召喚の縁
少し長めです。
残酷な表現(というか、グロ)がありますので、苦手な方はご注意下さい。
「ここは……?」
「どうなっているの?」
周りの人たちの不安そうな声を聞きつつ、ボクは状況を分析し始めた。
恐らく、ここは召喚を行っている最中の待機場所のような所。何処の空間にも属さない……。
そこまで考えたところで、ボクは慌てて顔を上げた。
幸いにも、今のところ混乱や不安からか自分以外に意識を向けている人はいなかった。
良く見ると、クラスメイト以外にも結構な人数がこの場所に居ることが分かった。ボクの近くには妹ちゃんや久遠くん、遠くの方には新入生歓迎会で活躍した藍澤くんたちの姿も見えた。
……もしかしたら、あの階に居た人全員が転移させられてしまったのかもしれないね。
沢山の人を巻き込んだ犯人の所業に怒りを抱きはしたが、ボクはやるべきことを優先させようと覚悟を決めた。
……本当は、目立つの嫌いなんだけどな。
心の中でぼやきながら、ボクは口を開いた。
「口を開かずに、こちらに注目して下さい」
「……星、」
久遠くんがボクを見て名前を呼ぼうとしたのを、人差し指を口の前に立てることで阻止した。
「皆さんの予想通りかもしれませんが、恐らくここは召喚時の待機スペースに当たる空間だと思います」
一応注目が集まるのを待ってから続きを口にしたので、信じているかはさておき、全ての人が耳を傾けていることは確実だ。
普通の状況でこんなことを言ったら、絶対に正気を疑うよね。ボクだって、他の人がいきなりこんなことを言い出したら、同じように思うだろうし。
……もしかして、今もアウト?
ボクは嫌な考えを断ち切るために、一度深呼吸をした。
「このような所は、どこにも属さないのです。……そして、それ故に危険でもあります。簡単なことで変なつながりが出来てしまいやすいからです」
ボクはもう一度辺りを見回して、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。
「名前というのは最も簡単につながりを作ることが出来るものです。ですので、この場で、誰かの名前を呼ばないでください。……呼んだ場合はどちらにも何らかの影響があると予想されます。信じて下さらなくても結構ですが、ルールは守っていただかないと大変危険であるとだけ忠告しておきます」
……ここまで言えば大丈夫かな。皆も不安だろうから、下手なことはしないだろうし。
ボクの名前を呼ぶような知り合いも居ないよね。
「癒織、どうなってるんだっ?!」
……あ、無敵くんのことを失念していた。
さっきから、静かだったから存在ごと忘れていたよ。
無敵くんのことを軽く馬鹿にしていて、余裕に見えるかもしれないけど、実際そんなことはない。
知識として知っているだけなので、ボク自身どのような影響が出るのか全く予想できていないのだ。その為、警戒を怠らないように周囲に意識を向けて集中しようとしているのだけど……。
「おい、無視したらいけないんだぞっ!」
……無敵くんめ。というか、その言葉そっくりそのまま返しても良いかな?
「痛っ!」
あ、久遠くんが無敵くんを叩いた。
ナイスファイト! ……あれ、使い方、合っているのかな?
久遠くんの行いにボクが溜飲を下げていると、空間が歪んだ。
「……っ」
そして、その歪みは突然二つに分かれると、ボクと無敵くんに狙いを定めてまっすぐに向かって来た。
無敵くんは状況を全く理解できていないらしく、呆然と突っ立っている。
「……役立たずが」
一般人に言ってもしょうがないことを思わず零すと、ボクは二つの歪みを見据えた。
……無敵くんの方が、少しだけ早くあたりそうかな。
【水転。流れる水、彼の者を包みて保護せよ。……水壁】
とりあえず無敵くんの前に魔術を展開して様子を見てみることにした。
……無敵くんのことは好きではないけど、公私混同をしている場合ではないからね。今最も動けるのはボクだろうし。
「……げ」
無敵くんに向かっていった歪みは、一応拮抗してはいるものの、少しずつ【水壁】を破壊していた。
それも、今は魔力を補充しているからこそもっているけど、ボクが供給するのを止めたら一瞬で呑み込まれてしまうだろう。
因みに、ボクは自分の方に向かってきた歪みからとりあえず避け続けている。
このままでは、ボクの魔力が尽きるのが先か、スタミナが切れるのが先か。……どちらにしても、良い結末にはならなさそうだね。
「仕方がないか」
ボクは、【水壁】に殆どの魔力を流し込んだ。
途端に、歪みが劣勢になりついには消えた。
……あれ、もしかして、最初からこれをやるべきだった?
今更思っても、後の祭り。……まあ、どの道魔力は足りなかっただろうけど。
「……あ」
一瞬でも、意識を逸らしたのがいけなかった。
魔力に生命力を回し過ぎたせいで、足から少し力が抜けてしまっていたらしい。
その状態で、歪みを避けようとジャンプをすれば、もう結果は見えていた。
――ぶつかる。
辛うじて魔力で標的をずらすことには成功したけど、左足にかすってしまった。
何せ殆ど残っていない魔力。充分な効果を発揮出来る筈がなかった。
「……っ」
どうも、左足に違和感がある。……いや、左だけではないかも。右も感覚が鈍い。
それどころか、全体的に体がだるく感じる気がするよ。
「これは……?」
「漸く、移動なの?」
「あー、怖かった」
ボクが足に意識を向けている間に、事態は進展の兆しを見せた。
因みに、この場に居る人でボクの行動を少しでも理解出来ていたのは、久遠兄妹だけだろうね。
その証拠と言ってはなんだけど、周りの人たちは、ボクのことを奇異の眼差しで見ていたから。
……なんだか納得いかない。特に、無敵くん。キミまでそんな目で見ないで欲しいのだけど。……遺憾の意。
ボクが軽く睨みを効かせるなか、この空間に居る人たちは光に包まれていく。
あれ? この魔力、見覚えがあるような……?
光の中少しずつ消えていくクラスメイトたちを眺めながら、ボクはこの感覚の正体を追った。
「あ」
そうだ、これ、金のニワトリ先輩に絡み付いていた魔力と同じだ。
あの独特な淀みの様なところが無かったから、気付くのに遅れてしまった。
「……少しだけど、水の気配が感じられるのは、どうしてかな?」
良く思い出してみれば、体育館の魔力も水属性が混ざっていたように思う。
……純度が低過ぎて、他の属性の力が入ってしまったのかと考えていたよ。
でも、純度が高い今回も混ざっているなら、偶然ではないと考えるべきだよね……。
「うわっ! ……あれ?」
「大丈夫ですかっ?」
突然、足から力が抜けて座り込んでしまった。慌てて立ち上がろうとしたのだが、どうにも上手くいかない。
駆け寄ってきた久遠くんの方を一度見てから、漸く足に視界を落とした。
「……」
薄い水色だったジーンズは、血を吸ってどす黒く染まり、重たくなって肌に張り付いていた。
血の量から察するに、左が特に酷いけど、左右共に結構重傷に見える。
……良くこの状態で考えごとが出来たな、ボク。ある意味、感動すら覚えるよ。
確かに、仕事中に怪我をするのは多々あるけど、ここまでのものは滅多にないからね。
「……う」
久遠くんは、ボクの状態を確認して眉間にシワを寄せた。
「あれ、そういえば、久遠くんはどうして残っているのかな?」
ボクはきわめて明るい口調で尋ねた。
いつの間にか、この場にはボクと久遠くんしか居ない。
「今はそんなことより……、いえ、以前聞いた魔力耐性の話を思い出して試してみたのです」
「……なるほどね。キミの方が妹ちゃんより理解が早いしね。大方、妹ちゃんも試したけど出来なかったというところかな?」
「……その通りです」
久遠くんは話ながらも、視線はボクの足に固定されていて、心ここに在らずという様子だった。
「……あの、これって、以前話していただいた「魔力を大量に失う」という状態ではないですか?」
「……うーん。やっぱり、ばれちゃったか」
久遠くんは鋭いところがあるから、もしかしたらとは思っていた。
彼には、変な疑いを持たないで異世界に行って欲しかったのだけど。
「……恐らく、召喚を行う際に魔力が足りなかったんだと思うよ。ボクの魔力が無くなったタイミングで転送が始まったのが良い証拠だね」
【魔力執着】すら効かないということは、相当強い力なのだろうと予測出来る。
「……まあ、ここまで知ってしまったのなら、そういう人が居るということを念頭に置いて頑張りなよ」
「……? 星……、貴方は行かないというように聞こえるんですが?」
久遠くんは、慌てて言い直したけど、もう大丈夫だと思う。……推測に過ぎないけど、あれは足りない魔力を補うために用意された仕掛けだろうから。
ボクが皆に説明したことは嘘ではないけど、確実にそうなるというものでは無かった。ただ、他の事例から信憑性が高そうなものを言っただけだから。
正直に言うと、勘が働いただけなんだよね。……こういう時の勘は馬鹿に出来ないから、行動したわけだけど。
「……うーん、そうだね。ボクは今魔力を失ってしまったから、多分渡れないと思う」
……頑張れば、皆と同じところに行くことも可能だろうけど、知り合いが居ない方が行動しやすいし無理をする必要性は感じられない。
「まあ、いつまでもここに居座るつもりは無いから、どうにかするよ」
「……」
久遠くんは、納得とは程遠い表情でボクを見てきた。
「さて、そろそろ行かないと、空間で迷子になってしまうよ?」
わざと茶化すような口調で促した。
「さあ、お別れだね」
光に包まれ始めた久遠くんに言った。
実のところ、魔力耐性向上の力を使ったのが初めてであるにも関わらず、ここまでもったことにかなり驚かされたよ。
……ここまで、頑張ってくれたし少しくらいサービスしておこうかな。
普段なら絶対にしない思考に辿り着いたことに自分でも少し驚いた。
その時、一瞬だけ、少女の顔がよぎり、まだ吹っ切れてはいなかったことに苦笑をもらしながら、ボクは口を開いた。
……自分で思っているより、ボクは臆病者だったみたいだ。
「……行ってらっしゃい、氷雨くん」
驚いた表情の久遠くんは、一際まばゆく光ると姿を消した。
「……キミは、いつ知ることになるのかな? 魔術師が名前を呼ぶことの意味を」
――キミは、裏切らないでね。
心の中で呟いた願いは、誰にも届かずに消えた。