不穏な気配
*Side:星砂 癒織
先日ついに、久遠くんと妹ちゃんが魔術を習得した。
魔力を隠蔽するものなど普通に生活するにあたって必要と思われる魔術を使っておいたので、きっと大丈夫だろう。
久遠くんまでボクみたいに避けられたら可哀想だからね。妹ちゃんも少しずつ快方に向かっているらしいし、ボクのしたことが良い方向に転がることを祈るしかないね。
因みに、今は昼休み。……つまり。
「癒織、探検に行くぞっ!」
無敵くんが突撃してくるということ。
……というか、キミが転入してきてから何日経ったと思っているのさ?
すでに六月ですよ、無敵くん? キミの頭のなかは空っぽなのかい? 昨日も一昨日もボクが学校中案内して歩いたよね!? ここは普通の学校だから、キミが思い描くような隠し通路みたいなものはないんだよ!?
いい加減諦めて欲しい。大体探検って……。キミは、自転車を買ってもらったばかりの小学生か?
「……今日は疲れているから、女の子達と行ってきてよ」
一通り突っ込んでから言った。
嗚呼、机ちゃん……。冷たくて気持ち良い。
無敵くんも、キミと同じくらいに役に立てば良ければいいのに……。
我ながら何を言いたいのかよく分からないコメントをしながら、机に突っ伏した。
「そうよ、あたし達と行きましょう?」
「探検なんて久しぶりだわ! とっても楽しそう!」
そうそう、最近クラスの女子生徒達が積極的になったんだよ。これでボクが睨まれることもなくなるだろうと思ったんだけど、全然そんなことはなかった。何故なら……。
「でも、俺が癒織と行きたいって言ってるんだから、行かなきゃ駄目なんだぞっ!」
Oh……。
キミにどんな権限があるというんだよ。
でも、これ以上粘ってもボクの希望が通らず女子の反感を買うことは目に見えているので、諦めて席をたった。それでも少し睨まれているけど、こちらの方がまだましだ。
面倒なことに、女子達はボクが無敵くんと行動すると嫌そうな表情になるくせに、彼の要望を聞かないと可哀想だとこちらを責めるのだ。
……まあ、最近は久遠くんが助けに入ってくれることもあるから、一概に前より大変とは言えないけどね。
「今日は、屋上の方に行くぞっ!」
無敵くんが、ボクの腕を掴んで駆け出した。だから、痛いってば……。
「屋上は先輩方の特等席と暗黙の了解になっている、と説明したよね?」
「学年で差別するなんて、可笑しいだろっ」
差別とかのそういう話ではないのだけど。
キミもその学年になったら、同じように使えるのだから我慢してよ。
だけど、やはりというか無敵くんは意見を変える気はないらしく、けたたましい足音を響かせながらボクを引きずって行った。
近所迷惑。……嗚呼、皆さん、申し訳ない。
そして、これでも彼に幻滅しない女子達は本当にどういう神経をしているのだろうか?
そういえば、上級生に突っかかる無敵くんと行動する(限りなく不本意)ボクは先輩方に良く思われていないらしく、最近突き刺さる視線の量が増えてきた気がする。
というか、屋上って……。
馬鹿は高い所が好きとか言うしね。……あ、先輩方に失礼か。
ボクが現実逃避をしている間にも、無敵くんと先輩方の口論(一方正論、他方ただの要望)はヒートアップしていく。
あー、そろそろ止めるか。……嗚呼、面倒だ。
「無敵くん、先輩方の言っていることが正論だからね」
「癒織、お前も俺と同じ意見だよなっ?」
ボクが口を開いた途端、同意の言葉だと思ったのか満面の笑みを浮かべた無敵くん。
「……」
暫し沈黙するボク。
「いや、先輩方が」
「だよなっ」
え、わざと? ……いやいや無敵くんにそんな高度なことが出来るはずがないか。
流石に今回ばかりは、先輩方もボクを少し気の毒そうに見てくる。
……このままだと、休み時間がなくなる。背に腹は変えられないか。
(【闇転。忍び寄る闇、彼の物に宿りて操れ。……傀儡】)
ボクは、無敵くんの上靴に魔術をかけて退散することにした。
「わあっ!? まだ話は終わってないぞっ!」
「……申し訳ありませんでしたー」
ボクは、喚き足りなさそうな無敵くんを引きずるようにして帰還を果たした。
所変わって、今はボクたちの教室の前の廊下にいる。
「どうして謝るんだよっ!? 俺らは悪いことしてないだろっ!」
いやいや、しているよ? キミだけだけどね。確かに、「俺ら」の「ら」の部分だけなら否定出来るかもしれないけど。
「お願いだから、先輩をたててくれないかな? せめて、敬語を使うとかさ……」
ボクの言葉に、無敵くんは本気で不思議そうな表情になった。
「何でだ? 言いたいことは言わないとだめなんだぞっ!」
話の論点がずれてきているけど? なに、キミは敬語だと言いたいことが言えないのかい?
「……とにかく、今回はまともな先輩方だったけど、あのまま話していたら暴力に訴えるような先輩が来ていたと思うんだよね」
心の中では、無敵くんの矛盾を指摘しつつ表面上は普通に話す。
実は、学校で魔術を使う羽目になった原因はそれなのだ。
……何だか嫌な予感がすると思って魔力を伸ばしてみたら、少し悪意のある気配を感じたんだよね。
先輩の一人がそわそわしていたから、彼が連絡したのだろうけど。
「とにかく、せめて引き際はわきまえて行動してよ。でないと、いつか痛い目をみるよ」
無敵くんがまた何かを言い出す前にボクは教室に戻った。
同時に鳴ったチャイムの音。
良かった、間に合った……。次の授業の先生、来るのが早い上に厳しいからね。
ホッと息を吐いたボクは、急いで教科書類を机の上に並べた。
因みに無敵くんもぎりぎり間に合ったので、先生に怒られる様子は拝めなかった。
……残念。
家に帰ったボクは、今日一日を無事に過ごせたことにほっとして一息吐いた。
久遠くんにも言ったけど、仕事の量が増えているように感じるんだよね……。
前までは、少し大きな歪みは週に一つあるかないかぐらいだったのに、最近は二、三日に一つ位のペースで起こっている。
小さな歪みは数えていないから分からないけど、やっぱり数割り増しの量になっている気がする。
推測し得る理由としては、異世界の魔力に影響されてパワーバランスが崩れたからだろうか。
いよいよ何かが起ころうとしているのかもしれない。気を引き締めないとね。