悪役令嬢に転生したら、悪どい執事がついてきまして・・・
乙女ゲームのキャッチコピーは秀逸な物が多い。
今日は学校の鉄道研修ですわ。おーほほほ。
おっといけません、お嬢様口調になっていました。
つい最近気づいたのですが、私、ゲームの世界に転生していました。
がたがたと地面が震えます。
おっといけません、ちょっと脇に寄らなければ。
甲高い汽笛の鳴る音が聞こえ、振動が大きくなり。
黒くて大きな列車が、もくもくと煙を出しながら近づいてきます。
轟音を立てながら、地面を震わせ、私のすぐ近くを通り抜けます。
そう、このゲームの一押しは汽車。
差別化目的のためか、キャッチフレーズが、「汽車と旅する、恋する物語」でした。
中世ヨーロッパ風の世界観の中で、汽車が走り向けます。
とても疾走感あふれるゲームです。
時速150km程のスピードで暴走する汽車の屋根に上がり、ライバルと決闘しながらこれまでの思いを口にするキャラクター達に、私は思いを馳せました。実際はそんなスピードのでまともにしゃべる事なんて無理なんですけどね。ふぁさ~と揺れる髪はリアルだったのかもしれません。
そんなゲームの中、私が転生したのは悪役令嬢。
「鉄道王」と呼ばれている、巨大鉄道会社一族の令嬢です。
あくどい手口で次々に土地を買収し、一台で富を築いた、コーカス・ヴァンダービルト郷の孫娘、マリー・ヴァンダービルトです。
最近は慈善事業をしていますので、悪評は改善されつつあります。
勿論、それを主導したのは私です。
私が記憶を取り戻す前は、それはそれはひどいありさまでした。21世紀の日本でしたら、すぐに会社が潰れ、一族郎党刑務所行は免れなかったでしょう。
慈善事業により、会社、一族のイメージUPを図りました。
記憶を取り戻すは前の私は、平気で庶民の顔を札束で叩き、暇つぶしにジュースをヒロインの顔にぶちまけていました。今思うと完全にどうかしてました。
あの当時は、純情というか、直情型の性格でした。
しかし、今の私は違います。
慈善の心に目覚めています。というよりも正気に戻りました。
が、やはりというべきか、私が変わっても、周りは変わりません。
皆、私を遠巻きに見ています。
先程もいいましたが、今日は鉄道研修の日。
先生の先生が、鉄道の歴史や設備について、運用中の線路を歩きながら説明するという、ちょっとデンジャラスな授業です。ゲーム本編では、ここで選択肢を間違えると、狡猾な悪役令嬢の罠に嵌り、ヒロインは列車に惹かれて死にます。
何故か、悪役令嬢の高笑いが響く中、生生しい死亡イラストが表示されます。
軽くトラウマを覚えました。
ですが、今は私が悪役令嬢です。
そんなことは起きません。というか、起こしません。
◇
「マリーお嬢様、仕掛けがすみました。これで、あのヒロイン、大変なことになるでしょう」
こっそりと耳打ちする執事のしお爺。
したり顔で、あくどい顔が実に似合う。
「しお爺、言ったでしょ。私はもう前みたいなことはしないの。誰にも嫌がらせはしません。すぐに解除して」
しゅんとなり、怪訝な表情をするしお爺。
「お嬢様、どこか悪いのでしょうか?」
正論をいうと心配される私。
はぁ~落ち込んじゃう。
でも、それが今の私の評価。
「どこも悪くないわ。私は生まれ変わったの」
より一層怪訝な表情で私を見るしお爺。
「そうですか~。ですが、今から仕掛けを外すのはちょっと難しいですな」
「え!どういうこと?」
「実は、次にくる列車にとある細工をしたんです。予定ではいい感じに脱線してヒロイン、ヒロインの友達含め、一掃する予定でして、既に手付金も払っております」
そういえば、ゲームではそんなイベントだった。
そうだよね。
わざわざ令嬢自ら仕掛けるわけじゃなくて、管理も依頼も執事任せだよね。
悪役令嬢は高笑いするだけ。
でも、心が入れ替わった私はそんな大惨事を起す気はありません。
どうにかして防がないと。
「しお爺。どうすればそれを防げるの?」
「防ぐんですか?正気ですか?」
しお爺が驚愕の表情をする。
そんなに驚かなくても・・・さすがに心が傷つきます。
「はい、防ぎます。で、どうすればいいんですか?」
「そうですか。う~ん。どうでしょうか」
しお爺は禿げた頭を光らせながら考えます。
う~ん、う~んとうなります。
私はその頭を見つめます。
案外、綺麗な頭蓋骨の形をしている。
「そうでした!」っとポンと手を叩くしお爺。
「実行犯には、ヒロインの写真を渡しています。汽車から双眼鏡で確認して突っ込む手筈になっています。もし、上手く見つからなければ、とりあえず貧乏そうな娘目がけて突っ込みます」
なんとも適当というか、大胆な。
私は「ふぅ~」とため息を吐きます。
「大丈夫です、実行犯はすぐに始末しますので、足がつくことはありません」
またもやしたり顔になるしお爺。
しお爺は、悪だくみをしている時が一番活き活きしている。
人生楽しそうだ。
「それで、大惨事をとめるには?」
「はい、そうでした。単純にこの授業を強制終了させましょう。先生に圧力をかければすぐですよ。実はですね、私、あの先生の弱みを握っていまして・・・へへへ」
又しても不気味に笑うしお爺。
もう気にしません。
「そうですか・・・」
それでは、また私の悪評が広まってしまいます。
それは困ります。
折角慈善事業をして、イメージUPを図っていますのに。
「その、もう少し、私の評判がよくなる解決方法はないのですか?その良いイメージでですよ。慈善事業をしているとか。悪評ではありませんよ」
「そうですか~それは中々難しいですね。私の専門外です」
きっぱりと言い放つしお爺。
そうですよね。
今まで散々あくどい事をやっておいて、いきなり良い事をするのは難易度が高いです。
ちょっと高望みしすぎました。
それでは、時間がないのでしかたがありません。
最初の案でいきます。
「しお爺、最初の案でいきます。先生に圧力をかけて辞めさせます。私が直接話をつけてきますので、その先生の弱みというものを教えてください」
「お嬢様自らですか!!さすがです。とうとう動き出されるのですね。最近の慈善事業といい、お嬢様の成長、嬉しく思います。私、嬉しく思います」
何故か感動するやす爺。
なんか勘違いしてる気もするけど、今は時間がないので。
「しお爺、弱みをお願いします」
「はい、かくかくしかじかでして」
私はしお爺から先生の弱みを聞き出します。
ほう。なんとも生々しい話です。
ですが、どうやってこの話をつかんだのか、しお爺の手腕に驚きを覚えます。
「分かりました、ではまいります」
「はい、私もお供します」
◇
先生は説明しながら線路を歩いている。
優等生のヒロインは、最前列で話を聞いている。
私が近づくと、ビクッと震える先生。
生徒は自然と道を開ける。
「先生、質問、よろしくて」
「な、なんだね、マリーさん」
「ちょっと詳しい話になりますので」
といい、私は先生に近づきます。
ビクビク震える先生。
私は他の生徒に聞こえない声で、
「先生、不倫してますよね。教務部の○○先生と」
「な、何をいっているんだ、私は・・・・」
「私、知っていますの。証拠もありまして」
私は金髪の縦ロールを手で弄りながら、先生をチラチラと見つめます。
記憶が戻る前に覚えた威圧の技術がここで役立つとは・・・
悩む先生。
私は決め台詞を放つ。
「私の家名、知っていますわよね」
沈黙。
そして項垂れる先生。
そこで先生は落ちた。
「それで、なんでしょうか?」
「簡単なことです。私、歩くのに疲れました。今すぐ授業を中止して学校に戻ってくださいな。馬車の手配は結構ですよ。私の分は既に手配隅ですので」
「分かった」
「物わかりがよろしくて」
私は先生から離れ、元の位置に戻ります。
先生は生徒に説明します。
「先生に急用が入りましたので、今日の授業はここで終わります。皆さん学校に戻りますよ」
「え~」
「なんで?」
と次々に上がる声。
と、そこに一つの声。
「先生、残りの時間、ここに残ってもいいですか!」
生真面目なヒロインが最前列で声を上げる。
「僕もお供するよ」
攻略対象の、男の声。大商人の息子だ。
お金がかかった派手な服装。一目で分かる。
まぁ、私のドレスに比べれば安いものですが。
「まぁ、時間通りに帰ればな」
そういって、授業は終わった。
って、終わっちゃった・・・
◇
ヒロインは、その男と二人で線路を歩く。
それを見る私としお爺。
「お嬢様、どうしましょうか?」
どうしましょう?
それは私が聞きたい。
どうしましょう?
そういえばヒロインの売りは生真面目な所と、学習意欲でした。
すっかり忘れていました。
「石でも投げて線路から追い出しますか?」
といいながら、近くにある石を拾い狙いをつけるしお爺。
腕をふり、角度を調整している。
「止めて」
と言うが、いい考えが浮かばない。
「ですがお嬢様、後5分もすれば列車が到着しますよ」
5分。時間がない。
私は必死に頭をめぐらせます。
横ではしお爺が石の狙いを調整しています。
どんだけ石を投げたいのでしょうか?
ですがいい考えが浮かびません。
ならば、
「しお爺。私、ヒロインに話をしにいきます」
「危ないですよ、もうすぐ列車がくるんですよ」
「大丈夫です。すぐにすみますので」
「そうですか、私もお供します」
◇
ヒロインに駆け寄る私達。
「御機嫌よう、ヒロイン」
「御機嫌よう、マリー様」
ヒロインはびくつきながらも私を見つめる。
横では大商人の息子が成り行きを伺っている。
「早速ですが、場所を移動しましょう。よろしくて」
私は目で線路から離れた場所を促す。
しかし、
「折角ですが、私、もう少し線路を見ていたいのです」
鉄道オタクみたいな発言だが、この世界では意味が違う。
勤勉な少女。
「あちらからでも見られるのでは?」
「私、線路に触れて、触って、直に鉄道を感じたいのです」
不思議系な発言ですが、この世界では勤勉です。
ヒロインは掌で線路を触り、何かを感じています。
その姿に、だんだんイライラしてきました。
目の片隅には、鉄道の姿が見えます。
「お嬢様」
しお爺が私に小声で話しかけます。
最早しかたがありません。
時間がありません。
人命第一です。
私はしゃがみこんで線路を触っているヒロインを見下し、
「私の線路から、その汚い手足をどけてくれてもよろしくて。この線路を所有しているのは我がヴァンダービルト家。庶民の足で穢れて事故でも起こったらどうしてくれんですか」
「え、その、私は・・・」
怯えるヒロイン。
「おい、マリー。さすがにそれは言いすぎだろ」
大商人の息子が私を非難する。
だが、今はまともに相手をしている暇はない。
「あなたの家、私の一族から借金をしていますよ。今の発言、訂正しなくてよろしくて?」
私は縦ロールをいじりながら平然を見つめる。
狼狽える大商人の息子。
「爺や、風を」
「はは!」
大きなセンスで私を仰ぐしお爺。
ふぁ~と揺れる髪の毛。
演出です。
黙り込むヒロインと大商人の息子。
視界には、どんどん近づいてくる列車。
早く線路から離れなさいよ。早く。
私は心の中で毒つく。
「ほらほら、お行きなさい。庶民は地べたを歩くのがお似合いですよ。爺や、風で飛ばしてあげなさい」
しお爺がセンスでヒロインと大商人の息子を仰ぐ。
うざったいぐらいに真近で仰ぐ。
活き活きとした顔のしお爺。
歳をとった顔からでる特有の圧力を風にのせる。
その圧力に負けてか、大商人の息子がヒロインに語りかける。
「行こう、ヒロイン」
「う、うん」
そういって線路から離れる二人。
それを満足げにみる私としお爺。
「しお爺、私たちも早く逃げますよ」
「はい。お嬢様」
そうして避難する私たち。
後ろでは汽車の音がすぐ近くでなっている。
そして、とどろく爆音。
その音の発生源は脱線する列車。
それが私たちの後を追ってくる。
私達は全速力で走る。
「ど、どうなってるのよ?」
「分かりません。とりあえず、仕事分の働きをするために脱線させたのでしょう」
「はぁ~はぁ~」
息が。
私、お嬢様なので、この世界ではほとんど走ったことありません。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
そのまま走り抜ける。
後ろから黒い塊が横滑りしながら追ってくる。
土煙を巻き起こしながら。
その煙が私たちにを飲み込む。
「お嬢様、このままでは巻き込まれます。失礼します」
「え、ちょっと」
しお爺は私を抱えると、今の3倍程のスピードで走り抜ける。
土煙を抜け、高台に出る。
そこには手配していた馬車が。
しお爺は私をその中に押し込みます。
窓から外を見ると辺り一面は騒然としています。
土煙が消え、その残骸が見えます。
しかし、幸いなことか、ヒロインたちもクラスメイトも遠まきにそれを見ており、誰も巻き込まれていないようです。
ふぅ~よかった。
すると、どっと疲れがおしよせてきて、私は意識を失いました。
◇
意識を取り戻すと、まだ馬車の中でした。
馬車は動いており、ゆるやかな振動が腰をうちます。
「お目覚めですか、お嬢様」
しお爺の顔。
「はい。どうなりましたか?」
「仕入れた情報によると、死傷者は0人のようです」
「そうですか」
よかったです。
改めて結果として聞くと嬉しいです。
「それで・・・・」
「はい、万事ぬかりはありません。私たちに繋がる証拠はゼロです。私たちが巻き込まれそうになったことが、功をそうしました。民衆には、事件ではなく、事故と認識されているようです。それにいい噂もあります」
ニヤニヤするしお爺。
嫌な予感しかしない。
「それはなんですか?」
「はい。事故原因は、「穢れた庶民が線路に触れたからだ」という噂です。ヒロインの名前も挙がっております。噂では、野蛮なヒロインが高貴なマリー様を陥れるために謀ったとか。そんな感じですね」
「はぁ~」っとため息。
なんでしょう?
確かに私の悪評が広まらなかったのはいいのですが、これでいいのでしょうか?
目の前ではしお爺が嬉しそうに笑っています。
その笑顔を見ていると、私も元気が湧いてきます。
私に尽くしてくれて、活き活きとしているしお爺。
記憶が戻った後、攻略対象の男の子には興味すら抱きませんでしたが、しお爺には何故か親しみというか、興味を感じます。
なぜでしょうか?
この感情はなんでしょうか?
分かりません。
でも、今日も私はしお爺と悪役令嬢を演じます
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
他にも悪役令嬢物を書いておりますので、宜しければお読み頂ければと思います。