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希望の星  作者: 和田喬助
3/6

3.嵐の前の静けさ

 サーヤはチェアに腰かけて、さっき自分が発した言葉を思い出していた。

 働いて疲れてしまい動きたくなかったのは仕方ない。グチをこぼしたのも無意識だった。でも、それを聞いたコーギーが、泊まっていくよう誘うとは思ってもみなかった。

 しかも、夕食まで食べていくよう勧めてきた。さすがに申し訳ないと思った。断るべきだった。

 だが、サーヤは首を縦にふっていた。家には、口うるさい親はいるが家族が待っているはずなのに。

 もし理由があるとすればきっと、コーギーのことが放っておけないと思っているからだろう。だって、掃除や洗濯などの家事全般はほとんど出来ないし、サーヤに任せきりなのだから。

 それに、彼といるといつも楽しい。コーギーとマロンが戯れているのを見ると、自分もその輪に入りたくなる。

 恋とはちがう。ただ、ずっと仲良く一緒にいたいだけだった。

「サーヤ、こっち来て手伝って!」

 彼が調理場で呼んでいる。コーギーは、料理だけはサーヤよりも上手い。既に二人分をつくり始めている。

 まあ、たまにはいいか。親には後で事情を話せばいい。彼女は彼のもとへ行った。

「何か用?」

「ええとね、これを食べやすい大きさに切って。スープに入れるから」彼は数種類の野菜を指さした。

「分かったわ」

 サーヤは手を洗い、包丁を手に取って野菜を切り分ける。少し乱暴な手付きだ。

 コーギーは自分の作業をしながら、その様子を少し心配そうに見ていた。

「ちょっと羊のミルクを取って来るね」

「何に使うのよ?」

「もちろん、スープさ」

 彼は舌なめずりをしながら外へ出て行った。なんとも嬉しそうな顔だ。

 数分後、コーギーが鍋にミルクを入れて戻って来た。マロンはしっぽをふりながら、その匂いを確かめるように鼻を動かしている。

「ちょっ、ちょっと手を貸して!」

 サーヤは慌てて駆け寄る。コーギーの足どりがフラフラだからだ。

 二人は力を合わせて運び、そして火が燃えているところに置いた。ふう、と彼は額の汗をぬぐう。

「野菜は全部切り終えたけど?」

「ありがとう。そしたら、もう鍋に入れていいよ。これからゆっくりと煮込んでいくんだ」

 サーヤが野菜を投げ込むと、コーギーは道具を使って中身をなでるように混ぜ始める。

「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」

 彼は母親から教わったおまじないを唱え続ける。

 少しすると、温まったミルクから甘い匂いがしてきた。羊の愛情がたっぷりと詰まったその匂いに、二人の顔がほころぶ。

 数々の野菜が、栄養分をミルクへと溶かしていく。バラバラだった野菜が鍋の中で一つとなる。大地の恵みの結晶が、今ここに生まれようとしている。

「仕上げは、羊の肉だよ!」

 コーギーはそうっと投入した。羊の肉も、それらの仲間となった。


 やがて、羊と野菜のスープが完成した。食卓にはそれと一緒にパンが並んでいる。

「いただきます!」コーギーはすぐさまスープにパクついた。

「い、いただきます……」初めての二人だけの食事に、サーヤは少し戸惑っている。

「うーん、旨い! 野菜と肉の旨みが溶けてていい味出してるなぁ。ほら、サーヤも食べて!」

 静かに口へスープを運ぶ。そのとたん、サーヤの目が丸くなった。

「なにこれ、とっても美味しいじゃない! あんた料理だけは一流ね」

「料理だけって……」

「そうよ。当たり前でしょ?」

 彼女の手が忙しく動いている。はふはふと熱そうに肉をほおばる。人前であることを忘れ、テーブルや口の周りを汚しながらスープを食していく。

「そんなに焦って食べなくても……。いっぱいつくったからおかわりは――」

「おかわり!」

 満面の笑みで皿を差し出した。スープが染み込んだパンをくわえながら。

「ふふっ」

「あっ、コーギーったら何笑ってるのよ?」

「いや、サーヤのその顔を見たのは久しぶりだったから。まるで小さい子どもみたいだな、と思って」

「どういうこと? あたしがガキだって言いたいわけ?」

 コーギーを鋭い目でにらむ。

「ち、ちがうよ。とても素直で感情豊かってことさ」

「本当……? 怪しいわ」

 二杯目のスープに手をつけ始めながらそう言った。

 彼は苦笑いしながら、スープのおかわりをした。


 それぞれお風呂をすませると、早々に寝床へ入ることになった。羊飼いの朝は早いのだ。

 コーギーが寝室へ来た時、既にサーヤが彼のベッドに入っていた。

「あ、あの、サーヤ……? そこはぼくの寝るとこなんだけど」

「何よ、あんたは私に床で寝ろって言うつもりなの?」

「い、いや、そんなことはないけど……」

「別にいいわよ」彼女が向こう側へ体を向け、ベッドのスペースを空ける。

「え?」

「晩ご飯とお風呂へ入れてくれたお礼よ。十秒以内にベッドへ入らないと、今の言葉を取り消すから」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 コーギーは慌てて潜りこんだ。お互い背中を向けて横になる。ベッドの中に、二人の体温が満たされ共有されていく。彼は背中全体で、サーヤの温かさを感じていた。思わず息をのむ。

 一分くらい沈黙が続く。それを破ったのはサーヤだった。

「今日はありがと。羊のスープ、とてもおいしかったわ」

 いつもとはちがう、優しく包みこむような声だ。コーギーはそれに少し驚きながら、声が裏返らないようにせきばらいを一つする。

「こちらこそ、あんなに喜んでくれてうれしいよ。つくった甲斐があったというものさ。それに――」

「それに?」サーヤが体と顔を彼に向けた。それに気づいてコーギーも彼女を見る。二人は十センチと離れていない。

「ぼく、いつもつくった料理を一人で食べているんだ。足元にマロンはいるけど、やっぱり同じ料理を一緒に食べて、味を誰かと共有したかった。大切な人とね」

「大切な人って誰?」

「もちろん、サーヤだよ。ぼく、君のことが大好きだから」

「え、ええ!?」サーヤは顔を真っ赤にする。「何言ってんのよ、あんたは!」

 コーギーを両手でベッドから落とした。「いてっ」

「誤解しないで。あ、あくまでも友達として好きってことだから。安心して」

 彼は必死に弁解する。すると彼女の表情が、一気に熱が冷めたように引いていく。

(友達だってはっきり言われるのも傷つく……)

「ん? 何か言った?」

「なんでもないわよ! あたし、もう寝るから」

 サーヤは再び向こう側を向いた。コーギーも腰をさすりながらベッドへ潜る。

 その後二人は、少しの間寝付くことが出来なかった。


 明け方ごろ、大地がうなりをあげた。

ここまでがあらすじに記載されている内容です。次から、事態は急展開します。お楽しみに。

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