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「心当たり……御剣さんはもしかして『若返りポーション』を持っているのですか? でしたらすぐに私に頂けませんかつーかよこせ早く!」
意味深な態度にセラフが態度を急変させ掴みかかろうとするが、御剣はそれを軽くいなす。
「んぎぎぎぎぎぎ……」
「落ち着けセラフ、私は持っていない。私達の中に一人でも課金アイテムを持ち越せた者はいないと、以前に確認しただろう?」
私達、つまり円卓メンバーは全員「悠久の大地」から個人で所持していたアイテムを持ち越している。
例えば私が持っているアルケミスト用の装備一式であるとか、世界に二つとないキャラクター専用のアイテム・バッグであるとかがそうだ。
ただ、その中で課金アイテムだけは絶対に持ち越す事が出来なかった。
どうして消えてなくなってしまったのかはまるでわからなかったが、犠牲となった課金アイテム達の総額はそれなりの金額だったので、結構なショックを受けた事を覚えている。
……二桁万円行ってたのにな。
「……だったらおかしいでしょう。私達が持ち越せなかったアイテムを、どうしてこの世界の人が手に入れられたのさ?」
当然の疑問だ。少なくとも私達はこの世界で過ごしてきた結果、この世界に課金アイテムは無いという結論に至った筈である。それが今更、何故に?
「うむ、それなのだが……まずは二人の勘違いを正しておきたい」
「勘違い、ですか?」
「そう、勘違いだ。……では質問、課金アイテムとは何だ?」
「は? ……何って、課金アイテムは課金アイテムでしょう。運営にお金を払って手に入れるアイテムで、それはゲーム内では手に入らないもの。経験値を一日だけ二倍にするとか、そういう特別な効果のあるアイテムばかりだったでしょ?」
「うむ、それで?」
「それでって…………他に何かあるとでも?」
「はぁ……やはりそう考えていたのか、山吹。セラフも同意見か?」
「そう……ですわね」
やれやれとばかりに御剣が溜息をつくが、そんな事を言われても私にはまるで何の話か分からない。
そう思っていた私にとって、続く御剣の発言は目から鱗が落ちる内容だった。
「いいか? 今まで確信が持てなかった為に黙っていたが、確証が取れたから断言する。―――この世界にも課金アイテムは存在し、手に入れる事が可能だ。課金しないのに課金アイテムとは妙な話だがな」
「……え? 本当に? 嘘でしょ?」
「嘘をついてどうする? ほら、これが証拠だ」
そう言いながら御剣が懐から取り出して机の上に置いたのは、この世界にはあってはならない形をしたモノだった。
円筒状のそれは表面がラメ加工されており、部屋の天井の明かりを反射させてきらきらと光っている。
上部には何らかの噴射口とみられる穴とプッシュ式のボタンがあった。
恐らく、振ればカラコロと音が鳴るのだろう。
「これ、は……まさか……!」
そんな―――どう見てもスプレー缶にしか見えない物体は、私のような重課金者にとっては常に憎しみと苛立ちと共にあった、忌々しいあのアレ。
「染色スプレー……!」
課金ガチャの外れ枠である、あのクソッタレの、アイテムに色を塗るしか能の無い、五百円もの大金をドブに捨てさせる、ゴミアイテム……!
「なぜきさん(貴様)がここに居る……ッ!」
私はにっくき怨敵に向けて震える指を指した。
場合によっては爆砕不可避である。しかしながら、真に不本意であるが、せめてそれは御剣から事情を聞くまでは我慢しなければならなかった。
「私が先日手に入れたからだ」
淡々と言う御剣。私はその発言にピンと来るものがあった。
「もしかして、スカイドラゴンを狩りに来た時に……?」
「そうだ。そしてあの時、私が抱いていた仮説は正しかったのだと証明できた。本当は今週末の会議で結果を話すつもりだったのだがな……」
「ど、どうして黙ってたの!?」
「だってこういう事は秘密にしていたほうが面白いではないか」
「―――こっ、この……かっ……! ばっ……おばっ……!」
思わず御剣の両頬をつねりかけた私を一体誰が責められよう。
このおバカは事もあろうに、こんな重大な事実を面白そうだという理由だけで黙っていたのである! 天誅だ、天誅を下すべきである!
「…………くっ」
……しかして私はそれを必死に抑えた。何故なら今の御剣は円卓メンバーの中で、最も栄えある貢献を果たしたのだから。
そう、課金アイテムの発見。それはつまり我々にとって福音の到来である。
「け、経緯を! 何をどうやったら手に入れる事が出来たのか教えてください!」
課金アイテムとは、無限の可能性だ。
年齢の操作は言うに及ばず。武器防具の強化失敗時におけるアイテム消失の保護、死亡した場合の即時復活保険、指定した区間の永久個人ワープポータル生成。
ざっと頭に浮かぶ便利系アイテムだけでも、現実と化したこの世界における重要度は非常に高い。
もしもそれが手に入るのならば、容姿の変更すら可能にするだろう。
まあ一部の人間にとっては非常に残念なことに、性別の変更だけは課金アイテムでも不可能なのだが。
「……うむ、二人とも心して聞くがいい」
腕を組んだ御剣を前に、セラフと二人して神妙に次の言葉を待つ。
少しタメを作った御剣は、重々しく言った。
「―――とにかく、狩れ。飽きるまで狩れ。飽きても狩れ。そしてボスを狩れ。以上だ」
……いや普通に意味がわかんないんですが。
「…………ごめんなさい、素人にも分かるように説明して頂けませんでしょうか?」
「うん。御剣、私達は御剣みたいにプロじゃなくてアマチュアだから、もっと分かりやすくお願い」
「む? そんなに難しい事を言ったか?」
「言ったよ!」
そうか……。と御剣はおとがいに手を当ててうんうんと悩み始めた。
そして数十秒後、考えがまとまったのか御剣なりに噛み砕いて説明をしてくれた。
「まずだな。この世界のルールは大半が『悠久の大地』の通りである事は、各種の検証結果を見るに明らかだ。
私達はその検証結果に基づいて様々な地に赴き調査をした結果、課金アイテムはこの世に存在しないと結論付けた、ここまではいいか?」
そう。課金アイテムは存在しない。それが私達が出した結論だ。
怪しい情報を聞いては東に。これがもしかしたらと思えば西に向かい、全てが無駄足に終わったのだ。
私とセラフは黙って首肯する。
「しかしながら、恐らく『悠久の大地』にあったアイテムならどんなアイテムであろうとも、この世界には存在するだろうという結論にも至った、そうだな?」
またも頷く。
各人が持ち込んでいた様々なアイテムは、この世界にも存在する事がすぐに分かったからだ。
モンスターを倒す事で得られる単純な素材アイテムは言うに及ばず、私が作る低級の『ライト・ヒールポーション』なんかもそうだ。
同名のポーションは大陸中に広く普及している、製作者によって効果の差はあるにせよ、その程度は小さい。
「私はそこに目をつけた、ならばボスモンスターが落とすアイテムも全て手に入れられる筈だとな……。ごく一部のプレイヤーの間では常識なんだが、お前たちはボスモンスターのアイテムテーブルについて知っているか?」
まるで初耳である。視線をセラフに移すと、彼女も首を横に振った。
というかそもそもアイテムテーブルとはなんぞや。
ボス狩りなんてフレンドに連れられて行くくらいで、そう滅多にはやらないから全く興味がなかったのだが。
「普通ボスモンスターは倒すとアイテムをドロップする際に、何をドロップするかという判定を行う。
その時参照されるのがアイテムテーブルだ。アイテムテーブルは1から5まで分けられており、それぞれにドロップするアイテムが設定されていて、その数字が大きいほどドロップ率が低いという事になる。
例えば私が持っている凶刃アメノハバキリは、そのテーブル5に設定されていたアイテムだ」
御剣が腰のベルトをコツンと叩く。
彼女が唯一肌身離さず持ち歩く愛刀がそこにある。ひとたび抜かれれば、必ず鮮血の結末が待ち受けるという恐ろしい刀だ。
えらくはた迷惑な刀もあったものだが、御剣はそんな凶刃アメノハバキリを溺愛している。
「そんなシステムがあったんですか……知らなかったそんなの……。私はボスドロップするレア装備は、お友達から頂いていましたので……」
「私も金策してマーケット経由で買ってたから知らなかった。もしかしてWIKIとかに乗ってる情報だったりする?」
「いいや。一部のプレイヤー達のグループ間で出回っていたゲームの解析データが由来だ。
それをゲーム内で口にするとGMがすっ飛んできてアカウント停止措置を喰らうから、外部手段でしかやり取りできなかった情報でもある。…………この世界にはGMは居ないらしいというのも、これで確認できたな」
「へぇ~…………」
さらっと口にした御剣だが、実はそれって結構危ないラインをスレスレで通っていたのではないだろうか。
もし仮にGMとやらが居たらどうするんだ。死んでいたのかもしれないのに。
「で、だ。そのアイテムテーブルには、解析データにも載っていない隠しテーブルである6が存在する。
まだ『悠久の大地』が現実と化す前。つまり私がこの世界に来る一週間前に、とあるボスがドロップするはずのないアイテムをドロップした事でそれが発覚した」
「そのアイテムって……もしかして」
ここまで言われれば誰だってピンと来る。そのアイテムテーブル6のアイテムとはつまり。
「そうだ。本来ゲーム内では手に入るはずの無い課金アイテム。それをボスがドロップした。
テーブル6……つまり、課金アイテムテーブルの存在が明るみとなったわけだな」
課金アイテムテーブル。御剣はもしかすると、スカイドラゴンを狩る為にウィングス山脈に行った所で何らかのボスモンスターに遭遇し、それを打ち倒したところ偶然にもアイテムテーブル6を引き当てて、その結果机の上で堂々と屹立するクソスプレーを手に入れたのだろう。
それは果たして運がいいのか悪いのか……。
「じゃ、じゃあこの世界のボスモンスターを頑張って倒し続ければ、いつかは課金アイテムが手に入る可能性がある、と……?」
「厳密には違うが、概ねそのとおりだ」
「でもちょっとまってよ、前に皆で協力してボスモンスターを倒した時は、普通のドロップアイテムだったじゃないか」
いつぞやの凍えるような寒さの雪山を思い出す。
あの時手に入れた装備は、今も私のウェポンスタッカーの中で眠っている。
「山吹、それはアイテムテーブル6を出現させる為の前提条件が整っていなかった為だ」
「前提条件?」
オウム返しに聞いてしまったが、それはゲームの裏技につきものな奇妙な行動の事を言っているのだろうか。
上上下下左右だったり、アイテム欄の七番目でセレクトボタンを押しっぱなしにするとかの。
「うむ。単刀直入に言えば、それはモンスター討伐数がキーだ」
「討伐数? あの、たったそれだけ……ですか?」
「ああ、この世界に来る前の一週間で様々な検証が成されたが、ついぞアイテムテーブル6の出現条件を確定する事は出来なかった。
だが、事は実に単純明快であったらしい。規定数以上のモンスターを狩った上でボスモンスターを倒せば、それで出現条件を満たす。ひたすらボスを狩り続けているが故に、ザコモンスターには目も暮れなかった私達はそんな簡単な事にも気がつけなかった。まさに灯台下暗しという奴だな」
珍しく表情に影が指す御剣。彼女なりに無駄にした時間について思うところがあるのだろうか。
……円卓メンバーの過去、つまり前の世界で何をしていたかについては、皆あえて聞かないようにしている。
しかしながら御剣の話を聞く分には、彼女はゲームプレイヤーの中でもボス狩りを専門とする集団に属していたようだ。
円卓メンバーの中で誰よりも強いのは、その集団の中で培ったプレイヤースキルと手に入れた大量の
レア装備が由来なのだろう。
「それに条件を満たしていても、課金アイテムが手に入るという保障もなかった。
条件を満たした時、アイテムテーブルには隠された6番目が追加されるだけで、残りの1から5番目は健在だ。当然ボスを倒せば6番目だけでなく、1から5番目のどれかをドロップする可能性のほうが高い。
……だから、実際にこの目で課金アイテムを目にするまで、私は課金アイテムが手に入るかもしれないという仮説を信じきれずにいた、だから話さなかったんだ」
「そうだったんだ……。じゃあ御剣、話を纏めると、課金アイテムは手に入る。けれどそのためには、必要な数だけモンスターを倒した後で、ボスモンスターを倒し、その上で低確率のアイテムテーブル6を引き当てる必要がある……そういう事?」
「そうだ。だから初めに言っただろう? 飽きるまで狩り、飽きても狩り、その上でボスモンスターを狩れと。一体私が何のためにモンスターと戦い続けてきたと思っているんだ?」
「いや単に戦うのが好きなのかなって……」
「まあ、それは否定しないがな」
「なるほど……」
今明かされる驚愕の真実。
課金アイテムは課金しなければ手に入らないという先入観があったため、本当に驚いた。
御剣の話通りなら、きっとこの世界に住む誰かが幾つもの条件をクリアーして手に入れた『歳を取るポーション』が、巡り巡ってエミルの手に渡ったのだ。
だが戦闘狂の御剣をして飽きるまで狩れとは……。一体どれ程死体の山を築き上げる必要があるのだろう。
ちょっと聞くのが恐ろしいくらいなのだが、聞かないわけにもいかないので聞く。
「ねえ御剣、その必要数って……どれぐらいなの?」
「ああ、恐らく二千だ」
聞き間違えだろうか。今桁のおかしな数字を聞いた気がするのだが。
「…………は? ごめん、もう一回言ってくれる?」
「だから二千。モンスターを二千体だ。前の世界ならいざ知らず、今の世界で二千体は……それこそ、飽きるだろう? まぁ実際の数はそれより少ないのかもしれないがな、私は二千も倒せば条件を満たすと予想したからそうした。運よく課金アイテムが手に入って、無駄な殺生に終わらず本当によかったと思っている」
にせん。二千。2,000。
……………………頭が痛くなってきた。
二千匹もモンスターを殺せというのか、どんなジェノサイドだ。それは最早人あらざる悪鬼羅刹の所業だ。
それを御剣以外に成しえた人物が居るというのもまた恐ろしい。もしかして伝承に謳われる英雄の誰かがやったことなのだろうか?
しかもそれだけ殺した上でも課金アイテムが手に入るかどうかは分からない、加えてドロップするアイテムが『若返りポーション』である確証もないときた。
……うん、これ無理だ。
「――――――よし、帰ろっか。セラフは残念だけど結婚してください、考えてみれば王妃みたいな立場だろうし、悪くないと思うよ? 頑張れ、頑張れ!」
私はかつて無い程の最高の笑みで言った。
最早ここに用はござらん。事ここにいたり事態はやる、やらないの問題ではなくなったのだ。
非常に残念だが、彼女には新しく人妻として第二の人生を歩んでもらいたい。
「待て、お前だけは逃がさん!《ライズストレングス》」
颯爽と部屋を出ようとする私の腕を、無詠唱の魔法で強化された腕力でもってセラフが締め上げる。
ちっ、流石会長。行動が早い。
「まあお待ちなさい山吹さん。まだ帰るには早いでしょう? それにまだ話は終わっていませんよ?」
ぎりぎりと締め上げられて腕の骨が悲鳴を上げる。
あ、ヤバイ、セラフさんマジで気合入ってる。骨折りに来てる痛い痛いこれ本当に痛い!
「お、おーけーおーけー。私座ります話を聞きます私逃げません約束するおーけー」
「それはよかったです。さあ、おかけになって?」
「はい」
無理やりに席に座らされ、しかしながらセラフは私の腕を掴んだままだ。
下手な真似をすれば折るぞという脅迫である。『聖女』にあるじき暴力に訴えた説得に私は涙が出そうだ。
「…………ふふふ、私は今この時ほど、神の存在を感じた事はありません。こうも偶然が重なると、見えざる何者かの介入を疑ってしまいます」
そう言いながら、セラフは胸のあたりで十字を切った。
「何、会長。その言い方だと、二千匹もモンスターを倒さないといけない件について何か解決策がありそうだけど?」
ふてくされつつそう言うと、セラフは厳かに神託を伝える巫女の如く、朗々とした声で言った。
「―――法国で処理しようとしていた案件を貴女達に任せます。これより北東の地に赴き、異常発生したゴブリンの巣を焼き払いに行きなさい。
観測されたゴブリンの数はおよそ二千匹。これを一匹残らず悉く駆逐し、法国に平和をもたらすのです。
これは主命です、拒否は許されません。貴女達にエミル神の祝福がありますように……。
あとそれとは別に精神安定剤も置いていくように……」
セラフの手に力が込められる。断れば折る、という意思表示だ。
くそう。だからろくでもない事が待ってるって思ってたんだ。
大体そういう予感は当たるんだよなぁ、本当にもう! どんなご都合主義だ全く!
……非常に不本意ではあるが私は溜息をつきつつ、無言で頭を下げた。




