放課後に告白するだけの話
授業がすべて終わり、教室から生徒が一人ひとりいなくなるのを、僕はただ見ていた。
友達と帰るやつらがいれば、部活へとかけていくやつもいる。補習だなんだと騒ぎ立てるやつもいれば、そのまま動かず、本を読み始めるやつもいる。
早くみんな帰れよ。そう言って教室から追い出せたらどんなに楽だろうか。呼び出す場所は確実にココではなかった。
放課後18時に2-4の教室で待ってます。 三島健太
ただそれだけを描いたルーズリーフを、彼女に渡したのが今日の昼休み。手汗でほんの少しよれてしまったルーズリーフを彼女は両手で受け取ってくれた。
「心臓うるさいな。止まってくれないかな」
声に出してキャッカンセイを高めると緊張状態が和らぐらしい。ちょっとよくわかんない上に変わってないし。
手汗をかきすぎて、そろそろ手の内側に水たまりが出来そうだ。口の中はべたつくような不快感があるし、額に汗をかいてる気がする。
この状態であと1時間以上も待つことになると思うと、今晩は病院のベットの上で寝ることになるかもしれない。
彼女――高橋 葵さんへの想いを自覚したのは、本当につい最近だった。
最近なんとなく視界に入ることが多いなとか、集団の中から後姿を見てこの子可愛いなって思ったら高橋さんだったとか、好きなタイプの話をしてると高橋さんに当てはまることが多いなとか。
まぁここまでそろえばさすがに気がつくものだ。いつからそうだったのかはわからないけれど、案外早い段階でひとめぼれをしていそうだ。そのまま気がつくことなく、過ごしていた可能性もあって自分が怖い。
今頃はグラウンドで必死にボールを追いかけていることだろう。一度だけ見たことがあるが、普段のおっとりとした雰囲気など一切なく、凛としたかっこいい女子だったのは覚えている。
これで僕もバリバリの運動部で、どこかの部活のキャプテンなんてしていたら、それはそれはお似合いだったろうに。あいにく数週間テニス部だったことのある、帰宅部エースという情けない肩書しかない。
彼女との間にこれといって接点はなかった。ただ何度か日直を一緒にやったことがあったり、委員会なんかも一緒だったことがある。
ただ、部活の有無であったり、名前も離れているため学校生活で行動が被ることなんてまずない。それこそこちらが意図的に重ねない限りは。
もしかしたら彼女は2年連続で同じクラスであることすら、知らない可能性も。
胃が痛くなってきた。
フラれたらどうしよう、なんて考えることもある。というか、何度も考えたからこそ、1年も遠くから見ていることになったのだ。
ただ、少し冷静になって考えると、フラれたところで遠くから見ているだけの日々に変わることはない。
目をつむって彼女のことを考える。
以前彼女が部活の友達と話しているのが、聞こえてきたことがある。決して盗み聞きをしていたわけではなく、聞こえてきたのだ。女3人で姦しいというけれど、相当な声の大きさだった。
その中で気になる異性の話を振られていた時、彼女は笑っていた。本当に彼のことを考えるだけで、幸せだと言わんばかりに、ほんのりと頬を上気させ、照れたように笑っていた。
その時初めて胸が引き裂かれたかと思うほどの痛みを感じた。胃がきゅっと縮み、その場にへたり込んでしまうほどの痛み。そっと教室から逃げたのを覚えている。
だからきっと今晩は、枕を濡らしていることだろう。襲ってくる痛みはあの時の比ではなく、未来の自分が時間をさかのぼって、告白はやめとけと言ってくるかもしれない。
それでも、と思うのだ。それでも、仲よさげに男子と話している姿を見たくない。僕ではない誰かのことを考えて、そんな幸せそうな顔をしてほしくない。彼女のことを考えていると知ってほしい。そして、僕の半分の時間でいい、僕のことを考えていてほしい。
だから、受け入れられなくても、拒絶されても。そう思うのだ。
気がつくと、教室の床が茜色に変わり、グラウンドから聞こえていたの掛け声もずいぶんと小さくなっていた。
もうすぐだ。心臓がうるさい。足も震えてる。何より怖い。
神様。どうか、今だけでいいんです。今だけ僕を守ってください。弱くて頼りない僕にどうかほんのわずかな勇気をください。自分の内側に傷を抱える勇気をください。
教室の扉に人影が見えた。シルエットだけで分かる。彼女だ。
恐る恐る、ゆっくりと扉を開けた彼女は、僕を視界にとらえたとたん、体を緊張させた。
汗をかいた後のほんのり濡れてる髪も、小さな手も、角のない優しい目も何もかもがきれいだ。
僕は今世界で一番幸せだ。彼女の瞳には僕しかおらず、彼女の耳は僕の言葉を聞き逃さぬよう集中していることだろう。
さぁ、神様。無信仰な僕をほんの少し支えてください。
「高橋さん」
「は、はい」
あぁやっぱり震えてる。手も足も声も、小鹿のように小刻みに震えている。
教室にあるスピーカーからホタルノヒカリが流れ始めた。じきに完全下校時間となるだろう。
「好きなんです、すごく。なんだかも、こう、手をつなぎたくなっちゃうぐらい」
何を言ってるんだろうか、僕は。というか、何が言いたいのだろうか。すごく変態ではなかろうか。
「嬉しいです。すごく」
「え?」
あほ面を晒しているだろうな、なんて頭がすっと冷静になった。
それから鳥肌が立った。全身が喜びを表現したがってるみたいに。
彼女の前で馬鹿みたいに拳を上にかがけた。
明日死んでも僕は笑顔で逝ける。意味の分からない自信があった。
「あーーおいちゃーーーん」
とたん扉が音を立てて開いた。部活の友達が数人なだれ込んできた。なるほど部活終わりに呼び出しだと、こういった弊害もあるのか。
姦しい3人組となった彼女たちを遠目に見つめる。この中の一人が僕の彼女である。
「あっ」
姦シーズがこちらを向いた。やっぱりかわいい。
まだ終わってなかった。気持ちは聞いたのだ。勝ちが確定した勝負をしよう。
「僕と付き合ってください」
その後すぐに巡回の先生に見つかり、追い出されるように学校を後にした。
返事は聞けなかったけれど、もうどうだっていいのだ。
茜色の帰り道に伸びた大きな影は、一つにつながっていたのだから。