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バレンタインデーを楽しみたい!(著者 梨香)

 バレンタインを楽しみたい!


「今年のバレンタインデーには、誰かにチョコレートをあげたいなぁ」


 高校年生の鈴木由美は、来年のバレンタインデーには受験でそれどころでは無いだろうし、大学生になったら少しニュアンスが違ってくるだろうと溜め息をつく。


「由美、でも誰かって……好きな人はいるの? 」


 友達の舞の言葉に、ウッと詰まる。


 乙女ら しい気持ちはあるのだが、乙女過ぎて理想も高い。


「まぁ、憧れている人はいるけど…… 無理なのは解っているから……」


 ガリ勉の由美は自分が一部のきゃぴきゃぴ している可愛い女の子とは違っているのを自覚している。


 ごく普通の容姿だし、ガリ勉のせいで眼鏡を掛けている。


 憧れの高橋君に彼女がいないのは調査済みだが、きゃぴきゃぴ軍団の数人がバレンタインデーに告ると昼休みに騒いでいたのだ。


「うん、あれは高嶺の花だから……私にも望み がありそうな相手を探そうかと」


 バン! と机を叩かれて、由美は言葉を止めた。


「何を考えているのよ! 無茶をできるのは今年限りでしょ! 青春の甘酸っぱい思い出に、そんな妥協した相手なんて駄目よ! 玉砕覚悟で告るのが、バレンタインデーの醍醐味じゃない」


 可愛い系の舞の迫力に押されて、由美もそうかもしれないと思ってきた。


「で、誰が本命なの?」興味津々の舞に、蚊の鳴くような声で「高橋君……」と答えると、 綺麗な形の眉を少し下げた。


 高橋将也は文武両道を絵に書いたような好青年なのだ。


「ええっと、もう少し落とし易そうなのは?」


 前の意見と真逆な忠告をしだす。


「どうせ断られるなら、本命に当たって砕けろと言ったじゃない」


 それにしても限度があるだろうと、舞は首を横に振る。


「なんで、高橋君なの?」


 由美は小学校から好きだったと、真っ赤になって答える。


 高橋将也は小学校からスポーツ万能、成績優秀で由美は遠くから憧れていたのだ。


 中学では同じ高校に進学したいと、由美はガリ勉したし、めでたく合格したが、1年のバレンタインデーは買ったチョコレートを渡す勇気を持てずやけ食いしたのだ。


「まぁ、現実を知るのも良いかもね」


 骨は拾ってあげると慰められて、由美も万が一にも無いだろうと溜め息をつく。


「そうだね! これで玉砕したら、勉強に集中して、大学デビューを目指すわ!」


 由美は舞と、手作りチョコレートと買ったチョコレートとどちらが有利か相談する。


「手作りチョコレートはちょっと重いかもね。由美は小学校からの知り合いなら、気楽な感じで渡した方が傷は小さいわよ」


 端から振られるのを見越した舞の言葉に、今までアプローチもしてないから当然だと思いながらも、少し夢見る乙女心は傷ついた 。


「まぁ、高橋君は小学校の頃からチョコレートを貰い慣れているから……」


 小学校、中学校と、バレンタインデーの季節になると、高橋君をソッと見ていた由美は、これで諦められるかもと頷く。


 お小遣いで美味しそうなチョコレートを買ったが、やはり手作りチョコレートも作ってみたいと由美は悩む。


「どうせ断られるなら、徹底的にバレンタインデーを楽しみたい!」


 こうなったら高橋君の迷惑は無視して、乙女は暴走する。


 幸い由美はガリ勉女子だが料理音痴ではなかった。


 お年玉で奮発した材料を、キチンとレシピ通りに混ぜ合わせて、見た目も味も真っ当なチョコレートを作り上げる。


 箱やラッピングにも凝り、バレンタインデーの前日には用意万端整えた。


 由美は妄想の中で、高橋君にチョコレートを渡す手順を何回もシミレーションする。


『放課後、高橋君が自転車置き場に来たら…… 』


 バレンタインデーは教室も何となく浮き足立っていた。


 男子はそれとなく机にチョコレートが入ってないかと期待して、無いのを確認するとガッカリしたり、朝からチョコレートを貰ってウキウキしたりと二派にわかれている。


 女子はチョコレートを用意している子と、今年はパスとさばさばしている子にわかれた。


 何人かの女子は仲の良い男子に「義理チョコだよ~」と一口チョコレートを配って騒いでいたが、由美はきゃぴきゃぴ軍団の動向が気になる。


『いつ渡すのかな? 放課後を予定していたけど、あの子達が渡してOKを貰う前の方が良いかも……』


 きゃぴきゃぴ軍団は机に潜ますなんて大人しい渡し方をしそうに無いので、昼休みか放課後だろうと考える。


 真面目な由美だが、この日は授業も耳に入らない。


 お昼のお弁当を食べでも、味が解らない程どきどきしていた。


「もう、放課後まで待てないよ……渡そうかな ?」


 お弁当を半分食べた時点で、パカッと閉じて舞に相談する。


「まぁ、放課後は何人か待ち構えてるだろうから、昼休みに渡した方が良いかもね。由美、小中と一緒なんでしょ? メルアドとか知らないの?」


 由美は悲しそうに首を横に振る。


「小中高と一緒なのに、小学校の低学年以来、同じクラスになったことも無いんだよ……縁が無いのかな?」


 仕方ないなぁと、典型的な展開だが、体育館の裏に呼び出して貰う段取りをつける。


 由美はどきどきしながら体育館の裏で待っていたが、高橋君は来なかった。


「ごめん! 他の女の子達が高橋君の周りに集まっていたから、呼び出せなかったの」


 昼休みの終わり間際に、舞が走ってやってきた。


 本当にごめん! と何度も謝る舞に、良いよ~と力なく返事をする。


「自分で渡しに行かなかったのが悪いんだもの。高橋君は小学校からモテモテだと解ってる のに……」


 きっとイライラしながら、女の子達に囲まれた高橋君を連れて来ようと頑張ってくれたのだろうとお礼を言う。


「放課後、自転車置き場で待ち伏せするよ! 他の女の子がいても、絶対に渡すから!」


 舞は噂以上のモテモテぶりに、友達の淡い恋が成就しそうにないとは感じていたが、遣るだけはやってみた方が良いだろうと頷いた 。


 二人で午後のチャイムを聞きながら、教室へと走る。


 この時点で由美は告白が受け入れられるのは半分諦めて、折角作ったチョコレートを渡すことのみを考えていた。




『ああ、やっぱり! こうなる予感はしてた んだ』


 放課後の自転車置き場には、きゃぴきゃぴ軍団の何人かと、他にも高橋君狙いの女子がお互いに牽制しながら待っていた。




 そのターゲットの高橋将也は、沢山のチョコレートをウンザリしながらカバンに詰めていた。


「ヒュ~! ヒュ~ モテる男は良いですねぇ」


 からかうクラスメートを睨みつけるが、どう抗議したところで僻んで受け取られるだけだと中学の頃から諦めている。


『バレンタインデーはチョコレート屋の陰謀だ!』


 まして、この数年はホワイトディーとかいう飴屋とクッキー屋の陰謀まで加わっている 。


 小学校の頃は、純粋にチョコレートを貰って嬉しかったし、そのお返しのクッキーなどを母親が用意してくれたので良かったが、中学からは誰に貰ったのかは話していない。


 中学は貰いっぱなしだったが、何となく高校になったらホワイトディーにお返しをしなくてはいけない雰囲気になった。


 同じクラスの男子がホワイトディーにお返しをしないとケチだと悪口を言われると話していたのだ。


『くれ、と言った訳でもないのに、お返しをしなきゃいけないなんて! 昨年はお年玉が全て消えたんだ……今年もかなぁ……』


 彼女が欲しくない訳ではないが、バレンタインデーに乗っかって告白されるのにはウンザリだ。


 そんなくさくさした気持ちの将也には、自転車置き場で待ち伏せしている女子は、迷惑でしかなかった。


『いっそ、要らない! と拒否したいが、明日から怖いよなぁ~』


 不機嫌そうな高橋君に、由美は一歩も二歩 も後ろずさる。


『あっ! 私って凄く迷惑な事をしているんだ! そりゃ、そうだよね』


 由美はソッと高橋君に会釈すると、その場を後にした。


 他の女の子達の前で渡す勇気が無かったのではなく、自分の妄想に突き合わせてバレン タインデーだからと好意の押し付けをするのを止めたのだ。


 将也は女の子達に囲まれていたが、小学校からの同級生の由美が寂しそうに笑って去って行ったのが気になった。


『まさか、真面目な鈴木さんが俺にチョコレートを?』


 沢山集まったチョコレートだが、将也には お返しのクッキーを配る負担にしか感じない 。


「来年は受験だから、こんな騒ぎとは無縁だなぁ~ 鈴木さんは何処の大学を受けるのかな?」


 憧れの高橋君が、ほんの少し自分を意識してくれたとも知らない由美は、舞とカラオケで爆唱していた。


「渡せば良かったのかな?」


 チョコレートを食べて、美味しいね! と苦笑いしながら、由美は愚痴る。


「まぁ、渡しても玉砕だよ~! きゃぴきゃぴ軍団も全滅だったみたいだし さぁ」


 由美は少し意地が悪いかもと思いながら、 気分が少し晴れた。


「さぁ! 明日からは猛勉強するぞ! その前に、歌いまくろう」



 カラオケで憂さ晴らしした由美は、宣言通り猛勉強して、見事に第一志望の大学に合格した。




 二年後のバレンタインデー、同じ大学に進学した由美と将也は女の子で溢れているチョ コレート屋の前を苦笑しながら歩いている。


「バレンタインデーは御免だよ」


「ええっ? そうなんだ、じゃあこのチョコレートは私が食べようっと!」


 バッグの中から出した可愛い袋を、あげないとしまい込む。


「えっ? もしかして俺にくれるの?」


 友達以上、恋人未満のスィートな関係は、バレンタインデーに一歩進んだ。


 由美は高校生の時のような、どきどき心臓が痛いような気持ちにはならなかったが、二人で美味しいチョコレートを食べながら寒い街を歩いていく。


『バレンタインデーは楽しまなくちゃね!』

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