召喚の間
キリが良いところで切ったので、短めです。
*Side:???
神殿の陣の真ん中に一人の少女が立っていた。大きな錫杖とローブを羽織った姿だった。
その少女は、その場で跪くと何やら長い詠唱を開始した。
彼女の周りには、濃い魔力に反応した青色の精霊が飛びまわり始めた。だが、彼女にはその姿は見えていないようだ。その証拠に彼女が今使おうとしているのは、水属性の力ではない。
【……――時空よ、繋がり結合せよ。我願う、呼び掛ける声。……魔連結。我請い願う、強固な繋がり。……時空洞。我選ぶ、勇気ある者。我捧ぐ、我の魔力。……魔力奉納。時空を司りし神、お力を。……勇者召喚】
唱え終えると同時に、澱んだ黒い球体が現れた。それは彼女の足元にバスケットボールを一つ落とすと、その場から姿を消した。
「……! これは、もしかして……? ……でも、何に使うものなのかしら? 水晶みたいに媒介になったりするのかもしれないわよね。……セイリー!!」
バスケットボールといってもこの世界にはないものだ。しかも、異国風の文字が刻んであるといえば、用途が分からないリリアーナには何かの儀式に使うものに見えたのだ。
リリアーナは、考えるより人を呼ぶことにしたようだ。彼女が名前を呼び終えると同時に、聞こえてくる扉を叩く音。
「どうなさいましたか?」
「とにかく、早くいらっしゃい」
落ち着いた青年の声に、彼女は興奮さめやらぬ様子で返した。
「……失礼します」
音もなく扉を開けて現れたのは、銀色の長髪を持つ青年。
セイリーと呼ばれた彼は、少女に跪いた。
「ああ、もう! そんなことしなくて良いのよ。今はそれどころじゃないんだから!」
「……いかがなさいましたか? リリアーナ様」
焦れったそうな反応の少女に、困惑の目を向けるセイリー。
それもその筈。見目が良いセイリーを侍らせるのが気持ち良いと、必要以上にかしずかせているのは、他でもないこのリリアーナなのだから。
「ちょっと、これ見て欲しいのよ!」
リリアーナは先程現れたバスケットボールを自慢気にセイリーの顔面に突きつけた。
「これが、どうかしたのですか? 確かに、あまり見ないものではありますが……」
セイリーは、ボールの近さに眉をひそめながら言った。微かに、嫌そうな表情だった。
「もう! 察しが悪いわね。召喚したのよ、これを!!」
「は? 今まで一度も成功せずに、ここを何度も水浸しにした貴女が、ですか?」
セイリーは、呆れたように言った。今まで、何度も召喚された水の処理におわれた身としては、疑いたくもなるというものだろう。
「……わたくしの方が偉いのよ? ちゃんと理解しているのかしら?」
「一応申し上げますが、私は神に仕える身ですので、貴女と主従関係にあるわけではないのですよ?」
ため息を吐くセイリーを見て、不機嫌になるリリアーナ。
「そういう態度をとって良いのかしら? ……わたくしは、いつでもお父様に言い付けられるのよ?」
セイリーはほんの一瞬だけ悔しそうな表情になったが、直ぐに感情の読めない微笑を浮かべた。
「申し訳ございません」
リリアーナはそのことに気が付かなかったようで、満足気な表情になると頷いた。
次話、主人公目線に戻ります。