あ、きみ、チョコもらってないんだ(著者 月立淳水)
僕ぁねぇ、バレンタインにチョコがもらえないなんていうこととは無縁でやってきたよ。毎年もらってたね。それこそ、中学校の頃からねぇ。
だけどね、きみ、チョコがもらえるかどうか? そんなことは、モテるかどうかとはなーんも関係が無いんだよ。
え? そんなのはもらえるやつだから言えるんだって? 余裕かましやがってムカつくって?
じゃぁ逆に訊くよぅ? 僕がモテてるように見えるかぁい?
見えないだろーぅ?
チョコをもらえるからってモテてるとは言えないし、逆もまた然り。
ほら、相模って知ってるだろ? そうそう、色黒相模。あいつアホだから教養三科目中二科目必修ってのを間違えてて一科目しか履修してなくて、まだこの後期で必修科目必死で受けてるんだってさ。ああ、履修の話はともかくさ、あいつ、めっちゃモテるじゃん?
あいつさ、チョコもらったことないんだってよ。
いやいや、こんなしょーもない嘘つくわけねぇじゃん。――いや、直接聞いたんだよ。うん、結構話すよ。テスト期間とかは特にねぇ。
僕がねぇ、いつもチョコもらってるのあいつも見てるからさぁ。なんでそんなにもらえるんだ? って訊かれたんだよ。
そうそう、きみと同じにねぇ。
一度ももらったことが無いからってねぇ。一度くらい、そんな甘酸っぱい体験したいんだってさぁ。あの色黒のあいつがだよぅ? 笑えるだろ。
違うんだよ。
チョコってのは、違うんだよね。
ちょっと長くなるけど、いいかぁい?
僕がねぇ、初めてチョコをもらったのは、中学二年だったかなぁ。
ああ、もちろん、母親以外からって意味でねぇ。
クラスの女子にねぇ。はい、どうぞ、って。
靴箱に手紙と一緒に置いとく、なんて漫画みたいなことはまず絶対に起こらないんだよ。
ぷふっ、あと、放課後校舎裏に呼んだり、ね。
普通に、朝教室に入ったところで、はい、どうぞ、って、ねぇ。
みーんな見てるところでだよぅ?
何をどーぅやっても、そんなの愛の告白にゃぁ見えないよ。
そう、義理チョコってやつだねぇ。
その年は、四個もらったかなぁ。四個、イコール、四人、だねぇ。
僕も若かったからねぇ、お返しのクッキーを母親に焼いてもらったんだよ。笑えるね。もうちょっと気の利いたお返しでもしてれば、もしかするともしかしたかもしれないけどねぇ。義理チョコに、あからさまな義理返しだからね。母親のクッキーだよ。いくら義理にしても、それは無いよねぇ。
次の年は、卒業の年ってこともあるけど、三人。
――え? 卒業だったら増えるんじゃないの、って?
甘いなあ。僕が食べてきたすべてのチョコより甘い。
話を続けるよぅ?
高校に入ってね。実は進学校じゃなくて実業系高校だったんだけどさ。
情報系の学科でね、40人中、きっちり女子が半分。実業系でこの男女率は珍しいんだよーぅ?
一年のときに、三人からもらったねぇ。
二年のときはねえ、20人。うん、女子全員だよ。
三年のときは、一人。一緒にこの大学に進学してきた子だけねぇ。
ね? 一見モテモテだろぅ? でも、彼女いない暦、イコール年齢だからね、僕?
そのあと、大学に来てからは、まあきみも見てるよねぇ。だからこんなこと訊いてくるんだと思うけどさあ。
あのね? 率直に言っちゃおうか。
チョコくれるってことは、『あなたを本命にする気はありませんよ』って意味なんだよ。
意味が分からない?
分かるように話そうか。
中学二年で初めてもらったって言ったよね。
僕ぁね、一年のときはぱっとしなかったけど、二年のときはすごかったんだよ。
何がって、成績さ。
一年の最初は学年十二位、そこから上げていって、二年の一学期で学年トップ。
うん、良い頭に生んでくれた両親には感謝してるよぅ?
まぁ、この大学にいるんだからきみもそれに近いだろ? 地元の公立中学ならトップ組にいたんじゃない?
それに加えてね、僕ぁね、そのとき、新しい勉強法を思いついててね。
簡単さ。教えるんだよ。クラスの誰かにね。
むしろほどほど成績よければ、教えてってクラスメイトが来るんだよ。放課後にねぇ。塾なんて無いような田舎だったしねぇ。
じゃぁっつって教えるじゃん? 教えるってことは自分が理解しなきゃならないからねぇ、単なる暗記じゃなくてちゃんと理解するもんだからねぇ、勉強の効率としてはかなりいいんだよ。トップになったときはさすがに信じられなかったけどねぇ、二連続でとったときには確信したね、これはいい、って。だから、教えてって来る子には分け隔てなく教えてた。
そしたらねぇ、テスト期間になると、放課後、ちょっとした勉強会が開かれることになるんだよ。もちろん僕が講師役で、ねぇ。
このおかげでねぇ、中学出るまで、トップ維持したんだよぅ。
高校でも同じ。最初はあまり仲良くないから教える相手もいなくて成績も中の上くらいだったけどねぇ、一人、二人と誘って放課後勉強会をするようになって、そうだねぇ、二年の前半からだねぇ、卒業するまで、一度も学年トップを他の人に譲らなかったねぇ。
ね? もう分かったでしょーう?
分からない。単なる自慢話。ああ、ごめん、話がそれてるっぽかったね、まだ続いてるんだよ、チョコの話。
そうそう、なんだよ、きみが忘れてちゃ世話無いなぁ。
そう、簡単に言うとねぇ、その放課後勉強会のお礼なんだよ、義理チョコ。
いつも勉強教えてくれてありがとう、ってねぇ。
なに、やっぱりまだつながらない。
あぁ、さっき言ったことね。
本命じゃないよって宣言、って意味ね。
うーん、じゃぁ、具体例を挙げようか。
まぁ、高校生、脂の乗った若い男女の話と思いねぇ。
みんなねぇ、放課後勉強会には参加するんだけど、やっぱりそれぞれに用事があったり部活やってたりするからさぁ、参加はばらばらだよね。僕だけが皆勤賞。まぁ、僕が主催者みたいなものだからねぇ。
そうするとねえ、時々、女子一人と僕だけになることがあるんだよ。ねぇ、うらやましいでしょーぅ?
二人で同じ袋のおやつつまんだりね、親の愚痴を言ったり聞いたりね。
近所にできた新しいパン屋さんが美味しいから今度一緒に行こう、とか、ね。
そんな雑談も交えながらの勉強会さぁ。
時にはねぇ、女子がなんだか元気が無くてねぇ、どうしたの? って訊いたら、突然泣き出してねぇ。
付き合ってた彼に振られた、って大泣き。
僕は一人だし。
困ったよ。困ったけど、なんつーの、まぁ、慰めるしかないよねぇ。
きみの魅力が分からないなんてつまらない男だね、なんつってねぇ。
いやもちろん、口先だけだよぅ?
あぁ、こんなこともあったねぇ。
テストが午前中で終わる日。
偶然、僕とその子の二人だけになってね。
お昼を食べてから勉強を始めようってことで、コンビにでおにぎりと飲み物を買ってきてね。
二人でおにぎりにかぶりついたその動作がぴったりそろっちゃって。
二人で大笑いした後、ちょっと恥ずかしくなって顔真っ赤にしてうつむいちゃったりして。
ねぇ、どう思う?
この青春っぷり、どう思う?
でしょ?
どう見ても青春でしょ?
良い感じの二人じゃん。
まるでデートでもしてるみたいじゃん。
周りから『付き合っちゃえよー』なんて囃し立てられでもしそうな感じじゃん。
正直に言うとね。
僕もそんな妄想はしょっちゅうだったよ?
大体長くいると、顔の良し悪しなんて割とどうでもよくなって、結構かわいく見えてくるもんだよ、どんな女の子でもさ。
あー、この子と付き合っちゃってもいいなー、なんて思うわけよ。
下手すると、もしかするとこの子のこと好きかもしんない、なんてね。
末期症状になると、この子も僕のこと好きかもしれない、なんてね。
うん、末期症状。
そこでね、特効薬。
何だと思う?
分からない?
あのさぁ、僕ら何の話、してたっけ?
思い出した?
そう。バレンタインチョコ。特効薬。
チョコを堂々と渡されるとね。
ああ、そういう対象じゃないんだ、って。
女の子としてはね、『これからも勉強教えてもらうために甘えたフリしちゃうけど、恋愛関係にまで発展させるつもりはありませんのでよろしくね』ってつもりでチョコをくれてるってことよ。
そうなんだよね、甘えたフリしてんのよ。
女の子はしたたかよ。
別に好きでもなんでもない相手に甘えたフリくらいできちゃう。
男はその辺下手だよね。まぁ、男に甘えられても気持ち悪いけどさぁ、同性の僕に甘えて勉強を教わりたいってのは、あまりいなかったねぇ。だから男どもは総じて成績悪かったねぇ。
それは良くてさ、とにかく、そんな風に甘えたフリはするんだけど、相手が本気にしちゃったら困る、って計算があるんだろうね。だから、義理チョコって形できっちり線を引く。社会的生物としては女性のほうが優れているのかもしれないねぇ。
分かるかい?
チョコをもらうってのは、そういうこと。
そりゃ本命チョコってものも存在するけどさ、アレはほとんどファンタジーの世界の話だよ。
そもそもね、好きでたまらない相手がいたらさ、バレンタインまで待つかい? その間に他の人が手をつけちゃうかもよ?
そういう奇特な子もいるかも知れないけどねぇ、僕ぁね、本命チョコってのは、すでに成立したカップル間くらいにしか存在してないと思う。名目でも暗黙でもね。
バレンタイン当日にねぇ、とってつけたように渡されるチョコのほぼすべてが義理だよ。少なくとも僕一人分の統計によれば百パーセントさ。まぁこれは偏った統計かも知れないけどね、それでも、そこには、ゼロから情愛に発展する可能性を秘めたチョコはほとんど無いはずだよ。
チョコをもらったってことは、『これからも友達でいましょう』って宣言なんだよ。
ね? 中学も高校も、卒業のときに減った理由、わかるでしょ?
もう甘える必要がないからね? 勘違いされる心配がないから、線引きする必要が無いってこと。
そう考えると、2月14日って、絶妙なスケジュールだよね。これがさ、七月くらいだと、まだ半年以上かるから上げとかなきゃだけど、二月なら残り一ヶ月半。春休みのことも考えると半月そこら。最後の年は渡す必要が無いって話で、実に合理的なんだよねぇ。
分かりやすいよね。高校のときなんて、同じ大学に進学することになった子だけだよ、くれたの。これからも何かと甘えるかもしれないけどあんたは単なる友達以上に見る気はありませんよ、って念押ししてんのね。したたか。
まぁ、別の学部に行っちゃって疎遠になったら、当然、大学入って最初の年はもうもらえなかったね、その子には。
だから、チョコをもらえないきみは、喜ぶべきなんだよ。
まだ可能性がある。
僕ぁね、たった十四人しかいない学科の全員の女の子からチョコもらったよ。そうね、少なくともその中にはもう可能性は無いんだよ。
だけどきみは違う。
きみはまだあの十四人の中の誰かをゲットできる可能性があるんだよ。
あぁ、なんかサークル入ってたでしょ。
そうそう、文芸部だったね。
もらった?
もらってないんだよね。じゃぁ、まだ可能性があるよ。卒業まで二年二ヶ月。まだ大丈夫。
まだ線引きされてないんだから、きみは大丈夫。
僕ぁ、チョコレート大好きだからね、チョコレートだけでおなかいっぱいさぁね。
サークルの子らにもらったのも六個あるから、当面おやつには困らないよ。しかも最近は義理チョコ向けでも結構凝った美味しいチョコ多いからね。ほんと助かる。
そういうこと。
もらえるからいいってもんじゃないよ。
もらえないからこそいいってこともあるのさぁ。
チョコで真っ黒くなった僕より、灰色のきみのほうが、まだたくさんの可能性があるんだよ。
――待って、メールだ。
……あぁ、バイトの家庭教師で教えてた中二の子からだね、チョコくれるんだって。クラスじゃ一番の美少女だって親御さんは自慢してたけどね、実際、犯罪とわかってても、ね、勘違いしちゃうくらいかわいい子でねぇ。年上のお兄さんにあこがれるお年頃かもなんてちょっとだけ期待しててもねぇ、やっぱり。
……ね? 小さな子でも、線引きは忘れない。
女って、したたかだねぇ。
きみがうらやましいよ。