お子さまとにーちゃ
「ここよ」
「ほう、広いね」
目の前には、ちょっとした銭湯のような空間が広がっていた。
「今の時間は誰も使っていないから、遠慮しないでのんびりして良いわ」
「有り難いね。……ひーちゃんも入るの?」
「思ったより話が長引いたから、止めておくわ。……見張りが居なくなったら大変だもの」
……良かった。途中で気付いたのだけど、足がね。うん。
そうそう、きーさんは足の怪我には気付いていないみたいだね。(故意ではないけど)船医を騙すボクって凄いね。
まあ、良い具合に長いパーカーで隠れていたのかもしれないけど。
ついでに、浮いているから、歩き方で気付かれることもなかったのだろうね。
「服とタオルはここに置いておくわ。……体を洗うのは、こっちね」
「了解。有難う」
「ふふっ、どういたしまして。じゃあ、私は行くわ」
ボクは、ひーちゃんが出ていくのを確認してから、お風呂場に入った。
「……そういえば、翼について何も聞かれなかったね。絶対何か言われると思っていたのに」
とりあえず、頭からお湯をかけながら考えを整理することにした。
「あと、気になるのは、「ハイト」という人の話かな。……皆その話題を避けているように見えるけど、聞いたら教えてもらえるかな? ……んー、シャンプーはこれかな?」
手探りで見つけた透明な瓶を見つめて呟いた。
軽く左右に振ってみると、泡立ったのでその類であることは間違いないだろう。
「ふむ。中身の名前くらい書いておいても、罰は当たらないと思うのだけど」
まあ、この世界の文字が読めるという確証はないけどね。
「あ、石鹸発見。なら、きっと、これがシャンプーだね」
ボクは、シャンプーらしきものを手に出して、髪を洗い始めた。
髪は肩に届くかどうかというくらいの長さだから、あまり時間をかけずに洗い終わった。
ボクは湯船に浸かる前に、怪我の周りに結界を張った。
どうやら、怪我本体には魔術を使えないけど、その周囲なら問題なく使えるみたいだね。
「ふー、さっぱりした」
お風呂から上がり、ひーちゃんから借りた服を身に着けたボクは、辺りを見回した。
因みに、今の服装は麻のような素材のズボンと薄手でつるつるとしたさわり心地の上着。足首付近まで長さがあるので、寒さは感じない。
恐らく、防水の機能が施されていると思われる。
まあ、海上だしね。ここ。
もしかしたら、ライフジャケットのような機能もついているかもしれないね。少なくとも、首元をふさげば、「浮き」として使うことは出来そうかな。
「ん? 子供?」
丁度、視界に小さな男の子が映り込んだ。
壁の陰からこちらをこっそり伺っているみたいだけど、残念ながら丸見えだった。
「隠れているつもりなら、出ておいで?」
その子は、分かりやすく肩を揺らした。
「お、お、おまえ、よく気付いたなっ! おれは、船一のかくれんぼ名人なんだぞ。ほ、ほめてやる」
どもりまくっている上に偉そうって……。何だろう、このお子さま。
「ふーん。で、何か用があったのではないかな?」
「おまえ、ロゼねーちゃのこと、治したんだろっ? だったら、もう少し早く来てくれればよかったのに……」
「?」
「おまえが、いればっ! ハイトにーちゃは助かったんだろ? おれ、知ってるんだぞ、みんな言ってるもん!」
はて? どうしてボクは、見知らぬ子供に責められているのかな?
「……というか、キミの言う「にーちゃ」というのは、結局のところ何なのかな?」
「にーちゃは、すっごく優しかったんだ。でも、おかしくなって、さいごには海に飛び込んじゃった……」
「海に飛び込んだ、ね」
ふむ。そういえば、《悪魔の口付け》とやらの話のときに、名前が出ていたよね。
まあ、話を聞く限りでは、どちらも魔力の循環不良みたいだったけど。
「飛び込んだのは、いつ?」
「……きのうの朝だけど」
「なるほど」
それは、確かに「もう少し」早ければ助かったという言い分も分かるけど。……ボクに言ってくれれば良かったのに。
「なるほど、ってなんだよ?」
「いや、その人の生存率を考えていただけだよ」
「にーちゃ、生きてるの?」
「さてねぇ。その人の魔力適性によるかな? ……痣は、青系だった?」
「うん、水色だったって聞いたよ!」
「なら、可能性はあるかな。……良し、少年。ボクをこの船で一番見晴らしが良い所に案内してくれるかな? あと、その人に縁のある物も用意して」
「う、うん。ちょっと待ってて。持ってくる!」
土日で書き貯め頑張ります。
因みに、私は友人との会話で「ほう」と相槌をうって失笑されたことがあります。……友人のツボがよく分かりません。