百物語2
蝋燭の買い出しは達昭の仕事になった。隼人はネットを駆使し、怪談のネタを温めた。
場所を提供してくれたのは五月だった。
白川五月。
彼女の父親は吾妻寺という小さな寺で住職を行っている。境内で百物語を行うことはさすがに気が引けた。そこで、寺と地つなぎに建立されている五月の家の客間を使わせてもらった。
五月の家は古びた日本家屋というよりは、現代的な3階建ての家だった。フローリングの床に、やわらかい印象を与える白濁色の壁。窓はマジックガラスとの二重構造になっており、日光より照明の光が際立っていた。ブーツが並ぶ玄関に仏具関係のものは見当たらなかった。客間だけは日本風の造りで、障子窓に畳といった組み合わせになっていた。
我々は客間の部屋を締め切り、
「百物語をさせていただきますので」
と、既に我がもの顔な旨を伝えた。
五月の母親はふくよかな体格の健康そうな人だった。始終笑顔を絶やさず、
「あらあら」
と、お茶と和菓子と洋菓子の用意までしてくれた。
「じゃあ、五月ちゃんは」
二の句を告げず、五月の母親は含みのある笑顔を残して客間を離れていった。
五月ちゃんは。
このあとにどんな言葉が続くのだろう。
達昭は尋ねてみたが、五月は特にこれといったことは話さなかった。
「ぶるっときた」
隼人が大げさに言う。
「ちょっとやめてよ。ねえ、白川さん、あれってお母さんの悪戯よね」
沙紀が五月の手を取るけれど、五月は腕をつかまれたことの方が不思議なようで、首をひねっていた。
「沙紀は霊感あるものね」
桃奈がホホホと笑う。
「自分が霊感ないからって他人事みたいに」
沙紀は洋菓子をひとつ口に運んで、お茶で流し込んだ。
「そういえば、トイレの場合って」
「あなたたちは幽霊を見たいのでしょ? それならトイレも先に済ませておいた方がいい。なにがあっても途中で部屋を出てしまうことは禁物だから」
五月は顔色一つ変えずに淡々と言う。
百物語のやり方を教えてくれたのも五月だった。
彼女はその鉄面皮と冷静な性格、時折発せられるオカルト系の雑学と現実味を帯びた怖い発言から、ある意味では神がかった存在として噂されていた。生家がお寺であるというのもその材料の一つに含まれていた。
「やっぱりお前は本物だな」
配慮を欠いた隼人の言葉に、
「そう。ここには偽者の私はいない」
と、五月は隼人の背筋を刺激する。
「ここには? ここにはって、どこかにはお前の偽者がいるのかよ! お前が一番怖いよ!」
五月は再び首を傾げ、
「私よりも怖いものはたくさんいるよ」
と答えた。これも無表情だった。
五月は真面目に答えているだけなのだ。
自分よりも核兵器のほうが怖いよ。国家の陰謀のほうが怖いよ。ライオンのほうが怖いよ。そういうことをいいたいのだ。きっと。
達昭は自分に言い聞かせる。
「やっぱりあれなの? 五月ちゃんの家お寺だから、そういう怖い話ってたくさん聞かされているものかしら?」
桃奈は和菓子を手にとった。頭に三菱の文様がある栗饅頭だった。つられて同じ栗饅頭を食べる。
「そういう質問はよく聞く。でも、私にとって父から聞いたのは全部普通の話。人が死ぬ。その死の背景には誰しもが抱える物語がある。それは当たり前のこと。違うの?」
我々は声を枯らして黙った。
五月にとっていえば、百物語で騒ぐこと自体馬鹿らしいことなのかも知れない。
「でも、俺はやるぞ。百物語をしにきたんだ。幽霊を見るんだ」
隼人が大声で宣言する。
「こら迷惑だよ。いい子だから」
桃奈があやす。
五月が初めてちょっとだけ笑みを零した。
当座の五月だけが、顔色一つ変えず隼人の語りに耳を傾けていた。
こいつは瞬きというものをしっているのか、と五月の瞬きの回数を数えてみたりする。
30秒に1回というペースだろうか。ひょっとすると、こいつ自体幽霊に一番近い存在なのかもしれない。ただし、五月曰く、偽者ではない。