召喚者(久遠 氷雨)
光が消えると、錫杖を掲げている少女と銀色の長髪を持つ青年が、目の前に立っていました。
扉の無い部屋に居た他の生徒達が次々と現れ、騒がしくなった頃、青年が漸く口を開きました。
「この度は召喚に応じて下さり、誠に感謝しております。勇者様方」
応じた覚えはないのですが……。
恐らく、皆が同じことを感じたと思いますが、生徒達は互いに目を合わせるだけに止めました。
「我々が、勇者様方をお呼びしたのは、お力を貸していただきたいからに他ありません。勿論、最大限のサポートはお約束します」
「「力を貸して欲しい」というのは、具体的にどのようなことを? この場に大人は自分しか居りませんので、子供たちの安全を確保する役目は自分にあるのでね」
突然、僕達のクラスの担任である青柳先生が、一歩前に出て言いました。
「……!」
僕は、その時、錫杖を持った少女の目つきが変わったことに気が付きました。気付いたのは、本当に偶然だったのですが、まるで獲物を物色するかのような視線に寒気がしました。
僕は、考えるより早く眼鏡を外すと、ポケットにしまいました。
実は僕の見た目は、眼鏡によって数割が定っていると言っても過言ではないのです。
まず、視力が限りなく低いので、物を見ようとするだけで目つきが悪くなります。更に、僕はどうやら少し童顔らしく、眼鏡が無いと二、三歳は若く見られます。
このくらいの年齢の二、三歳はなかなかに大きなもので、結果的に少し機嫌の悪い子供に見えるというわけです。
因みに、眼鏡が無い状態だと、時雨と姉妹だと勘違いされることもあります。僕ら兄妹はどちらも母親似なので仕方がないといえばそうなのですが、正直なところ不愉快ですよね。
どちらに見られるにせよ結構不本意なのですが、今回はあの少女にそういう目で見られるよりはましなので。……背に腹は帰られないというやつですね。
「まあっ、素敵な殿方ね。勇者様も素敵な方が多いし……。わたくしは、このファンデルの国王の娘、リリアーナ=ファンデルよ」
青年が答える前に割り込むように語り始めた少女は、僕達の近くを歩き回ると次々と生徒達を指差し始めました。
指差された生徒達は、何を言われるのかと挙動不審になっています。
因みにこの時点で、僕の彼女に対する好感度は、マイナスに突入し始めています。
説明を碌にせず人の話を遮っただけでなく、他人を指差すとは今までどんな扱いを受けてきたのかは知りませんが、僕に言わせるなら「ないわー」という感じですね。口調が崩れる程度には、正気を疑っています。
「他人を指差すな」と習わなかったのでしょうか? 親の顔が見て見たいです。……あ、国王でしたっけ。
……この国を、あまり信用しない方がいいかもしれないですね。
そう言えば、星砂も危険な力を使った者がいると言っていましたしね。……恐らく、目の前の彼女でしょうが。
僕がこの国に対する警戒を強めている間に、少女は(名前を呼びたくないだけで、覚えていないわけではありませんよ)元の場所に戻り、爆弾発言をしました。
「貴方達を、特別にわたくしの部下にしてあげるわ。感謝なさい?」
いえ、途中から指名された人物を見て「もしや」とは、思っていましたが。……ええ、ご想像の通りだと思いますが、顔の整った人達ばかりだったんですよね。僕のクラスメイト率が高いですよ。無敵も空閑も選ばれています。
僕は、指名されていませんよ。いやあ、眼鏡を外していて良かったてす。彼女の部下とか、死んでも嫌ですね。少し前の僕、ナイスです。
「勿論、優遇するわよ」
それまで、ざわついていた選ばれた生徒達は、一様に押し黙りました。
「……構わへんよ? オレは、面白そうやと思うし。……ある程度の自由は与えられるんやろ?」
「ええそうよ」
「なら、決まりや。……十六夜は、どうするん?」
「……」
確かに、無敵が真っ先に喋りそうなものなのにと視線を向けると、そこには何処と無く夢うつつという様子の無敵がいました。
よく見ると、指名された者でまともに思考できている様子なのは、空閑と青柳先生だけです。
彼らの様子に疑問を感じ、僕は思わず指輪に触れました。
一応、魔力操作で透明な板を隠しました。
その時、青年が僕のことを驚いた表情で見ていたことには、気が付きませんでした。
『解析』の文字に触れ、『使用しますか?』という質問を経て、漸く発動に至りました。
……物凄く使い勝手が悪いです。なんとか、省略出来ないものでしょうか?
心の中で零しながら、脳内で再生される情報に意識を傾けました。
『リリアーナ=ファンデル:魅了(使用中)』
『アケハ=クガ:魔耐性(使用中)』
『ユウキ=アオヤギ:魔耐性(使用中)』
成程。そういうことでしたか。
僕は、『魅了』を逃れた二人を視界に収め、首を傾げました。
空閑は、何故『魅了』の影響も無くこのようなことを言ったのでしょうか?