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リッチ マミー フィランソロピー(著者 椎形@パスワード)前編

 エイノ様の企画に参加しました。ダブルヒロイン(?)に挑戦。

 富豪と枯骸と友情の話。

二〇一五年 二月九日

 アメリカ テキサス州



 十七年間の恋愛感情をグラフに示すと、投擲した鉄球と同じ軌道を描く。

 十代前半が全盛期で、去年のクリスマスに着地。バウンドもせず、今は地面にめり込んでいる。


 そのグラフは、私への注目度に反比例している。産まれたばかりの私は記事に載って注目され、小学校では男女身分見境なく走り回る。性を意識し始めた中学の同級生に言い寄られ、高校では第三者からの交際斡旋メールまで届く始末。


『久しぶり。しつこい男がいるんだろ? だったらクラスCのーー』

「…………」


 全文を読む前に、親の敵のように携帯電話を強く閉じる。スカートのポケットに流し込み、机に突っ伏す。

 しつこい男。ーー去年、と言っても四十七日前。クリスマスイブに、百八本のバラを持って不法侵入した上級生の男。顔だけは良く、学校内で有名な男だった。

 百八本。……喋ったこともないのに求婚。バカか。


「…………」


 鉄球がずぶずぶと沈んでいく。測定はまだ終わっていない。


 ※


 白人眼鏡の老教師が、当て逃げにでも会ったような不機嫌顔で入室した。

 本当に機嫌が悪い訳ではない。これでも無感情らしい。


「ほら、座れ。座れ。……ベルモンド、座れ」

「……せー」


 授業が選択制のため、クラスで集まるのは年明けぶり。重要な連絡や、クラス会議の時に集合がかかる。

 今回の用件は前者。老教師は教卓に手を突き、重く言った。


「転入生が来る。歓迎してやりなさい」

「…………」


 私を含め、黙って感情を表に出さない生徒が六人。今にも花火を打ち上げそうな輩が七人。当たり障りのない反応をするのが、残りの十九人。

 生徒の反応よりも、教師の態度が気になった。その顔は、『心してかかりなさい』と言ったようだった。

 私の視線を察した教師が、小首をかしげておどける。彼は生徒七人によるマシンガンのような催促を往なしつつ、教室前のドアを開いた。


 銃撃が止んだ。

 一斉に装弾不良を起こしたような、突然の静黙。

 喉に危機感を詰まらせたような、野性的な絶句。

 目新しい物を見た時のような目眩を、全生徒が引き起こした。


 教師に連れられて入室したのは、背の高い枯骸(マミー)だった。



「…………。な……」

「…………」


 包帯を着た、人間と思わしき移動物体が言う。



「初めまして」



 ※



 マミーの性別は男。身長は高く、声は中低音で聞き取りやすい。真白な包帯が顔面を覆い、目と鼻孔と口の位置に隙間がある。手の皮膚が白く、恐らく同類。

 暫定的な印象は、無味乾燥の《案山子(スケアクロー)》。彼は他人を寄せつけず、黙々と教師の説明を聞いていた。


 慣れた烏からの質問攻めには、一定のラインを引いて答えていた。顔に怪我を負っている。晒す気はない。仲良くしたいと考えている。名前はエドワード。

 怪我の理由、状態、転校の理由は黙秘していた。



 昼休憩


 クラスメイトの友人が、カフェテリアで居眠りする私を訪ねた。


「ーーナンはナンでも、アタシが食べられないナンは何だと思う?」

「…………」


 彼女の言葉を日本語で聞いていたら、私は失笑していたと思う。

 むくりと体を起こし、ひっついた瞼を擦る。一息吐き、ぼそりと言った。


「……全粒粉で作ったナン」

「えー? 栄養満点なのに?」

「あんな臭いの無理なんだけど。……それで?」


 運命の答え合わせ。賞金が出るのであれば、私は四文字で自称していたと思う。


「はい、正解は《ナンシー》でした。アタシは食人種でも、同姓愛者でもない」

「はっ……。あっそ」


 促音だけで半日が潰れるくらいどうでもいい。

 彼女の名はシャーロット。《小さくて女性らしい》という意味の名に相応しく、ほがらかで愛嬌のあるちび。

 身を切るような高い声。うざいけど、いないと困る。どうせなら《目覚まし人間》と名乗ってほしい。そんな友人。

 私は嫌な顔をし、シャーロットに尋ねた。


「……それだけ?」

「まさか。食べられる話もあるよ」


 彼女は周囲を見渡し、私の耳元で囁いた。

 転入生、エドワードの話だった。




 名馬は、決して駄馬にはならない。

 価値のあるものは、うらぶれても価値がある。……優れた顔立ちは、怪我を負っていても優れている。それがシャーロの定義だった。


「その定義、ハンサムの証明にはならないと思うけど」

「相場が決まってるの。顔を隠して、大人しくて、体もスリム。怪盗、貴族、忍者」

「へえ」


 彼女は、包帯男を美青年と見ていた。彼の容姿、声調、性格だけで、顔の形を予測していた。


「まっ、そんなわけでね。前みたいに協力してほしいの」

「だからって何で私の家……」

「興味持ってくれるじゃん。豪邸なんて、滅多に入れるもんじゃないし」

「いやよ家族にミイラ紹介するの」

「また記事になるね。『大手石油会社の社長息女、エジプトのマミーと友達に!』」

「話を進めないで」

「いいじゃんかさー、友人のためを思ってさー」


 友人だから、殴り飛ばさないでやってるのに。

 シャーロは一向に身を引かなかった。勝算を見越したような表情で、私の顔を覗き込む。


「知ってる? テキサス州の標語」


 …………。


「……《友情》だけど」

「そう。友情」

「だからーー」


 だからなに? ……その言葉は、彼女の満面の笑みに遮られる。


「……なによその顔」

sorry(なに)?」


 ゴリ押し。立てこもり現場に強行突破する玄人警官くらいのゴリ押し。当たっても砕けそうにない。


「……いや、だから」

「…………」


「…………」

「…………」


「……分かったわよ」

I did it(やったぁ)!」





 エドワードの『仲良くしたい』という言葉に、偽りはなかった。

 放課後、彼はシャーロから招待を受けた。驚いた様子で話を聞き、声を高くして了承していた。

 遠巻きに見ていた私が紹介されたらしく、エドワードが校門へと歩み寄ってきた。包帯の隙間から覗く口が、パクパクと上下する。


「……ナンさんですか?」

「フッ……」


 いきなり愛称で呼ばれ、思わず吹き出してしまう。


「違うわよ。ナンシー。ナンはニックネーム」

「あぁ、ごめん」

「いいの。……ごめんなさい、シャーロが変なこと言って」

「いや、嬉しいよ。女子から誘われるとは思わなかったけど」

「ね」


 私もどうかと思う。シャーロを知って二十ヶ月。まさかそこまでとは思わなかった。


「……これは外さないけど、いいのか?」


 エドワードが、自分の顔を指差して言った。包帯姿がイレギュラーであることは、彼なりに心得ているらしい。


「いいの。それ込みで誘ってるから」

「……ありがとう」


 意外と、気品のある人間らしい。日本の根暗か黒人のマフィアを想像していたけど、中身はイギリスの紳士(ジェントルマン)ときた。

 私は手を差し出し、生意気な口を利く。


「エドワードって言ったっけ。よろしく」

「……ああ」


 包帯男が手を出し渋る。

 私はその手を掏摸(スリ)のように引き抜き、ぶんぶんと振った。



 ここまでが、始まりの日の話。

 包帯男が転入し、初日に知り合い、自宅への招待を約束した日。

 万に一つもない出来事。ただしシャーロとなら、なくもない話。


 なぜなら、彼女は、



 ※


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