょう!? 未知の商品、それは即ち莫大な利益を生む可能性があるって事です! このチャンスを逃すようでは商人は名乗れませんよ!」


 ああ、なるほど。おそらくえちごやさんはこの後手に入れられるかもしれない課金アイテムを、貴族あたりにでも売りさばくつもりなのだろう。

 希少性でいえば課金アイテムの価値はプラチナやアダマント以上の価値があるだろうし、えちごやさんが熱を入れるのも当然といえば当然かもしれない。


「いずれにせよえちごやが乗り気ならばそれでいい。二千匹のゴブリンの集団だ、ほぼ確実にボスモンスターが居ると見て間違いない。そいつを倒す時にはFA(ファイナルアタック)を任せるぞ、このメンバーで一番アイテムドロップに強いのはえちごやだからな」

「ええ、是非お任せください!」


 えちごやさんがどんと胸を張る。

 えちごやさんの職業であるロイヤルマーチャントは、主に金とアイテムの取得に有利となる特殊な職業だ。

 NPC商人との取引時に購入金額が減少し売却金額が増加するスキルや、モンスターを倒した時のアイテムドロップにボーナス判定を与えるスキルが代表的だ。

 攻撃系のスキルが極端に少ないうえ、覚えられるほとんどのスキルが幸運ステータスに依存している為戦闘には不向きだが、金策用キャラクターとしてこれ以上の職業は無い。

 今回はそんな彼女の持つスキルが、もしかしたら会長の危機を救うかもしれない。

 まあそれでも結局は運の問題だ。

 ボスモンスターを倒しても駄目だったら……その時は精神安定剤を普段の倍以上会長に持たせてあげるとしよう。



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