父上の誕生日 *4
隊長は、本当に資料を渡しに来ただけだったらしく、あまり遅くなり過ぎないようにと忠告をして直ぐに出て行ってしまった。
ボクは、扉が完全に閉まったことを確認すると、ほっと息を吐き出した。
「……ふぅ、危なかったー」
ボクの手には、先ほどくしゃくしゃに丸めた紙が握られている。
ボクは、その紙を開いて丁寧に伸ばした。
「……セーフ、だよね?」
落書きの様なデザインの紙を右にずらすと、下からは同じくくしゃくしゃになった紙が姿を現した。
「……猫村さん」
そこには、河童よりは幾分かましな、猫の絵が描かれていた。
人によっては、「五十歩百歩という言葉を知っているかな?」と優しく諭してきそうな出来だけど、ボクはそこそこ可愛く描けたと自負している。
……作業している間に、隊長にも「誕生日」が在る筈だということに気付いたものだからさ。隊長、猫好きだし。
因みに、猫村さんというのはボク命名ね。
「猫村さんも黄緑色になってしまうけど……、まあ、良いよね」
ボクは呟いてから、隊長へのプレゼントの下絵に手直しをして鞄の中に片付けると、貰った資料に目を通し始めた。
「ん……?」
気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていた。……少し、寝てしまっていたみたいだ。
僕は小さく伸びをすると、時計を確認してみた。
「……うえー、もうこんな時間? 父上に怒られるかも!」
ボクは慌てて荷物をまとめると、それを背負って駆け出した。
「ただいまー。……あれ? 父上ー?」
扉を開けたボクは、家の中が嫌に静まり返っていることに気付いた。
ボクは、不安に押しつぶされそうになりながらも、父上の書斎に向かった。
恐る恐る書斎の扉を開けると、部屋の中には見覚えのある後姿があった。
「父上?」
「……」
返事がないことを不審に思い前に回ってみると、ペンを握ったまま微かに寝息を立てていることが確認できた。
ボクは、そのままの流れで父上の手元を覗き込んだ。
「……「観察結果における考察」? ――今日は、組織の敷地に遊びに行っているらしい。最近は、友人のことも度々話題に上るようになり、交友関係が広がっていっている模様……」
ボクは、これ以上見てはいけない気がして、慌てて目を逸らした。
……もしかして、これはボクについて書かれたもの? 名前こそ書かれていないものの、明らかに心当たりのある事が多すぎるし。
「……父上、ただいま!」
ボクは動揺を悟られないように、大きな声を出しながら父上の肩を軽く揺さぶった。
「……ん、ああ。お帰り。今日は、遅かったな」
目を覚ました父上は、優しげな表情でボクを見た。
「今日は、何をしてきたのだ?」
「……隊長と遊んできたよ!」
ボクは、本当の事を言う気は無いから、無難な言い訳を口にした。
父上も特に疑っている様子も無く、「そうかそうか」と口にしただけだった。
その間、ボクの頭の中では父上の日記(本人曰く、考察?)の内容を嫌でも思い出してしまっていた。
今話していることも、今日あったこととして書くためだけに聞いている可能性もあるし……。
……本当は、ボクの話なんか聞きたくないのかもしれない。
ボクは、段々とネガティブになっていく思考に気が付きながらもどうすることも出来なくて俯いた。
「……どうした? 具合でも悪いのか!? ……今すぐ部屋に運んでやるから」
「ふぉ!? ……何々、何なの? ええと、ボクは元気だよ!」
突然慌てだした父上を見て、ボクは更に慌てて思わず叫び返した。
二人して、あわあわとしていたボクたちは顔を見合わせた。
「……っく」
「……ふっ」
この意味の分からない状況に、ボクたちはどちらとも無く笑い出した。




