ユノくんの誤解
『ないしょ、だよ?』
『うん、やくそくね』
ボクたちは、顔を見合わせて笑いあった。
……夢を見た気がする。
寝起きのぼんやりとした頭は、突然響いた足音によってはっきりとした。
「……ユオリ、おはようッス!」
実は、音を立てないように部屋の扉を開けて、人が滑り込んで来たのには気付いていたんだよね。
……起こさないようにしたいのなら、足音にも注意を払わないとだよ?
「うん、お早う。ユノくん」
ゆっくりと目を開くと、ボクを覗き込んでいたつり目の少年が驚いた表情になった。
「……ちぇっ、起きてたッスか」
「まあ、偶然ね」
少し悔しそうな表情のユノくんに言った。
「それで、どうかしたの?」
「そうッス。姉ちゃんが起きたんス」
その言葉に、ボクは少しだけ表情を緩めた。
「それは良かった」
「……全然良かったと思っているように見えないッス」
「そうかな?」
ボクの反応では満足いただけなかったようで、苦言を呈された。
「それはそうと、ここはキミの部屋とはいえ貸し出しているのだから、一応ノックするのがマナーだと思うよ?」
「……そうッスね。悪かったッス」
少しばつが悪そうな表情になったユノくん。
「いや、ボクはあまり気にしていないけどね」
「あ、そういえば、ユオリを呼んでくるように言われていたんス」
「……それを先に言おうよ」
昨日、目を覚ました場所に移動すると、きーさんと見張りの少女が居た。
「来たであるか」
「うん、お早う。きーさんと……」
「おはよう。私は、ヒナヤよ。よろしくね。……貴女、変わったあだ名をつけるって聞いているけど、私はどうなるのかしら?」
「おや、変な期待をされても困るのだけど。……一応、ボクは癒織だよ。よろしくね、ひーちゃん」
「ひーちゃん……。可愛らしい響きね。気に入ったわ」
ひーちゃんは、にこりと笑んで言った。
「ところで、見張りの仕事は大丈夫なの?」
「ええ、今は、休憩時間なの。他の子が代わりに見張ってくれているはずよ」
良かった。……ボクのせいで、仕事を全う出来ないのでは申し訳ないからね。
「ええと、それで、ボクはどうして呼ばれたのかな?」
「キリーが、ユオリに話を聞きたいと言っていたんス」
「……まずは、体調に異変はないであるか?」
「概ね良好だよ。……強いて言うなら、お風呂に入りたいけど」
魔術で海水を取り除いてはいるけど、やっぱりお風呂で流したいよね。……気持ちの問題だけどさ。
「あとで、ヒナヤに案内してもらうと良いのである」
「そうするよ」
「私もまだだから、一緒に入っちゃおうかしら。……あ、服は私のを貸してあげるわね」
「ちょ、ちょっと待つッス」
この和やかな会話に終止符を打ったのは、ユノくんだった。
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないッス! ユオリって男ッスよね?」
ピシッ
空気が凍りつく音が、聞こえた気がした。
「ええと、ボクは男ではないです……」
……うぐぐ。何故に間違われるのか。
そういえば、前にも同じように言われたことがあったよ。
「うむ、どう見ても男には見えないのである」
「馬鹿ね。……ユオリに謝りなさい」
射殺す様なひーちゃんの視線に、ユノくんは顔を青ざめさせた。
「……ごめんなさいッス」
「……うん。まあ、良いよ」
これ以上ひーちゃんに責められても可哀想だし、赦してあげよう。
「……そういえば、きーさん。「まず」ということは、他にも聞きたいことがあったんだよね?」
質問に頷きで答えたきーさんは、ボクをじっと見つめた。
「お主は、どうして《天使の祝福》の対処法を知っていたであるか?」
「……ボクの住んでいた地域では、解明されていたんだよね。というか、そんな名前は付いていなかったけど」
「そういえば、ユオリは何処から来たのかしら?」
「んー、分からないや。……気付いたら、海の中だったんだよね」
嘘ではないけど、正確でもない。なんとか、誤魔化せないかな?
申し訳ないけど、まだ信用しきるには、時間も何もかも足りないからね。
「……そうであったか。確かに、どことも交流のない地域の噂なら聞いたことがあるのである」
「そうね。エレメンティア・フロート……は、ちょっと特殊だけど、似たような場所くらいいくらでもあるでしょうしね」
「……エレメンティア・フロート?」
もしかしたら、この世界では常識的なことかもしれないけど、良い具合に勘違いしてくれているみたいだし、それだけ辺境から来たと思ってもらえれば良いかな。
「あら、知らない? この世界を支える治安維持とか諸々を請け負っている組織よ。大陸を越えて活動をしているわ。一般人には殆ど情報が伝わってこないけど、信憑性はあるみたいよ」
「大陸を越えて? ……拠点とかはどうなっているのかな?」
「噂では、飛行艇を利用しているとのことである」
「他にも、神出鬼没で何かの研究をしてるという話ッス」
お、ユノくんが復活した。さっきまで、ひーちゃんに頭を叩かれて蹲っていたのに。
「へぇ、じゃあ、一般人は簡単には会えないのかな?」
「そうね。事件現場とかに居合わせれば、話は別だけど」
……残念。飛行艇なら、被召喚者たちを捜すのが楽になるかと思ったのだけど。
因みに、何故魔術使わないかというと、被召喚者たちを魔術で捜してみたところ、距離があり過ぎるのか、ボクの知らない場所だからなのか、反応がなかったためだ。
飛行艇なら、色んな場所に行くから、どちらが原因だったとしても解決出来て、一石二鳥だと思ったのだけど。
ボクの……というか異世界の知識があれば、何の研究だろうと多少は力になれるだろうし、興味を引ける可能性は充分にありそうだからね。
「……で、きーさん。呼んだ理由は、これで終わりかな?」
「ああ。長く引き留めて悪かったのである」
「いや、別に気にしていないから。……他に聞きたいことがあったらまた呼んでよ」
「助かるのである」
そこで、ひーちゃんは手を叩いて話を打ち切ると、口を開いた。
「じゃあ、お風呂に案内するわ。ついてきて」
ボクは、ユノくんときーさんに手を振ると、ひーちゃんのあとを追った。
そろそろ、ストックが切れそうです……。