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本の虫の恋(著者 球磨川 キノ)

 僕はとある彼女に出会った……。 それはつい先日のことだった。

親に連れて行かれ、遠出をした日のことだった。


 それは行きの途中のこと、ふと、退屈の中外に目を向けた。そして、目に入った看板に 「古書」 の文字が見えた。

その驚きと嬉しさのあまり、親に無理を言い、その店に立ち寄った。

 僕は今までこういった古書店には訪れたことが一度もなかった。 そのため、訪れてみたいと憧れていた。

 店自体はとても小さな小屋みたいなところだが、入ってみるとこれがびっくり。 どこぞの古本屋にはもちろん劣るが、これでもかと言わんばかりの古書が並んでいた。

店内には他に雑貨なども置いてはいたが、そちらには興味はない。

 とりあえず、手に馴染みのある本ばかりを取り、レジへ向かう。

向かうレジに本を読んでいる女性がいた。


『いらっしゃいませ』

 と彼女が一言。

どうやら店員のようだ。

彼女は、僕がレジに置いた本へ目を向ける。すると……


『この本、お好きなんですか?』

 と僕へ彼女は聞いた。

咄嗟に僕は答える。


『え、ええ。まぁはい』


『……物好きな方ですね』 と彼女は言った。

僕は言葉の意味を理解できず聞き返す。


『えっと……、どういった意味で?』

『だって、このような古書店に来る程ですから。 余程本がお好きなんだろうなぁと思いまして』

 …………

『確かに、そうかも知れませんね。……物好きだなんて言われたのは初めてですけれど』

 と僕が言うと彼女はどう受け取ったのか……


『も、申し訳ありません。そ、その……先程のは、ただ 「本がお好きなんですね」 といった意味であって……その……』

 と彼女は慌てて言った。僕はそれを察して、落ち着かせに入る。


『いえ、大丈夫ですよ。 変な意味で捉えてはいませんよ。……どうか』


 僕がそう言うと彼女はどうにか少しは落ち着いたようだ。

『本当に申し訳ありませんでした。 …ご無礼をお許し下さい』

 と言いながら、彼女は頭を下げる。


『許すもなにも怒っていませんよ。 ……どうか、顔を上げて下さい』

 こんな状況を誰かに見られていなかったことを幸いに思う。 もし、店内に他のお客さんや親がいたとしたら大変なことになっていたと思う。


『……本当になんとお詫び申し上げれば』

 彼女の慌てる姿は先程の本を読んでいる時とはまるで別人のようだった。


『どうかお気になさらずに』

 と僕は一言だけ言った。とりあえず、落ち着いてほしいとは思ってはいたが、なんと言ったら良いのか分からずに、それ以上は何も言えなかった。


プッ!


 とその時、この場の空間を切り裂く聞き慣れた音が聞こえた。

その音は僕の親の車のクラクションだ。

親が車で待機している時に「まだか、早くしろ」 という合図だ。

 その音を聞き僕は彼女へ別れを告げた。


『あっ、すみません。 もう親が呼んでいるので行きます。 では』

 と言いながら僕は扉に手をかけた。

突然のことに彼女は状況を読めなかったのか……


『えっ、ええ、はい……。では』

 と彼女が言いきるのを聞いて、僕は急いで店内を出て、車に乗り込み、今日本来の目的地へ向かった。

 そして、僕は車内でふと思い出した。

 買った本をレジに忘れたことを……。


 そしてその一週間後、親が丸一日用がないことを確認した上で、例の古書店へ向かった。


<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<|>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 一週間ぶりだ。未だ空気は新鮮に感じる。

店内に入ると、店員の彼女の姿が見えた。レジの奥で本を読んでいた。

そして、扉の空いた音に気づいたのかこちらを向く。

『あっ、こんにちは』

 と彼女は微笑みながら言った。


『どうも』

 と言いながら僕は頭を下げる。

そして、それに続けて先週の本のことを詫びるように言った。


『あの……先週のことですが……』

 と僕が言ったところで、彼女の様子が急変した。


『あ、あの……せ、先日は申し訳ありませんでした』 そう頭を下げながら彼女は言った。

彼女はまだ、あのことを忘れてはいなかったのだろう。

僕はそのことについて訂正をする。


『いえ、その件についてはお気になさらず。 あの、今回はこの前こちらに忘れていった本についてです』『えっ、……あぁ、はい。本のことでしたか。 はいこちらです』

 と彼女はそう言いながらレジの下から本の入ったビニール袋を取り出した。


『失礼ながら、中身を拝見させていただきました』

『え、ええ……』

 何故だろうか?


『やはり、物好きな方ですね』

 彼女はそう言いながらまた微笑んだ。

一瞬ドキッとした。


『えっと……どういった意味で?』

 ……思い出した。 まるで先週と同じような会話だ。


『だってなかなか珍しいですよ。 「星の王子さま」 に「ハムレット」 、「オセロー」……、どれも有名であり、とても歴史的作品ばかりです』

『はぁ……、変……ですか?』

 僕は聞き返した。


『いえ、そんなことはありません。 ただ……今の世の中、ライトノベルなど多く出回っています。 若い方々は、てっきり皆さんそちらに目がいくものだと思っていましたので』

 まぁ、確かにそうだ。 改めて納得した。

けれど、僕は否定した。


『えぇ、確かに僕ら若い世代はライトノベルなどに目がいきます。 僕も嫌いではありません。 けれども、僕は古書の方が好きです。 ライトノベルにはもう飽き飽きしていますし、何より古書は読む度に良さがより一層伝わってきますので……』

 僕はそう告げた。

聞き終えた彼女はまた微笑みながら言った。


『やはり、物好きな方ですね』

 その優しい微笑みに僕はまたドキッとした。

その微笑みで僕の心の中の何かが揺らいだ。


『……まぁ、はい。 そうですね』

 僕は先週とは違く、答えをはっきりさせた。


『そ、そういえば、最近仕入れた作品があるんですよ。 少々待っていただけますか?』

 と彼女の言った一言に僕は興味が出た。

『はい』

 僕は一言で答えた。

そして、彼女は店から繋がる小部屋へと入って行った。

すぐに、彼女はその小部屋から段ボール箱を一箱持って出てきた。


『こちらです』

 彼女の持ってきた段ボール箱をレジで開ける。

今更ながら、この店内に僕と店員の彼女の二人だけという事実に気づいた。

なんだか緊張してきた。

とりあえず、一度深呼吸をしよう。


『ケホッ』

 少々ホコリっぽかったようで咳が出てしまった。


『大丈夫ですか?』

 と彼女は僕に聞く。

『大丈夫ですよ』

 と僕は咄嗟に答える。

そう言って僕は段ボール箱を覗く。

中には状態の良い本が数冊入っていた。

「狭き門」 や 「新・心理学入門」 などを含め、その他もろもろ。

そして、そのなかに……

「時計じかけのオレンジ」 が入っていた。

それを見て僕は驚いた。


『これって 「時計じかけのオレンジ」 じゃないですか? 絶版本ですよね?』

『 「時計じかけのオレンジ」 がお好きなんですか?』 と彼女は聞く。


『えぇ、はい。 とっても。この作品で人生観が変わりましたから』

 と僕は答える。


『やはり、物好きな方ですね』

 また彼女はそう言った。

『あっ、また言いましたね。 ……もうなんか決まり文句みたいになっていませんか』

 と僕は彼女に聞いた。すると、


『ふふっ……、そうかもしれませんね』

 と言いながら、彼女はまた微笑む。

その微笑みを見てまた僕の何かが揺らいだ。


『あ、あの 「時計じかけのオレンジ」 はおいくらでお売りする予定ですか? ……もし、よろしいのであれば僕が買い取りさせていただきたいのですが……』

 と僕は唐突に聞いた。 もちろん、買える気など専らない。


『いえ、そちらだけは売る予定がありません』

 と彼女は真剣な口調になりそう言った。


『……そ、そうですか』


『けれど、そちらは非売品ではありますが、贈り物です。

あなたへの』


『えっ?』


『元はといえば、貴重な本でした故、お売りする相手はきちんと選ぶ気でしたので』

『えっと……、本当によろしいのですか?』

『はい』

 彼女は僕の問いに即答する。


プッ


 このタイミングで先週同様にクラクションがなる。

『お時間のようですね』

 とその時に見えた彼女の表情は少し残念そうな表情に見えた。


『そうですね。 ……本日はありがとうございました。 ありがたく、いただきます』

 僕はそう言って扉に手をかける。


『こちらこそ、ありがとうございました。……またのご来店をお待ちしております』

 彼女はそう言いながら、深々と頭を下げた。

僕も頭を下げて、店を出た。



 それから僕は、毎週のように彼女のいるあのお店へ通い続けた。


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