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無視しないでよね!

作者: きくぞう

 初めの印象は最悪からスタートした。


「松沢くん、おはよ」

「……」


 朝、教室に来た時、私はクラスメイトの松沢くんに挨拶をした。だが、松沢くんは挨拶も返さず私のことを無視したのだ。

 私はキッと松沢くんを睨みつける。

 なんなの、こいつ?!

 この無愛想な男の名前は、松沢翔まつざわしょう。クラスメイトの中でも、色んな意味で浮いている存在だった。

 確かに松沢くんは見た目は格好いい部類に入ると思う。

 キリッとした鋭い目つきの、まるで狼のようなワイルドさを秘めた彼。彼は一匹狼を気取るかのように、群れには紛れずいつも一人でいた。そんな彼を、『寡黙でクールな男』と別解釈をし遠巻きに見つめるクラスの女子も結構多い。でも、いくら格好が良くても性格が悪いのは駄目だと思う。人間はやっぱり中身が大事。人として最低限必要な挨拶も出来ないこんな奴とは友達になんてなれないわ。

 私はプイッとそっぽを向くと、そのままガニ股歩きで自席まで歩き、そのままドッカと席に着いた。


「ちょっと、何怒ってるのよ美鈴みすず


 前の席に座る親友の沙樹さきが、振り向きながら訪ねてくる。


「別に、何でもないわ」


 不機嫌そうに答える私に、沙樹は一体何事かとタラリと冷や汗を流している。

 まったく、忌々しい男だわ、松沢翔!

 イライラが抑えられない私は、足を組んでカタカタと揺らした。

 とは言え、相手が挨拶しないからと言って自分もしなかったらあいつと同類になってしまう。こうなったら、あいつが挨拶出来るようになるまで、ずっと挨拶し続けてやるわ。

 そして、私は次の日も、そのまた次の日も彼に挨拶をし続けた。


「松沢くん、おはよ」

「松沢くん、おはよう」

「松沢くん、ご機嫌いかが?」

「グッドモーニング! 松沢くん!」

「……」


 だが、彼はことごとく私を無視する。

 あーもう! 一体何なの?! 私が何かしたって言うの?!


「本当にあいつ腹立つ!」


 昼休み、私は沙樹に愚痴をこぼしていた。


「本当、美鈴も懲りないわねぇ。あんなに露骨に無視されているのに」

「私はね、挨拶をしない人間が大嫌いなの! だから挨拶されないからって、私が同じことをしたら意味ないでしょ? だからね、あいつがいくら無視しようと挨拶し続けてやるわ! これは私とあいつの戦いなのよ!」

「なるほどね。でも、なんだかクラスの中ではあなたが松沢くんに気があるって話になっているみたいよ」

「は?!」


 沙樹の言葉に、私は素っ頓狂な声を出した。


「無視されても話し続けるのは、よっぽど美鈴が松沢くんのことを好きなんだろうって噂になってるわね」

「はい?!」


 私は頭を抱えた。

 なんてこと……。私はただ、あのいつも仏頂面のあいつに挨拶をさせたいだけなのに、まさかそんな噂になっていたとは……。私があいつを好きになるなんて、天地がひっくり返ってもありえないのに。


 だが数日後、その天地がひっくり返る事件が起きたのだ。


「おはよ、松沢くん」


 いつも通り、朝の挨拶をする私。

 まぁ、どうせ返事なんて帰ってこないんでしょうけど。


「……おはよ」

「え?!」


 物凄い小声に、私は思わず振り向く。

 そこには、恥ずかしそうに顔を背ける松沢くんの姿があった。


――ポピーッ!


 その時、両耳から水蒸気が飛び出し、一瞬にして私の顔が赤くなった。

 心臓がバクバクと高鳴り、動悸が激しくなる。

 胸の奥から湧き上がるこの感情。何なの?! 何なの?! いったい何なのよおおお!!


「それは恋ね」

「へ?!」


 放課後、親友の沙樹に言われ私は驚く。

 っていうよりも、驚いたフリをした。だって、私だってうら若き乙女ですもの。今まで恋の一つや二つぐらいしてきたし、この感情が恋によるものだってことはすぐに分かったわ。ただ、恋って事を認めたくなかっただけ。だって、相手はあの松沢くんよ。ちょっと格好いいからって鼻にかけて、人が挨拶しても挨拶を返さない常識知らずの男。そんな男を私が好きになるなんて認めたく無かったのだ。


「人が人を好きになる理由は色々あるけど、その一つにギャップと言うものがあるわ」

「ギャップ?」

「例えば、いつも怖いと思われていた不良が、土砂降りの雨の中で捨てられた子猫を拾うとか、クラスでも駄目な男と思われていた人が、悠然と悪に立ち向かうとか、とにかく普段の印象と違う姿を見せられた時、人はそのギャップに惑わされ恋に落ちることがあるの」

「な、なるほど……」


 何度挨拶をしても返事すらしなかった松沢くん。そんな彼がやっと挨拶をしてくれた時、私はとても嬉しかった。そして、それと同時に見せたあの恥ずかしがる彼の顔。いつも仏頂面の彼が、恥ずかしそうに赤面する姿に、不覚にも私は彼を愛おしいと思ってしまったのだ。


「でもね、しょせんはギャップ恋なんて一時の感情。ただの錯覚なのよ。このまま彼を観察し続けてみるといいわ。きっと彼の本当の姿が見えてきて、あなたの恋もすぐに覚めるでしょうよ」

「確かに……」


 沙樹の言うとおり、こんな気持ちはきっと何かの間違い。一時の間だけ高ぶる感情なんて風邪と同じだわ。所詮、挨拶もまともにできない非常識な男ですもの。すぐに化けの皮が剥がれるに違いない。

 そう思った私は、さっそく次の日から松沢翔の観察を始めることにした。

 だが、注意深く彼の姿を見ていた私だが、特に彼に問題があるようには思わなかった。

 むしろ、無愛想でぶっきらぼうに見えた彼が、実は全て誤解であることが分かってしまったのだ。

 例えば、彼がいつも私より早く来ている理由だ。

 私は結構早めに教室に来ているのだが、必ず松沢くんの方が私より早く来ている。前々から不思議に思っていた私は、ある日こっそりと早く学校に来て彼の後をつけてみた。そして、辿りついたのは生物部で使っている飼育小屋。実は彼、生物部に所属しており、毎朝早く来ては、飼育小屋で飼われている動物の世話をしていたのだ。

 うさぎに餌をあげながら、優しく微笑む松沢くん。

 その顔を見た私は不覚にも、


――ズギュウウウウン!


 またもやハートを奪われてしまったのだ。

 ああ、松沢くん。どうして普段誰にも見せないような優しい笑顔をうさぎに見せているの? これがギャップ萌えって奴なの? こんなの反則よ……。

 他にも重そうなプリントの束を持っていた生徒を助けてあげたり(生徒は怖がっていたが)、剥がれかかっていた掲示物を貼り直したり(剥がそうとしていると誤解されていたが)、むしろ彼は、他の生徒達より模範的な優等生だったのだ。

 本当の彼を知る度に、私の心はどんどん彼に惹かれていった。今ならハッキリと言える。私は、彼のことが好きであると。

 だが、どうしても解せない疑問が一つだけあった。

 だったら何故! 何故、彼は挨拶をしないの?! あんなに優しくて誰よりも気遣いの出来る人なのに、人としての基本である挨拶が出来ないのは何故?!


「そう言えば美鈴さぁ、あのシークレットのキャラ当たった?」


 昼休み、ボーッと松沢くんの事を考えていた私は、沙樹に話しかけられハッとした。


「え? なになに? ごめん、聞いてなかったわ」

「だからあ、あのペットボトルのキャンペーンでやってるキーホルダーの話よ。あなた、あとシークレットキャラだけでコンプリートだって前に言ってたじゃない。当たったのかなぁって思ってね」

「ああ、あれね。残念ながらまだだわ。あと1個でコンプリートなのになぁ。しばらくあれを飲み続ける日々が続きそうよ」

「本当、あの『おしるこソーダ』ってマズイわよね。あのキャンペーンやってなかったら絶対に飲んで……って、ま、松沢くん……」

「え?!」


 ふと見ると、松沢くんが私たちの席の前で佇んでいた。


「な、なんの用?」


 私は努めて冷静に振舞う。内心は心臓バクバクだった。

 彼は無言でスっと何かを差し出した。それは……。


「こ、これってあのキャンペーンのシークレットキャラじゃない!」

「ええええ?!」


 驚く私たちに向かって、彼は恥ずかしそうに、


「……やるよ」


 そう言ってシークレットキャラを私に手渡してくれた。


「あ……ありがとう」


 受け取った私は、彼を見つめる。

 一瞬だけ目があった松沢くんは、顔を真っ赤にさせると、サッと目を逸らしそのまま自席へと戻っていった。

 私は、ポーッと天井をあおぐ。

 あの松沢くんが、私が欲しかったシークレットキャラを持っていて、しかもそれを私にプレゼントしてくれるなんて……。何だろう、夢じゃないのかしら……。


「全く、相変わらず声が小さい奴だね。何言ってるのかさっぱり聞き取れないわ」


 未だに松沢くんが無愛想な人だと思っている沙樹は、やれやれと言った表情を見せている。


「あのね沙樹ちゃん。彼って実はね……」


 そこまで言いかけた私はハッとした。


――相変わらず声が小さい奴だね。


 声が小さい……。それってもしかして……。

 私の中で全てのパーツが揃い、疑問に思っていたことが明らかになる。

 そう、彼は挨拶をしなかった訳じゃない。挨拶をしていたけど、声が小さくて聞こえなかっただけだったんだ。そして、あの恥ずかしがり屋な性格。彼はきっと、極端に人と話すのが苦手な人なんだわ。だからいつも一人で……。


「そうか、そうだったのね……」

「美鈴? どうかしたの?」


 一人ごちる私に、沙樹が不思議そうに首をかしげている。

 何もかもが私の勘違いだったのだ。


 そして次の日。

 朝一番教室にやってきた私は、一人席に座る松沢くんの元へと駆け寄る。

 いきなり走り寄ってきた私を見て驚いている松沢くん。

 いつも私は、教室に入って遠く離れている松沢くんに向かって挨拶をしていた。でも今日からは違う。今日からは、彼を見て、彼の目の前で、彼に向かって挨拶をするんだ。彼の声をもっと聞くんだ。

 私は、驚く松沢くんの手を取った。彼の顔は真っ赤だった。


「おはよう! 松沢くん! 今日も一日、よろしくね!」 

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