癒織さんの魔術教室 *2(久遠 氷雨)
大変なミスをしていた様で、申し訳ありません。
「そろそろ決まったかな?」
僕達は、星砂の言葉に頷きで返答しました。
「じゃあ、妹ちゃんから」
言いながら、時雨を視線で促す星砂。
「欲しい植物を作り出す、とか出来るですか?」
「うーん……。出来るには出来るけど、初心者には難しいかな。ちょっと変えても良い?」
時雨は、少し不安そうにしてから頷きました。
「何もない所から物を生み出すのは難しいからね。……何かしらの植物を素材として使う錬金術みたいな能力なんだけど」
「問題なしです! 錬金術……。格好いい響きなのです!」
星砂の言葉に目を輝かせた時雨は、両手を上げながら答えました。
こういう行動をするから年相応に扱ってもらえないのですよ?
無表情の中に少しだけ苦笑らしきものを浮かべた星砂は、次に僕の方を見ました。
「そうですね……。体感温度を変えることは出来ますか?」
「問題ないよ。慣れれば、複数にも使えるようになると思う。……努力しだいだけど、体感温度を上げたり、物の温度自体を変えることも出来るかもしれないよ」
……氷から連想したので、温度を上げる方は想定していませんでした。
「氷属性は火属性? との相性が悪そうなイメージがあるのですが……」
「うーん、そういうイメージを持っている人は多いみたいだけど、実際は相性が悪いなんてことはないよ。むしろ、同じ様に温度を伴う能力だから感覚が似ていてまとめて練習する人もいるくらい。……まあ、今回のは氷属性の延長として創る予定だけど」
やはり、物語とは違うということでしょうか。
「さて、この二つを魔術の形にするのはボクに任せて。……キミたちには、まず魔力を認識してもらわないと」
星砂は、言いながら僕達を手招きしました。
星砂に近付くと、透明な膜を通ったような不思議な感覚がしました。
「……?」
「……! 久遠君は気付いたみたいだね。まさか一回で気付くとは思わなかったけど。今、ボクの周り一メートルに魔力を展開しているんだ。……無属性すら付けていないから、何の効果もないんだけどね」
「純粋な魔力の塊ということですね」
「そういうこと。……妹ちゃんはボクの魔力の範囲の内外を出たり入ったりして、感覚が掴めたら教えて」
「僕は、何をすれば良いのですか?」
「魔力を使う状態を体に慣れさせないといけないから、取り敢えずは体内の魔力を探してもらおうかな。あと、キミたちに魔術を使うからそれを受け入れてね」
星砂は、僕達から少し距離をとると、詠唱にはいりました。
【無転。漂いし無、内部まで探りて彼の者の属性を暴け。……解析】
内容は何となく解るのですが、詠唱の言葉は聞いたことがないものでした。星砂は、時雨にも同じ魔術を使ってから口を開きました。
「やっぱり久遠くんの属性は、氷・水。次いで光に適性があるみたいだよ。妹ちゃんは、植物・大地。次いで闇だね。……闇だからって迫害されることはないよ。もし、そんなことを言う人がいたら相手が無知だとひけらかしている様なものだから、気にする必要はないからね」
星砂は、少し不安そうな表情になった時雨に安心させるように言いました。とは言っても、無表情のままですが。
語尾は明るい雰囲気で良く喋るのに無表情……。器用ですね。
そのあと、星砂は暴走を防ぐ目的と思われる魔術を使うと、満足気に頷いて帰っていきました。
魔力に触れたその日のうちに、魔術を扱うのは危険だからだそうです。
因みに、時雨は時間内に魔力を見つけられなかったので僕が手伝いをすることになりました。時雨くらいかかるのが普通で、僕が異常に早かったらしいです。それを聞いた時も、少し口元が緩むのを感じました。
あの日から毎日、星砂の監修の元で魔力操作の練習を行っています。お陰で、無敵を撒くのが少し上手くなった気がします。
何故魔力操作ばかりやるのかというと、基礎の出来ていないと、体の何処かに魔力が溜まってしまっていても気付けなかったりと、大変危険だからだそうです。
星砂が良く解るように噛み砕いて説明してくれたので、僕も時雨も早く魔術を使いたいとは思いませんでした。
星砂から魔術解禁の許しが出た時には、初めて家に招いた日から十日が経っていました。
「さて、一応だけど、魔力操作を見せてもらっても良いかな?」
頷きで返答すると、僕達は魔力を出して思い思いに動かしました。練習の成果か、手足とまでは言いませんが、魔力をかなり自由に使えるようになっていた僕達は合格をもらうことが出来ました。時雨が、小さくガッツポーズをしている様子を目撃しました。
まあ、僕も人目がなければ同じようなことをしていたかもしれないので曖昧に笑っておきました。
「……まずは、詠唱を教えるから覚えてね。じゃあ、妹ちゃんから」
星砂は、ポケットから出した植物の種を見せながら言いました。
【森転。香る草花、この種に宿りて願いを叶えよ。……幸華。願うは癒しの力なり。……癒華】
唱え終えると同時に、先程の種が黄緑色の光を放つ小さな花になりました。
「凄いです、格好いいのです! あれを覚えるのですね?」
「……あの、今まで星砂が唱えていたものより長くないですか?」
「そうだね。ボクが唱えているのは、かなり省略しているから。まあ、キミたちが今出来る限界まで短くしたから、今の詠唱も結構省略しているんだけど」
やはり仕事というだけあって、相手の実力などを見極める能力も必要なのでしょうか?
「……慣れれば、幸華だけでイメージの効果を付けることも出来ると思うよ。そうすれば、相手から読まれにくくなるし……。一応、名前は自分で考えてくれて大丈夫だよ。ボクのイメージで適当に決めたやつだしね」
「分かったなのです。どうすれば、発音出来るですか?」
「その魔術を使った時に起こる現象を思い描くことだね。……まあ、大抵最初は成功しないから気長にね」
「頑張るのです。……えっと、因みに星砂さんが短く詠唱するなら、どうなるです?」
それは、僕も気になっていました。時雨、ナイスです。
「んー、良いけど、あまり変わらないよ?」
念を押してから、星砂は詠唱を始めました。
【愛しき華よ、この種に宿りて癒せ。……癒華】
先程と同じ現象が起こりました。
……ですが、何度見ても飽きそうにないですね。
「今のより短くしようと思ったら、詠唱破棄になって参考にならないから、これくらいにしたんだけど……。こんな感じで良いかな?」
僕と時雨は頷きました。
「……星砂は、詠唱破棄も出来るのですか?」
「いや、今の魔術は無理だね。詠唱破棄は、ある程度使い込んだ魔術でないと出来ないから。前に見せた【飛翼】とかなら出来るよ」
星砂は、言いながら一瞬だけ純白の翼を出して見せました。
それを見た時雨が、アホ面になっています。
気持ちが分からないこともないですが、この子供っぽい雰囲気は、いつになったら治るのでしょうか?
「……あ、詠唱の初めの言葉が違ったのは何故なのです?」
「他のものも紹介しようと思ってね。実際、詠唱の出だしは使う魔術の属性を指定出来る言葉であれば何でも良いんだ。……結局は、自分のイメージに合ったものを選べば問題ないよ」
星砂はそこまで言うと時雨に植物の種を渡して、僕の方に向き直りました。
「さて、次は久遠くんの番だね。これから、キミの体感温度を変えるよ」
一言断ると、星砂は僕をじっと見つめました。
【氷転。冷たき氷、彼の者に馴染みて冷せ。……冷涼。願う力は、継続なり。……延長】
寒いほどではなく、体が程よく冷えてなかなか魅力的な魔術です。
僕も早く使えるようになりたいですね。
【凍てつく氷、彼の者を囲いて熱を閉じ込めよ。……保温。願う力は、増幅なり。……温暖】
途端に体が暖まりました。こちらも暑すぎることもなく、少し冷えた体に丁度良い温度です。
詠唱を教え、少しの時間練習を見守ると星砂は帰っていきました。
どうやら、急に仕事が入ったらしいです。最近、こういうことが多いので少し心配です。
因みに、星砂がいないところで魔術練習は絶対にするなと念を押されました。
……まあ、これは当たり前ですよね。