癒織さん、初上陸する
「どうなっていやがるっ!?」
「知るもんか。クソッ」
「とりあえず、人がいない方に逃げるぞ!」
「ああ」
二人の男が、海へ続く道を走っていた。
男とは言っても、片方はまだ少年の域を抜けきっていない見た目で、もう片方もせいぜいが二十歳に見えるかくらいだ。
「……!?」
その時、年長の方の男――松葉杖らしきものをついている――が、何かに躓いて転んだ。
「ちょ、大丈夫か?!」
「……チッ、やらかした。先に行け!」
立ち上がろうとした青年は、ずきりと走った痛みに顔をしかめた。
その青年と、自分たちが今まで走ってきた方向とを交互に見る瞳は、迷いによって揺れていた。
「~~っ、後で戻ってくるからな!」
「……おうよ!」
男――黒髪に黒目――の言葉に、松葉杖の青年は明るい笑みを浮かべた。
「クソッ、俺何でサポート系の力しか使えないんだ! ……肝心な時に役たたずじゃねぇか」
悔しそうに言うと、彼はもう一度だけ後ろを振り返ると走り出した。
「……辰巳のバカ野郎! イール、死ぬなよ!」
「縁起の悪いこと言うなよな。……ツカサ、お前もな!」
イールと呼ばれた青年は苦笑混じりに返した。
「……ふぅ、格好はつけるもんじゃねぇな」
その時、イールに何かの影が落ちた。
「もう、おいでなすったか。……ったく、息を整える時間くらい寄越せっつーの」
ぼやくイールは、自分の頭上に居るのが何者か分かっているような口調で続けた。
「お前は、本当にこんなことをしたかったのか? ……なあ、タツミ」
顔を上げたイールの視界には収まりきらないほどの大きさの龍が、そこには居た。
その龍は、話の内容には興味がないという様子で、イールにじりじりと近付く。その瞳には、獲物を追い詰める残忍な光しかなかった。
「……この力を使いたくはなかったんだがな。お前とは、友達になれると思っていたよ。正直、今でも。……悪いな」
突然謝ったイールを気にすることなく、龍は歩を進める。
イールは迷いを絶ちきるように深呼吸をすると、詠唱らしきものを開始した。
【空に隠れし星、その耳を我の声に傾けよ。集いて高め混ざり合え。……合成、発……】
「そこの人ー、少し待って貰っても良いかな?」
「発射」という言葉を遮って龍との間に割って入ったのは、背中に翼を持つ人物。
突然の出来事に、イールは目をぱちくりとさせた。
【闇転。忍び寄る闇、彼の者に取り憑きて蝕め。……魔力吸収】
【光転。聖なる光、彼の者に降り注ぎて浄化せよ。……発光】
唱え終えると同時に辺りを包んだ強烈な光に、龍は狼狽えた様で慌てたように逃げ去った。
「ふぅ、間に合った。……無理言って先に降ろしてもらえて良かったよ」
「……おい、そこの」
「ええと、邪魔してしまって悪かったね。ただ、あの人を殺されるわけにはいかなかったからさ」
「それは、オレも殺したかった訳じゃないから良いんだが。逃がしたら不味いだろ、お前は知らねーかもだが、この近くには結構人が暮らしてんだよ」
「……それは、百も承知だよ。ただ、彼は闇龍のようだったから、今日はもう襲って来ないよ」
確信を持った言葉に、イールは混乱した。
「仮に闇龍だとしても、これから夜になるから余計にやばいんじゃねーの?」
「だからこそだよ。闇龍は人工の光を局端に嫌うからね。篝火でも焚いていれば絶対に大丈夫だよ」
「……つーか、お前、何であいつが人だって解るんだ? ってか、何者?」
「うーん、彼とはクラスメイト……と言っても分からないよね。ええと、知り合い、……かな?」
「いや、オレに聞くなよ……」
一気に脱力したイールは、微妙な表情で呟いた。
タイトルのわりに、主人公の出番が少ないという……。




