癒織さんの魔術教室 *1(久遠 氷雨)
話の重複はほぼありません。
*Side:久遠 氷雨
今は、丁度四時間目を終えた昼休みです。
僕は自分の席に座って、先程無敵に連れていかれた星砂の席を見ていました。本当は、無敵から助けてあげたかったのですが、チャイムと同時に教室から飛び出して行ったので、どうしようもありませんでした。
無敵に腕を引かれる星砂は、無表情ながら最大限に嫌そうなオーラを発していました。
……クラスの女子は、どうしてそれに気付けないのでしょうか?
因みに、星砂は自分が遠巻きにされている理由を魔力だと言っていましたが、僕はそれだけではないと思っています。
星砂は常に無表情で近寄り難い雰囲気はありますが、よく見ると結構整った顔をしています。その証拠に入学してまだ一ヶ月程にも関わらず、彼は数人の女生徒に告白されています。
……どうやら、星砂は何かの罰ゲームだと思ったようで、それを連想させる言葉で断っていました。僕が知っているのは偶然通りかかったからですが、勿論女生徒の友人も知っているはずです。
しかし、その断り方が罰ゲームだと思っていたにもかかわらず、とても丁寧で相手を傷付けないように意識されたものだったので、その友人達も嫌って良いものか混乱してしまったようなのです。
それが、無敵の転入でとりあえず星砂のことは保留にしつつ、やっぱり羨ましいという複雑な気持ちになったようです。
まあ、星砂に言っても信じはしないでしょうが。
授業の終わりを告げるチャイムがなりました。
本日の日直は、偶然にも無敵でした。
その隙に星砂が駆けてきたので、無敵に捕まることなく無事合流出来ました。
「さて、久遠くん。態々話し掛けてきたってことは、あったんだね? ……変な色の痣が」
この一言から、星砂がクラスメイトをどう思っているのか分かりますね。
思わず、小さく苦笑してしまいました。
「ええ、そうです。本人に聞いたところ、左の二の腕辺りに若草色の痣があると言っていました」
昨日、家に帰って直ぐ妹に尋ねてみたのですが、随分と驚いていました。
……まあ、それはそうですよね。突然現れた変な痣を兄である僕に知られていたのですから。
「ええと、真っ直ぐ久遠くんの家に行った方が良い?」
「……そうですね。僕としてはそちらの方が有難いです」
願ってもない提案です。僕としても、少しでも早く何とかしてあげたいですから。
……ですが、星砂は家族の方に許可を取ったりしなくて大丈夫なのでしょうか?
「ボクの方は気にしなくて良いよー。基本的に家に誰も居ないしね」
「……では、行きましょうか」
心配を見透かしたようなタイミングの言葉に驚きつつ、僕は星砂に言いました。
まだ日が高く人の目があったので、家には徒歩で行きました。
「お帰りなさい。……あら、お友達?」
家に入ると、母さんが出迎えてくれました。
「……こんにちは。……息子さんとは、親しくさせていただいております」
少しの間の後、星砂が答えましたが、何だか言葉のチョイスを間違っている気がしてなりません。
恐らく、名字はよそよそしく見えるかもしれないが、下の名前を呼ぶのは抵抗が……。のような葛藤があったのでしょう。
……ですが、やはり間違っていると声を大にして言いたいです。
まるで彼女の両親に初めて挨拶をしに行った時のような言葉に、微妙な空気が流れました。
「……面白いお友達なのね!」
母さんの中でポジティブ変換がなされたようです。
僕は、首を傾げる星砂の背中を押して家の二階に上がりました。
もしかして、星砂は物凄くマイペースなのではないでしょうか?
とりあえず、星砂には僕の部屋で待っていてもらうことにして、先に妹の様子を見に行くことにしました。
因みに、僕の部屋と妹の部屋は隣なので、ほとんど距離はありません。
妹の部屋は、かなり少女趣味な雰囲気になっています。ですが、本人は至ってまともな性格で、むしろ無駄を嫌う傾向にあります。
……実はこの部屋、僕らの母さんの趣味なのです。
母さんはどうやら女の子が欲しかったらしく、僕の部屋も昔は似たようなものでした。
その情熱は妹が産まれたことで対象が移り、今ではこの有り様です。
妹も嫌がってはいるのですが、無駄を嫌う彼女は部屋の物が捨てられるのを耐えられないようで、我慢しているようです。
「ひさ兄、どうかしたですか?」
部屋に入ると、妹は運良く起きていたようで僕を見て口を開きました。
「時雨の病気を治せるかもしれないという人が来ているのですが、部屋に通しても良いですか?」
妹――時雨は、昨日の会話を思い出したのか自分の左腕を一瞥してから頷きました。
「こんにちは、キミのお兄さんのクラスメイトの星砂 癒織です。よろしくね」
「星砂さんですね。私は久遠 時雨です。こちらこそ、よろしくです」
時雨は僕の真似をしているのか敬語を使いたがるのですが、少し間違っていることが多いのです。原因ははっきりしていて、学校を休みがちであるが故に敬語を使う機会が少ないためです。あとは、そのうち治るだろうと家族がスルーしているからでしょうね。
……こちらの原因の方が、比重が大きいような気がしないでもないです。
「……うん。気配もするし、やっぱり魔力の循環不良だね」
少し難しい表情になった後、星砂は言いました。
……魔力の循環とは、どういうことでしょう?
僕の反応が分かりやすかったのか、元より説明するつもりだったのか、星砂はこちらを見て辛うじて苦笑ととれる表情を浮かべると説明してくれました。
「……世の中の万物には魔力が流れていて、世界単位で循環しているんだ。それは、魔力を使う使わないに関わらず何にでもね。で、稀にその魔力が上手く循環しない場所があるんだ。……まあ、土地とかなら、あまり問題はなくてパワースポットと呼ばれる場所になるんだけど」
そこまでいくと、星砂の言わんとすることが何となく分かりました。
「……場合によっては、土地だけではなく人にも影響を与えることがあるのですね?」
「そういうこと。流石、理解が早いね」
誉められて悪い気はしません。
少し表情が緩むのを感じながら、続きを促しました。
「で、この家の土地はそのようなパワースポットに属する場所なんだ。パワースポットは短時間なら大量の魔力に体内の魔力が押されて循環が活発になるのだけど、長時間だと逆に流れなくなって溜まっていってしまうんだ。そうなると、体調を崩すか凶暴化するかの二択。世の中の凶悪犯罪者の四分の一ほどは、魔力による暴走と言われているよ」
「そんなに、ですか」
蛇足ですが、時雨は適応力が高いのでこれくらいの話でも何事もないように聞くことが出来ます。……まあ、常識が足りないとも言うのですが。
「因みに、魔力が循環することで人体が保たれているという面もあるから、いきなり大量の魔力を失った場合、体の一部が無くなったりもするよ。まあ、普通の良識がある人なら、そんな危険なことはしないけどね。……大抵そういうのは、何かの対価や生け贄を必要とするか魔力自体が対価となる力だからリスクが大きいしね」
当然と言えば当然ですが、そういう使い方もあるんですね。
見たことがあるのは星砂の魔術だけなので、あまり恐ろしい能力というイメージが無かったようです。
……そう関わることはないでしょうが、一応気を付けないとですね。
「……ええと、話を戻すけど、つまり妹ちゃんは魔力が体に溜まってしまっているということ。で、若草色ということは植物属性が突出しているみたいだね」
時雨を何と呼ぶのか密かに楽しみにしていたのですが、妹ちゃんときましたか。因みに、僕の予想は久遠ちゃんでした。
「そういえば、一つ疑問なのですが、なぜ時雨だけ魔力が溜まってしまったのですか? 家には、僕と両親もいるのですが……」
「うーん、良くも悪くも妹ちゃんの魔力適性が高かったからだね」
言いながら、少し遠い目をする星砂。
……何かを思い出しているのでしょうか?
「魔力を扱う分には問題ないのだけど、使わない人は溜まる一方だからね。居心地が良いのか、適正が高い人には魔力が体に溜まりやすい傾向があるんだ。因みに、久遠くん。キミの適性もかなり高いよ。ボクの見立てでは、属性は水・氷辺りかな。……多分、半年もすればキミも妹ちゃんと同じ症状に悩まされていたと思うよ?」
この一瞬で、そこまで分かるということに驚きながら、話に耳を傾けました。
「……あの時キミが体育館に居たのが良い証明だよ。人避けの結界が張ってあった筈だから、それが効かないキミはなかなかの魔力耐性を持っていたということになるからね。因みに、魔力耐性というのは一時的に体内に魔力を溜めておくことで効果を相殺させる力のことだよ」
「……魔術も魔法も使えない僕が対抗出来たのは既に魔力が溜まっていたから、ということですね?」
「うん、その通り。……さて、そろそろ妹ちゃんを魔力から解放してあげようか。ついでに、キミも解放してしまおう」
星砂は、僕と時雨を見ながら言いました。
「そうしていただけると有難いです。……何をすれば良いのですか?」
「キミたちには、使いたい能力のイメージを考えてもらいたいんだ。やっぱり魔力を使えるようにするのが手っ取り早いし。ボクがいつでも面倒をみてあげられるわけではないからね。一応他人に魔術を教えるのはタブーなんだけど……。まあ、キミたちなら大丈夫。……多分。属性はさっき教えたやつで考えてくれて良いよ。本当は属性によって相性が良い能力の傾向があるんだけど、あまりに無理な内容でなければ教えられるから安心してね」
無理な内容というのは、水属性で炎とかでしょうか?
取り敢えず、これだけ魔術に詳しそうな人物に教えてもらえるというのは、かなりの幸運ですね。
どうせなら、役にたちそうなのが良いですよね……。実は僕、ファンタジー系統の小説全般が大好きなんです。時雨もベッドにいることが多かったため本の虫なので、きっと似たような気持ちでしょう。